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#彷徨えるカムパネルラと魔女の聖名(みな)において02

 フィアラは当然の如く玉座に座って五家の面々を見下ろした。

 皇帝は若くして病んでから長い。

 アウローラも夢に逃げ込んだ以上、皇国の実権を握るのは第一皇子であるフィアラだった。

 アウローラとは腹違いとはいえ、金に波打つ髪と一見柔和そうに見える面差しがよく似ていた。

 異なるのは底冷えする双眸と隠さぬ野心。

「シオン・トゥローズルが蜂の巣(ラ・リュッシュ)総統を名乗って、ロンギヌスよりクレイドルを奪取し神国連盟に攻撃。導師(グル)アトゥル・クシャトリヤの手によって処された――間違いはないな」

 ヴィルヘルムが筆頭として黙したまま頷く。

 顔面を蒼白にし、脂汗を拭いながら、第三卓に座るダストン・トゥローズルが絞り出すように呻く。

「息子は……息子はそんな蜂の巣(ラ・リュッシュ)なんて大それたことできるはずが、裏に誰か、誰かいるはず!」

「トゥローズル。お前の言うとおりだとも――お前だろう? その裏というのは」

「殿下、そんなはずが。確かに私は皇国の血を荒らすことに反対申し上げている。しかしながら、先の婚約は五家一致の判断。武力で翻そうなどとは……」

 つまらなさそうに爪をいじりながらフィアラは軽くヴィルヘルムへ顎をしゃくった。相手をするのが面倒なのでお前が相手をしろ、という合図だ。こめかみが脈を打って痛むのをほぐしながらヴィルヘルムが後を引き取る。

「シオンに蜂の巣(ラ・リュッシュ)総統が務まらないのは分かっている。そうなれば、父親である貴殿が指示した可能性が一番高い」

「り……李飛龍(リ・フェイロン)だ! あいつなら自由にクレイドルを動かせる。あいつが息子を唆して自作自演したんだろうよ」

 焦りから支離滅裂な飛躍をするトゥローズルに、ヴィルヘルムは溜息をついた。

「8代目とはいえ移民の彼に、皇国純血主義を掲げる意味はどこに?」

「あいつも〈マギエル〉信奉者だろう。〈マギエル〉の娘となれば――」

 空気が冷えるのを感じ取って、フィアラは(わら)った。

 表情という表情をすべて置き去りにしてきたヴィルヘルムが〈マギエル〉の名にだけは今も感情を露わにするのがフィアラは愉しい。

「我がヴァルトシュタインを敵に回すと、蜂の巣(ラ・リュッシュ)は我が家だと仰りたい?」

「ち、ちが……いや、我が家とて蜂の巣(ラ・リュッシュ)などでは」

軽々(けいけい)に〈マギエル〉の名を出さぬほうがよろしい。……さて、殿下。処分はいかがいたしましょうか。限りなく黒、ただし証拠がない。些か困りましたね」

 フィアラは、ふむとわざとらしく考え込んだ。

この茶番の落としどころは、とうにヴィルヘルムと打ち合わせてある。

「この一件、導師(グル)はなんと?」

「外務省からは正式に謝罪を。先方は蜂の巣(ラ・リュッシュ)のテロと認め、陳謝を受け入れてくださいました」

「なるほど。皇国を陥れた罪は重いが、現状殺すほどではないな」

「では」

「第三卓から外し、皇国五家の厳重な監視の下、蟄居を言い渡す」

「ちがう、なぜ……なぜだ、俺は何も知らんぞ! ヴァルトシュタイン!!」

「退室を」

 一瞥もせずにヴィルヘルムが告げ、近衛兵たちによってダストン・トゥローズルが引きずり出される。

鄭瞬燐(ていしゅんりん)

