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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

isekai

きみが夜に溶けるまで

作者: かたり
掲載日:2025/12/04

それは、存在していた。

いつ、どこで、なぜ、産まれたかは、わからない。


それは、唯々、存在していた。


それはじっとしていた。

そもそも動くことが出来なかった。

だから、いつもお腹を空かせていた。


時々やってくる、「くろいモノ」が唯一、満たすものだった。

だから、いつも口を大きく開けて待っていた。


ある時、その口に大きな黒い塊が飛び込んできた。

それは余りにも大きく、開けた口が裂けそうなくらいだった。

ゆっくり飲み込んでいくと、初めて、腹がいっぱいに満たされた。

それは、とても幸せな気持ちになった。


いくつもの太陽が沈む様子を眺めているうちに、

いつの間にか、それがいる場所に祠ができた。

屋根があることは良い。中にできた闇が心地よいから。


いつの間にか、「ニンゲン」が来て拝むようになった。

朔月になると、どこからか「くろいモノ」を纏って、やってくる。

そのどれもが、暗い想いを、それに願う。


それは「ニンゲン」の言葉を覚えた。

「フコウニナッテホシイ、イナクナッテホシイ……コロシテホシイ」


それは常にお腹が満たされるようになった。

やってくる「ニンゲン」は、いつも「くろいモノ」を持ってくる。

それは嬉しかった。


それは、気づけば、暗闇の中であれば自由に動けるようになっていた。

それは、やってくる「ニンゲン」に感謝していた。

だから、願いを聞いてやることにした。

それは「くろいモノ」だけでなく、何でも飲み込めるようになっていた。

そう「ニンゲン」も。


祠に願いに来る「ニンゲン」。

願いを叶える、それ。

お礼参りに来る「ニンゲン」。

そういう図式が出来上がった。


やがて、それは「ニンゲン」の言葉を話せるようになった。


話せるようになったそれは、人間が多様な感情を持って生きていることを学んだ。

そして、自分が好物としていた「くろいモノ」は、

欲望、嫉妬、恐怖をもった人々に纏わりついていることを知った。


どうすれば、より美味しい「くろいモノ」を得られるか。

それは日々学び、考え、実践していった。


千年の月日が流れ、それは、人間から畏れられる存在となった。

そして、それは「ヨル様」という名で呼ばれるようになっていた。



ーーーーーーーーー


夜風が窓を叩く。

今日は真月なので、特別、ヨルは機嫌がいいだろうなと、私も自然に微笑んだ。

街の灯りから切り離された古びた木造アパートの2階。

そこを出た私は、深く、濃い闇の世界に飛び込んだ。

さあ、今日もヨルに会いに行こう。


私の名前はアオイ。

中学校には一年近く行っていない。

両親は、別々に、たまにしか帰って来ない。

偶然二人が顔を合わせると、決まってお互いに罵り合っていた。

そして、どちらも相手への憎悪を、私に吹き込んでいく。

そして、どちらも相手に責任を、なすりつけていく。

私は一人で生きたい。

そう願ったが、それが叶わないことも理解できる年齢になっていた。


元々、中学校は好きな空間だった。

みんなが楽しそうにしている空間は悪くなかった。

私は見ているだけで満足だった。


私は人より性徴が早いようだった。

男の先生が、ほかの女の子と私とで、見る目が違っているのは薄々気づいていた。

ある男の子が、いつも一人でいる私を可哀想と言って近づいて来た。

一緒に居てあげると言って、よく絡んでくるようになった。

