異世界の『事故物件』はレベルが違う。
「ただいまー……」
夕暮れ時。
扉を開け、誰もいない部屋に帰還の合図を告げる。
街から少し離れた丘にぽつんと建つ二階建ての一軒家。
そこに僕は住んでいた。
「オ""ガ"""エ""リ""""」
家の中から恐ろしく低くノイズの混じった声が、脳に直接話しかけてきたが────無視だ、無視。
「はあ、ったくさ……今日は来客があるんだから、やめてくれよ」
もはやその声の主を探すなんて野暮なコトはしない。
だって、どれだけ家の中を探そうと声の主が見つかるワケないのだから。
今のはこの世の存在の声ではない。
端的に言ってしまえば、そう、幽霊の声である。
だから無視するのである。
だが、
「■■■」
バタ、と音が鳴った。
後ろへ振り返ると、玄関の扉が外れてそのまま倒れ落ちていた。
それとほぼ同時に棚に置いていた花瓶が落ち、割れる。
「……」
あーくそ、イライラする。
ほんとふざけんなって感じ。
まあいいよ。
花瓶の破片も外れた扉も放置したままで、僕はソファに倒れるように座った。
そして、眼を瞑る。
すると、
────ドタドタ。
足音。
二階から物音が聞こえてきた。
もちろん、この家には僕しかいないのだが。
────ドタドタドタドタ。
足音が増えてくる。
「……」
────ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。
────ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ。
「あぁもう! うるせぇ! 少しは黙っとけよ!」
流石に我慢の限界。
こういう日に限ってだ。
いつもはここまで悪戯してこないってのに。
立ち上がって、怒気の混じった声で叫ぶ。
……シーン。
上から聞こえていた物凄い物音が収まる。
おや、どうやら懲りてくれたらしい。
なるほど。
話せば分かるじゃないか。
「ギャア"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアア"ア""ア""ア"""""ア"ア"!!!!」
しかし、
「はい?」
安堵、束の間である。
先程を遥かに凌駕する絶叫が家中に響き渡り、
家の中に居るのにも関わらず、
まるで嵐の中にいるかのような暴風と防雨。
家中のあらゆるモノが巻き上げられ宙を舞い、円を描く。
「ちょ、うぇ待てよ!」
座っていたソファも吹き飛び巻き込まれる。
当然自分もだ。
「う、うわぁああああああああああ!?」
ヤベェ。なんだこりゃ!
絶叫コースターなんて比にならない恐怖。
「危ねっ!?」
────ヒュン、と。
さっき片付けなかったツケが回ってきたのか。
嵐の中を舞う花瓶の破片が僕めがけて飛んできた。
かろうじて避けたけど、あやうく致命傷だったぞ……。
「うへぇ……こりゃ片付け大変だよ、ガチで」
嵐に巻き込まれているのは、この部屋にあるほぼすべての家具や小物類だ。
フライパン、ジャムが入った瓶。
靴。剣。ドア。花瓶の破片。電球。テーブル。ソファ。
フォークに、スプーンに。
極めつけに人間。
これは流石に緊急事態です。
片付けがぜっっったい大変だろうし、あと変な浮遊感で酔ってきたし。
ゴロコゴロ……。
「あ?」
────ドギャアァアアン!!
