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美貌の公爵令息様から頼まれたのは「片想いの相手役」!?  作者: 小乃マル


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5/12

 エリオット様の〝片想いの相手役〟を引き受けてから、二ヵ月が経過した。


「おはよう、セラフィナ。今日も朝から君に会えて嬉しいよ」

 エリオット様から初めてそう言われた日には、それこそ周囲は阿鼻叫喚の図だったし、私も顔の熱が一日中引くことはなかった。

 それが今では涼しい顔で「おはようございます」と返すことができるようになっているのだから、慣れというのは恐ろしい。


「困っていることはないかい? 何かあれば、私が力になるからな」

「それほど頻繁に確認していただかなくても、大丈夫ですよ」

「そうか。だが、何かあれば遠慮なく言ってくれ」


 エリオット様がわざわざ周囲に聞こえる声量でそう言ってくれるおかげで、今のところ大きなトラブルに巻き込まれるという目にも合っていない。

 

 強いて言えば、一度だけ「どうしてエリオット様からの気持ちに応えないのか」と、非難半分疑問半分といった様子のご令嬢達に尋ねられたことはある。

 しかし「婚約を解消してすぐの身ですので……」と答えると納得してもらえたようで、それ以降は静かなものだ。


〝自分に想いを寄せられた人物は、その想いを受け入れようと拒もうと、攻撃の対象になりうる〟。

 エリオット様はそれを理解していたからこそ、誰が見ても真っ当な〝拒む理由〟を有する私に片想いの相手役を頼んだのだと、気づかされた出来事だった。


「今日は約束の日だが、セラフィナの予定に変わりはないか?」

「はい。私は大丈夫です」

「そうか。なら、授業が終わり次第迎えに行こう」


 この〝約束〟も、エリオット様から提案されたもの。

「人目のない場所で打ち合わせをしたいので、定期的に公爵家の馬車で送らせてほしい」

 片想いの相手役を依頼されたその日に、馬車の中でそう言われた時には「周囲からどんな目で見られるか……」と慄いたものだけれど、それも杞憂に終わった。


「もちろん、君が悪く言われないように手を尽くそう」

 その言葉の通り、彼は公衆の面前で〝私が頷かざるを得ない状況〟を作り出し、周囲に「エリオット様の『共に帰りたいという』わがままに、セラフィナ嬢が付き合ってあげている」と思わせることに成功した。

 以来、私は週に一度、公爵家の馬車で家まで送ってもらっている。


 馬車に乗る直前までは、まるで本当に私に片想いをしているかのように、甘い言葉を吐き続けるエリオット様。

 そんな彼が、馬車に乗った途端にすんっとした顔になる瞬間は、いまだに笑ってしまいそうになる。


「今日の私の行動で、不快だったことはあったか?」

「いえ、大丈夫です。もしあれば、その都度お伝えさせていただきますから」

「なるべく接触はしないようにする。髪……くらいなら大丈夫だろうか?」

 恐る恐るといった様子でそんなことを聞いてくるエリオット様を、一体誰が想像できるだろうか。


「ええ、構いません。いつもご配慮ありがとうございます」

 そう答えると、わかりやすく緊張を緩めるエリオット様は、ひょっとすると周囲が思っているほどには女性慣れしていないのかもしれない。


 その時の彼と、今目の前に立っている〝理想的なお相手〟であるエリオット様とがあまりにも違いすぎて、思わず口元が緩みそうになる。

 けれども、ここは校内の廊下。

 にやけている場合ではないと、口元にきゅっと力を込める。


「いつもありがとうございます」

 私の言葉を聞いて、エリオット様は美しい笑みを浮かべた。

 作り物のような、完璧な笑顔だった。


「礼を言うのは私の方だ。私に付き合ってくれてありがとう」

 エリオット様はそのまま、「今日も一日頑張れそうだ」と付け加えると、私の頭を手の甲でするりと撫でる。

 物語に出てくる王子様を彷彿とさせるような仕草に、近くにいた女子生徒が「きゃあ」と黄色い声を上げるのが聞こえた。


 大衆小説などであれば、ここで私に向けられる視線には、敵意だとか嫉妬だとか、そういった負の感情が混じっていることだろう。

 けれども彼女達の視線には、そういうものはないように感じられる。

 あるのは純粋な羨望と、そして「エリオット様がこれほど心酔されているのだから、きっとこの方も素敵な人物に違いない」という尊敬のようなもの。


 周囲からのこういった反応に、思うところがないとは言い切れない。

 それでも、〝婚約を解消したご令嬢〟として後ろ指さされる覚悟でいた私にとって、これは嬉しい誤算だった。


 ……いや、誤算なんかではないのだろう。

 公爵家の嫡男であるエリオット様が心を寄せている相手を、わざわざ敵に回すような馬鹿な真似をする人などいるはずもない。


 エリオット様が私のことを〝本当に片想いをしている相手〟かのように大切に扱ってくれるからこそ、私は学園中から「あのエリオット様が心酔しているお相手」として名を馳せている。