私は一人で教室を観察するのが好きだったのだけれども、その男の子はずっとそばにいた。


私たちの様子をじっと見つめる女の子がいた。

それが不幸の始まりだった。

今思えば、その女の子はその男の子に密かに想いを寄せていたのだろう。


なにがどうなって環境が変わったのかに興味はないが、私は教室の女の子たちにとって、悪者になった。

机、下駄箱、教科書、そして私物。

目に見える悪意に晒されるようになり、居場所がなくなった。

誰も守ってくれない。

だから自分で対処するしかなかった。

学校には行かなくなった。


学校に行かなくなるとすることがない。

家にいてもしょうがないので、街を歩くようになった。

人がたくさんいると安心する。

誰かと話したいわけじゃない。

ただ人々がいて、営みがあるというのが良いのだ。

でも、街は夜になると様変わりする。

私の容姿は、夜の街歩きに向いていないようだった。

何度か危険な目に遭いかけて、夜に出歩くのはリスクが高いことを覚えた。

だから、夜は家でじっとしていた。


それは真月で、風が強い夜だった。

部屋で一人、ぼーっとスマホを眺めていたら、急に背中に、ぞわっとした気配を感じた。

緊張して、ゆっくり振り返ると、そこには深い闇に包まれた黒いネコがいた。


ネコは好きだ。

だけど、ひと目見て、これは私の知っているネコではないと感じた。

恐怖で動けない私の様子を楽しんでいるように、その場に寝転がったネコは、やはり異様な雰囲気を纏っていた。

悲鳴は全く出なかった。その時は、怖すぎると、むしろ声は出なくなるんだなと場違いに思ったものだ。


私の状況を無視して、毛繕いをしていたネコが、ふいに人間の言葉を話した。

「やあ、こんばんは。お嬢さん」

本当はそこで驚くべきだったけど、あまりにも優しいその声に不思議と安心した。

それが、私とヨルの出会いだった。


ヨルは、二人分のブランコがあるだけの何の変哲もない、小さな公園に住んでいる。

公園の名前は、ヨルとの約束で言えない。

ただ、大きなクスノキがあって、その下に、小さな祠がある。

ヨルの家だ。

そういう祠はあちこちに意外とあったりするが、何を祀っているのか誰も知らない。


出会った頃の思い出に浸りながら歩んでいると、公園までたどり着いた。

公園の中に入り、祠の前へと進む。

いつものように声をかけようとして、祠の前にある物体を見て、声にならない声が出る。

祠の前で、ネコが死んでいた。

足や腕がちぎれた状態で。


その瞬間、闇から、囁きが聞こえた。

「やあ、こんばんは。アオイ」

急な寒気がしたと思ったら、私の背後に、真っ黒な服で全身を包んだ男の子が立っていた。

とても綺麗で、汚れのない純粋な笑顔を浮かべる男の子。

ヨルだ。


ヨルは色々な形になることができるという。

だけど、私はネコと男の子の姿しか見たことがない。

この二つがヨルのお気に入りなのだ。


私の心は落ち着きを取り戻した。

「こんばんは。ヨル」

「どうしたの?」

けれども、先ほどの恐怖は声に乗ってしまっていたようだ。

ヨルはいつも感情の変化に敏感だ。


「ね、猫が死んでて」

「ああ、可哀想なことするね。意味ないのに」

「意味?」

「僕に頼み事をするのに、供物が必要だと勘違いする人間がいるんだ。

大事なのは感情なのに。ネコは崇高な生き物だ。こんなことをする人間は必要ない」

深い闇を湛えた瞳で、ネコを見つめるヨルは、まったく感情を込めずにそう言った。


「それじゃあ?」

ドキドキしながら尋ねるが、結末は予想がついている。

「うん、帰ろうとしていた、そいつを、そこに追い込んで飲み込んできた」

公園の入り口の脇にあるトイレを指差す。


じんわりとした汗が背中を伝う。