「っ!?!?」
眼前に稲妻が走り、しまいには地面が燃え始めた。
あ、これ死にました。
確定です。
「シメカケさん!? な、なんですかコレ」
「えっ」
扉が開いた。
いや、扉は吹き飛ばれているから開かれるワケがない。
ただその人は扉があったはずの場所に、玄関に立って啞然としていたのだった。
青色のローブに、大きな黒の魔女帽子を被るストレートで銀髪の少女。
「お、思ったよりも早かったですね……ベアトリーチェさん」
ベアトリーチェ・ビッテンフェルト。
今日の来客は彼女である。
蒼水晶という異名を持つ魔法使いだ。
「あの……来てばっかりで悪いんですが、この嵐。止めてくれませんかぁッ、あぶなっ!?」
「へ? ま、まあ。もちろんですけど」
ローブの内側から木の枝のような杖を出し、唱える。
「……嵐よ静まれ」
すると、一秒もかからないうちに家の嵐は収まって、
「あ」
宙を舞っていた僕はそのまま、家具たちと共に床に激突するのだった。
痛かった。
◇◇◇
七五三掛翔。
僕は日本の某県某町生まれの、まあどこにでもいるような田舎の男子高校生だ。
友達が多いわけではないが、特別少ないわけでもない。
平凡。とてつもなく平凡だった。
一つ他人とと違うところを挙げるとすれば、運がちょっと悪い。
それぐらいだった。
それ以外は完璧に完全に圧倒的に絶対に『普通の存在』だった。
世界を救うヒーローでもなければ、地球を破壊する隕石でもない。
しかし三か月前。
運が他人より少し悪い、少しない僕は実に不運なことに……交通事故に遭ってしまった。それも信号無視してスマホによるよそ見運手プラス若干居眠りをしていた大型トラックとの事故である。
こっちは車でもなければ、自転車でもなく、久しぶりに一輪車でも乗ってみるかと遊んでいたのだが……。
不運なことに、久しぶりに一輪車に乗って気を取られていた僕は。
突っ込んでくるトラックを避けることができず、轢かれて即死した。
……はずだった。
それがまさか、剣と魔法のファンタジーな異世界に転移してしまうなんてな。
心機一転。
異世界転移を果たした『普通』の男子高校生である僕は、もちろん高校生なんて職業を続けられるワケもなく。
なりゆきで冒険者として生計を立てていくことになった。
で、なら次は住む場所だと異世界の不動産に行ったら……街から少し離れている格安物件を紹介してくれて、
僕はそこに入居し、家を持ったわけだ。
まあだから、持ち家ではなく借家なのだけれど。
それがまさか、こんな『事故物件』だったなんてね。
冗談いいところだ。
確かに入居する時に書いた契約書に『何が起きても保証しません』『家が全壊しない限り、何をしても構いません。もし全壊の場合は修理費を自己負担』なんて物騒なコトが載っていて驚いたけれども。
つっても、レベルが違いすぎる。
てなわけで、この家には何かが憑いている。
ファンタジーな世界なのだから、お化けが家を呪っていたって何も不思議ではない。それよりもドラゴンが普通に空を飛んでいる事実の方が僕的には驚きポイントである。
「ともかく」
だから、除霊をしてもらおうと思ったのだ。
自分がいま出せる限界の額を使って、出来るだけ良い魔法使いに除霊を頼んだ。
そういう経緯で、今に至る。
◇◇◇
「……てなわけなんですが」
異世界転移うんぬんは言わないが、どのような怪奇現象が起きたのかなどを───嵐でボロボロになったソファに彼女を座らせて、僕は説明するのだった。
いやあ、大変。片付け。
「なるほどなるほど。でもこれは事故物件じゃないですよ」
「は? それマジですか?」
「ジョーダンです。にひひ」
僕は本気で困っているてのに。
ベアトリーチェさんは悪戯に笑う。
情報弱者をからかいやがって、くそう!
「ごほん、これは事故物件です。間違いないです、うんうん」
そしてドヤ顔。
専門家なのに、なんかあれだ。
知識つけたての初心者みたいだ。
事故物件なのは、僕だって流石に察してるよ。
「ま、まあ。実際のところ、それは流石に分かってるんです。だから貴方を呼んだ」
「ふむ、でもですね。シメカケさん」
「はい」
「私は除霊専門ではないし、死霊遣でもないし、魔法使いなんです。だから……」
「完璧には除霊出来ないって?」
「は?」
え、なんかボクやっちゃいました?
彼女の声が急に冷ややかになった。
「あ、いや」
「除霊ならば別に問題ないのですけど、除霊魔術は使えないんです」
はあ……というと、つまり?
