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#これこそがもっとも完全な祈り03

「因果だよねぇ」

 李飛龍(リ・フェイロン)は今季入ってきたルーキーの面々をざっと眺めて、すぐ戦場で使えるのは1/5かな、と目算した。そして彼女――エステル・フォン・ヴァルトシュタインの扱いをどうしたものか顔には出さずに思案を巡らせる。

 今季1位の【肩章付き】、皇国五家筆頭の姫君、外務大臣の娘、友人の愛娘。

 彼女を形容する言葉には枚挙に暇がない。

 何より飛龍を悩ませるのは〈マギエル〉――かつて、否、未だに胸を占める最愛の人であり、開戦した今、かの伝説の人が『歩く戦略兵器』としてまたまことしやかな噂となっていることだった。

 その娘で【肩章付き】ともなればそれこそ戦略兵器級。迂闊に戦場に出せない、出したくない。

 つまりそう、扱いづらいのだ。

 とはいえ、無邪気に婚約者だなんだとじゃれていた幼児じゃない。

 箱にしまっておくわけにいかない。一人の兵士として扱わねば。

 一方で《何かあったらお前を殺す》と外務大臣直々にお手紙をいただいてしまっている以上、(その気はないが)絶対に使い潰すわけにはいかない。

「はたまた、どうしたもんかね。……さて、ルーキーたち。ようこそロンギヌスへ。ここはクレイドルパイロット最高の晴れ舞台にして墓場だ。死にたくない奴はすぐに転属をおすすめするよ」

 一人一人にクレイドルを宛がっていく。

 初陣から戻って来れるのは何機だろうか。

 自惚れるわけではないが、自分たちの世代より明らかに弱い。遅い。脆い。

 大戦の魔女〈マギエル〉や悪鬼と呼ばれたクレイドル《ラルウァ》が割拠していた時代と(くら)べるなという話なのだが、どうしても物足りなさは禁じ得ない。

 そして死地に送り込むことに痛みを感じないわけではない。

 顔には決して出さないが、後輩が死ぬことにはいつまでも慣れない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ライアン・カレル。最新鋭機に乗ってもらう。《オシリス》だ」

「ありがとうございます!」

 赤髪で良く陽に灼けた肌の青年が清々しく白い歯を見せる。

「シオン・トゥローズル。《エンリル》――お前も新型。第15世代だ」

「この命を賭して」

 長めの金髪を綺麗に七三で分けた几帳面そうな青年が恭しく心臓に手を当てる。

「エステル・フォン・ヴァルトシュタイン」

 名を呼ぶだけで場がさざめいた。

「《ルサールカ(第6世代)》を」

「謹んで拝命いたします」

 長い黒髪に蒼い瞳。背筋がぞっとするほどの美貌は、驚くほど母親に似ている。やや勝気な表情は若き日の父親似か。

「アップデートは済んでる。新型並みに動くから心配なく。搭乗者登録は「済んでます。十三年前に」――――そう。なら割愛しよう」

 旧型も旧型、しかして〈マギエル〉の機体。

 継ぐ者としてこれほどの適任者もいまい。

 十三年前に登録済み、との(いら)えにさざめきがどよめきに変わる。

「はいはい、やかましいよヒヨッコたち。俺は皇国の誇りとやらなんてどうだっていいんだけど。でもみんなそれぞれ大事な人はいるだろ? ロンギヌスはそのためにある。撃って撃って撃ち続けて、誰かを守るためだけの部隊だ。自分を守るな。摩耗し続けろ。キミらの命ですら関係ない。代わりはごまんといる。討てないなら自死すら覚悟しろ。ここはそういう場所だよ。それじゃまあ、戦おうか――皇国の誇りとやらにかけてさ」