 それを思うとこれは、エリオット様がいろいろと手を回してくださった、当然の結果なのだ。


「では、また後で。放課後を楽しみにしているよ」

 いつもの通り、教室まで私を送り届けたエリオット様は、そう言って小さく手を振った。

 あの日から毎日続く見慣れた光景に、それを騒ぎ立てるクラスメイトはもはやいない。


「エリオット様には、助けてもらってばかりだわ……」

 自分の教室に向かうエリオット様の後姿を見送りながら、私は「彼のためにできることはないかしら」と口の中で呟いたのだった。




「嫌です」

「そこをなんとか、お願いできないだろうか」

「ちょっと! いくら人が見ていないからと言って、頭を下げるのはやめてください!」


 さて、放課後。

 帰りの馬車の中で、エリオット様の口から発せられた「お願い」に、私は内心で頭を抱える。


「エリオット様のためにできることはないか」と口にしたから、神様がその場を用意してくださったのだろうかと思うくらいの、タイミングの良さ。

 けれども、いくらなんでもこのお願いは私には荷が重すぎる。

 

「王家主催の夜会に、招待されてもいない私が出席できるはずがないでしょう!?」

 叫ぶように発した私の言葉は、少し震えてさえいた。


〝一ヵ月後に開催される王家主催の夜会に、セラフィナも出席してほしい〟。

 エリオット様からのお願いは、簡潔に言えばそういうことだった。


「夜会には良い思い出がないんだ」

 げんなりとした様子のエリオット様に聞けば、過去に「この機会に乗じてエリオット様と懇意になろう!」と勇み立ったご令嬢同士が、周囲を巻き込んで派手に言い争うという出来事があったらしい。

 それも、一度だけではなく何度も。


「近頃は何かと理由をつけて断ってきたんだが、今回は王太子殿下から直々に声を掛けられてしまってね。どうしても断れなくて」

「王太子殿下から直々に……」


 自分には無縁のワードに目を瞬かせていると、エリオット様は「王太子殿下とは遠縁なんだ」と言った。

「王太子殿下とは二歳差だからね。殿下には弟のように可愛がってもらっているよ」

「ひえ……」

 驚きのあまり貴族の子女らしからぬ反応をしてしまったけれども、エリオット様はそれを気にする様子もなく、深く溜息を吐いて自身の額に手を当てた。


 元々、エリオット様が人目を集める存在であることは知っていた。

 しかしこの二ヵ月で、それが想像以上であることと、そしてそれによるトラブルを回避するために、エリオット様が常に気を配って生活していることに気がついた。

 たとえ〝良い意味〟であったとしても、絶えず人から注目を浴び続けるというのは、生きづらいものなのだ。


 そんなエリオット様の気苦労を垣間見てきたからこそ、目の前で弱々しげ「本当に憂鬱だ……」と呟く彼を、気の毒だとは思う。

 しかし、今回ばかりはどうしようもない。


 荷が重い……のももちろんあるけれど、一番の理由はこれ。

「同情はいたしますが、今回ばかりは私が力をお貸しすることはできません。そもそも、私は呼ばれてすらいないのですから」


 招待もされていない王家主催の夜会に乗り込んでいくだなんて、通報案件だ。普通に捕まる。

 いくらなんでも、そこまでの危険を犯すことはできない。


 少しほっとした気持ちでそんなことを考える私に、しかしエリオット様はなんでもないことのように返した。

「それなら心配する必要はない。殿下からは『誘いたい者がいるならば、連れて来るといい』と言われている」


「え?」

「どうやら私がセラフィナに執心しているという噂を、王太子殿下も耳にされたらしい。『エリオットが夢中になっている相手を見てみたい』とおっしゃっているんだ」

「なんてこと……」


「絶句」という言葉が、これほどぴったりくる状況が他にあるまい。

 エリオット様は、単に〝王家主催の夜会に出席する〟ことだけをお願いしているのではない。

 彼は〝エリオット様の片想いの相手としての出席〟を、私に求めているのだ。


 責任重大すぎる。だって、学園内だけで〝片想いの相手〟として扱われるのとは訳が違う。

 エリオット様の話を聞く限り、王太子殿下にまでそういう目で見られることになるのだと考えると、胃の辺りが痛くなってくる心地がする。


 ……けれど、現状私が片想いの相手役として、エリオット様の力になれているとは言い難い。

 むしろこちらばかりが助けてもらっているのだから、私の胃を犠牲にしてでも出席した方がいいのかもしれない。


 そもそも、片想いの相手役を引き受けてから初めての、エリオット様からの明確な「お願い」なのだ。

 ならばやはり、ここは笑顔で引き受けるべきなのだろう。


 でも…………。


 私がそんなことをぐるぐると考えていると、頭上で「ははっ」と笑う声がした。

 その声に釣られて視線を上げると、優しげな表情でこちらを見つめるエリオット様と目が合う。


「いや、君がくるくると表情を変えるのが可笑しくてね」

 エリオット様はそう言うと、軽く息を吐き出して「すまない」と謝った。


「随分と悩ませてしまったな。言ってみただけだから、気にするな。王家主催の夜会といっても、親しい者達ばかりを集めた小規模なものだしな」

「ですが……」

「王太子殿下に会うことに対する敷居の高さを忘れていたよ。私にとっては彼も、あまりにも普通の人間だからね」


 エリオット様はそのまま「そういえば」と続けると、全く関係のない出来事へと話題を移した。

 まるで「これで夜会の話は終わりだ」とでも言うようなその態度に、私としてもそれ以上口を挟むことはできない。


 正直なところ、エリオット様が話を切り上げてくれたことに、どこか安心してしまっている自分もいる。

 彼が言うように、王太子殿下に会うだなんて、さらには殿下を騙すようなことをするだなんて、「できることならしたくない」というのが本音だ。


 それでも、大してエリオット様の力になれていない自分に対する胸のモヤモヤが、晴れることはないのだった。

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