どういうことがサッパリだ。
僕は除霊というか、そもそも魔法すらよく理解していないというのに。
「つまり、直接祓うのではなくですね。家にいる幽霊を叩き起こして、この世界の次元に呼び出し、そこから倒すという手順を踏まなきゃいけないんです」
「ん」
なんか前に聞いた話と違うんですけど。
これ、日本でも見たことあるぞ。
安いプランにしたら追加オプションとか付けられて、最終的には相場とあまり変わらなくなるやつだ。
「だから呼び出して追い払うのは前払いしてもらった料金で大丈夫ですが、倒すとなると追加料金10銀貨がかかります!」
「思った通りだった!」
うわ、悪徳業者だ。
悪徳業者ベアトリーチェだ!
「ま、今倒してもらいたいけど、すぐにオプション料金が払えないと言うのなら……」
「払えないと言うなら?」
ごくり、唾をのむ。
こわいです。
「今回は特別に利息なしのローンでも構いませんが……どうされます?」
「す、すごいビジネス霊媒だ!」
これが日本だったらただの霊感商法でアウトなんだろうけれど、この世界は違う。ちゃんとした除霊ビジネスなのだ。
マジか。
すげえな。
舐めてたぜ異世界。
「どうされます?」
「追加料金払えば、絶対に倒してくれるんですか?」
「そりゃあね、そりゃ余裕ですよ! 私を誰だと思ってるんですか? 蒼水晶のベアトリーチェですよ? もし倒せず契約が守れなかったら違約金として金貨100枚払ってもいいですよ────っ!!!!」
金貨100枚て……。
もの凄い大金じゃないか。
こちらの世界の銅貨とか銀貨とか、金貨とか。
そこらの相場もまだ詳しく理解してないけど、
取り敢えず1000銅貨で1銀貨、1000銀貨で1金貨らしいから……。
えーっと、
金貨100枚は、一億銅貨分!?
ウソだろ?
銅貨5枚とかでリンゴ(に似た果物が一つ)が買えるってのに。
どんだけの大金だよ。
「ま、まあそこまで言うなら……お願いします。ローンで」
「はいはーい、じゃあローンの最低額は毎月100銅貨八年と三か月からねー」
「じゃあえーっと、毎月1銀貨十か月契約でお願いします……」
うぅ、なんか上手く詐欺られた気分だけど。
大丈夫だろうか。
やっぱり相場とか除霊の常識とか調べておくべきだったかもしれない。
と、思いながらサインを書く。
--------
追加オプション『悪霊完全排除・除霊』
追い払うだけでなく、その霊を倒し、家に安寧をもたらします。
料金・銀貨10枚。 違約金・金貨100枚
--------
「はい、契約完了です!」
ベアトリーチェさんは僕に契約書の紙を渡してきた。
つーか、契約書用意してるってことは最初からその気だったんだよな。
うーん。
後味が悪いぜ。
まあ元から必要な出費だと思って割り切ろう。
「ではベアトリーチェさん、お願いします」
「任されました!」
契約が無事済んだからか喉を鳴らして上機嫌に彼女は応える。
上機嫌というか、能天気というか?
「まずはこの家に何が憑いているのか調べますね!」
「お願いします」
さて、お手並み拝見といこう。
いやまだ、そんなフェーズじゃないかな?
「────魔力探知」
ソファから立ち上がり、
またしても杖を持って、彼女が唱えると……辺りが淡い青の光で包まれ始める。
おお!
これはザ・魔法って感じだ。
杖の先端も光ってるし。
「……」
「おお」
彼女は眼を瞑っており、ずいぶんと集中している。
凛としたその表情は、先程までの能天気さを忘れさせる。
「うわっ!」
真下から地響き。
ゴゴゴゴと、地面が揺れる。
「……あ、あのー」
待て、違う。
これは地響きではない。
地響きにしては振動が弱すぎる。
ふと僕は、彼女を見た。
「ここここ、これ、ややや、ヤバイかもしれませんぅ……」
「ベアトリーチェさん!?」
なんと先程の振動は、
ベアトリーチェさんが、がくがくぶるぶると震えているモノが原因だったのだ。
しかも彼女、額からとてつもない量の汗を流している。
少し涙目だし。
なんだなんだ?
