第二十四話 一階層 その三
「「「ギィ……ギギッ!」」」
薄暗い一階層を探検中、空間把握に長けた清龍君の警告と同時に、岩陰から僕らの前に現れた三匹の化け物。
苔に全身を支配されたような緑色の皮膚、細く短い手足ながら両腕の先は刃物に近しい鋭く尖った爪が挑戦者の命を狩ろうと輝いている。腰に巻いたぼろ布以外に装備らしきものはない。
「小鬼は防御は脆いが素早い!油断すれば一瞬で喉を掻き切られるぞ。前衛、構えろ!」
根川が即座に反応。右足を踏み込み、低い姿勢で抜刀した真刀を構える。僕もすぐに六尺棒を両手で握り、清龍君とともに前に出る。
「舞ちゃん、支援の加護をお願い!私は弓で牽制するね」
左近寺さんが背中に担いだ弓を素早く構えた。瞳が一瞬、翠玉のように光を放つ。
――『鷹の瞳』発動。
「『付与術・剛力』展開します!」
舞さんの清らかな声が響き、金色の光が根川と僕、左近寺さんと清龍君を包み込んだ。瞬間、前腕から全身へと力が漲り、筋肉が締め上げられるような強さを感じる。
左近寺さんの弓弦が鳴り、音を追い越す翠玉の矢が小鬼の一体を貫き、その額に正確に突き立つ。小鬼は動作を停止、硬い地面に倒れ伏した。
「一体、撃破!」
左近寺さんの報告が響く。敵の亡骸は霧のようにかき消え、小さな魔石だけを地面に残して消滅した。
「「ギャアア――!」」
残りの二体は洞窟にこだまする不気味な叫びを上げ、全力で襲いかかってきた。
「棒切れ、右!」
「うん!」
戦略の欠片も見当たらない直進する一方へ、根川が一気に距離を詰める。その指揮に僕は従う。
小鬼が振り下ろす鋭い爪を寸前でかわした根川は、刀を水平に一閃。ズブッと鈍い音が響き、小鬼の胴体が真っ二つに裂ける。切断面から黒い体液が噴き出し、その亡骸は崩れ落ちた。
最後の一体は、仲間を失ってもなお混乱や恐怖といった知性のかけらも見せない。垂れ流す唾液を滴らせたまま、ただ獣のように僕へ飛びかかってくる!
「来たっ――!」
僕の腕が反射的に動いた。手に持った六尺棒を振り上げ、真横から打ち払う。石突きが胴体に命中。想像以上の思い衝撃が襲う。棒が湾曲してしなり、鋭い痺れが腕を走った。
「っせええやあ‼」
僕の叫びと共に、六尺棒の先端から青白い光が迸った。頭の片隅で意識していた『流れ星』の加護が、無意識裡に発動したのだ。光の粒子は小鬼の顔面を直撃し、緑色の皮膚を焼き爛れさせていく。
「ギャアアアッッ!」
小鬼が苦悶の叫びと共に後ずさる。その刹那、風のように駆け抜ける影が横を掠めた。
「もす!」
清龍君だ!『飄の導き』の加護を受けた双剣が、目にも止まらぬ速さで小鬼の喉元を閃いた。黒い血潮が噴き上がり、小鬼はガクガクと震えながら倒れ、霧状のように消滅していく。
洞窟には、再び深い静寂が訪れた。
「終わった、か」
五秒ほど周囲を見回し、警戒を解いた根川がそう呟く。彼の言葉に僕はようやく息を吐いた。。衝撃で腕はまだ微かに震えている。けれど…誰一人として傷つかずに、この戦いを終えられた。僕たちは、ちゃんと戦えたんだ!
「ふぅ…怪我人なし。初陣にしては、上出来じゃない? 舞ちゃんも後方の警戒、ご苦労様」
左近寺さんが弓を下ろし、満足げに微笑む。槍を構えていた舞さんも肩の力を抜き、ほっとしたような笑顔を返した。
「左近寺ちゃんも弓の援護凄かった!よ、現代の那須与一!」
「えへへ、それほどでも~ないかな?…やっぱ、あるかも!」
二人の和やかな会話が、先ほどまでの殺伐とした空気を優しく溶かしていく。じんわりと胸の奥が温かくなっていくのを感じた。
「敵の動きは単純明快だ。数は多いが連携はなく、訓練の延長に過ぎん」
眉ひとつ動かさない根川が刀を振るい、黒い血糊を地面に払い落とした。しかしその目尻には、初陣を無事に終えた安堵の色がかすかに浮かんでいた。
「でも根川君、さっきの一撃は素晴らしかったわ」
舞さんが笑顔で彼を褒めると、根川は「当然だ」とばかりに軽く鼻を鳴らした。だが、彼の口元がほんのりと緩んだのは、誰の目にも明らかだった。
「もすもす」
清龍君が倒れた小鬼たちの残した魔石を拾い集め、僕に手渡してくる。小さな薄紫色の石が掌の上で冷たい輝きを放っている。僕の掌に残された薄紫の魔石は、まるで生きているように淡く脈打っていた。冷たいけれど、どこか心地よい感触。何か不思議な力が宿っていることを直感的に理解できた。
「これが…魔石」
僕の呟きに誘われるように、他のメンバーも興味津々で集まってくる。
「どうやって加工するんだろ?」
舞さんの疑問に、左近寺さんが一つ魔石を手に取って説明を始めた。
「魔石は塔の中に存在する『魔力の結晶』だと考えられているの。魔道具の素材になったり、装備品の媒介として使われたり、用途は様々なんだ。査定換金で最も価値の低い小鬼の魔石でも、下層階では貴重な収入源になるんだよ」
「左近寺さんって塔について物知りだね」
彼女の説明に感心して、そう尋ねると、左近寺さんは機嫌を損ねるどころか『えっへん!』と擬音が付きそうなほど自信満々に胸を張った。
「実はね…私の姉さんが現役登塔者なの!」
そう高らかに告げるのであった。




