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「両親が、ぜひとも君に会いたいと言っている」
エリオット様の口から爆弾発言が飛び出したのは、彼に送ってもらう日が週に一度から二度に増えた頃のことだった。
「……すみません。聞き間違いかもしれないので、もう一度言っていただけますか?」
僅かな望みを託してそう聞いてみたものの、返ってきたのは先程と全く同じ言葉で、私は「嘘でしょう!?!?」と叫んでしまう。
だってそんな、エリオット様のご両親といえば、ハーヴァード公爵家の当主とその奥様だ。
どうしてそのような方々が、私のような小娘に「会いたい」なんてことを言い出すのか。
……まあ、理由なんて一つしかない。
本心を言えば聞きたくないが、しかし知らないままでいるのも恐ろしい。
「エリオット様は、ご両親に私のことをどのように説明なさっているのですか?」
震える声でそう尋ねると、「もちろん、『片想いの相手だ』と」との答えが返ってきた。
「なんでですか!」
せめて、せめてご両親には、きちんと本当のことを伝えておいてほしかった。
混乱のままにそう抗議してみたけれど、エリオット様は少年のように満面の笑みを浮かべて「当然だろう」と言った。
「『敵を欺くにはまず味方から』と言うだろう? それに、次々と相手を見繕ってくるという点をからすると、両親だって味方ではない」
「なんてこと……」
私はそのまま、自分の両手に顔を突っ伏す。
「……そもそも、〝自分が片想いしている相手を両親に紹介する〟って、どういう状況なんですか? 公爵レベルのお家では普通のことなのですか?」
「…‥…‥ああ、まあ……そうだな」
「絶対嘘ですよね」
眉を顰める私を見て、エリオット様は慌てたように「普通……ではないかもしれん」と答える。
「今まで全ての縁談を断ってきたせいで、両親は私のことを『他人に興味を持てない人間だ』と思ってきたらしい。それもあって、両親はセラフィナに興味津々なんだ」
確かにそんな背景があるのなら、息子が初めて自分から興味を持った相手に会ったみたいと思うのは、親としては当然の感覚なのかもしれない。
けれども残念ながら、私はエリオット様にとって〝片想いの相手役〟でしかないのだ。…………残念ながら。
「難しく考える必要はまるでない。スケジュールの関係上、会うと言ってもせいぜい三十分程度のことだ。お茶を飲みに来るくらいの気持ちで来てくれればいい」
「どうだろうか?」と私を覗き込むエリオット様の瞳は、飼い主を遊びに誘う大型犬を思い起こさせた。
「……私、焼き菓子の中ではガレットが好きなんです」
「ガレット? そうなのか?」
「はい。公爵家で出されるガレットは、美味しいですか?」
「……!? 必ず、セラフィナが今まで食べた中で一番美味しいガレットを用意させよう」
ぱあっと顔を輝かせるエリオット様を見て、思わず笑みが溢れる。
〝自分に想いを寄せてくる相手のご両親に挨拶に伺う〟なんて、意味がわからないことこの上ない。
それでも、「エリオット様がこんなに嬉しそうにしているのだから」と公爵家への訪問を決めてしまう私は、エリオット様の〝相手役〟失格なのかもしれない。
◇◇◇
「ようこそ。わざわざ呼び立ててすまないね」
「本当に、よく来てくれたわね」
ハーヴァード公爵家の応接室に案内された私を出迎えたのは、公爵夫妻からの歓迎の言葉だった。
まさかすでにエリオット様のご両親が揃っておられるとは思っておらず、冷や汗をかく……どころではなかった。
そこにいたのは、ご両親のみではない。
エリオット様とそっくりな女性が二人、おそらくエリオット様のお姉さんと妹さんまでもがいらっしゃったのだ。
……どうしてご家族総出なの!?!?
エリオット様からの紹介によると、妹さんは「セラフィナの一つ年下」で、お姉さんについては「他国の王家に嫁いで、現在は里帰り中」だそう。他国の王家!?
