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ハミルトン伯爵領に広がる草原は青々としており、春を歓迎していた。
広大な草原を、颯爽と駆け抜ける白い馬。
毛並みの良い白馬には、ハミルトン伯爵家長女ロヴィーサが乗っていた。
緩くウェーブがかったブロンドの髪は、低い位置で一本にまとめられている。そして現在ロヴィーサが着用しているのは軍服だ。
ドレスでは足を開いて馬に乗れないからである。
馬を走らせながら春の心地良い風を受け、ロヴィーサの束ねられたブロンドの髪は艶やかになびく。
(風が気持ち良いわ)
春の爽やかな景色と風に、ロヴィーサのアクアマリンの目は満足そうに細められていた。
「ロヴィーサお姉様、待ってください!」
少し後方から、声が聞こえた。
パカポコと、規則正しい馬の蹄の音も聞こえる。
「もう、私はロヴィーサお姉様と違ってドレスなのですから、馬を速く走らせることは出来ませんのよ」
「そうだったわね。ごめんなさい、ウリカ」
ロヴィーサは妹のウリカと共に遠乗りに出ていたのだ。
ウリカはロヴィーサと違い、ドレス姿で馬に横乗りをしている。この乗り方は女性の乗り方と言われているのだ。
一方、ロヴィーサのように足を開く乗り方は男性の乗り方と言われている。
「それにしても、風が心地良いですわね。ずっとここにいたくなりますわ」
ウリカは軽く深呼吸をした。
「ええ。確かにそうね、ウリカ」
草原に目を向けたロヴィーサ。
そのアクアマリンの目は、少しだけ憂いを帯びていた。
「ロヴィーサお姉様……もしかして結婚が不安なのですか?」
ウリカはロヴィーサの憂いを帯びた様子に気付いたようだ。
ロヴィーサは今年十九歳。
貴族令嬢として生まれたのならば、そろそろ結婚を考えないといけない年齢である。
ロヴィーサはハミルトン伯爵家の血筋を残す為、婿を取る必要があるのだ。
「来週、遠縁の侯爵家のご子息が、私の婚約者としてハミルトン伯爵邸にいらっしゃるみたいなの。お父様も、彼の人柄は保証すると仰ってくれているわ」
不安要素はなさそうなのだが、ロヴィーサは憂鬱だった。
「分かっているのよ。私が婿を取って、ハミルトン伯爵家の血筋を残さなければならない。貴族として生まれた以上、その義務があることはね」
ロヴィーサはため息をついた。
「ロヴィーサお姉様、結婚の何が憂鬱なのですか?」
きょとんと首を傾げるウリカ。
ウリカはまだ成人したばかりの十五歳。結婚についてあまり具体的なイメージが出来ていないようだ。
そんなウリカにロヴィーサはクスッと笑う。
「ウリカはまだ社交界デビューしたばかりだし、分からないわよね」
「あ、ロヴィーサお姉様、子供扱いしないでください」
ウリカは頬を膨らませた。その仕草は、少し子供っぽかった。
「ウリカも知ってると思うけれど、私の趣味は遠乗りと剣術よ。令嬢らしくなくて、男性が敬遠する趣味だわ。もしも結婚して、旦那様がそれらの趣味を許さない方だったらと思うと……憂鬱なのよ」
ロヴィーサは、はあっとため息をついた。
「結婚したら、窮屈になりそうで怖いわ」
ロヴィーサはまだ見ぬ婚約者と顔を合わせる日が来なければ良いとすら思ってしまった。
「なるほど……」
ウリカはうーんと考える素振りをする。
「ですが、これはある意味お父様の愛だと思いますわ。お父様は、お母様が亡くなってから後妻を迎えて男児を設けるという選択肢もありました。でも、それをなさらなかった。そうなった場合、ロヴィーサお姉様が他家へ嫁がなければならないですわよね。もしも他家がロヴィーサお姉様の仰る通り、遠乗りや剣術を趣味とすることを認めない家だったら、ロヴィーサお姉様はもっと窮屈な思いをしてしまうはずです。だからお父様は、ロヴィーサお姉様がハミルトン伯爵家に残って婿を取った方が、ロヴィーサお姉様が趣味を自由に楽しめるのではと考えたのだと思います」
先程まで子供のようだったのに、大人同様色々と考えることが出来るウリカである。
ロヴィーサはアクアマリンの目を大きく見開いた。
ウリカのそういった一面に、ロヴィーサや他の姉妹も毎回驚かされるのだ。
しかし、ウリカの言葉がスッと胸に染み渡ったロヴィーサは、表情を少し和らげていた。
「確かに、ウリカの言う通りかもしれないわね。お父様は、私のことを考えてくださっている。婚約者となる方についてはあまり詳しく分かっていないけれど、人柄は良いとお父様は仰ってくれている。それを信じてみるわ」
ロヴィーサはほんの少しだけ結婚に対して前向きになれた。
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