嫌な予感。
さっきの自信はどこいった。
「どうされたんですか?」
「ココにいる霊、ヤバイです。ぜったい! ぜったいヤバいやつです!」
まるで小鹿みたいに彼女は震えており、今にも地面にへたり込んでしまいそうだった。
「そんなに? でも……」
「でも……?」
僕は彼女に先程書いた契約書を見せる。
「違約金は金貨100枚ですが」
「いやちょ、ちょ、冗談じゃないんですって!」
「……ベアトリーチェさん」
彼女に近付いて、肩をぽんと叩く。
「は、はひ。なんでひゅか!」
「グッジョブ」
一秒後、僕は彼女が魔法使いの威厳を捨てて大泣きする所を見てしまった。
◇◇◇
「じゃじゃじゃじゃ、じゃあ行きますよ……」
ベアトリーチェさんの話では、除霊は深夜に行った方が幽霊が外に出てきやすく成功しやすいらしいのだが────、
彼女がグズグズしていたせいで、もうすぐで夜が空けてしまいそうだった。
「あ、ちなみに。滅茶苦茶ヤバい霊がこの家を呪っているなんて言ってましたけど、具体的にはどんなヤツなんですか?」
「それは霊を叩き起こさないと分かりません。でも、見たことないぐらいの魔力を持ってまひた」
涙目でぐずぐずのベアトリーチェさんだが、どうやら気持ちの整理はある程度ついたらしい。杖を持って既に臨戦態勢だ。
頑張ろう。
金貨100枚を払わないためにも。
「じゃあ行きます、叩き起こし、まふ! ……どんな怪物でもかかってきなさいぃぃぃぃ! 魔力よ集え! 顕界せよ! 強制召喚(アンリミテッド・サモン!)」
うお、これはすごい。
家中にまた嵐に近い暴風が起こり始めた。
さっきみたいに体が浮くほどではないのだが。
その代わりか、杖が向ける先にブラックホールみたいな赤黒い渦が発生していた。
とても禍々しい。
「さあ、誰でもかかってきなさい!」
彼女は自分に喝を入れるようにもう一度言った。
それに呼応するように、ヤツも言った。
『ヨロシイ。我は魔王、勇者に滅ぼされ封印された恨み。ココで世界を滅亡させることで晴らそう』
と。
「……ごめんなさああああああい! 勝てませんぅんんん!!!!!」
「えぇ……?」
渦が自分を魔王と名乗ると、蒼水晶と呼ばれる聡明な魔法使いは一瞬で土下座するのだった。
そりゃあもう立派なものだった。
ウソでしょ?
いや、そもそものツッコミどころが多すぎるだろ。
なんだって、魔王?
なんでそな大層なヤツが────この家にとり憑いているんだよ!?
これもアレなのか。
僕が、七五三掛翔の運がないからなのか?
冗談にならない冗談だぜ、全く。
『我を真の意味で滅ぼそうとする勇者よ、いつでも来い』
「……無理無理、無理です。魔力が信じられないぐらい強いって思ったら勇者って、うぇーん、信じられまへん。わたし、ここで死ぬんだ。ありがとうお母さんお父さん、ありがとう世界、こんにちは新世界」
いや、感謝の範囲広いな。
というか来世を考えるにはまだ早いだろ。
『来ないのなら、コチラから行くぞ?』
まあ確かに、やっぱり来世を考えるにはちょうどいいタイミングかも。
絶体絶命のピンチだし。
でもなんつーか、唐突すぎて実感がわかないなあ。
「あ、無理です。ほんとまじで」
『────いくぞ、■■■』
『ちょっと待ったァ!!!』
「……え?」
いや待って、通信が混雑しすぎなんですけど。
誰が喋ってるか分からないのだが。
新たな人物が乱入してきたことだけは分かった。
『死してもなお魔王、人類を脅かすというのなら……今度こそは完全にお前を滅ぼそう』
いかにも勇敢そうな男の声だった。
いや誰ですか。
ガチで。
『無理だな。お前はまた今日もオレに負ける』
『ほざくなよ、勇者が────!』
え。
「ゆ、勇者だって……!?」
なんか気が付かないうちに凄い事になってないか?