忘れちゃいけない。

ヨルは、何もかも飲み込む存在。

飲み込む理由はヨルの気まぐれ。


「それより、頼みがあるんだ」

「何?」

「この子を……」

「……分かった」

ヨルは祠の近くの土を飲み込んだ。

私は勇気を振り絞ってネコを抱えて、ぽっかり空いた穴に置く。

そして、落ちていた石を使って、周りの土をかき集めて、穴を埋める。

「ありがとう」

「ううん。私もそうしたかったから」

笑顔のヨルは本当に可愛い。

だけど、忘れちゃいけない。

ヨルは何もかも飲み込む存在。

触れたものは全て飲み込んでしまう。


ヨルの顔が急に無表情に戻る。

「おやっ、誰か来るようだ。アオイ、隠れて」

そういうと、ヨルが手をかざす。

すると黒い霧のようなものが立ち込めて、私の周りを囲む。

私の姿は瞬く間に闇に紛れた。


じっとしていると、祠に近づいてくる人の気配が感じとれた。

表情の乏しい女性だった。

祠の前まで来ると、蹲るように座り込んで、拝み始めた。

「ヨル様、ヨル様。どうか願いを叶えてください。

ここにあいつの髪の毛を持ってきました。

あいつからあの人を取り返してください。

あいつをこの世から消してください」


そのまま、祠に向かってブツブツと呟きが止まらない女性に、

私は言い得ない恐怖を感じつつあった。

ヨルが音もなく背後から近づき、突然声をかける

「君の感情、うん、なかなか美味しいよ。

で、『あいつ』ってどんな奴なの?」


急に現れた男の子に、腰を抜かす女性。

けれど、目的を思い出したのか、女性は懸命に「あいつ」の情報を喚き散らす。

その女性から、ブワッと、得体の知れない「くろいモノ」が立ち込める。

それは漂わず、そのままヨルの口へと吸い込まれていく。


恍惚な表情を浮かべるヨル。

私は、その貌が嫌いだった。

というよりも、ヨルに入っていく、その「くろいモノ」が嫌いだった。

それは、ヨルの纏うものとは、全く違うと私は思った。

なんていうか、やってくる人間がもたらす「くろいモノ」は汚れている。

色々混じって出来上がった黒色だ。

ヨルの色は違う。漆黒と呼ぶべき、綺麗な黒色だった。

「くろいモノ」がヨルに入っていくのを見ると、なぜだかヨルが汚されていきそうで、

泣きそうになってしまう。


けど、私の心配をよそに、ヨルは、いつまでも綺麗なままだった。


やがて、表情を無に戻したヨルが口を開く。

「うんうん。十分に味わえた。ありがとう。

じゃあ、『あいつ』は僕が飲み込むよ。顔が分かると嬉しいな」

ヨルが言うや否や、女性は慌ててスマホを取り出し、ヨルに写真を見せる。

そこには、ごく普通の、けど少し可愛らしい女性が写っていた。


「うんうん。じゃあ、君はもう帰って良いよ」

「でも、私も立ち会った方が……」

「帰って良いよ」

女性は確たる証拠が欲しかったのだろうか。

けれども、無表情で二度同じセリフを言うヨルに、うっすら恐怖を感じたのだろう。

相手にしているのは得体の知れないモノなのだ。

それに気づいた女性は、慌てて頭を深く下げた。

そして、小走りで公園から出て行った。


ヨルと二人きりになった。

「ちょっと待ってて」

「うん」

ヨルはそう言い、私が短く返事を返すと、急に姿が見えなくなった。

ブランコに座って待っていることにする。

さっきスマホで見た女性は、「夜に溶ける」のだろう。

私にはヨルがしていることの善悪を、決めることができない。

ただ、その行為に対する恐怖感をどうしても拭いきれない。

だから私は、ヨルは、あらゆるものを「夜に溶かしている」と思うことにしている。


「お待たせ」

気づくと、ヨルが隣のブランコに座っていた。

まだ30分も経っていない。意外に近くにいたのだろうか?

