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世界の中心、花咲く神の塔 (改訂版)  作者: 名無しの戦士


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閑話その二 教官陣の会話

 外国が世界大戦の真っ只中、火の粉が降りかからぬ凶変に念を押した時代に建築された兵舎を塔協会が買い取り、訓練生用に改造した修練場。

 『神の塔』の全貌を一望できる第四訓練施設、一階に設置された職員室に五名の教官達の影があった。公立学校など一般的な職員室に比べて狭く、設備も質素。室内に置かれた備品は業務に携わる者が見ればあらゆる物が足りていないと抗議するだろう。


 事務処理のための机や椅子が六台、年季を感じさせる書棚がポツンと、個人用収納入れ、お茶休憩に設えた畳敷きが隅にひっそりと置かれていた。畳の上には小さなちゃぶ台があり、その上には湯気の立つ急須と湯飲みが並んでいる。お茶の香りが部屋に漂い、少しばかりの安らぎを提供する。


「ふぅ…今日も美味しいぞ。饅頭も頂こうか、桜木」


「ふふ、どうぞ。いつも美味しそうに堪能する鳥山主任のお顔を拝見でき、心より嬉しく存じます」


「あらまぁ~二人で甘い空間を作っちゃって、万年独身の私に対する嫌味ですか?」


「うむ、確かに茶菓子にしては少々甘い!煎餅ッ、煎餅はどこだ!」


「猪飼先輩…そっちの甘味じゃないと僕…思うんだけど」


「だらしないぞ落葉!貴様には根性が足らん!訓練生に舐められてもいいのか⁉」


「やべ、また始まったよ…」


 訓練場に務める教官達の会話が狭い職員室にて繰り広げられる。黒縁の眼鏡をかけた容姿端整の教官、桜木が密かに思いを寄せる教官主任、鳥山にお茶と和菓子を用意。点てた茶を頂戴した鳥山が訓練生から恐怖の象徴と言われる強面を崩す光景を見せるのは、この職員室の中だけ。


 普段は厳格で無表情な鳥山主任が、桜木教官の点てた茶を一口啜り、ほんのりと笑みを浮かべる姿を訓練生が目撃すれば驚愕のあまり気絶するだろう。


「ふむ…桜木、今日の茶は特に香りが良いな」


 どこかほほえましい光景の中、鳥山主任が満足気に呟く。


「ありがとうございます、鳥山主任。今日は少しだけ火加減を調整してみました」


 理想の異性に褒められた桜木は照れくさそうに頬を染めながら答えた。訓練中に見せる無慈悲で血も涙もない薄情さを見せる人物とは別人と錯覚を覚える。


 その様子を見て、万年独身を自嘲する女性教官、専門知識担当の佐々木はため息をつきながら言った。


「あーあ、また二人で甘い雰囲気を作り出して、私のような独身者には酷ですよ。まったく、こんなところまで恋の甘酸っぱい香りが漂ってくるなんて…」


「ふん!甘いものばかり食ってると、根性が腐るぞ!」


 身長2メートル近い壮年の男性、猪飼が大声で割り込んできた。


「やはり煎餅だ!煎餅を出せ!甘物なんかより、塩気の効いた煎餅があればこそ、男の魂は燃えるんだ!」


「やっぱり違う気がするんですけど…」


 集まった教官陣の中で一番若手の落葉教官が苦笑いしながら言う。


「何をぼやぼやしておるんじゃ、落葉!さっさと煎餅を持って来て貴様も食べろ!お前も甘いものに負けてるんじゃないだろうな!」


 ますます熱くなった猪飼教官が思わず机を叩きながら主張する。


「はい、はい持ってきますから、そんなに熱くならないでくださいよ先輩。机また破壊したら三船隊長に怒られますよ?」


 やれやれと言いたげに立ち上がった落葉教官が棚へ向かう。賑やかで、和やかな空気に包まれた最中、『ガラガラッ』と職員室の引き戸を誰かが開けた。


「あ~終わった終わった。誰か飲み物をくれないか?喉が渇いて堪らん」


「お疲れ様です隊長!すぐにお茶を用意します」


「おぉ隊長良い場面に!ちょうど、こやつが煎餅を持ってきた所です!」


「隊長今日も上からの追い立てですか?ご苦労様です」


 第四訓練施設の管理者であり、隊長としての風格を放つ三船美佐子が姿を見せる。

 彼女の登場に教官達は瞬時に態度を引き締めた。


 今年で30歳を超える三船は職員室に集まった五名のまとめ役を現役時代から務め、どんな困難な時も威厳を忘れなかった実力者。一線こそ退いたが、現役の頃は最前線で功績を残した強者。


