第二十話 塔と加護 その四
塔の中を吹き抜ける爽やかな風が頬に当たり心地よい。頭上に広がる青空は眺めているだけで心が安らぐ。
先頭を歩き、訓練生を引率する桜木教官を後を追う。中心部に設置された黄金の巨大噴水前に到着すると、そこには既に別の班の訓練生たちが集まっていた。
飛沫を放つ噴水の高さは五メートルほどもあり、反射する波紋が金色に輝きながら豪快に噴き上げている。
「これより加護の自己申告を行います。皆さんは授かった加護を偽りなく申告してください。登塔者登録が完了次第、武器引換券を交付します。最後に、入口で受け取ったおみくじをこの噴水に投げ入れ、正式にその力を得てください」
金色に輝く噴水の周りには、塔協会の職員らしき人々が名簿を手待機している。黒を基調とした制服の胸には、塔の紋章が燦然と光る。その厳かな佇まいに、誰もが息を呑む。
第一班から順に、訓練生たちは前に進み出る。それぞれが授かった加護を宣言し、塔協会の職員が名簿に記録していく。申告を終えた者から、武器引換券が手渡される。
訓練生たちの顔には、実戦武器の授与を目前にした喜びがあふれていた。長く使ってきた稽古用の模擬武器とは違い、初めて手にする本格的な装備に、誰もが目を輝かせ、表情には誇りと期待の光が宿っている。
教官の指示に従い、各班の訓練生が順番に金色の噴水へと歩み寄る。手にしたおみくじを水面に投げ入れる。おみくじが水面に触れると、一瞬で光が迸り、虹霓のような七色に輝く光の粒となって持ち主の元へと還っていく。
この世のものとは思えぬ幻想的な光景が眼前に展開されて、息を呑んだまま唖然となる。
一班、二班、三班――遂に四班の順番が訪れた。五十音順に呼ばれた舞さんが、優雅に一歩前に進み出る。
「名前と加護を申告してください」
職員の落ち着いた声が響く。普段は冷静な舞さんも、さすがにこの場では緊張した面持ちだ。深く息を吸い込み、胸を撫で下ろすと、揺るぎない声で答える。
「朝比奈舞。加護は『付与術師』です」
「付与術師ですね。広範囲強化に適した貢献度が高い、貴重な加護です。力を正しく育てれば、序列三桁のチームから勧誘が来るかもしれません」
職員が淡々と名簿に記入し、教官から引換券を受け取る。どうやら彼女の授かった加護は、当初の印象以上に有力なものらしい。…流石だ。
「ありがとうございます」
舞さんは少し緊張した面持ちで引換券を受け取り、丁寧にお辞儀をすると、手にしたおみくじを黄金の噴水へと投げ入れた。
紙が水面に触れた瞬間、七色の光が螺旋を描きながら立ち上り、彼女の胸へと吸い込まれていった。これまでとは明らかに異なる、より鮮やかで力強い光の輝きに、周囲から感嘆の声が上がる。
「これが…加護の力。なんだか、体の奥から力が湧いてくるみたい」
舞さんは驚いたように自分の手のひらを見つめ、握ったり開いたりを繰り返す。その様子が気になり、僕は声をかける。
「舞さん大丈夫?体に変な感じはない?」
僕の問いかけに、舞さんはゆっくりと頷き、こちらを見つめて言った。
「ええ、大丈夫よ。むしろ…何かが変わったというか、体の内側から力が湧いてくるような感覚があるの。まるで未知の氣が体を駆け巡るみたい。今まで眠っていた何かが覚醒したみたいに」
「加護が正式に発動した証です。これからが本当の始まりですね」
「加護の力が自然に感じられるということは、朝比奈さんの資質と加護が上手く調和している証拠です」
舞さんの言葉に、職員と桜木教官が同時に口を開いた。
僕は笑顔でうなずき、自分の順番が来るのを待った。――そして、思ったよりも早く、自分の名前が呼ばれた。
「名前と加護を申告してください」
「新田純之介。加護は『流れ星』です」
名簿に記入していた職員が顔を上げ、唇を曲げたまましばらく僕を上から下までじっと見据える。体を突き通すほど鋭く見つめる職員がようやく口を開いた。
「…流れ星、だけですか。類を見ない加護ですね」
「は、はあ。僕自身も詳しいことは分からなくて」
俯きがちに答えると、職員は短く息を吐いた。
「……まあいいでしょう。噴水に投げたら自ずと分かります。武器の引換券を」
桜木教官から渡された券を握りしめ、僕はは黄金の噴水の前に立った。鞄の奥から取り出したおみくじを、勢いよく水面に投げ入れる。
