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異世界転移者は帰還したい  作者: 三月透
異世界帰還(と道楽)のすゝめ
7/15

よくよく考えなくてもデート

「─────っしゃあ、三十個ォ!!」

「早いですね」

「もうちょっと褒めてくれてもいいんだよ?」

「まさか本当に成し遂げるとは、思ってもいなかったので……では、冒険者証を提出してください」

 かくして、幾ばくかの紆余曲折はあれど……俺が冒険者登録を済ませてから、三日の時が経過した。三日なんて大したことないじゃんと思うそこのお前達、72時間で、4,320分で、25,9200秒でどれだけのことができるか、一度考え直してみなさい。

 45秒の5,760倍だぞ。

 告白どころか、式まで挙げられちゃうぞ。

 算数ドリルどころか、国語辞典一冊読めちゃうんだぞ。

 ……とまあ、某運営様に見逃してもらうこと前提のボケはさておいて。

 最初に俺が受注した(させられた)依頼は、どうにも端から達成できるものではないと思われていたらしい──俺が時間ギリギリにギルドへ帰還して、薬草を受付口に散布させたのを、フューさんは大層驚いていたようだった。一個だけおぞましい色の草が混じっていた気がしなくもないのだけれど、多分大丈夫だろう。許されたし、ちゃんと報酬もらえたし。

 ちなみに、依頼達成分の薬草は既にフューさんが用意していたそうである。

 料理番組?

 さて、今日俺が達成したのは勿論、薬草採取のノルマなどでは当然なく。

「依頼を三十個達成されましたので、ヨマワリ様はDランクに昇級しました。おめでとうございます」

 そう、冒険者ランクの昇級である!

 この前《三日で冒険者ランクを上げてみせる》と宣ったのがまさか現実になるとは、当の本人たる俺でも吃驚仰天だった──三日で上げるということはつまり、この三日間の俺は一日あたり十個の依頼をこなしたことになるが(フューさんから聞いた話だと平均は二日に一個)、まあ、ぶっちゃけ転移者と異世界人とでは基礎スペック自体異なるらしいので、妥当なところだろう。

「ああ、ありがとう。……それで、次は?」

「随分と熱心なんですね。細かいことは訊きませんが、規約違反にはくれぐれもお気をつけください。Cランクに昇級する条件は、《依頼を四十個以上達成すること》、それから─────」

「……それから?」

「ギルド本部で、筆記・実技を含む《昇級試験》を受けてもらう必要があります。試験といっても、そこまで堅苦しいものではありませんから、安心してください」

 なるほど、Cランク以上は特に命の危険を伴う依頼が多くなるから、そこで線引きをしておこうって訳だ。

 うーん、我ながら分かりやすい。

「その試験って、いつなんだ?」

「一番近い時期で言うと、六月の中旬ですね。あなたのことですから、可能な限り早く試験を受けたいと考えているのでしょうが……残念でなりません」

 フューさんはわざとらしく嘆息した。この人の心象風景が、俺は素直に気になる。

「二ヶ月か……」

「ですから、それまでは依頼をこなしつつ、生活の安定を考慮するべきかと。冒険者は少しの依頼をこなすだけでも高給ですし、ゆっくりやっていきましょう」

「冒険者『は』?」

「…………」

 あ、触れちゃダメなのね。



《豆知識タイム。四つの大国には、それぞれ地域ごとの特色があるっす。北西のヴァスタニアは農業と酒造、南西のクジャルドは鉱業と音楽、その間にある島国のヤマトは鍛造に娯楽文化、そして北東のゾーロアストは術式と建築。いやあ、個性溢れる世界っすね。ちなみに、南東にも一つ大陸があるんすけど、そこはどうやら科学技術が発達してるみたいっす──術式があるのにわざわざ科学を探究するなんて、人間分からないもんっすね。》



