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#彷徨えるカムパネルラと魔女の聖名(みな)において04

 ユリウスは皇国の中枢ともいえる国防省のデータシステム――スフィアプログラムをクロールしていた。

 謹慎は解けたものの、父の付き人として各国間を飛び回っていた以前とは違い、史書編纂室なる一人部署に回されたものだから、日がな一日古いデータを眺めるか、今誰がどんな動きをしているかクロールして推測するぐらいしかやることがないのだ。

 前線で奮戦しているという妹の実際の様子も、ロンギヌスの医療データに潜り込んで大きな怪我はないか、問題はないかとこっそり探る日々だ。

 クレイドルは大嫌いだが、こんなことならば軍部のメカニックかオペレーターを選べばよかったか? と詮無い自問自答を繰り返す。

 クロールしていくうちに、フィアラ殿下と父主導で新たなクレイドル開発を行っていることを突き止めた。クレイドルパイロット恒久化計画自体は父本人から聞かされていたが、新型AIの開発要件定義が妙にきな臭い。

 自立自走し、パイロットの意図を汲みつつ、その肉体的欠陥すら補う。

 ――アニメじゃないんだから。いったい何年かけてやるつもりだ?

 半ば呆れながら第16世代のローンチ推定日をカレンダーから探す。

 フィアラ殿下と父と李隊長ほかお歴々のカレンダーが一致している日程。

 来月!?

 あまりに早い日程に目を剥く。

 一体どんな仕掛けでAIの加速度的進化を促したのか、またスフィアに潜ろうとして、頭後ろにゴリ、と硬いモノが当たるのを感じた。

「あんま深く潜りすぎると早死にするからやめとけ」

「ディートリヒ! ペドロ!」

「ディートリヒさん、な」

 目だけで振り返れば見知った顔が苦笑いで並んでいた。

 それでも脳天に当てられた銃口は下がらない。

「両手を上げろ。ゆっくり椅子から立ち上がって。そう。壁を向いて立ってろ」

「あーあーあースフィアもロンギヌスもやりたい放題クロールしやがって。何重のセキュリティしいてると思ってんだ。アーサーとセシルは碌なこと教えねぇな」

「ユリウス、世の中には見たらダメなもんもあるってお前の親父は」

「好きにしろって」

「言うよね~。あいつは言うよね~。几帳面そうでクッソ雑だもんね~」

 でもさ。

 表情を引き締めてペドロが言う。「これは国家反逆罪にもなりかねないんだよ、そのときは射殺されるしかない」

「でも……何か意味がある。父さんがこんな一人部署に僕を置いたのには」

「いいか、見るな。ディートリヒさんからの忠告だ。二度は言わねぇ。これ以上、何も見るな。――頼むから」

 哀願の響きを帯びていて、ユリウスは逆に疑念を持つ。

 異常なAIのシンギュラリティ。

 新旧のデータが盗み見し放題の一人部署への配属。

 一等書記官が二人もすっ飛んできて、警告してくる厳戒態勢。

「独り言なんですけど、ずっと不思議なことがあるんです」

 壁を見つめたまま、ユリウスはここのところ考えていた矛盾を語りだす。

「なぜ、父は母の遺伝子を残したのか。父と僕とエステル。縋りたいときに使えと言われたけど、自分は世間への影響が大きいから使わないと言ったその口で、再生医療を父が許すわけがないとも思った。再生医療の決断をするならそれは父でしかない。でも父はそれを選ばなかった。ほとんどを(そら)の藻屑にしてしまった。――なぜ僕らの分だけ残したのか」

「思い出ぐらいは欲しかったんじゃねーの」

「そんな感傷的な理由で、歩く戦略兵器の欠片を子どもに与えますか?」

「知らねーよ、お前の親父に聞け」

「いいや知ってるんだ。あなたがた皆。取り決めたんでしょう? 〈マギエル〉の扱いについて。ここにはその片鱗が、謎を紐解く情報が埋まってる。だから僕とエステルには見せたくない。きっと父が僕をここにやったのはきっとその取り決めを破ったから。もうバレてもいい、むしろ《何か》を突き止めさせようとしている。突き止めてはいけない真実を。だから慌ててディートリヒとペドロが僕の元へやってきた。その《何か》を見てしまわないように」

「…………」

「父は何の取り決めを破ったんですか」

「皇国の未来のためであり、皇国への背信行為だ」

「ディートリヒ‼」

「俺らにも職務上言えることは限られてる。エステルは〈マギエル〉に仕立てられる。夢見た形じゃなく、大人の都合で。今言えるのはそれが限界だ」

「新型に乗せられるってことですか?」

 ふとユリウスの脳にひとつの可能性が浮かぶ。

 新型AIが――ヒトに等しい能力を持っていたら? それはもはやAIなのか?