紙片が水に触れた瞬間、金色の輝きに包まれ、星々が集まったかのような光の粒が僕の手元に集結していった。七色に変化する光のカーテンは、何度見ても息をのむ美しさ。
光が胸に染み込んでいく感覚。僕の体に宿った加護の力と共鳴しているのだろうか?まるで夜空の星々が僕という器に流れ込んでくる感覚が全身を駆け巡り、胸の奥に何かが宿るのを感じた。
「これが…僕の加護」
じんわりとした痺れが全身を巡る。
けれど不快なではなく、晴れた日に瞼を閉じたときの様な温かさを持った温もり。
光がゆっくりと体内に溶け込み、星座の力が血となり骨となり、細胞の一つ一つに染み渡っていく。ふと頭の中にはっきりと形が浮かび上がった。
それは、加護の使い方だった。星座の輝きが示すがごとく、自然と理解が広がっていく。
星の力を引き出し、攻撃に宿す方法。闇の中でも道を見失わない導きの光を放つ術。敵を貫く輝きを矢や剣に宿す概念。
それらが、生まれた時から知っていたかのように、自然と脳裏に焼きついていた。驚きと同時に、どこか懐かしい安心感と既視感が胸をよぎる。
…既視感、そう既視感。あれは実家を発つ前夜に見た夢と重なる。黄色に統一された空間、数多の宝玉さえ霞む美しい少女、そして星々を散りばめた羽衣が軽やかに揺れる光景…思い出したっ!なぜこんなにも鮮烈な記憶を、今まで忘れていたんだ⁉なぜ僕は…⁉
――あ、あれ?…何を、思い出そうとしていたんだろう僕は?
「純君?どうしたの、顔色が悪いよ」
突然立ち止まった僕を見て、舞さんが心配そうに声をかけてくる。我に返り、慌てて取り繕う僕。
「あ、いや…何でもないよ!ちょっと頭に入って来た情報量が多くて、少しクラッときただけだよ」
「そう…?まぁ顔色が戻ったみたいで何より。加護の使い方はわかったの?
「うん、星の力を攻撃に転用する方法や、暗闇での道標の灯し方まで。まるで生まれた時から知っていたかのように、自然と理解できたんだ」
「説明を聞く限りすごい加護ね。私の『付与術師』は感覚としては掴めても、具体的な使い方はまだ試さないと不確定な部分が多いから。これから一緒に研究していきましょ」
舞さんが優しく微笑みかける。その温かな言葉に、僕はほっとした笑顔を返した。
次に桜木教官が呼んだのは根川哲司彼。彼は以前より僕に嘲るような視線を向け、露骨な敵意を剥き出しにする訓練生の一人。
心底舞さんに惚れ込み、僕を恋敵と見なしては、日頃から些細なことで突っかかってくる。しかし肝心の舞さんは、彼に特に思い入れがある様子もない。
「名前と加護を申告してください」
職員が名簿から顔を上げ、淡々と促す。その声に応えるように、根川は一歩前に出て、軽く鼻を鳴らす。彼は一瞬こちらを一瞥すると、胸を張って自信に満ちた声で宣言した。
「根川哲司、加護は『武士』だ!この俺に相応しい武器も用意してくれ!」
「『武士』の加護ですね。身体能力の向上、刀術と弓術の才能、さらに戦略指揮能力の発現が期待されます。特に戦闘区域において指揮官としての資質が大きく開花するでしょう。個人の戦闘力だけでなく、仲間を率いる大将としての素養も備えています
職員は淡々と特性を説明し、名簿に記入を続ける。その言葉に根川は満足そうに大きく頷き、誇らしげな笑みを浮かべた。
「フン、当然の結果だ。俺には元からそれだけの器があるってことだな!この力で必ずや序列一桁の座を手に入れてみせる!」
根川の自信に満ちた声が中央広場に響く。
僕をちらりと見て、嘲るような笑みを浮かべた。彼の視線には、まるで「お前とは格が違う」と言わんばかりの優越感が滲んでいた。
「では、おみくじを噴水に投げ入れてください。加護の力が正式に発動します」
そんな彼の心情を察してか、職員が淡々とした口調で言う。
「っふん!」
他の訓練生と同様、黄金の噴水へ勢いよくおみくじを投げ入れる根川。水面に触れた瞬間、みくじは眩い光を迸らせ、彼の手元へと吸い込まれていった。噴水から揚がった光は鋭く力強い印象を受ける。
「これが俺の力か…悪くない」
根川は手を繰り返し握りしめ、新たに漲る力を確かめるように呟いた。その動作には、刀を振るうような洗練された鋭さが宿っている。
「段違いに身体が軽い…否、寧ろ力が漲っている感じだ。これならどんな敵でも切り裂いてみせる」