 ─────昼時。

 なんだか急に賢くなったような感覚があったのだけれど、気のせいだろう。この俺のことだし。

 さてさて、そういうとんだお門違いは置いといて──依頼を達成せんと東奔西走し疲弊した俺は、今にもくっつきそうな腹と背を抱えながら露店の並ぶ通りを歩いていた。

 ……まずい、涎が止まらん。料理を迷っている暇などないのだ、さっさと決めなければ俺の身体が活動限界を迎える。

 と、そこに。

「─────あれ、アコトさん? ハハ、奇遇っすね」

 褐色肌、白髪、翠緑の眼、その職業にしてはあまりに軽々しすぎる軽装。忘れるはずもない、あのヴァスタニア騎士団副団長の肩書きを持つヒラリウス・ナスターチウムが、俺に向かって手を振っていた。

「……ヒラリウスか。騎士団の仕事は?」

「今日は休暇っす。つっても、自分で取った訳じゃなくて──団長が『お前は働きすぎだ』って、無理矢理休まされたんすよ。一番の働き者は自分だってのを、どうしてあの人は気づかないんすかね……」

 ヒラリウスは頭を抱えて青い息を吐く。

「まあ、確かにそうか。ドラゴン倒した時だって、あれ、普通冒険者が出向くもんだろ?」

「はい。団長はなんていうか、人に頼らなさすぎというか──変に他人を過小評価しがちなんすよね。悪いことじゃないとは思うんすけど……ま、詳しいことは飯食いながら話しましょうか。アコトさんも、ご飯っすよね?」

「なんで分かるんだ?」

「そりゃ、ゲッソリしてるんで……大変そうっすね」

 ……

 どうやら俺は、自分の限界について知らないらしい。

 そうして俺達は、露店で怪しい鳥の肉(七面鳥の丸焼きみたいな、北京ダックみたいな……なんか、そんなの)を購入し、広場のベンチに座った。食べ方が全くと言っていいほど分からなかったが、ヒラリウスの手ほどきもあり──現在俺は、上手いこと鳥の足にかぶりついている最中である。

「──で、詳しい話って何なんだ?」

「それについてなんすけど、実は明日、意地でも団長を休ませようと思ってるんすよ」

 決心のついたような表情で、ヒラリウスは言う。口をモゴモゴ動かしているせいか、いまいち締まらなかった。

「どうして?」

「……明日は、団長の誕生日なんす。団長にとっても、団長の家族にとっても、貴重な一大イベントだと思うんすけど──なんでか団長、誕生日が誕生日じゃないみたいに、訓練に打ち込んでるんすよ。しかもそれが騎士団に入団してから毎年、七年連続っす」

「な、七年……?」

 入団してからって言った?

 じゃああの人、七年で組織のトップに立ってんの?

「自分も色々考えてはいるんですけど、どうにも本人の気遣い的なものが邪魔してるっぽくて──《騎士団長》の座に就いた以上、仕方ないことなんでしょうけどね」

「……」

 護る者としての志──か。

「そこで白羽の矢が立ったのが、アコトさんという訳っす。おそらく、団長の知る唯一の一般人で、加えて異郷人……」

「一般人で異郷人だと、何がいいんだ」

「身近な人間じゃないからこそ、ですよ。自分達が遊びに誘っても、怠惰だの、騎士団の一員としての自覚が足りないだの、ボロクソ言われちゃうんで……部外者のアコトさんをだしに使って、祝われざるを得ない状況を作り出そうって訳っす」

 なるほどねえ、合理的だ。

 ……

 ……だしに使う……

「この時のために、プランはAからQまで考えてあるっすよ。さらにさらに、お出かけの費用は自分が全額負担するっす。自分達は団長を祝うことができて、アコトさんは無償で美味しい思いができる──どうっすか?」

「……」

 うーん、どうしようかなあ。ギルドの依頼のこともあるし、いやしかしあれは後からでもよくて……俺が金を払わなくていいってのは、結構なリターンになる──よし。

「──分かった。その依頼、俺が受けよう」

 俺は決意を固めたような表情で、ヒラリウスに言う。口をモゴモゴ動かしているせいか、いまいち締まらなかった。

「……助かるっす。それじゃ、プランは先に渡しときますね」

 と、ヒラリウスは実に四話ぶりの登場となる、そして皆の頭からはことごとく消え去っている術式であろう《魔法の空箱(マジックボックス)》から分厚い紙の束を取り出し、俺に渡した。かくいう俺もまた、マジックボックスにそれをそそくさとしまい込む。

