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「ヨンナ、今日も君に釣書が来ている」
「そうですか、お父様……」
今年十七歳のハミルトン伯爵家次女、ヨンナは父シグルドから釣書をもらい、ため息をついた。
儚げで華やか、そして精巧な人形のような顔立ち。ヨンナはハミルトン伯爵家の四姉妹の中で一番美形である。故に、数多くの令息達からこのように釣書を持ち込まれたりなど、求婚が多いのだ。
「どのお相手も、あまりピンと来ないのよね。『貴女をお慕いしています』って言われても……よく分からないわ」
シグルドが部屋を出た後、ヨンナは釣書を置いてふうっとため息をつく。
その仕草一つ一つに品があり、誰もが見惚れてしまう程である。
「あら、ヨンナお姉様、それは少し贅沢ではありませんか?」
ベッドの上で体を起こしてクスクスと笑っているのは妹のスティーナ。
今年十三歳のスティーナはまだ成人していない。
おまけにスティーナは生まれつき少し体が弱く、週に二、三日はこうしてベッドの上にいる日がある。
しかしこれでも少しは体が強くなった方だ。昔は一週間全て体調が悪く、寝込んでいた日もあったのだ。
「そう言われてもねえ」
ヨンナは苦笑する。
「だけど、『君が機械工学を学ぶことを許してあげるよ』だなんて書いている方はお断りよ。上から目線で失礼だもの」
ヨンナは眉を八の字にして、読んでいた釣書を捨てる。
「まあ、ヨンナお姉様、先程の釣書、そのようなことが書いてありましたの?」
「ええ。支配的な男性はお断りだわ」
ヨンナは肩をすくめた。
「確かに、私もそのような男性は嫌ですわね。まあ、私の場合は体が弱いから結婚とかはきっとしないと思うでしょうけど」
スティーナは窓の外に目を向けた。
「もう、またそんなこと言って。医学は発達しているのよ。それに、スティーナも子供の頃よりは体が丈夫になっているから、きっと大丈夫よ」
ヨンナはアクアマリンの目を優しく細め、そっとスティーナを抱きしめた。
その時、部屋の扉がノックされる。
ロヴィーサとウリカである。
「あら、ロヴィーサお姉様もウリカも、スティーナに会いに来たのですか?」
姉と妹の姿が見え、ヨンナはふふっと表情を綻ばせる。
「ええ。スティーナ、今日はベッドの上だけど、顔色は昨日よりも少し良さそうね」
スティーナの顔色を見たロヴィーサは少し安心したような表情だ。
「さあ、スティーナ、手を出してちょうだい」
ウリカはスティーナの手に摘んで来た花を乗せた。
(ロヴィーサお姉様とウリカが来たら賑やかになるわね。スティーナもきっと退屈しないでしょう)
ヨンナは姉妹達の様子を優しく微笑みながら見守っている。
「ヨンナお姉様、ロヴィーサお姉様に釣書のことを相談してみてはいかがです? ロヴィーサお姉様は最近婚約が決まったことですし」
姉妹達と話していたスティーナがハッと思いついたようにロヴィーサとヨンナを交互に見る。
「ロヴィーサお姉様に……」
ヨンナはロヴィーサを見つめて考え込む。
ロヴィーサはブレークホルン侯爵家の三男ヘンリクと最近婚約したのだ。ヘンリクがハミルトン伯爵家に婿入りする立場である。
ロヴィーサとヘンリクの仲は、見ていて非常に睦まじいとヨンナも感じていた。
(確かに、ロヴィーサお姉様に相談してみるのは良いかもしれないわね)
「まあ、ヨンナお姉様は淑女の鑑と言われていますから、釣書もたくさん届きますのね。何だか羨ましい。私もヨンナお姉様みたいにお淑やかになりたいのですが」
羨望の眼差しでヨンナを見るのはウリカだ。
「ウリカにもヨンナとは違った良さがあるわよ」
そんなウリカの頭をロヴィーサが撫でる。
「それで、ヨンナは何を悩んでいるの?」
ヨンナを見つめるロヴィーサのアクアマリンの目は、頼もしく感じた。
流石は四姉妹の長女である。
「釣書が届くのは良いけれど、結婚にあまりピンと来ないのです。それなのに、こんなにも釣書が来てしまいまして……。お父様は、私の意思を尊重してくださるのだけれど、何をどう決めたら良いのか分かりませんの」
セドウェン王国内や、国外の令嬢が聞けば贅沢な悩みだと言われるだろう。
貴族令嬢の中には結婚相手を勝手に親に決められてしまうこともある。
相手が良い人であろうと悪い人であろうとお構いなしに結婚が決まってしまうのだ。
それは非常に恐ろしいことだ。
「私も、ヘンリク様と婚約した今でもあまり分かっていないわ。ハミルトン伯爵家を次代に繋ぐ重要性は感じているけれど。だけどそうね……」
ロヴィーサは少し考える素振りをする。
「私、ヘンリク様のことは好きよ。彼といると、肩の力を抜いてありのままの自分でいられる。これってとても大事なことだと思わない?」
「ありのままの自分……」
ヨンナはロヴィーサの言葉にアクアマリンの目を丸くした。
ウリカとスティーナも、ロヴィーサの話を真っ直ぐな目で聞いている。
ほんの少し、ヨンナの心の靄が晴れた気がした。
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