「調子に乗りすぎるのは危険です。加護の力は、扱いを誤れば身を滅ぼす諸刃の剣。驕らず、たゆまぬ鍛錬を心がけてください」
「っち、そんなこと分かってますよ」
職員の忠告に鼻で笑う根川は、ちらりとこちらを見た。まさしく挑発的な視線だ。思わず睨み返すと、彼はさらに嘲るように「フン」と息を吐き、踵を返して噴水から離れていった。
――ついに最後の一人、雷門清龍君の番が訪れた。名を呼ばれた彼はもすもすと頷き、前に進み出る。
「名前と加護を申告してください」
「もすもす!もす!もっもっす!」
清龍君の力強い声に、職員は筆を止めた。極度に感情を押し殺して、機械的に対応していた職員が表情を欠いた様子で再度確認を取る。
「失礼ですが、もう一度お願いできますか」
「もす!もすもす!」
「……」
「……」
空気が固まった。二人の間に気まずい沈黙が流れる。清龍君は無表情のまま首を傾げ、職員は困惑の色を隠せない。
桜木教官は、雷門清龍君と職員の間で繰り広げられる奇妙なやり取りを見て、ため息混じりに額を手で抑えた。そして、困り果てた視線を僕に向ける。
「新田君、少しいいかしら」
桜木教官が手招きで僕を呼ぶ。僕ははすぐに彼女の元へ駆け寄った。
「はい、何でしょう?」
「彼と意思疎通出来るのは貴方だけでしょう。困っている職員に通訳をお願いします」
「承知しました」
僕は頷き、職員のもとへ歩み寄った。職員は依然として困惑した面持ちで清龍君と向き合っている。
「申し訳ありません、彼の言葉はちょっと独特で…僕が通訳を務めます」
職員は僕の言葉に少し安堵したように頷き、「では、お願いします」と静かに返した。
「彼の名前は雷門清龍。加護は『飄の導き』だそうです」
もすもすと頷く彼の代わりに説明を補うと、職員はうなずきながら名簿に記録を取る。教官より一枚の引換券を手渡された。
「『飄の導き』の加護ですね。風系統の力を与える加護は、戦闘において非常に有用です。期待していますよ…彼が誰かと組むなら、君と組むのが最も良いでしょう」
職員がそう言うと、清龍君はもすもすと頷き、感謝の意を表した。続いて、彼はおみくじを噴水に放る。
水面に触れた紙片は、たちまち七色の光に包まれ、やがて消え去った。その瞬間、さっと一陣の風が吹き抜けるように、清龍君の全身に清らかな力が満ちていくのが感じられた。
「これで、皆さんの加護が正式に発動しました。この力を活かし、塔での挑戦を乗り越えてください」
「「「ありがとうございます!」」」
全員の登録を終えた職員が声を張り上げて締めくくる。僕たちは声を揃えて感謝の意を示すと、奥の御殿らしき建物へ戻っていく。
「第四班、注目!」
桜木教官が声を張る。訓練生たちは足を止め、一斉に彼女へ視線を向ける。
「これで登録手続きが終了です。これからはご自身の力で未来の栄光を掴んでください。今日は塔協会が用意した宿舎で休息を取り、明日から本格的に塔の攻略に励んでください。しかし、利用できる数は限られていますので、いち早く行動することをお勧めします。――最後に」
桜木教官が一呼吸置いて、僕たちを見渡す。視線は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、どこか確かな期待に満ちている。訓練生たちの間に再び緊張が走り、全員が息を呑んで次の言葉を待つ。
「塔での試練は、単独での突破は極めて困難です。そこで教官陣による協議の結果、実力が均衡している者同士でパーティを編成することとしました。では、パーティメンバーを発表します。四班の道影、三班の笹野、一班から石葉と加藤――」
桜木教官が手元のリストを確認しながら、淡々と名前を読み上げていく。そしてついに、僕の番が訪れた。
「二班の左近寺。四班からは朝比奈、雷門、根川、新田。」
僕は思わず舞さんを見つめ、彼女もまた驚いた表情で応えた。まさか同じパーティに配属されるとは。
舞さんも同じ思いだったようで、慌てたように目を泳がせている。一方、根川は露骨に不満げな表情を浮かべ、鋭い視線を僕に向けてきた。
「っち!朝比奈と俺が同じパーティなのは分かるが、だがよぉ明らかな足手まといの棒切れ野郎と猿おにぎりまで同じ組にしなきゃなんねえんだ⁉」
どうやら、一つの困難が去ったかと思うと、また新たな難題が待ち受けているようだ。




