愛しの我が家はいずこへ?
夜である。
何の脈絡もないが、現在の時刻は俺の腹時計から考えて夜である。あの後、ヴァスタニア騎士団の二人を見送り、俺は無事下宿にチェックインすることができた。途中、身分証の類の提出を求められたが、受付のおばちゃんから溢れ出る善意にあやかり『紛失した』の一点張りで押し通すことに成功した。いやあ、ちょろいちょろい。
という訳で俺は、下宿の素晴らしい羽毛布団を堪能している最中であった。
しかし、だがしかし、それは決して一時の安堵から来る行動などでは談じてなく─────
「かっ──帰りてえ……!」
帰りたい─────!
では、俺はこの状況を全く楽しんでいないのか?
否、楽しい! こんな意味分かんねえ世界まで来たのに、なんだかんだワクワクしてしまっているのもまた、俺を俺たらしめる一因である。
……駄目だ、あまりにも不便すぎる。スマホもデジタルクロックもねえ。なんでナイフとフォークしか用意されてないんだ、箸とスプーンをよこせ。ボールポイントペンはどこにある、羽ペンとか使ったことねえよ。
そう、俺が元の世界に帰還したいと願う理由のひとつがそれ──とにかく不便で、ありとあらゆる道具が使いづらい。ドアなんて、回転式ノブと自動扉しか見たことねえよ。日常生活におけるルーティンが総じて潰れるのは、最早それだけでちょっとしたストレスになってしまうのだ。
そして、もうひとつの理由は当然……
「……虚しい」
《孤独》。
知人の一人も、ましてや日本人さえいるかも怪しいこの世界で、俺のような人間が孤独感に苛まれない訳がなかった。そりゃそうだよ、俺だって人恋しくなるよ。
ああ、それから俺にはもう一つ、元の世界に帰らなければならない明確な理由が存在するのだが──それはまた、別の機会に話すとしよう。
まあ、ひとまず今後の目標は固まった。
「《終わりの地》、ねえ……」
《チュートリアル☆異世界の手引き☆》をマジックボックスから取り出し、俺はページをパラパラと無作為にめくる。
数ページ飛ばしたところで、丁度よく《終わりの地》に関する情報が目に留まった。
えーと、なになに……?
「終わりの地は、一度踏み入ったが最後、二度とそこから脱出することは能わないとされている未開の島です。四大陸の中央に位置し、現在は冒険者ギルドが総力を挙げて開拓を試みています。開拓に参加する条件として、《ソロ・パーティどちらかの冒険者ランクがA以上に達していること》、《本開拓経験者のいずれか一人以上に推薦されること》の二つが必要……」
……
なるほど。よく分からんがとりあえず、その冒険者ギルドとやらに入らないと話は始まらないんだな。うーん、億劫だ。
ヒラリウスが何やら、その冒険者ギルドについての話を累々していたような憶えがあるのだけれど……勇者がどうだとか、ランクがどうだとか。
まあ、時間は俺の心臓が鳴動している限りいくらでもあるのだ。まずは明日、冒険者ギルドとやらに赴いてみるとしよう。
「──ん?」
と、そこで──俺の慧眼が捉えたのは、《終わりの地》から数十ページ飛ばした組織一覧表の端にある、たった三文字の単語。
「……《魔王軍》、って」
《魔王軍》
この世界に魔物が産み落ちる元凶とされる、《魔王》を頭主とした魔物の軍隊。本拠地は終わりの地。《七厄臣》を筆頭に強力な配下が各地に跋扈しており、その一切が不明である。終わりの地に向かえば、何かが分かるかもしれない。
「なんだよ、それ……」
攻略本(仮)でも分からないことがあるなんて、ファ○通じゃねえんだからやめてくれよ。
しかしまあ、竜に魔法に女騎士ときて、今度は魔王か……そろそろ本格的に、異世界転移の実感が湧いてきたぞ。
色々と便利な、融通の利く世界に転移したのは、不幸中の幸いといっても過言ではない。もし転移先が猿しかいない星だったら、それこそ俺は猿になる選択を余儀なくさせられていたに違いないのだから。
──駄目だ、あれこれ考えてたら腹減ってきた。どうせ町まで来たんだ、今日は適当に外をぶらついて食おう。金はレナトスに貰ったからな、放題も放題だ。
「んじゃ、行くか」
俺はベッドから身を起こし、ごく自然な動作で部屋を出ると──階段を降りて正面口へ向かい、扉を開けて外へ出た。
……寒い……
夜だから仕方がないとはいえ、昼間の暖かさはどこへ行った。俺らの住む世界じゃねえんだから、もうちょっと融通利かせてくれねえかな……術式でなんとか、というかどうにでもなると思うんだけど、こういうの。
節約か? SDGsってやつ?