「は、はいぃ?」

 引きつった顔で推移を見守っていた第五卓の鄭瞬燐が突然水を差し向けられて、素っ頓狂な声を上げる。

「第三卓、四卓が空位となった。他国の干渉を避けるために、第四卓へ上ってもらいたい」

「は、はあ……。あのぅ、第三卓には誰が……」

李飛龍(リ・フェイロン)に座ってもらう。国防省副長官だ、ある程度の箔がいる。第五卓を空位とする」

「李家が……」

「異存でも?」

「め、滅相もない! 第三卓は我が家には荷が重すぎます」

「それはよかった。何事も丸く収まって、余は満足だ」

 殊更に明るく振る舞いフィアラはヴィルヘルムを伴って早々に退席した。

 実質、第二卓のグレンヴィル家も空いているに等しいのだが、クレイドルの開発が成功すれば、グレンヴィルにも表舞台に返り咲いてもらうことになるだろう。

 今はこれでいい。充分な布陣だ。


  ☆


「エステルの調子はどうだい、ヴィル」

「傷もほぼ治って、早く前線復帰したいと喚いてますよ。お転婆で困ったものだ」

「ユリウスは大丈夫かい?」

「ご迷惑をおかけいたしました。外務省がクレイドルに乗るなど言語道断。本人も深く反省しておりますが、しばらくは内勤として各国の表舞台には出ないようにさせます」

「まあ〈マギエル〉の再来なんて報道も出たしそれがいいね。――それで?」

「開発のことであれば順調です」

「おや? 息詰まってると聞いたが。60%くらいしか稼働しないと」

 うっそりとヴィルヘルムが(わら)った。

 どろりとした闇の濃さに、フィアラは思わず軽く身を引く。

「俺が何の手品もないまま、計画立案するとお思いで?」

「――ふうん。種明かしを楽しみにしてるよ」

「殿下も火遊びはおやめください。小火(ぼや)とはいえ火種は火種。消すのが面倒です」

 暗に蜂の巣(ラ・リュッシュ)の真実を見透かしている、とフィアラを脅して、ヴィルヘルムは暗い回廊の先へと去っていく。

 ホワイトローズの淡い馨りが仄かに鼻腔に抜けていった。


  ☆


 神国連盟は皇国への鉾をいったんは収めたが、救助要請に応じて神国連盟へ向かった連合はそうも行かなかった。

 振り上げてしまった拳の下ろしどころを失って、皇国こそが蜂の巣(ラ・リュッシュ)であるという題目で皇国への攻撃を始めた。

 これに対しチョンジエンのエジェ代表が神国連盟と連合に対し不要な戦闘はやめるよう声明を出したが為しの礫であった。

「久しぶり~エジェおばちゃん」

「なぜ! 戦闘をやめぬのか。皇国の謝罪を神国連盟は受け入れただろう!」

「出会い頭に怒鳴るなよ、おばちゃ~ん。神国連盟は攻撃してないって。仮にもお嫁ちゃんの祖国だもんね。ある程度は目を瞑りましょうって。まあでもホラさ。連合に焦って援軍呼んじゃったもんだから。あちらさんは正当な理由がないと帰れないんじゃなぁい?」

「そなたが一言もういらぬと申せばよいだけのこと! なぜそれができぬ!」

「ん~……ん~~~なんでだろね。楽しいから?」

「アトゥル!!」

「ごまかすなよ、血が沸騰するだろ? 脳からドバドバにドーパミン出るだろ? 次は誰がどう出る? どう駒を動かせば自陣に有利になる? 目ェバッキバキに冴えるだろうが。生きてる~あ~今生きてる~って思ったことないなんて言うなよ? これを知っちゃったら、もう他で生きてる感触なんか感じられないだろ? なあ、お前も為政者なら感じたことあんだろ、この万能感」