事故物件の霊を除霊しようとしたらソレが魔王で、なんか勇者が乱入してきて、僕の家で戦おうとしているって。
困る。
ヒジョーに困る。
「ベアトリーチェさん、これは一体……?」
「た、たぶん。魔王が憑いていたこの家には、何らかの理由で勇者の魂もあったのではなひですか?」
なるほど。
そういうこと?
とんだ事故物件てわけだ。
『終末審判』
やばい、ぜったいヤバイ魔法だ。
『絶対封印ッ!!!!!』
二つの大きな力が衝突し、────目が潰れそうな閃光が広がり。
ほぼ同時に鼓膜を突き刺す爆音と衝撃波が響き渡った。
「うわあああああああああああああああああ!?」
「きゃああああああああああああ!?!?!?!?」
やめて。
ここで天下分け目の戦いを起こさないでくれ。
『────勇者、貴様ァァァァァァァァ!!!』
僕とベアトリーチェはどちらもかなりの距離吹き飛んでおり、家も衝撃により半壊していた。四方の壁がほぼ壊れ、まだ全壊しないのが奇跡ってぐらいだった。
ふと不動産との契約を思い出す。
『家が全壊しない限り、何をしても構いません。もし全壊の場合は修理費を自己負担』
……コレは全壊じゃないから、修理費払わなくて済むのだろうか?
とてもそうは見えないぐらいには壊れてるけれども。
半壊ってよりは、大規模半壊だ。
つーか全壊に近い大規模半壊。
でも、壊したの僕じゃないしな。
「いてて……、ベアトリーチェさん大丈夫そ?」
「うぅ、頭を地面にぶつけて痛いです。たんこぶができそう」
「無事でなにより」
「無事!? 無事じゃないです!」
爆風、衝撃波で見た目はかなり吹き飛んだけど実際のところ、そこまでダメージはなさそうで安心。
家は壊れたが。
「っていうか、あの魔王とか勇者たらなんたらは消えたみたいだよ」
「ホントですか? 除霊完了?」
「いや、どうだろ──『安心するな、再び封印しただけだからな。しかも仮封印だ』
「うわっ、また急に声がしましたよ!?」
これは……勇者の声だろう。
魔王のあの禍々しいモノではない。
「えっと……勇者さんで良いんですか」
『勇者ブレイブだ。ブレイブと気軽に呼んでくれていい、まあ……魂だけの存在であるいま、そんな気軽に話しかけるコトは出来ないかもしれないが』
「じゃあブレイブさんに質問させてもらいますが、魔王を仮封印したってことは……えーっと怪奇現象は────」
『ああ、残念だが起こり続ける。それに時々、弱体化しているとはいえ魔王が外に現れるかもしれない』
……マジかよ。
それって、かなりヤバヤバじゃないか。
もしかすると僕の家を起点にして、世界が滅ぼされるかもしれないんだろ?
嫌です。
「その時はどうすればいいんですか」
『もちろん、オレも出来るだけ加勢したい所だが。魔王が弱体化しているの然り、オレも同じく弱体化してしまっている。勇者として非常に心苦しいお願いなのだが、最後は君たちにもう一度、封印してもらいたい』
そんなこと、果たして僕に出来るのだろうか。
「運が悪いぐらいしか特徴のない僕に、そんなことは出来ないですよ」
ほんとうに。
そんなこと、荷が重すぎる。
『できるさ、不運なんかじゃないのだから』
「?」
『君には勇者がついているのだから!』
はあ……。
魔王も僕の家に憑いてますけどね。
『マズい。そろそろこの世界に干渉できる時間が終わる……』
「え。いやいや。ま、まだ聞きたいコトがあるんですが!」
『ならば、その質問はいずれ聞こう。託したぞ、未来の勇者よ────』
「はぁ!?」
丘から街に下るように肌寒い風がびゅうと吹く。
ふと、丘下の街に目をやると朝日が昇りつつあった。
空のパレットには薄暗い黒と赤でグラデーションが描かれている。
魔王の気配も、勇者の気配もなくなった。
聞こえてくるのは木々が風になびく音と、小鳥のさえずり。
「これからどうするか……」
ため息を吐いて、半壊した家を見た。
凄い壊れようだ。
しかも魔王と勇者の魂がとり憑いている、日本の事故物件なんて比にならない『いわくつき物件』。
立ち入り禁止にしても何ら問題ないレベルの魔境だ。
ここに住まなくちゃいけない僕って、やっぱり不運じゃないだろうか。
「あ、じゃあ私はここらへんで退散させてもらいますねー」
ゆっくりと起き上がったベアトリーチェは、気まずそうに笑った。
いやいや。なんか忘れてない?