まあ、この世界に関してこれ以上なく疎い人間が何をぐちぐち言っても意味はないので、俺は大人しくこの寒さを享受するしかない訳だが。
パーカーのポケットに手を突っ込み、顎をがたがた震わせながら歩く。
そういえばこの服装についても、特に言われたことはなかったな。ヴァスタニアの衣服とは全然違うから、てっきり何かしら指摘されるもんだと思ってたが──杞憂だったらしい。《そういうファッション》で、皆納得するのか?
ヒラリウスが疑わないくらいだしな、きっと他国の服装に関しては弛緩気味なのかもしれなかった。
「……あれ、店か?」
さて、夜の閑静なヴァスタニアを足に任せてゆらゆら立ち歩いていた俺の目は、ふと灯りの点いた食処に吸い寄せられた。微かだが、扉越しに人の声が聞こえてくる──この店は、まだ開いているようだ。
「失礼、我が運命の晩飯!」
日本人として、この肥えた舌でお前達の料理スキルを見定めてやろうじゃないか──いや、食うから食べ定める? ま、いいや。
おお──思いの外、クラシックな内装だ。ウエスタンと言うべきか、俺には皆目見当も分別もつかないが──しかし夜の飲食店らしい、その名状しがたい雰囲気を纏った店は、確かに、確実に世回襾言という一個人を迎え入れたのである。
なんて、いかにも文豪らしい語り口だろ?
まこと素晴らしき独白かな、はっはっは。
そんな冗談はさておいて──カウンター式のテーブルに小さくなって座った俺は、メニュー表を流し目に見る。
「……」
うーむ、こういう言語も《翻訳》されてるのかな。異世界である以上、当然異なる言語が用いられているのはお約束のはずなんだが。
で、メニューがなんだって?
……
なんつうか、見慣れた食材と料理名がちょくちょく出てくるのはなんなんだろうな。バジルとか、牛とか、パエリアとか。俺の立てたパラレルワールド説の線がかなり濃くなってきたんだけど、大丈夫?
「海鮮がオススメだよ」
……
…………はい?
俺の背後からメニュー表を覗き込むようにして、男はそれに指を差す。彼の目を覆い隠すほどの髪が、視界にチラチラと映り込んだ。
「……あんたは?」
「僕かい? 僕はいいよ、お腹空いてないし。僕の愛しい人に禁酒を勧められたんだけど、やっぱり飲みたくなっちゃってね──アルコールというのは、本当に恐ろしいものだよ」
いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど。
「マスター、いつもの。こちらの彼には、パエリアとオレンジジュースを」
男は俺の隣に座し、慣れた口上で注文を述べた。腰回りをよく見ると、剣を携えている──きっと、冒険者か何かで生計を立てているのだろう。
「あんた、常連か?」
「まあね。昔はよく来てたんだけど、最近はもっぱら仕事が忙しくてさ──きみは?」
「俺は……あんたも分かっちゃいると思うが、初めてなんだ。代わりに注文してくれたとき、正直ホッとしたよ」
「それは光栄だね」
言って、彼はシャンデリアの灯りが反射する銀髪を揺らしながら笑った。
今更だけど、ここって電気通ってるのか? シャンデリアとかあるし、ちゃんと機能してるし。
術式でどうにかなってるもんなのかなあ。
「……きみ、名前は?」
と、丁度男の注文した料理がこちらに運ばれてきたところで、彼は俺に問う。
大丈夫だ、今度は何も問題ない。
失敗を活かせ、世回襾言。
「……アコト・ヨマワリ──アコトって呼んでくれ」
「ふむ、いい名前だ。……ねえ、アコトくん」
「どうした?」
俺がそう返すと、彼はカクテルを一口ぐいっと飲んで、それから、
「《勇者》に会ったことはあるかい?」
俺に、訊ねた。
どうしてそんなことを訊くのかも分からないし、その時、彼が一体どんな気持ちだったのかも、俺には分からない。ただ一つ分かるのは、俺がその質問に対して限りなく、そこはかとなく無難に答えたということだけだった。