「ない」

「一度も?」

(わらわ)は戦いが嫌いじゃ。それらを良しとする世界が嫌いじゃ。逆にいつ命を落とすか、大事なものがいつ死ぬかと、生きている心地がせぬ」

「ジェイムズ・セシル・グレンヴィルと(ねんご)ろになっておきながら? あいつも大戦で五本の指に入るキラーだよ?」

「セシルは望んで戦ったわけではない」

「あっは。綺麗事ばっか上手~。あんよが上手。あんよが上手。ほんっとテメェと話してると虫唾が走るわ。オトモダチだけ特別枠入れてんじゃねーぞ、偽善者」

「そなたのような快楽主義者よりはマシじゃ」

「はいはい。んで、これが縮図じゃない?」

「?」

「おばちゃんとボクとは永遠に分かり合えない。分かり合えないから人は戦う。戦争の縮図が今この二人の間でも起きてる」

「分かっていて、なぜ相互理解に舵を切れぬ。そなたは賢い。(わらわ)はそなたが惜しい」

「キモ~。そこで親っぽいツラすんのが、テメェの浅はかさだよ。エジェ・アル・スレイマン。ボクは偽善者が大っ嫌いだ。唾棄する。だからお嫁ちゃんもちょっと期待外れだったんだよね。僕は生きてる実感がほしい。刺激がほしい。睥睨されて踏み躙られて血みどろになってその痛みで覚醒したい。生温いお優しさのプールで午睡したいわけじゃない」

「…………哀れよの」

 エステルと同じく、エジェもまた刺激を求める裏側を読み取って憐みを向ける。

 粛々と控える老僧と下女に怒りの目すら向けながら呟いた。

「カワイソウ扱いすんじゃねーよ」

「可哀想、と誰ぞに言われでもしたか」

「ボクは選ばれし導師(グル)だ、寂しくない可哀想じゃない、この渇きはお前らに理解できない」

「…………では理解できるまでまた来る」

「来んな!」

「停戦のテーブルにそなたが就くまで諦めぬ。それが為政者として(わらわ)が選んだ在り様だ」

 珍しく背中からアトゥルの嘲弄と罵声が飛んでこなかった。


  ☆


 皇国都市部の外れの森深い別荘地。表向きは古いガレージで計画は着々と進行していた。

〈マギエル〉の愛機《ルサールカ》と、悪鬼《ラルウァ》。

 大戦最強と言われた二機を150、それに次ぐレジェンズたちのクレイドルを出力100としたとき、開発中AIの出力及び解析力は60にも満たない。そこから先は何らかのパラダイムシフトが必要なんだろう。