「作戦の要はアコトさんっす、頼みましたよ。自分は一旦、騎士団本部に帰るんで」

「ああ、頼まれた」

 骨までしゃぶり尽くした怪しい鳥の形骸を、露店商の元へ返し──俺達は腰を上げた。

「そうだ、ヒラリウス。騎士団の訓練を覗いて行きたいんだけど、ついていっても構わないか?」

 さて、今日の俺には二つのタスクがあった。

 ひとつ、騎士団本部に出向くこと。冒険者ギルドで依頼をこなしている時に感じたが、やはりあのランク上げ、術式だけではどうにもならない気がする。途中、《(トランジェンス)》だの《(アヴァダンス)》だの、雰囲気でなんとなくどういう術式か理解できるものも会得したのだが──いかんせん出力調整が難しい。先日なんて、危うく森を木っ端微塵にしかけたくらいである。

 損害賠償とか払いたくないよ、俺。

 そのため、今日は騎士団の皆さんにご挨拶すると同時に、ヴァスタニア流の剣術を教わろうと目論んでいた訳だ。騎士団本部の場所は、王都中端から端までご親切に設置されているエリアマップを見れば分かった。

 そしてふたつ──ヒラリウスに会って、この世界のアレコレを訊いてみること。これは正直なところ、博打に近い試しだったのだけれど──日頃の行いが功を奏したか、この屋台街で偶然再開を果たすことができた。

 どうしてヒラリウスを選んだのかというと、答えは単純、最初に色々教えてくれたからである。

 うーん、単純明快。

 まあ、寄り道獣道畦道ありながらも、俺は無事このタスクを達成することに成功したという訳だった。

「訓練っすか──自分は別にいいんすけど、他の皆さんは《侵攻(インヴェード)》の噂でピリついてるんで、気をつけてくださいね」

 騎士団本部への道を悠々と歩きながら、ヒラリウスは言った。今更ながら、体幹がしっかりしているからか、非常にいい姿勢をしている。こちら側の世界でなら、危うくアイドルとして成功を収めていたところではないだろうか。

「前から気になってたんだが、その《侵攻》って?」

「あれ、知ってると思ってたんすけど……いや、訊かなかった自分が悪いっすね」

 少しの間考えるような素振りを見せた後、彼は語り出す。

「インヴェード──簡単に言えば、モンスターの大規模襲撃っす。周期は十数年おきにやって来て、その度王都に侵攻してくるモンスターを倒す……って感じっすね。大体侵攻の一年前にはヴァスタニアへの航路を閉鎖して、騎士団の訓練もハードになるんで──対策だけは万全、ってトコすかね」

「……対策『だけ』?」

 対策が万全なら、もうそれでいいんじゃないのか。

「まさにそこなんすよ。実は、前回の侵攻が起きたのって《八年前》で、それを鑑みると……」

「──周期が、短くなってる。つまりは、根本的な《原因》の部分が解決できてないってことか?」

「そういうことっす。ヴァスタニア中の学者がこぞって調査してるらしいんすけど、未だに何が原因か分かってない──とかなんとか」

 淡々とした様子で、ヒラリウスは続ける。

「けど、自分としてはこの件、なんか怪しい気がするんすよね……」

「怪しいって?」

「はい。学者の調査結果がとか、そういう訳じゃなくて……そもそも、このタイミングでモンスターが増えるってのが、どうにもおかしいというか」

「……それは……」

「つまり、今回の侵攻は──自然発生的なものじゃなく、《何者かによって引き起こされる人為的な襲撃》だと、自分はそう考えてるっす。それこそ、あの《七厄臣》なら不可能じゃない……」

 ─────七厄臣。

 例の本に記述してあった、魔王直属の配下。それがこの世界にとってどれほどの脅威になっているのかは、明確には分からないが──敵対勢力であることは確かだろう。

「もし、仮にそうなんだとしたらですよ。今度の侵攻には、あの《リィンカーネイション》が絡んでくる可能性が高いっす。《再臨》の術式なんて、まさにそれらしいというか─────」

 ……

 ─────今、何を言った?