 偉そうに演説を()つが、果たして(エステル)を名前に冠する愛し子を喪ったときも自分は冷静でいられるだろうか。

 飛龍は片頬だけで自嘲する。

《撃たれる覚悟のない子は戦場に立つ資格なんかないよ》

 ふと脳裏にかの人の声がして苦笑した。

 あの人を喪ってからもずっとあの人を軸にして生きている。

 クレイドルにはとっくに乗れないのに、未だ死ねず亡霊のようにクレイドルパイロットの頂点に立っている。

 あの人のために死ねなかった自分が死ぬのだったら、この星(エステル)のために。

 それが死に時を逃がし続けた飛龍の自縛(のろい)だった。 


  ☆


 ユリウス・フォン・ヴァルトシュタインは自分が逃げた側の人間だ、という自覚がある。

 ヴァルトシュタイン家の嫡男にして〈マギエル〉の息子。

 出生が停戦時だったことも相俟って、皇国中がお祭り騒ぎだったとうんざりするほど周りの大人たちから聞かされた。特に浮かれたのが母で、生まれる前から家庭教師やら皇立プライマリースクールの案内やら非常に熱心に『ヴァルトシュタイン家の嫡男教育』に精を出していたと半ば笑い話で聞いていた。

 事実、帝王学に様々な語学、楽器演奏、護身術、一般教養と毎日のようにカリキュラムが詰め込まれ、幼かった自分は辟易したこともあったけれど……母を中心に華やかな笑い声が絶えない我が家は好きだった。当然のように続くと思っていた。

 白銀の髪に蒼い瞳。

 父の鏡写しのような自分が駄々をこねたり生意気を言うたびに

「ねえねえ見て、ちびヴィーががんばってる」

 ときゃらきゃら笑うような母だった。

 大人たち曰く、結婚してから殊更に明るくなったとのことだが――

 優しくて、(つよ)くて、しなやかで、美しい自慢の母だった。

 けれど、クレイドルは母を選ばなかった。

 数多の戦場を駆け巡り、どんな苦難も共にし、母が一番信頼した《ルサールカ(あいぼう)》は、無情にも母の一番の窮地で切って捨てた。

 AIに情はない。

 わかっている。

 けれど、あの日じゃなければ。

 あの日、《ルサールカ》が起動していれば。

 たらればを繰り返しても戻らない。

 わかっている。

 それでもクレイドルへの疑問と憎悪が棄てられず、軍属の道は一番に自分の将来から消した。

 政界を志したとき、「逃げたな。俺そっくりになりやがって」と父は苦笑し、厳重に管理されたジュラルミンケースを三台、父と自分と妹とで分けた。

「アイリスの遺伝子が入ってる。飛龍とディートリヒも一度は戦死して遺伝子再生医療で生き返ってる。だから技術的には再生医療が可能だ。ただ、アイリスは望まないだろうから俺は使わない。でもお前らは好きにしていい。壊れそうになったとき、縋りたくなったとき、使っていい。お前らならあいつだって文句は言わないさ。――どう生きるかも、何を信念とするかも自分で決めなさい」

 ふざけるな、と思った。

 目の前で喪って、縋りたくないわけがない。

 それでもそうしないだけの倫理観はある。

 父が、母が、周りの大人たちが、せめて兄妹だけは健やかであれと守ってくれただけのギリギリの理性がある。

 大人たちが本当は、喉が枯れるまで泣き叫んだこと。

 爪が剥がれるほど胸を掻き毟って「再生を」と渇望していることを知っている。

 それでも父は影響力を鑑みて使わない選択をした。

 片翼がもげようと、永遠の喪失感に苛まれようと前だけ向くことを信念とした。

 でもあの白い闇の恐怖は、母が血と砂塵と肉塊になっていくのを間近で感じる恐怖は、僕たちしか知らない。

 その精神的苦痛(トラウマ)を以てしてもまだ足りないと言うなら。

 どう生きるか、何を「神」と崇めるかも自分で決めて前を向けと言うのなら。

 ユリウスはジュラルミンケースを開く。

 樹脂の中に母の髪の毛が収められている。そっと撫でる。――辛いことがあったとき、困ったとき、迷ったとき、ユリウスはこの樹脂を一撫でして深呼吸する。

 ユリウスにとってこれはもはや「(のろい)」だった。

 ユリウスは世界が許せない。

 自分から様々なものを奪った世界。

 クレイドルで、AIで支配されている世界。

 妹が意固地に見えるほどの決意で戦火に身を投じなければならない世界。

 何もかもが儘ならない世界。

 暖かな毛布をはぎ取られて裸で放り出されたような不安定な世界。

「僕はこの世界を終わらせるよ。いいよね、神様(かあさま)

