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美貌の公爵令息様から頼まれたのは「片想いの相手役」!?  作者: 小乃マル


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7

 夜会もそろそろ中盤に差し掛かろうかという頃。

 会場の隅に設けられた席に腰掛けながら、私はぼんやりとエリオット様の姿を見つめる。


「今日はセラフィナのおかげで、快適に過ごすことができている。本当にありがとう」

 先程、エリオット様はそんなことを言っていたが、私は何もしていない。

 夜会の間中、彼から世話を焼かれ続けているだけだ。


 途中何度か「これでいいのか……?」と疑問に思ったりもしたけれど、周囲は私達に対して「あの方がエリオット様の……」「エリオット様があれほどご執心されているとは……」と、むしろ子どもの初恋を見守るような視線を向けてくる人ばかりだ。


「ほんの少しだけ、席を外さねばならない。すぐに戻るから」

 少し前にエリオット様がそう言い残して、会場の中央へと向かっていったものだから、今の私は絶賛一人きりなのだけれど、それでも意地悪な言葉を投げ掛けられたりだとか、遠巻きにひそひそとされたりだとか、そういったこともない。


 ……王太子殿下と親しい者だけを招いた夜会だと聞いているので、それが関係しているのかもしれないわね。


 そんなことを考えつつ、エリオット様が運んできてくれた料理を、黙々と食べ進めている時のことだった。

「君がセラフィナ嬢か。エリオットから話は聞いている」

 背後から声を掛けられて、身体に力が入る。


 一体誰だろう……と思って振り向くと、そこにいたのは王太子殿下その人で、思わずむせ込んでしまった。

「……ごほっ」

「すまない、驚かせてしまったようだ」

「い、いえ! 大変失礼いたしました!」

 非礼を詫びる私に、殿下は「気にするな」と軽く返事をする。


「エリオットが随分と熱を上げているようだな」

「いえっ! あっ、はい! ……はい?」


 ここで否定すると、自分が〝片想いの相手役〟でしかないことがばれてしまう!

 そんなふうに焦ったせいで意味不明の返答になってしまい、私は内心で頭を抱える。


「エリオットはこんな相手に片想いをしているのか」と、王太子殿下をがっかりさせてしまったのではないだろうか……。

 そう危惧したけれど、殿下に気にする素振りはない。

 それどころか「急に話し掛けるべきではなかった。私の落ち度だ」とフォローまでしてくださるのだから、頭が下がる思いだ。


「どうだ、楽しんでいるか?」

「はい。本日はお招きいただき、誠に感謝しています」

「はは、そんなにかしこまる必要はない。……ほら、セラフィナ嬢が萎縮しているから、エリオットがこちらを睨んでいる」


 王太子殿下に促され、会場の中心に視線を向けると、少し離れた位置から険しい表情でこちらを見ているエリオット様と目が合った。


 エリオット様からそんな表情を向けられたのは初めてのことで、「ひゃあ」という声が漏れてしまう。

 ひょっとして、私が殿下相手に〝片想いの相手役〟として上手く振る舞えているかどうか、心配を掛けているのかもしれない。


 焦る私の隣で、しかし王太子殿下はエリオット様から視線を逸らさずに「本当に、セラフィナ嬢がきてくれてよかった」と言った。

「あんな顔をしているあいつを見るのは、幼少期ぶりだな」


 そのまま殿下は、エリオット様に向かってゆるゆると手を振る。

「セラフィナ嬢も、振ってやってくれ」

 公爵家の嫡男であられるエリオット様に向かって、そんなことができようか……とは思うものの、王太子殿下から「ほら」と促されると、それに従うほかはない。


「なんだか、余計に睨まれている気がするのですが……」

「はっはっは。虫でも見るような目付きをしているな」

 殿下は大笑いをしたかと思うと、急に真面目な声で「セラフィナ嬢」と私の名を呼んだ。


「……私は、エリオットを実の弟のように思っている。だからあいつには、幸せになってほしいんだ」

 殿下はそこで声量を落とし、私の耳元に口を近づけて「すまないな」と言った。


「エリオットのこと、悪く思わないでやってくれ」

「……はい?」

「その代わりと言ってはなんだが、君が本当に困った時には必ず力になろう」


 ……一体エリオット様は、王太子殿下にどこまでのことを伝えているのだろう?