「待ってよ、ベアトリーチェさん。そりゃ契約が違うぜ」
僕は彼女に契約書を見せた。
ポケットに入れてたからくしゃくしゃだが。
それでも、十分。
--------
追加オプション『悪霊完全排除・除霊』
追い払うだけでなく、その霊を倒し、家に安寧をもたらします。
料金・銀貨10枚。 違約金・金貨100枚
--------
「結局倒せず、家に安寧をもたらすこともできず、これじゃ契約と違う。違約金として金貨100枚だ」
「ひ、ひぇええええ……あ、あのローンでも……」
「もちろん。最低は毎月金貨一枚な」
「ひええええええええええええええええええ!?!?」
彼女はその場でへたり込み、屈託のない"泣き顔"を披露してくれた。
長い銀髪をぶんぶんと左右に振り回す。
うーん、概ね予想通り。
こんなことされたら、僕でも泣く。
たとえソレが、自業自得で、自分が招いた結末だとしてもね。
「ベアトリーチェさん、もしかして───」
「ひ」
「払えない?」
「ひぃぃぃいいい!?!? やめてください!まだ死にたくなひですうううう!!!」
怯えぶりがすごい。
いちいちのリアクションがでかい。
「そんな貴方に提案がある」
「……へ?」
まさかこんな事になるとは思ってなかったので、咄嗟の思いつき案だが。
でも金貨100枚なんて到底払えないだろうし。
これが最善だと願う。
「僕は魔法とか使えないからさ、魔王を封印って言われてもよく分からない。だから……金貨100枚を無しにする代わりに」
「代わりに? なんですか? 魔法を教えほしいとか……?」
「ご名答!」
「へ?」
「僕に魔法を教える専属の魔女メイドになってくれ────ッ!!!」
「………………へ?」
そう。
これがいい。これで良い。
彼女もついてない。
僕の依頼を受けたが故に、こんな未来が待っていたなんて。
不運コンビだ。
「よよよ、喜んでやりすぅ! 足も舐めます!」
あれ?
想像としてたリアクションと違うんだけど。
「……あ、いや、そこまでしなくとも」
「なんでもやります! 家事も、魔法の教育も、なな、っなんでもやります!!!!!」
「ま、まあ……」
取り敢えず、交渉成立だろう。
これは。
「メイドはまあ冗談としても、取り敢えず魔法、よろしく頼むよ」
「はい! 仰せのままに! ご主人様!」
───本当に、この魔法使い。
プライドのかけらもないな。
そんなことを思いつつ、空を仰ぐ。
頭の中に浮かぶのは前の世界のこと、ベアトリーチェのこと、魔法のこと、勇者のこと、魔王のこと。
……これからどうなることやら。
波瀾万丈。
つぐつぐ運のついてない自分だ。
にしたって、魔王と勇者が憑いている物件があるなんて───、
本当に、
"異世界の『事故物件』はレベルが違う"な。
僕は未来のことを想像しながら、そんなことを思ったのだった。
主人公もヒロインも何もしてなくね? って思った方、正解です。
ですが、たぶん連載作品だったらどちらもなんか最強設定になっていたでしょう。
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