以前に、「どうやって探すの?」と尋ねたことがある。

ヨルは笑いながら、「くろいモノ」には、たくさんの情報が詰まっているのだと教えてくれた。


私の感情を読んだのか、ヨルは眩しい笑顔を私に向けながら言った。

「さっきの『くろいモノ』、たくさん『あいつ』の情報があって簡単だったよ。同じ県内だったし」

ヨルは、暗闇から暗闇へ飛び交うことができる。

そもそも暗闇が繋がっている場所ならば、距離に関係なく一瞬で移動できるらしい。

だから真月を愛するのだ。

それを聞いていいなあとつぶやいた私を、なぜかヨルはニコニコ見ていた。


「そう。それよりヨルの話が聞きたいなあ」

ヨルは何でも知っていた。

それを聞くのが私は何よりも好きだった。

確認する術はないが、ヨルは、はるか太古から存在しているらしい。


一度、スマホで恐竜を見せたことがある。

そのときのヨルのリアクションは見ものだった。

「うーん。何か違うんだけど、見たことあるような……うーん」

いつも飄々としているヨルだから、困った様子はとても新鮮だった。


「いいけど、アオイに聞きたいことがあったんだ」

「なに?」

「アオイはさあ、飲み込んで欲しいものは無いの?」

その瞬間、初めて味わう感情が自分を覆った。

両親、クラスメート、先生、知らないおじさん…………


「おお!アオイの『くろいモノ』すごいなあ」

ヨルの抑揚のない賞賛の声に、ハッとなる。

「いつでも言ってね」

そう言いながら、ヨルは私の「くろいモノ」を吸い取っていた。

私の「くろいモノ」もやっぱり薄汚い。


その後は、ヨルが色々な人々の生活の話をしてくれた。

聞いた感じだと、たぶん平安時代や江戸時代の話。

勉強が必要だなと私は図書館に行く決意を固めた。


明け方が近くなった頃、あの女性が再びやって来た。

その顔は喜びに満ちていて、祠の前に傅き、土下座を繰り返していた。

「ありがとうございます。ありがとうございます」


やがて、うずくまったまま、ブツブツ呟き始めた。

「ああ嬉しい。あいつはいなくなった。あの人からの慌てた電話。一緒にいたあいつが少し離れた隙に急に消えたって。今夜一緒にいたことは癪だけど、まあいいわ。私を疑っているみたいだけど、邪魔者はもういない」

