第二十一話 塔と加護 その五
「納得出来ません!」
根川の怒声が、広場を駆けまわった。彼の強い抗議に、周囲の訓練生や塔まで引率してきた職員たちの視線が一斉に集まる。遠巻きに新人たちの様子を見守っていた経験豊富な登塔者たちの間にも、好奇のざわめきが生まれた。
元凶である根川は猛然と一歩を踏み出し、桜木教官の間合いへ詰め寄る。拳を握り締めて、理不尽とも言える抗議をぶつける。
「訓練生の中でも優秀なの俺が、なぜ新田や雷門のような足手纏いと組まなければならないんです⁉朝比奈ならともかく、奴らは戦力としてまったく不足だ! この『武士』の加護は指揮官としての能力を高めるもの。ならば、相応しい実力を持つ者と組むべきだとは思いませんか!」
根川の声には怒りと焦燥が混じり、鋭く場内を切り裂く。
彼の目には、明らかに僕と清龍君に対する露骨な侮蔑が光っていた。突然名指しされた舞さんは困惑した表情を浮かべ、僕たちもまた、どう反応すべきかわからず、口を閉じたまま成り行きに身を任せていた。
桜木教官は根川の激しい抗議に一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに鋭い眼光を据えて彼を見据える。
「根川君の主張は理解しました。…では聞きますが、四施設の管理者と教官陣が慎重に検討した結論に対して、異議を唱えるですか?」
桜木教官の口調は静かながらも、その言葉と同時に放たれた『圧』が僕らを圧倒する。訓練施設で感じたそれとは次元が違う、歴戦の猛者を彷彿させる不可視の力が僕らに叩きつけられる。真正面でそれを受け止めた根川は息を呑み、膝が震え、思わず一歩後じさるほどの衝撃を受けた。
「貴方が新田君に猜忌の念を抱いていることは、私も把握しています。しかし、塔という場は私情を挟むほど甘くありません。全員が加護を得たばかりの未熟者。新田君や雷門君を足手纏いと断じるのは時期尚早だと私は思います。教官側の評価では、君たちは全員が同等の潜在能力を有しています」
「しっ、しかし!俺はただ……碌な武器を使わない奴、意思の疎通さえ困難な者とどうやって――」
「ならば、その不安を払拭すべく、自らが率先して努力するのです。このパーティー編成が決定した以上、お互いを尊重し、協力し合って下さい。それができなければ、一瞬の過ちが命を奪うでしょう」
「くっ……!」
「貴方の『武士』は強力な加護ですが、仲間を見下す姿勢ではその指揮能力も活かせないでしょう。新田君の『流れ星』は未知の可能性を、雷門君には高速機動という特長があります。自他共に認める実力者なら、彼らの力を引き出し、活かして見せなさい。できなければ、君の加護も単なる飾り同然です」
「……」
桜木教官の言葉に、根川は唇を噛んで俯いた。反論の言葉も見つからぬまま、彼女は静かに視線を私に向け、再び口を開いた。
「新田君、彼はこう言っていますが、あなたはどう思いますか?」
「え……あ、はい!」
僕は突然話を振られて慌てて答えると、桜木教官は僕の目をじっと見つめた。彼女の鋭い視線に少し気後れしながらも、目を逸らさない。
「これはあなたたち二人の問題です、君の思いをお聞かせください」
彼女の強い口調に、僕は自然と背筋が伸びた。正直言うと根川の事はあまり好きではないけど、ここで嘘を言っても得はない。僕は意を決して口を開く。
「正直…僕も、根川君と一緒に組む提案は辞退したいです。だけど、塔内部の実態に精通している教官方が考案、決めた事ですから、新人の僕たちは先輩に従う他ありません。それに…僕たちが得た加護の力を引き出すことが可能なら、パーティーに貢献でき生存確率が上げられるかもしれません」
僕の言葉を聞いた桜木教官は僅かに目を細めると、根川君に向き直り再び問いかける。
「…だそうです。あなたはそれでもまだ不満ですか?」
「――っ!」
根川は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、しばらく沈黙。無言で視線を僕に移し、そのまま踵を返した。
「勝手にしろ!もし足手纏いだったら、速攻お前を切り捨てるからな!」
「はい…これでパーティー編成は確定です。四班の皆さん、互いの力を信じ、協力して塔の攻略に励んでください。明日から本格的な戦いが始まります。後ろの建物で武器を受け取り準備を進めてください。私からは以上です…教官方から何か補足ございますか?」
「一班、ありません。以上」
「二班、儂も無いっ!以上!」
「三班、僕からは一言だけ…天辺を目指す志は立派です。しかし、憧ればかり先走る中、現実の事も忘れないで下さい。あなた達を待つ家族が居ます。塔へ挑戦するのも結構、けれど実力を過信せず、慎重に行動し、仲間と協力しながら上を目指してください。僕からは以上です」
三班担当の落葉教官が締めくくり、桜木教官は手を叩き解散を告げた。引率役の教官たちは来た道を戻っていく。小さくなる背中を眺めながら僕は沸々と込み上げる感情を胸に、思いを募らせる。
「今後の不安は残るけど根川君、彼の指揮能力は本物よ。私たちで上手く支えれば、きっと良いパーティーになるわ」
僕は今後のことを考えていると舞さんが僕の隣に寄ってきて、小声で囁く。
「そうだね。僕も『流れ星』の加護をちゃんと使って、仲間の役に立つ所を証明しないと」
僕がそう答えると、舞さんが微笑んだ。
「もすもす! もっもっす」
「はは、そうだね清龍君!」
清龍君がいつもの調子で笑うと、僕もつられて笑顔になった。
協会が用意した宿舎へと向かう道すがら、塔の中を吹き抜ける爽やかな風が頬を撫でる。頭上の青空が無限に広がっている。根川の敵意は気になるけど、舞さんの言う通り、彼の指揮能力を信じて協力すれば、僕たちはきっと上手くやっていける。そんな期待が胸を満たす。
今日から始まる塔の戦いに向けて、僕は新たな一歩を踏み出した。それぞれ与えられた加護の力を信じ、仲間と共に前進していく決意を抱きながら――。
僕たちの加護と絆が、どんな未来を切り開くのか。それは、まだ誰にもわからない。