「まさか、父さんはクレイドルに母様を……?」

「俺らに言えることはここまで。頼むユリウス、あんま深く潜らないでくれ」

「俺たちにアイリスの忘れ形見を殺させるなよ?」

 頭蓋から銃口の重みがなくなる。気づいた時にはペドロとディディはいなくなっていた。

 なぜ、父は取り決めを破ったのか。なぜ、父は自分に《何か》を気づかせようとしているのか。命すら危うくなる情報とは?

「…………」

 答えはこのデータの山にある。

「……っし」

 ユリウスは小さく伸びをすると、再びデータの海に飛び込んだ。


  ☆


「立て、皇国民よ」

 フィアラは居並ぶ第16世代機を前に、意気軒昂と演説を()った。

 フィアラの後ろには皇国五家の面々とロンギヌスの面々が居並んでいる。

「クレイドル第16世代機は五家筆頭ヴァルトシュタイン家、第二卓グレンヴィル家の血の滲むような努力と、第三卓李家の身を挺したテストパイロットのおかげで、従来の年齢規制を取り払い、幾つになっても搭乗できる仕様となった。つまりレジェンズも復帰できることとなり、誠に喜ばしい日を我らは迎えた。除幕式の適任者は、この者をおいて他にはおるまい。特飛隊ロンギヌス――〈マギエル〉エステル・フォン・ヴァルトシュタイン」

 白服に下ろし髪姿のエステルを見て群衆は沸きに沸いた。

 その姿は正しくアイリス・ヴィクトロヴナ・ミハイロフスキー、その人の再来であった。

〈マギエル〉! 〈マギエル〉! と叫ぶ声がうねりとなって、波のようにエステルを押し流そうとする。

 第16世代機に《なに》が搭載されているかは、もう知っている。

 父も、飛龍(フェイロン)も、誰もが澄まし顔で腹が読めないのが、怖くて仕方ない。

 足元から〈マギエル〉を求めて伸ばされる無数の手が恐ろしくて仕方ない。

 母はこの重圧をいつも背負って戦っていたのだ。何たる胆力。

 ごくりと生唾を喘ぐように飲み込んで、エステルはテープに(はさみ)をくぐらせる。

「クレイドル第16世代機、総員配備。全機出撃用意」

 うわぁっと沸き立つ音圧に一瞬のけぞったエステルの背中を飛龍が軽く支える。

「〈マギエル〉は驚かない。凛として前を向いて」

「隊長は、怖くは、ないですか」

「そんな感情、とうに忘れたよ。きっと〈マギエル〉も」

 数日前、この男に呼び出されたとき、「あ。父と同じ目をしている」という違和感があった。感情の抜け落ちた瞳。もう何も感じられることがなくなったような、彩度の低い瞳。

 そうして男は――知らない人のようになってしまった飛龍は、第16世代機には自分とエステルが乗る、という説明をした。ライアンがごねたが飛龍は譲らなかった。第6世代の《ルサールカ》と《タナトス》がOSバージョンアップして格納庫に運ばれてくる。