「そ、そんな……。滅多にない家族団欒の時間に、無関係な私が乱入してしまいまして……」
「そんなこと言わないで。私もあなたに会いたかったのよ。たまたまこちらに帰って来ている時でよかったわ」
「ひええ」
髪色こそ違うものの、エリオット様と同じ色の瞳、そしてエリオット様同様芸術作品のように整った容姿のお姉さんに笑いかけられて、耳元が熱くなる。
「セラフィナ様、素敵な髪飾りですね! よくお似合いです!」
「こちらはエリオット様から贈っていただいたものでして。私もとても気に入っているんです」
「あら、お兄様が?」
妹さん……クラリス様はそう言うと、私とエリオット様を交互に見る。
「セラフィナ様の瞳が青で、お兄様が赤……。それで送った髪飾りの宝石が紫? ……えっ、重たすぎません?」
何かを呟いていたようだけど、はっきりとは聞こえなかった。
「セラフィナ様は、お兄様とお付き合いしているわけではないのでしょう?」
「ええ、そうです」
「お兄様はしつこいですから、捕まってしまったら離してもらえないと思います。逃げるのなら今のうちですよ!」
そう言ってクラリス様は悪戯っぽく笑うと、私の耳元に口を近づける。
「もちろん、セラフィナ様がお義姉様になってくださったら嬉しいですけれど」
至近距離で見るクラリス様は、エリオット様と同じ表情をしていた。
「旦那様、そろそろ……」
執事長であろう男性から声が掛かるまで、あっという間に感じられた。
〝会話上手な人間は、相手に楽しく話をさせることに長けている〟と聞いたことがある。
いつの間にか緊張もほぐれ、和やかに会話を楽しむことができたのは、ハーヴァード公爵家のみなさんのおかげなのだろう。
「私とお友達になってくださいませんこと? お兄様のことは抜きにしても、また遊びに来てください!」
「私も、とても楽しい時間を過ごせたわ。こちらの国に来る際には、あなたに声を掛けてもいいかしら?」
クラリス様とお姉さんからは、それぞれそんな言葉をいただいた。
「ええ、もちろんです! また、機会があれば」
「……セラフィナ様、社交辞令だと思っていらっしゃいますね? 私、本気ですよ?」
そう言って唇を尖らせるクラリス様は、とても可愛らしかった。
「こんな妹がいたらいいな」と、思ってしまうほどだった。
「わざわざすまなかったね」
ハーヴァード公爵はそう言うと、握手を求めるように私に手を差し出す。
恐縮しながら握り返したその手は、エリオット様の手よりもひんやりとしていた。
「我々は君に、息子と結婚しろと迫るつもりはない。権力を使って君の家に圧力を掛けるつもりもまるでない」
公爵は優しく目元を和らげると、少し声量を落とす。
「なかなか他人に心を開かない息子が、君の前では随分とリラックスしている。その姿を見れただけで、私達は嬉しいんだ。本当にありがとう」
そう言う彼は、〝公爵様〟ではなく〝父親〟の顔をしていた。
帰り道、公爵家の馬車に揺られて一人家へと向かう。
いつもはエリオット様がいる車内は、一人だとがらんとしていて、少し寒いようにも感じられる。
……もう少し一緒にいたかったな。
そう思ってしまう自分に苦笑する。
だってもう、こんなの恋だ。
残念ながら私は、〝婚約解消後すぐに他の男性になびく女〟だったらしい。
……けれども、決して〝エリオット様にとっての『下手な相手』〟にはならないでおこう。
それが、私を信頼して〝片想いの相手役〟を依頼してくれたエリオット様に対してできる、最大限のことだから。
心の中でそう決意をしつつ、別れ際にエリオット様から手渡された包みを開ける。
そこには、私が好きだと伝えていたガレットが、ぎっしりと詰まっていたのだった。