 与えられた『塔の加護』も強力、もしも…引退に追い込まれた怪我さえ無ければ、今も第一線で活躍し続けたであろう。


 三船は室内を一瞥すると、桜木が用意した湯飲みに手を伸ばした。一息で茶を飲み干す、液体を嚥下する感触が喉から腹へと伝達する。湯飲みを机に置いた後、口を開いた。


「ありがとう桜木。例によって高官の要求は早急に第二、第三の『白羽岳』の誕生を急がせろだとさ。まったく…こっちは人手不足だってのに金儲けしか頭にない上層部めぇ…!」


 整った顔を歪めた三船は愚痴をこぼしながら、煎餅が入った籠に手を突っ込み口に運ぶ。


 食料を納める倉庫の備蓄量や、各施設の維持費など予算に関する仕事、問題児が起こす行動の後始末、訓練生たちの成長を促すカリキュラム作成、上層部からの無茶な叱責に振り回される毎日に彼女のストレスは溜まっていた。


 山積みの問題に胃はねじ上げられたかのようにキリキリと痛み、これ以上悪化すれば「わあっと‼」狂人のように叫びたくなって来るかもしれない。


 はけ口のない、耐え難い陰鬱な圧迫感を見せる彼女の様子に教官達は秘密裏に近々ストレス発散のため、塔へ連れて行く企画を考えている。


「はぁ~本当…他の訓練施設がもっと頑張ってくれれば、こっちも楽なんだがなぁ…」


 三船はそう、煎餅をかじりながらぼやいた。


「まぁまぁ隊長、怨嗟の声はその辺で。それより優秀な人材が大勢来た今期について話しましょう?」


 どうどう、と馬を落ち着かせる風に佐々木が優しくフォローする。


「っふん!まだまだ甘いぞ!もっと厳しく鍛えなければ、塔の餌食に一直線だ!」


 猪飼教官が鼻を鳴らした。


「彼らも必死ですから、少しは褒めてあげてもいいんじゃないですか?」


 落葉教官が苦笑いしながら言う。終わりがない問答に三船は少し笑みを浮かべる。


「今期の訓練が始まってもう二カ月が経った……よし、頃合いだな。お前たちが有望と見込んだ訓練生を挙げてみろ。都合が合えば、私が直接、特別稽古をつけてやろう。佐々木から教えてくれ」


「はい、隊長」


 三船の妙案に佐々木は軽く頷き、引き出しから取り出した資料をめくりながら二枚の書類を提出した。書類には訓練生の個人情報が写真と共に詳細に記されていた。


「馬梨五武郎。体格に恵まれた彼は統率力に優れ、他の訓練生たちを率いながら成果を出す能力が突出しています。特に先日の集団戦では、彼の指示が功を奏し、圧倒的な勝利を収めました」


「ふむ、馬梨か…確かに奴には統率力があるな」


 武術担当の猪飼が腕を組みながらうなずく。


「もう一人は江尾島直樹。彼は身体能力が高く、特に俊敏性と反射神経に優れています。先日の障害物競走では、歴代最高に並ぶ記録を出しました」


「おお、江尾島か!アイツは確かにすばしっこい!だがまだまだ根性が足りん!」


「先輩、もうちょっと静かにしましょう…?」


 いちいち感想を叫ぶ彼に落葉が囁く。


「馬梨に江尾島…了解した。じゃあ次、落葉。頼む」


「はい」


 全員の視線が落葉に向けられる。既に準備を完了していた彼は一枚の書類を教官陣に見せる。


「彼女は月貫蜜柑さん。頭脳明晰の彼女は戦略的な思考に優れ、筆記試験では一発合格の満点。相手の動きを完璧に読んで先取りする戦法が得意です。僕からは以上」


「ふむ味方なら心強いな…了解。次、猪飼」


 満足気に頷いた三船は次に猪飼の名を呼ぶ。


「うむ‼」


 建物全体に響くような大きな声を発した彼は二枚の書類を机に叩き付けた。


「まだまだ未熟なヒヨッコ共だが、儂が隊長に推薦する訓練生はこいつらだ!黒井武蔵、黒井大和の黒井兄弟!双子のこやつらは生まれた瞬間から意思疎通が群を抜く。武の武蔵、技の大和、と戦闘では付け入る隙が見当たらん。性格も真面目、このまま成長すればいずれ登塔者序列二桁に名を残す逸材だと儂は思う!」


