2
数日後。
ハミルトン伯爵領にいたヨンナ達だが、成人していないスティーナ以外は再び王都ゾックスロムに行くことになった。
まだセドウェン王国は社交シーズンなのである。
「ヨンナお姉様、また機械工学の本をお読みになっていますのね」
ハミルトン伯爵家の王都の屋敷書斎にて、ウリカが読書をしていたヨンナの顔をひょこっと覗き込んでいた。
「ええ、好きなのよ」
ヨンナはふわりと表情を綻ばせる。
ヨンナは昔から機械が動く仕組みなどが好きだった。
機械工学の本をよく読むだけでなく、実際に小さな機械を作ったりもしている。
機械をいじるヨンナは、毎回アクアマリンの目をキラキラと輝かせていた。
「好きなことに夢中のヨンナお姉様の表情、まるで星みたいに輝いていますわよ。私、淑女の鑑と言われているヨンナお姉様に憧れていますけど、今みたいにキラキラとしているヨンナお姉様も大好きです」
鈴の音が鳴るようにクスクスと笑うウリカ。
「ありがとう、ウリカ」
ヨンナはそっと本を閉じた。少し気恥ずかしくなっていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ある日、セドウェン王国の王宮にて。
この日はヘッセン王家主催の夜会があった。
もちろんヨンナも出席をする。
しかしヨンナは多くの令息達からのダンスの誘いに疲れてしまった。
(どこか休憩出来る場所はないかしら?)
内心ため息をつきながら、王宮を歩くヨンナ。
その時、王宮の図書館が開放されていることに気付く。
(王宮の図書館……。きっとハミルトン伯爵家の書斎にはない本もたくさんありそうね)
ほんの少し心を弾ませながら、ヨンナは一人で王宮の図書館に入った。
ヨンナの予想通り、王宮の図書館には数多の本があった。
(まあ……! 機械工学の第一人者が書いた最新版の技術書だわ……!)
ヨンナは目の前にある技術書に、目を輝かせた。
その目はまるで、光に反射するアクアマリンのようである。
ヨンナは夢中になって技術書に齧り付くように読んでいた。
「随分と熱心に読んでいるね」
突然、頭上から声が降って来た。
低く心地の良い、穏やかな声である。
突然のことに、ヨンナは勢いよく顔を上げた。
そこには、この世の美しいものを集めて作り出したような顔立ちの男性がいた。
星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪、ペリドットのような緑の目である。
(このお方は……!)
その見た目にヨンナはハッとし、少し慌ててカーテシーで礼を執る。
「楽にしてくれて構わない」
頭上から穏やかな声が降って来ると、ヨンナは少しホッとしたように姿勢を戻した。
「君は確か、ハミルトン伯爵家のご令嬢だね?」
「はい。ハミルトン伯爵家次女、ヨンナ・グンネル・フォン・ハミルトンでございます。この度は、オーディン殿下にお会い出来て身に余る光栄でございます」
少しおずおずとした様子のヨンナだった。
オーディン・エイナル・フォン・ヘッセン。セドウェン王国の第三王子である。
年はヨンナよりも一つ年上の十八歳。
いずれ王位継承権を放棄し、公爵位を賜り臣籍降下予定である。
「ヨンナ嬢、もしかして夜会に疲れたのかい?」
少し悪戯っぽい表情のオーディン。
ヨンナは肩をすくめて苦笑する。
「ええ」
「だったら、思う存分図書館で本を読むと良いよ。僕も少し疲れたからね」
「ありがとうございます」
「それにしてもヨンナ嬢は機械工学に興味があるんだね。僕と同じだ。その著者の本は、図書館にたくさんあるよ」
「まあ……!」
ヨンナは表情を明るくした。アクアマリンの目は生き生きとしている。
ヨンナは技術書を読みながら、オーディンと議論を始めた。
それはヨンナにとって、心躍る時間となった。
窓から入る月明かりは、優しく二人を照らしていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
オーディンと関わるようになったヨンナ。
趣味が合うオーディンに対し、ときめきを抱くようになっていた。
しかし、ヨンナは自分の気持ちに自信が持てずにいた。
この気持ちはオーディンが王族という身分によるものなのか、それとも身分関係なく抱いた気持ちなのか分からないのである。
この日もヨンナはオーディンのことで悩み、ため息をついた。
「ヨンナ、最近ため息ばかりね。どうかしたの?」
ロヴィーサは心配そうにヨンナの顔を覗き込む。
「ロヴィーサお姉様……」
アクアマリンの目が揺れる。
「もしかして、恋をしているのかしら?」
少し悪戯っぽく笑うロヴィーサ。
「恋……」
ヨンナは俯いてしまう。
「この気持ちは恋なのでしょうか? 結婚についてもまだ分からないのに……」
ヨンナはため息をつく。
「それに、オーディン殿下が王子だから特別な気持ちを抱いてしまうのか、身分は関係ないのかも自信がなくて……」
「確かに、悩んでしまうわよね」
そっとヨンナの背中に手を置くロヴィーサ。
少しだけ、迷いこんがらがっていた気持ちが解けたようか気がした。
「ならばヨンナ、オーディン殿下と一緒にいる時、自分らしく出来ている?」
ロヴィーサのアクアマリンの目が、真っ直ぐヨンナを見つめている。
「自分らしく……」
ヨンナは少し考える。
オーディンと出会い、趣味の機械工学について議論をすることが多くなった。
その時間はヨンナにとって宝石のようにキラキラとしているのは確かである。
何もかも忘れて、いつの間にか肩の力を抜きひたすら楽しむことが出来ていたのだ。
「前にも言ったけれど、恋や結婚は、ありのままでいられる相手が一番よ」
フッと頼もしくロヴィーサが笑う。
その言葉は、ヨンナの胸にスッと染み込んだ。
「……ありがとうございます、ロヴィーサお姉様。私、オーディン殿下とならば、自分らしくいることが出来ます。身分は関係ありませんわ。多分、オーディン殿下が単なる貴族だとしても、平民だとしてもきっと惹かれていたと思います」
「それならば、後は流れに身を任せてみたら良いわ」
「ありがとうございます、ロヴィーサお姉様」
答えが出たヨンナは、すっきりとした表情だった。
その後ヨンナはオーディンと交流を重ね、婚約するのであった。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!
ヨンナ編はこれで完結です。
次はウリカ編に入ります。