 AIがぐっとヒトに近づくような……理解力と人間的な「慮る能力」を持って、ヒトとAIの主従関係を逆転させるような決め手が――。

 それがアーサーとジェイムズ・セシルの目下の課題だった。

 60%までは有り体に言えば予想の範囲内のトライ&エラーの繰り返しだった。

 それ以上の出力がどうシステムを書き換えても出ない。

「もう少し探ってはみるけど……また予算が膨らんじゃうかも……」

「予算は気にするな、アーサー。フィアラ殿下にも許可は得ている。続けてくれ」

 申し訳なさそうにするアーサーに、なるべくして焦りのない声でヴィルヘルムは答えた。

 ジェイムズ・セシルは旧知の仲の来訪に気づいているのかいないのか、相変わらずの仏頂面で神速タイピングを続けている。

 そこにあるはずのない声が突然後ろから降ってきた。

「やっ。しみったれてんね。暗中模索って感じ?」

「飛龍! どうしてここが」

「どうしてって国防省副長官よ? もはや俺の知らない案件の方が怖くない?」

 はい、差し入れ。と茶菓子を差し出す飛龍もさすがに案件を配慮してかラフな格好をしている。〈森の別荘に隠居した友人を訪ねてきた体〉に相応しい格好だ。

「まあディートリヒに聞いたんだけど。《エーデル》、懐かしいね。俺の《タナトス》もある」

「ロンギヌス内では漏らすなよ。あくまでまだ実験段階だ」

「うん、それなんだけどさ」

 どこか恍惚とした表情で、自機だった《タナトス》を見上げる。

「テストパイロットやらせてくれないか? 60%は動くんだろ? 実戦データがあれば役に立つかもしれない」

「役立つどころか喉から手が出るほど欲しいけど、危険すぎる! 実戦で何かあったら」

()()()()()()ってこと?」

 言葉に詰まるアーサーに、飛龍は喰えない笑みを浮かべる。

「軍部で再生医療推奨したの俺よ? 遺伝子ラボに俺の遺伝子がいくつか培養されてる。何回かは再生可能だよ」

「死にたがりが……ッ」

「一回死ぬのも二回死ぬのも同じとは言わないさ。でもキミらより心的リスクが少ない」

 そっとクレイドルのコクピットを撫で、笑って振り返る。

「ね、被験体にはちょうどいいだろう?」

「いい加減、自傷はやめたらどうだ。あの日、どう足掻いてもアイリスは救えなかった」

 噛みつくようにヴィルヘルムが言って、

「ちょっとさァ、見くびらないでくれる?」

 心外だと言わんばかりに飛龍は後ろ頭をガシガシと掻いた。

「この前の一件で、できるだけ長く、キミとアイリスが何より慈しんだお姫様の騎士でありたいと願うぐらいには俺も強欲になったんだよ」

「お前は死に損ないなだけで昔から強欲だろうが」

「ははっ。なんにせよ星は墜とさせない。俺は無神論者だからね。流れ星にも誰にも願わない。自分で守るさ」

 今回の一件で喪う怖さをまざまざと思い出したと語る飛龍に、憮然とした様子でヴィルヘルムが返す。

「……娘の初恋を知ってる父親としては誠に遺憾なんだが」

「なにが不満なのさ」

「お前のそれは、愛と呼ぶんだ」

「あの子は俺の運命(ファタール)だから仕方ないね」

 言って、あの人が自分の運命ではなくなったことに飛龍ははたと気づく。

 十三年目にして初めての感覚だった。

 かさぶたが気づかぬ内にはらりと落ちるように、あの人のいない胸の虚が、いつの間にか埋められている。

「そっか。そっかぁ……」

「なんだ気色悪い」

 胡乱な目で見てくるヴァルトシュタインを誘って、帰りにあの人の墓に寄ろう。

 今までずっと愛していたよ、と告げるために。

 あの人はたぶん少し困ったような顔で

 《知ってたよ。今までずっとありがとう》

 と言うだろう。最期の最期まで愛の言葉はきっとくれない。

 それはヴァルトシュタインのためのものだから。

 それでいい。それでよかった。逢えてよかった。

 ――ありがとう、さよなら、最愛の。


  ☆


 ジュラルミンケースの中、蒼い目が保存液の中で揺らめいている。

 ヴィルヘルムは触れようとして、一瞬、躊躇うように手を引いた。

「だいぶ汚れたよ、この手も。もうお前に触れられないくらい。目が眩むほど色んな人を貶めて、傷つけて、まだ――立っている」

 ニュースでは連合と皇国軍の一進一退の攻防戦が報じられている。

 天秤のパーソナルマークを付けた黒い機体が最前線を切り拓くのを見つめて、

「みんなお前を、〈マギエル〉を生き返らせろって、戦場に出せってうるさいんだ。……また、また喪うのに俺はきっともう耐えられない。エステルがお前を追うのをやめさせたい。もう何もかも投げ出したい、会いたい、会いたいんだ」

 飛龍は脳裏に彼女の声がすると言っていた。

 ヴィルヘルムの脳裏には彼女の声はしない。

 あの日からずっと戦火の屋敷に取り残されたままだ。轟音で何も聞こえない。

「アイリス……帰ってきてくれるか?」

 目の光は昏く濁って久しい。

 平和を求めて奔走すれど、世間は戦の喧騒に踊り、生贄の魔女を声高く呼ぶ。

 子どもたちの「あした」を守らなければ。彼女との最期の約束を守らなければ。

 ――まだ折れてはいけない。ただ疲れているだけだ。

 そう自分に言い聞かせて走り続け、幾年。

 ヴィルヘルムはもう自分という蛹がどろどろに変態してしまって全く違う生き物になってしまったのだろうと思っている。

 何も感じない。

 皇国を、あの子たちに「あした」を与えるためならどんな汚泥も啜ろう。

 どんな政治的汚職にも目を瞑ろう。

 もう何も感じない。

 彼女の隣で笑って平和な未来を夢見た自分はこの世界のどこにもいない。

「皇国のためだ。――好きなだけ憎んでくれ。お前になら殺されてもいい」

 むしろ自分は彼女に殺されて楽になりたいのかもしれないなと思いながら、ジュラルミンケースから蒼い目のケースを取り出してぞんざいにポケットに入れる。

 その遺伝子データを利用するために。

 やはり脳裏に彼女の声は響かなかった。


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