 いや、違う。

 どうしてそんなことが言える。

 そんなはずがない(・・・・・・・・)

 あの本にない情報を、どうしてあんたは知っている。

 ……

「……そうか」

 …………本が、間違っているのか?

 そうだと仮定するならば、この本は。

 一体誰が。

 なんのために。

「─────アコトさん?」

「……ああ、悪い。ちょっと、考え事をな」

 ──まあ、まだ判断するには尚早だ。乖離している情報は今のところ七厄臣のものだけだし、聞くからにそれ以外はおおむね正しい。

 だが、いつか向き合わなければいけない問題なのは明白……頭に深く刻んで、記憶しておこう。俺の記憶領域は、取り立てて誰かに自慢できるほど優秀ではないのだ。

「ま、何もないならよかったっす──着いたっすよ、アコトさん」

 と、ヒラリウスが忽然足を止め、こちらへ向き直って言う。

「……ここが、騎士団本部?」

「正確には、本部兼兵舎兼訓練所って感じっすけどね。一纏めにしてあるんで、建物がやたらと大きいんすよ」

 眼前にある石造りの巨大な建造物が、ヴァスタニア騎士団の本部──兼兵舎兼訓練所らしい。他のそれとは一線を画す荘厳な雰囲気と、時計の針を模した二対の剣のシンボルを見れば、分からなくもないが。

 ヒラリウスはいかにも重厚な木製の扉を片手間に軽々と開け、俺を中へと招き入れる。冷たい石畳の床を軽く鳴らすように踏むと、軽快な衝突音が空間内に響き渡った。

「お、丁度午後の訓練でもやってるんじゃないっすかね。訓練所は左の方っす、行きましょうか」

 ヒラリウスに言われるがまま、俺は左手にある開けた空間へ出る。

「これは……壮観だな」

 見渡す限りの平原──とはいかないが、百人入っても依然問題なさそうな、イ○バ物置もびっくりの広さを誇る(あっちは重さだけれども)平地が、俺を出迎えた。

 至極簡潔に言ってしまえば、中庭のような場所である。

 暑苦しそうな鎧を纏った何十何百人もの兵士が木剣を振るい、剣戟を交わしているのが見てとれる。訓練に対する熱意が熱気に換わってこちらまで伝播し、俺は思わず感嘆の息を漏らした。

 そして、そんな彼らを統轄しているのが、訓練所の最奥にいるあの人。

「腰が引けているぞ、ステファノ! 後ろ足を使って押し返せ、攻撃を恐れるな──セルジオ、利き手側の守りが甘い──テトリクス、ヨハン、何を隠れて遊んでいる! 罰として腹筋背筋スクワット腕立て伏せをそれぞれ三百回ずつ、自身の悪癖を二百五十箇所以上簡潔に述べた報告書を明日までに─────」

「……」

「……」

 ……護る者としての志、ねえ……

「…………今日のところは、帰ります? 団長、かなりご機嫌斜めみたいなんで……」

「……いや、行くよ」

 ヒラリウスには出直しを勧められたが、俺はこの程度で挫けない。いくら相手の機嫌が悪かろうと俺は行くぞ。

 つーか、明日までに親睦深めとかないと普通にヤバい。

 芝生を避けるようにして端にある石畳の道を進み、レナトスの元へと向かう。鎧や剣の類があちらこちらに満遍なく転がっており、踏んでしまわないかと少し不安になった。

 ……ヒラリウスは、ひょいひょい避けて進んでいくが。まさに勝手知ったると言わんばかりである。

 余裕綽々日常茶飯事朝飯前ってか。

「団長、お客さんっすよ」

 剣呑な様子で訓練を見守っているレナトスに、ヒラリウスは飄々とした様子で手を振って話しかける。この団長の扱いに相当慣れているのか、それとも信頼からくる余裕か──俺の知ったことではない。