 ユリウスは世界が許せない。

 ――だから内政(なか)から、国ごと、世界ごと壊したい。


  ☆


 導師(グル)として神国連盟の頂に担ぎ上げられたのは、アトゥルが10歳のときだった。

 妙に醒めた目で大人たちを睥睨していた記憶があるが、子どもだったアトゥルにとって別に神国連盟として独立しようがしまいがどうだってよかったし、今も心底どうでもいい。

 エジェは嫌いだが戦争を起こしてまでエジェ派を排除して自分が新たな世界を創るのだ――といった気概はアトゥルには皆無である。

 今、このとき、退屈を紛らわせてくれる痺れる刺激だけがあればいい。

「んっ……おい、もっと奥使えよ、奥。だりー舌使いしてんじゃねーよ」

 薄暗い。けれど豪奢な紗幕が幾重にも垂れ下がった閨の中で、下女の咥内いっぱいに陰茎をぞんざいに突っ込みアトゥルは解像度の低い映像(データ)を見ていた。

 白亜の豪邸、白昼堂々の襲撃事件の――犯人側から撮影したデータ。

 出回るはずのないタブーは、好事家の集まるアンダーグラウンドで取引した。

 何分何秒に何が起こるのか記憶するほどに見た映像は飽きることなくいつだってアトゥルの興奮を誘う。少々高値で最初はふっかけられたもんだと思ったが、お釣りがくるほどだ。

導師(グル)

 閨の外からしゃがれた声がする。

「エジェ・アル・スレイマンよりまたもお目通りの申し出が」

「はァ~? おばちゃんとは何度も話したじゃん。今、萎えること言ってくんな。イイトコなんだよ」

 黒髪の女性――アイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキーが白い鋼鉄の扉から生身で出てくる。丸腰もいいところだ。

 それでも〈マギエル〉の名は伊達ではなく、マシンガンだけで殺せると判断したクレイドル側を鮮やかに避けきり、時間を稼ぐ。

 たじろぐほど鋭い眼光がアイカメラを射抜く。

「あ~やばっ最高」

 脳天が痺れるような殺気。

 死線を潜り抜けてきた人間だけに許される傲岸な眼差し。

 クレイドル側が作戦を変更し、扉を素粒子分解領域で融解させようとする。

 その刹那、躊躇いもなく、タイムロス一秒もなく扉とクレイドルの間にアイリスがその身をねじ込む。まるで舞踊を見ているかのような軽やかな身のこなし。そして一瞬にして左の脇腹から下が分解される。激痛だろうに顔色一つ変えず、一瞬よろめいたのみ。