その間も、「くろいモノ」がどんどん女性の身体から吹き出してくる。

それを嬉しそうに、口に入れるヨル。

「この人すごいよ。たった一人で『くろいモノ』がこんなに出るなんて」


満面の笑みを浮かべていたヨルだったが、女性の服の袖口に血のあとを認めて、無表情になる。

「それ、どうしたの?」

「えっ?」

「いいよ。勝手に調べる」

そう言うと、深淵の闇が立ち込める。

辺りの土が湿った匂いを放つ。

やがて、この世のものとは思えない悍ましい姿の「カタマリ」が姿を現した。


明確な形はもたない。

ただムカデのような無数の足が下半分で蠢き、嫌悪感を覚える。

上半分は大きな口になっていて、開くと、無数の人型の腕が伸びて来た。

手のひらと指にはトカゲを思わせる目玉が埋め尽くされている。

目玉の全てが、女性を睨む。


私は絶句した。

女性はその場で尻餅をつき、固まったままだ。


二本の腕があり得ない長さに伸びて、女性に向かう。

そのうちの一本が、女性の顎をつかみ上を向かせる。

そこにもう一本の腕が迫る。

鉄錆が混じる臭気が漂ってきた。

女性の瞳に確かな恐怖が浮かんでいる。

やがて、立ち込めて来た「くろいモノ」が、「カタマリ」の口の中に入っていく。


「ふうん。それは誰が言ったの?……なるほど。よく分かったよ」

これもヨルなんだ。

分かってはいたが、声を聞くまでは信じられなかった。


女性の顎を掴んだ腕は、首へと掴む場所を移し、そのまま女性を持ち上げる。

宙吊りにされた女性は恐怖に暴れるが、甲斐なく、そのまま「カタマリ」の口の中に消えた。

その間、私は動くことも、声を出すこともできなかった。

人間が「夜に溶けた」のを間近にみたのは、数えるほどしかない。

いつもヨルは私に見せないようにしていた。

今みたいに取り乱すのはよっぽどだ。


ヨルが元の男の子に戻って、済まなそうに口を開く。

「ごめんね、アオイ」


その瞬間、私は大きく息をした。

知らぬ間に、息も止めていたらしい。


深呼吸を数回したあと、ヨルに向かって、無理やり明るい表情を作って返事する。

「ううん。びっくりしただけ。でも急にどうしたの?」

ヨルはいつもとは違い、怒りを直接露わにして話す。

「こいつは小さな動物をいたぶっていたようだ。

しかも、わざわざペットショップで買って。

今晩も子犬をバラバラにしていたらしい。

その理由は、『ヨル様』の儀式に必要だからだって」

「えっ?」

「でも、どの『くろいモノ』にも喜びがあった。

人間をよく知っているつもりだったのに、また分からなくなってきたよ」

「そう。どうするの?」

「……アオイ。今日はここまでだ。明日の晩また会おう」

「分かった」


私は素直に公園を後にした。

薄明るくなってきた道を歩き、家路に着く。



目が覚めた私は、カーテンを開ける。

すっかり日が高く上がっている。

むしろ、これから傾くかという時間まで寝てしまった。

昨晩は想像を絶する体験をしたのだ。

やっぱり身体が疲れ切っていたのだろうと思う。


リビングでは、テレビがついていた。

その前に置かれた座椅子にちちおやが座っている。

帰って来ていたのか。


「アオイ、いくら土曜日でも寝すぎだろ。

あいつみたいにだらしない女にだけはなるなよ」

気配で分かったのか、後ろを振り返りもせずに男は口を開く。

出てくる言葉はいつも自然とははおやをけなす。


そうか、今日は土曜日か。

男がずっと家にいると、めんどくさいな。

私はそんなことを考えながら無言でキッチンに行く。

冷蔵庫から水を出して飲んだ。


いつもなら、まだ文句が続くはずなのに。

静かだなと思い、何気なしに男の方を見ると、だまってテレビ画面を見ていた。

そちらに目を向けると、画面には緊急ニュースが映っていた。

スタジオに専門家と呼ばれる人たちが鎮痛な顔で話し合っている。

何だろうと思いながら、目線を横に動かして読んだテロップの内容で唖然となる。

「世紀の大事件か!?昨夜大量の人間が消失!一体何が?被害はまだ増える?」


「お前も興味あるか?まあ、世の中にはいらない人間が多いからなあ。

消してくれねえかな、あいつも、あと、あいつにあいつ……」

ブツブツと呟く男は無視して、私はテレビで語られている話に集中する。


昨夜未明から早朝にかけて、〇〇市と××市を中心に、

家族、知人が失踪したとの通報が、この午後より警察に殺到している。

重大事件とみて、緊急特番が放送されたらしい。

番組によると、失踪届けは今も増えているが、失踪者同士の繋がりは不明。

ただ、何人かの失踪者は「夜人神様」と書かれたお札を家に祀っていたらしい。

今のところ、警察は新興宗教がらみの事件とみて捜査に当たっている。


その夜は運良く、男は出かけて行った。

アオイは気が急いて、息を切らしながら公園へと向かった。


いつものように、祠に向かうと、その中から、黒い霧が出てくる。

それはやがて男の子の形になる。

綺麗な笑顔を浮かべて言う。

「やあ、こんばんは。アオイ」

「こんばんは。ヨル。あのねヨル……」

話だそうとする私を手で止めて、寂しげな表情で、ヨルは言う。

「僕といる時間が長いと、アオイはきっと人間ではなくなってしまうよ」


心の臓がどくんと大きく波打つ。

きちんと言わなきゃ。

一つ深呼吸して返事をする。

「別にいいよ、それでも私は一緒にいたい」

瞳に喜びが少し浮かんだが、ヨルは表情を崩さず、さらに言う。

「たぶん、アオイも闇そのものになってしまうと思うんだ。そうなる前に僕と離れた方が良い」


なんか急に気持ちが落ち着いた。

ヨルが別れを切り出して来たら、いつでも言えるようにと準備していた返事が役に立ちそうだ。

私は自分が思う、とびっきりの笑顔を浮かべてヨルに言葉を放つ。


「出来たら、ヨルに溶けたいなあ」


目を見開くヨル。

だけれども、すぐに私の好きなあの笑顔になる。

初めて会った時のあの笑顔。

「分かったよ。アオイがどうしようもなくなったら、その時は僕が抱きしめる」

「ヨルに触れられること、楽しみにしておくね」


どちらからともなくブランコの方へ足を向ける。

そして、座って、ヨルの話を聞くのだ。

そうしていると、時たま、公園の小さな祠を訪れる人間が来る。


「おやっ、誰か来るようだ。さあ、アオイ、隠れて」


こうして、今晩もヨルと一緒に、人間の欲望と恐怖に塗れた、この不可思議な時間を生きるのだ。

私が夜に溶けるまで。


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