 勝手知らざる。

「む、ヒラリウスと……アコトか」

「久しぶり。元気そうでよかったよ」

 ……数日前の恥辱など全て忘れ去ったかのように、彼女は応対した。あの日のことを今の彼女に訊いても、「なんすかそれ」と、平然とした顔つきで返されそうな感じである。

「ヒラリウス。お前には休暇を与えたはずだが、如何様にしてここへ?」

「まあまあ、聞いてくださいよ。こちらのアコトさんが騎士団の剣を見たいって言うんで、案内してきたんす──自分は付き添いみたいなもんっすよ」

 それから「んじゃ、自分はこれで」と言い放ち、ヒラリウスは──少しの予備動作もなく、なんと上方に飛翔して訓練所を出ていった。

 バケモンかよ。

「ふむ、そうだったか」

 と、レナトスは少しの間顎に手を当て、考えるような素振りを見せると、

「《見学》であれば構わん。もし、《訓練に参加したい》と言うのなら──奨励はしない」

「それでいい。大体、騎士団の様子を拝見させてもらえること自体、貴重な機会なんだ」

 言って、俺は絶賛訓練中の団員達に視線を移す。

「……」

 ──綺麗な剣だ。

 ひとえに繊細だから、という理由ではなく、力強いが故に美しい。単純明快、そのために美麗。一体どれだけの研鑽を積み重ねれば、この域に達することができるのだろうか──と、ついつい思索してしまう俺だった。

 この剣術を編み出した人間は、さぞかし武芸の道に精通していたに違いない。

「……何度見ても美しいな、ヴァスタニアの剣は」

 恍惚にもよく似た様相で、レナトスが言った。

「そうだな、素人目でも分かる──なあ、レナトス。ヴァスタニアの剣術って、誰が作ったんだ?」

「……! フフ、よくぞ聞いてくれた!」

 おお……

 俺はどうやら、どこかのツボを刺激したらしい。

「ヴァスタニアの剣術における礎は、私の祖先が築いたのだ。私の祖父母も曾祖父母も、ヴァスタニアの血を継ぐ者はみな剣の道を歩んだと、父上より聞いている。曰く、《何人(なんぴと)をも受け入れる剣術》として考えたらしい──単純ながらに強力で、好守ともに優れた剣術だ。また癖が少ないために派生の流派も作りやすく、ヴァスタニアの各地では元祖を基盤とした様々な流派が─────」

 そこで喋りすぎたとでも思ったのか、レナトスは突然口をつぐむ。

「……すまない、喋りすぎてしまった。昔から、剣の話になるとつい熱くなってしまうのだ。ヒラリウスや団員からは、時たま『うるさい』と言われる──まったく、妥当な言い分だろう?」

「確かにな……」

 俺がその勢いに圧倒されたくらいには、凄まじい弁舌だった。良くも悪くも騎士団長らしいというか、なんというか。

「─────けどまあ、俺から言わせてみれば」

「……?」

「熱く語れるってのは、大して悪いことでもないと思うぞ。要するに、剣が好きなんだろ? 国を守るために剣を振るう騎士団長が大の剣術オタクだなんて、いかにも《らしい》じゃないか──好きこそ物の上手なれ、とも言うしな。きっとヒラリウスも、団員も、あんたがそういう奴だって分かった上での冗談だよ」

 俺も、ゲームは好きだからな。まあ、俺が好きというよりかは、むしろあいつが好きなんだけど。

「……そうなのか」

「ああ。だから、たくさん剣の話をしてくれ──剣に関しては、俺も少し興味がある。勿論、他の話もな」

 第一、俺は右も左も分からない転移者なのだ。この世界について教えてくれるというだけで、こちらとしてはありがたい。

「……すまないな。お前の心配りに、感謝する」

「そりゃ俺の台詞だよ。……そうだ、練習用の剣を借りてもいいか? 到底無理なお願いなのは、分かってるんだけど─────」

「構わない」

 緩いな……

 まあ、設備を壊さないという前提条件付きなのは当然のことなので、細心の注意は払っておこう。

 武器置き場から適当な木剣を持ってきて、訓練所の端に立った俺は──改めてもう一度、訓練の情景を眺める。

 剣の軌跡を見ていると言った方が、この場合は正しいのかもしれない。

 ………………

「─────憶えた」

 猿真似というか、見よう見まねにはなってしまうが──お手本を参考に、俺はそれらしく剣を振ってみた。第三者からの評価が欲しいところだが、団員の皆さんは大変忙しなさそうである。