《戦争の、殺して殺される、あの憎しみの汚泥を啜る気はあるの?》

 血反吐を吐きながら静かに呟かれる問い。

《大切な人がきみらにもいるなら、帰りなよ。――大事にはしないであげる》

 右の脇腹から下が分解される。それでも瞳の強さは変わらない。

《そう。じゃあ、ずっと終わらない世界の中できみらは苦しめ。私の「あした」(こどもたち)はあげないよ》

 夥しい血を吐いて、それでも口元に微笑みは絶やさない。

 ぞっとした。これが世界最高峰の兵士。これが、世界が畏れた魔女。

 アトゥルは彼女の双眸に恍惚を憶える。睥睨してほしい。踏みつけて罵倒し詰ってほしい。

 導師(グル)なんて勝手に貼られたレッテルをひっぺがして、下賤と唾棄してほしい。

「あ~~~……あ、イク、イキそう、〈マギエル〉、〈マギエル〉……もっと見てっ、そうこっち見てて……〈マギエル〉……ッ」

 下女の喉奥に無遠慮に白濁を吐き出して、萎えた陰茎を適当に下女の衣で拭う。

「で? エジェが会いたいって? 何のために」

「まずはチョンジエン統一、その後、第五次世界大戦停戦のテーブルに就くのが狙いかと」

「バッカだねぇ。今さら統一も何もあちらさんが主導権握れるわけないじゃ~ん。神国連盟に独立されちゃった時点で、あいつの才のなさは露見しちゃってんの。獅子の国? お生憎様、こっちは神の国だ。跪いて神国連盟に統一してほしいってんなら、会ってもいいぜ」

「御心のままに…………もう少し婉曲に伝えておきましょう」

「そのまんま伝えろって。バカ正直で裏が読めないから、はっきり言わないと分かんないでしょ。あのおばちゃん」

「しかし国内で火種を増やすわけにもいきますまい」

「まあねぇ。ボク戦争とか1ミリも興味ないもんなぁ……。生活に困ってないし? 国民も今のところ困ってないっしょ? エジェ派が嫌いなやつらに導師(グル)になってくださ~いって言われただけのガキンチョで、戦う理由なんて昔も今も皆無だからなぁ。連合(ユニオン)? どーでもいい。 皇国? 皇子派にはやたら警戒されてるし〈マギエル〉もういないしなぁ……いや? いやいやいや?」

 全裸のまま胡坐をかき、アトゥルはにんまりと笑う。

 下女がその肩にそっと絹の羽織をかけて出ていく。

「そういえば〈マギエル〉に娘いたじゃん。このときが3歳、今16歳。あはァ……()()()だね、ボクと」

 言葉にか、部屋にこもる栗の花に似た臭いにか、老僧が僅かに眉をひそめた。

「ふふ、そうおぞましいものを見る目で見るなよ。興奮するだろ」

 肩から羽織が落ちるのも構わず、アトゥルは全裸でぐるぐると閨室の中を歩きまわる。

導師(グル)と、外務大臣の娘の結婚。エジェも好きそうな筋書きだよね。そうだ! ロマンティックなプロポーズのひとつでもしてあげようか。きっと戦争の潮目が変わるだろうなァ」


  ☆


「状況確認しろ!」

「第四衛星都市パクスロマーナ壊滅!!! 核による攻撃と思われます!!!」

「どこからだ、BBBか!?」

「各局に入電、各局に入電!!! 神国連盟です!!!」

「やあやあ皆様ごきげんよう。ボクは神国連盟導師(グル)アトゥル・クシャトリヤ。先ほどのパクスロマーナはなんていうか……シャイなボクからきみへのちょっとしたプレゼントだよ。エステル・フォン・ヴァルトシュタイン。見て、この流れ星! エステルの名にちなんで星をプレゼントなんちゃって。気に入ってくれたかなァ?」

 大仰に明るく腕を拡げてくるくると回りながら、あはははは、無邪気に喋っていたアトゥルの声が低くなる。

「皇家の皆様、外務省の皆々様。ボクはボクの花嫁としてエステル・フォン・ヴァルトシュタインを迎えたい。さすれば同盟国としてすべての兵を退き、皇国との友好条約締結も視野に入れよう。――要求が通らない場合は……そうだなぁ。きっと星が足りないんだよね! 衛星都市はそれこそ星の数ほどあるし、きみのために墜とし続けるよ、エステル」


 プツ、と一方的に捲し立てて切られた通信は、たしかに戦争の潮目を変えた。


 皇国が回答しあぐねていた二週間後。

 またもや神国連盟によって衛星都市が墜とされた。

 大戦といえど十年ほど膠着状態が続いていた事態が急激に動き出したのである。

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