「ほう…面白い、稽古が楽しみだ。最後に…桜木、頼めるか?」


「はい。隊長のお戯れに相応しい訓練生はこちらの二名になります」


 最後の番に回った桜木に前もって手にした資料を差し出す。それぞれの書類には『朝比奈舞』と『根川哲司』の名が記載されている。


「朝比奈舞は人を引き寄せる独特の貫禄を放ち、見栄や気取りはまったくない誠実な態度、慎み深い彼女に憧れる者も多いです。学問に関しましても六割が落ちた初回筆記試験で満点を取得。武術に関しては、幼少期から()()朝比奈道場で鍛錬を積んでおり、槍術の美しさと実戦性の高さは教官陣の間でも高く評価されています」


 お茶を飲んで、一息入れた桜木が続ける。


「次に根川哲司ですが、文武両道とは言い難く、素行にも難点があります。しかし、驚異的な適性数値を記録しており、さらに根川財団の後継者という肩書もあって上層部からの期待値は高い。いわば、お上の覚えがめでたいタイプです」


「素行はともかく、こいつは利用価値がありそうだな…。っよしこいつの相手は鳥山に任せる。存分に調教してこい!」


「やれやれ、せめて教導と言ってください。乙女が調教など下品な言葉を使うものではありませんぞ、隊長?」


 書類を受け取った鳥山は軽く一礼すると、冷めた茶を一口で飲み干した。三船は少し考え込むような表情を浮かべ、それから言葉を続けた。


「あー、桜木?三人目はどうした?ほら…あいつだよ、アイツ」


 思いがけない言葉に桜木がずれた眼鏡を直して目をパチクリさせる。


「三人目…ですか?はて、私の印象に残った訓練生はこのお二人だけですが……」


 桜木は人差し指を顎に当て、記憶を探るように名簿を見つめる。指で軽く紙面をなぞるが、該当する名前は見当たらない。


――スルリ。


 桜木の肩越しに細い手が伸び、名簿をさっと取り上げた。「っあ!」と言葉を掛ける前に彼女から離れた手の主、三船が名簿を捲る。そして……。


「見つけた」


 獲物を見つけた獣のような鋭い笑みを三船の口元に浮かべる。思わず息をのむ桜木の眼前で、三船が手にした資料には、新田純之介の名前が記されていた。


「新田君ですか?確かに器用ではありますが、特に突出した能力があるわけでもなく…」


 桜木の返答に三船は首を横に振る。


「こいつに付着した『匂い』が気になって仕方ないんだ。塔でも嗅いだことの無い『匂い』」


「匂い…資料では美容に気を使っているとしか」


 三船の言葉に首を傾げる桜木。新田純之介の資料には美容に気を使う、と記載されていた。確かに訓練施設では珍しく、身だしなみを気にかけている人物だが、それは他の訓練生にも当てはまる。特に彼の場合、教官からの評価も悪くなく、特別扱いする要素は皆無。


 その事を三船に告げると彼女は少し考える仕草をした後、口を開いた。


「美容のことじゃない。私の勘が告げるんだ。彼の匂いは他の訓練生とは違う『何か』だと」


「強加護の()()()で感じた勘ですか…。では絶対、彼には何かありますね」


「ああ」


 桜木が零した『超感覚』の言葉に室内に居た全員が肯定の意味を込めて頷く。

 

 五感を増幅させる『超感覚』の加護は本能的に攻撃や危険などを予測、感知できる。不意打ちは勿論、罠の発動を事前に察知、無効化する三船の加護に窮地を助けられた回数は軽く三桁を超える。


「最終日までこいつから目を離すな。少しでも歪を感じたら即座に連絡しろ…良いな?」


「「「っは!」」」


 この日、各教官の脳裏に新田純之介と言う名前が刻まれた。

次回は明日に投稿します!

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