 身体の軸。

 足の運び。

 剣筋の流れ。

 一つの動作にそれら全てを集約させ、剣先で風を切る。

 ……なんか、できている気がしないぞ。

「──驚いたな」

 と、レナトスが俺を見ながら突然そう言った。

 その驚きはなんだ。俺の剣があまりに下手くそで、みたいな感じのじゃないだろうな。

「どうした?」

 けれども、どうやらそうではなかったらしく、心底驚愕したような表情で、

「その剣術、完全にヴァスタニアのそれと一致している。経験者なのか?」

 俺にとっては、全くもって予想外な反応を見せた。

「いや、齧ってた訳じゃないんだが……」

「……ふむ、なるほど」

 ひとまず、第三者からの評価をもらえたのはよかった。俺自身何がなんだか分かっていないが、たまたま上手く動けたみたいだしな。

 剣なんて持ったこともないのに、意外とどうにかなるもんだ。

 より完璧な剣を目指して、俺は練習を続けた。



《ヴァスタニアでは最近、娯楽小説が流行っているらしい。異世界転生して最強になったり、ヤクザの若頭に愛されたりする、あの娯楽小説だ。聞くところによると、ヤマトから入ってきたとかなんとか──うーん、ヤマトってやっぱり日本なの?》



「─────どうでした、アコトさん?」

「……ヒラリウス。待ってたのか?」

 騎士団本部の出入口である重い扉を、重い腕で開けた先には──ヒラリウスが、近くの柱に寄りかかって俺を待っていた。どうして重い腕なのかと訊かれれば、それは当然、剣を振りすぎたからに他ならない。

「いや、今来たトコっす。団長に会おうと思って騎士団本部までお邪魔したら、丁度アコトさんが出てきたもんで」

「そうだったのか……」

 で、『どうだった』って?

 そりゃあもう、圧倒されましたよ。あんなハードだと思わないじゃん、普通。国を守る組織だから、ある程度の覚悟決まってるのはそうなんだけど……それにしても、ちょいとやる気に満ち溢れすぎてる気がするぞ。

 ……怠惰な奴もいたけど。

 テトリクスとヨハンは、今頃報告書の作成に追われているのだろうか。ナンマンダブ。

「──騎士団の訓練、圧巻だったよ。団員の熱気がとんでもなかったな、一番アツいのが団長なのも驚いた」

「と言うと、団長の剣術トークを聞いたんすか?

 知り合って間もないのにあれを聞けるなんて、アコトさん、相当なやり手っすね」

 ……打ち解けやすいと捉えておこう。

「それで、その団長について話があるんすけど」

「レナトスが、何か?」

「……団長は、今の騎士団長っていう立場に縛られてるっす。副団長の自分が見ても、いたたまれない気持ちになるというか──なので、アコトさん」

 夕暮れに半身を照らされたヒラリウスは、至極真剣な眼差しで、俺に向かってこう言った。

「明日だけは、うちの団長を──レナトス・フォン・ヴァスタニアを、一人の人間としていさせてやってください。……改めて、頼みましたよ」

「……ああ、頼まれた」

 そうして俺達は、来たる四月十日に備えるべく、互いに別れを告げた。

 なんだかカッコよく言っているが、要するに俺はお出かけプランを一晩かけて頭に詰め込み、ヒラリウスは最終調整を行うというだけである。

 明日の波瀾万丈に想いを馳せて、俺はとっくに憶えた下宿への帰り道を歩いていった。

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