「今までのOSをどう書き換えたら年齢制限解除できるんすか?」

「乗ればわかる。――エステル」

「は、はい」

 促されてエステルは《ルサールカ》を起動した。ピンクのウサギのキャラクターはもう現れない。代わりにホログラムで現れたのは母だった。

《ルサールカ、セットアップ完了。今日の調子はどう、エステル?》

 理解できず三度、格納庫のど真ん中で嘔吐した。

 AIで再現された母の解像度の高さに一度、母のDNAデータをクレイドルに喰わせた父のおぞましさに二度。

「隊長」

「乗れ」

「隊長……!」

「〈マギエル〉なら何があっても躊躇なくクレイドルに乗り続けろ。撃って撃って撃ち続けるんだよ」

「じゃあわたしは〈マギエル〉になんかなれないっ!」

「もう後戻りはできない。連合戦はキミを軸に回りはじめてる。メリーゴーランドじゃないんだ、今さら下ります、はいそうですかとはならない」

「……飛龍は乗れるの……」

「必要とあらば、いつでも」

 ダウトでは、ない。

 でも、何かを隠している。乗らざるを得ない何かがある。

 ただそれを見透かすだけの目は持っていない。

 生まれて初めて母を呪った。

 あなたが世界のバランスを壊すから。

 わたしたちは永遠にあなたの掌で踊り続けなければならない。

 〈マギエル〉復活に沸く民衆を睥睨するエステルの姿は往年の母とそっくりだったという。

 父や飛龍や、みんなの気持ちが分かる。妙に醒めた脳裏でエステルは思う。

 死者を蘇らせ、老いを克服し、AIに身をやつしてまで、なぜわたしたちはあなたたちのようなただの群衆を守らねばならないの。

 平和だった日々を腐らせ、毒杯を飲み干して、家族の心の在り処さえ分からなくなって、どうして戦わなければならないの。

 兄が軍属を反対した理由がようやく分かる。

 わたしは甘すぎた。誰かを救えると本気で思っていた。

 〈マギエル〉にならなくてもいいと言った飛龍の意図がようやく分かる。

 撃って撃って撃ち続けて、死に場所を探すことでしか、この名は背負えない。

「立て、皇国民よ! 連合戦に勝利し、我らこそが優れた人民であると証明せよ。我らのための栄光ある「あした」を手に入れるのだ」

 フィアラが拳を突き上げるたびに民衆のボルテージは上がっていく。

 そうして、戦争の火種はもう消すことのできないほど大きな焔となっていった。


  ☆


 間者から手に入れた第16世代機のデータを見て、アトゥルは喉の奥で忍び笑う。

「えげつないね、皇国さん。人柱立てて橋作ってた時代かよ。――じじい」

「ここに」

 傍に控えていた老僧が一歩進み出る。

 紗幕の内には決して入ってこない彼に、アトゥルは自問するように投げかける。

 この寝所にアトゥルに意見する者はいない。

 ただただ一人で脳内を整理するのみだ。

「どうするよ、皇国はお嫁ちゃんとこ。連合は借りがある。ボクらはどうする」

「でも神国だからねぇ。あまり冒涜的なことされると見逃せないよねぇ」

「とはいえ連合に肩入れする理由も薄いなぁ。お嫁ちゃんと別れるのもな」

「そうなると、うちはしばらく様子見かね。がーんばってね、お嫁ちゃん」

 神国連盟は皇国に「人権を蹂躙する冒涜的行為」と一定の批難は示したが、今回の戦闘から手を引き中立的立場を表明。

 事実上、第5次世界大戦停戦のテーブルに就くこととなり、BBBとの黒い噂が流れていたことから世間を驚かせた。

 しかし皇国側は「人権を蹂躙する行為は一切ない」として猛反発。

 神国連盟内でも先のロンギヌスこと蜂の巣(ラ・リュッシュ) 頭目シオン・トゥローズルによるテロに対する禍根が残っており、アトゥルの計算とは裏腹、友好条約及びエステル・フォン・ヴァルトシュタインとの婚約を破棄し、戦火の道を歩むこととなった。

「くそったれの偽善者どもめ!」

導師(グル)

「なんだ」

「お客人が」

「エジェのババアには会わねーぞ、苛ついてんだ」

「いえ、それが……」

「お初にお目にかかります。わたくしはアウローラ・ディ・スフォルツァ。皇国の第一皇女ですわ」

「…………へえ、面白い猿がきたじゃん」

 荒れるアトゥルのもとへやってきた意外な人物は、ずかずかと紗幕の内へと入ってくる。

「おいおい、ババアは遠慮ってもんがねぇな」

 あら失礼。思ってもいない、はんなりとした笑顔で腰かける。

「わたくし、あなたにご相談――いえ、訊きたいことがあってまいりましたの」


          ☆


 深夜。

 誰もいない格納庫で、ヴィルヘルムは《エーデル》を見上げる。

 搭乗者登録されているヴィルヘルムもユリウスも軍属ではないので意味はないのだが、何かのためにと第16世代のOSに換装されている。

 コクピットに乗り込み、コントロールパネルに手を翳すとあの頃の彼女が陽炎のように立ち昇る。

《エーデル、システムオールグリーン。ヴィー、ちゃんと寝て食べてる? 不摂生だとGがキツイよ?》

「ああ、そうだな。ちゃんと寝てちゃんと食べるよ」

《発進シークエンス開始まで270秒》

「いや、発進はしなくていいんだ。俺はもう撃たないと決めてるから」

《ヴィー?》

「お前を殺した犯人は俺が必ず仇を取る――それでお前の魂を冒涜したとしても」

《? 素粒子分解領域を展開しますか?》

 今ひとつ噛み合わない会話にAIの限界を知って、ヴィルヘルムはまた瞳を昏くする。

「絶対に、俺の手で。――おやすみ、愛してるよ、アイリス」

《システムを終了しますか?》

「ああ、そうしてくれ。いい夢を」

 今も指輪を外さない左手の薬指にくちづけをひとつ落として、コクピットを抜け出す。

 しっとりと湿った夜の匂いを肺いっぱいに吸って、ヴィルヘルムはまた執務室へと消えていった。


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