 含みのある言い方をする殿下に、「どこまでご存じなのですか?」と尋ねようとした瞬間だった。

「殿下! 後でご挨拶に伺うと伝えておいたではありませんか!」

 慌てた様子のエリオット様が、私と殿下の間に入ってくる。

 急いで来たのだろうか、少し息が上がっているようだった。


「私が『会いたい』と言ったんだ。こちらから挨拶するのが当然だろう」

「だとしても! どうしてこのタイミングなのです? 私がいる時でいいでしょう?」

「セラフィナ嬢に挨拶をするのに、どうしておまえの所在が関係ある?」


 不機嫌そうなエリオット様と、揶揄うような王太子殿下。

 側から見ていると、本当に兄弟のようだ。


 二人のやりとりを微笑ましく思いながら眺めていると、不意に王太子殿下が悪戯っぽい表情を浮かべた。

「ところでセラフィナ嬢。王宮の庭園はもう見たか?」

「庭園……ですか?」

「ああ、少し前に異国から珍しい花が入ってな。プルメリアというそうだ。ぜひ見に行くといい」


 殿下はそう言うと、エリオット様に意味ありげな視線を送る。

「エリオットに案内を任せよう。初めての人間が一人で行くには入り組んでいて、迷う可能性もあるからな」


 王太子殿下に送り出されて、私はエリオット様と並んで庭園に向かう。

 私の歩幅に合わせて、エリオット様はゆっくりと歩を進めてはくれるけれど、やはりその右手が差し出されることはなかった。


「今日は、来てくれてありがとう。無理を言ってすまなかったな」

「いいえ。人々に注目されるのは慣れていませんが、こんな機会でもなければ王太子殿下と言葉を交わすこともなかったでしょうし」


「少し噂されるくらい許容範囲内です」と付け加えると、エリオット様がさっと顔色を悪くする。

「……噂、とは?」

 強張った表情で聞いてくるエリオット様に、私は呆れた気持ちで返す。


「〝エリオット様の片思いのお相手〟が、どれほど注目を浴びるか、エリオット様もご存知でしょう?」

「何か、不快な思いをしなかっただろうか? 誰かから悪く言われたりだとか」

「そういうわけではありません。どちらかと言えば、温かい視線を向けられていた気がします」

「ならよかった」

 エリオット様はそう言うと、あからさまにほっとした様子を見せた。


「……だって、エリオット様が守ってくださっていますから」

「え?」

「私が悪く言われないよう、エリオット様が上手く立ち回ってくださっていますから。それに、悪意が私の元に届かないように、止めてくださっていることも知っています」

 私の言葉を聞いて、エリオット様が「知っていたのか」と呟くのがわかった。


「今日だって、『セラフィナのおかげで』と言ってくださいますが、私は何もできていません。世話を焼かれてばかりです」

 私はそこで一旦言葉を区切ると、「一曲くらい踊っておきますか?」と尋ねる。

 じっとりと汗ばむ手には気がつかないふりをして、わざとおどけたふうを装った。


 けれども返ってきたのは、「…………やめておこう」という言葉。

 何かに耐えるように眉間に皺を寄せるエリオット様を目にして、私は「やってしまった」と思った。


 少し仲良くなれたような気がして、調子に乗ってしまった。

 私がエリオット様から依頼されたのは〝口説かれること〟であって、こちらからの行動は求められていないというのに。


 それを考えると、「エリオット様のために何かをしてあげたい」と思うこと自体が間違っているような気がしてきて、鼻の奥がツンと痛む。

 思い上がっていた自分自身を、酷く恥ずかしいもののように感じた。


 けれどもここで、俯くのは違うだろう。

 そんな思いから視線を上げると、エリオット様の真紅の瞳と目が合った。

 

「……君は、男に触れられることに抵抗があるのだろう?」

 エリオット様の発言に、思わず「どうして?」という言葉が漏れる。

 だって私は、エリオット様に()()を言った覚えがないから。


 言葉に出したわけでもないのに、私の疑問は正しく伝わったようで、エリオット様は「わかるさ」と答える。

「見ていれば、わかる」

 そう言って笑う彼は、随分と悲しげだった。


「‥………幼い頃に、誘拐されそうになったことがあるのです」

「待て、無理に話す必要はない。理由を聞き出そうとしたわけではない」

「わかっています。ですが、エリオット様さえよければ、聞いていただけませんか?」

 エリオット様がゆっくりと頷くのを見て、話を続ける。


 幼少期に誘拐されそうになったこと。

 荷車に押し込まれそうになった寸前に助けがきたおかげで、何の被害もなかったこと。

 それでも、その時の影響で大人の男性に触れられるのが少し怖いこと。


「いくら頑張ったところで、純粋な力で女性は男性に勝つことができませんから」

 私がそう言うと、エリオット様が顔を歪めた。


「なんの被害もなかったとはいえ、いまだに私を陰で『傷物』と呼ぶ人間もいます。『火のないところに煙はたたない』とは言いますが、煙を見て大火事だと触れ回る人間は少なくないのです」

「だが、その噂は事実とは異なるのだろう? 否定しないのか?」

「ムキになって否定すれば、余計に騒ぎ立てられますから」


 エリオット様に気遣わせないために、私は意識してにっこりと笑う。

 しかしこちらを見るエリオット様は、悲しげな顔をしていた。

 きっと、自分で思うほど上手くは笑えていなかったのだろう。


 全てを話し切った私は、ゆっくりと息を吐く。

 そんな私に向かって、エリオット様が「……すまなかった」と謝った。


「そんなセラフィナに相手役を頼んでしまって、申し訳ない。怖がらせてしまっていただろうか? もしも君が望むのであれば、今すぐにでもやめにしよう」

 そう言って私の顔を覗き込むエリオット様は、心から私を心配しているように思われる。

 けれども私は、首をゆるゆると横に振る。


「エリオット様は、怖くありません」

「だが……」

「だってエリオット様は、絶対に私に危害を加えたりなさいませんから。身体的にも、精神的にも」


 私はそのまま手を伸ばす。

 指先でエリオット様の手の甲に触れると、彼の身体がぴくりと動くのがわかった。


「エリオット様のことは、怖くないのです」

 本心であることが伝わるようにと、私はもう一度繰り返す。

 エリオット様からの「……そうか」という返事は、僅かに掠れているように聞こえた。


「……先程の誘いは、まだ有効だろうか?」

「〝誘い〟とは?」

「一曲踊るかと、聞いてくれただろう?」

 エリオット様はそのまま跪くと、「私と踊ってくれないか?」と言った。


「ここで、ですか?」

 人気のない庭園で、誰にも見られていないのに。〝セラフィナをダンスに誘うエリオット〟を、演じる必要もないのに。

 そう思うと、胸の鼓動が早くなる気がした。


「ああ、ここでだ」

「どうして?」

「今日の記念に……ということで、どうだろう?」

「なんの記念ですか」


 そんなことを言いながら、私はエリオット様の手にそっと自身の手を重ねる。

 初めて触れたエリオット様の手は、想像よりもずっと温かく感じたのだった。

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