「まあ、凄い人だとは思うな。ヴァスタニアに来て分かったよ、勇者は国のシンボルだって──あそこまで尊敬されてるんなら、一度は会ってみたいもんだ」
「……そうかい」
……
嘘偽りない、本心から出た言葉だ。
「──たとえその勇者が、ただの酒飲みで女好きでも?」
「……知ってるみたいな言い草だな」
「仮定の話さ。まさか、僕みたいな《勇者》からは程遠い人間が、あれ程までに素晴らしい人格者と知り合いな訳ないだろう?」
それから、「きみはどうだい? それでも、勇者に会いたいと思えるのかな?」と、訊く。
何もかもを見透かすように。
「──会いたい。あんたの言うように、酒飲みで、女好きでも、俺は勇者に会ってみたい」
「……それは、どうして?」
彼は何一つ変わらない、飄々とした顔つきで訊く。会いたいか否かではなく、その先にある理由を求めているのだと、俺にはそう感じられた。
「もしもあんたが言った通り、勇者がそういうやつなのだとしたら、だ──それってつまり、他人の前では自分の性分を隠してるってことだろ。イメージをイメージのままで保って、その上聖人で居続けるなんて、俺にはそんなことできない。素直に……尊敬だよ」
「……なるほど。面白い考え方だね」
……そういうもんなのか。俺としては、いつも頭の中に留めてあるメモ用紙の一枚を引っ張り出しただけのことなんだが。
本物であろうとする分、偽物の方が本物らしい──と、何かの本で誰かが言っていたのを思い出した。ちなみにこの《何か》と《誰か》……無暗に名前をお出ししてしまったが最後、著作権法に抵触すること間違いなしなのであえて濁している。
各方面への心優しい気遣いという訳である。いやまあ、どこに気を遣ってんだって話ではあるんだけど。
「……アコトくん、僕にはね。勇者がなぜ、民衆から勇者と呼ばれ讃えられ称賛を送られ続けるのか、よく分からないんだ」
と、彼はカクテルをちびちび飲みながら言った。今更ながら、こちら側では中々目にする機会のない珍しげな色をしている。
「どうして?」
「《勇ましい者》と書いて《勇者》となるのは、皆当然知っている。だけど、勇者の《勇ましい場面》を実際に見た人はいないだろう? それなのに、皆は口を揃えて《彼は勇者だ》と言う──果たして、本当にそうなのかな。偉業を成し遂げたから、勇者と呼んでいるのではないのかい? 皆がそう呼ぶから、自分も勇者と呼んでいるのではないのかい? かつて《真に勇ましき者》に与えられた勲章は、今やただの安上がりな飾り付けに成り下がってしまった……酷な話だよね、まったく」
「…………」
「だからといって、彼が勇者と呼ぶに値する人間でないということじゃない。僕はただ、《彼だけを勇者と呼称するのはおかしい》と言っているのさ。……人はその誰しもが、善性を抱えている。勇気と、誠実と、それから慈恵もね──人が《勇者足り得る一面》は、実のところ、誰にでもあるんだ。極端に会話の苦手な人間が、近くの露店へと一歩踏み出す瞬間。友達と仲違いした人間が、『ごめん』の一言を口にする瞬間。甲斐性なしの父親が、自らの子供を脅威から身を挺して守る瞬間……言ってしまえば、誰もが《勇者》だ」
最初から全て解き明かして、理解しているかのような口振りで、彼は続ける。
「じゃあ、絶対に《勇者》だった彼らはどうして、歴史にその名を遺さないのかな?」
「……強さが、足りなかったから」
「そう、その通り。勇ましいだけでは強くなく、強いだけでは勇ましくない。この世界に数多くの功績を轟かせた名だたる勇者達は、勇ましくもあり──そして同時に、強かった。だからこそ、両方を授かった彼らの役目は……」
──生きとし生ける《勇者》の足跡と光跡を、後世に余す所なく伝えることだと思うんだ。
「……あんたなら、そうするのか?」
「うん、そうしようと思っている。ずっとね」
……やっぱり、俺は底抜けの馬鹿だな。
俺は今の今まで、自分がまだ夢の中にいるんじゃないかとか、ここはゲームの世界で、俺以外の人間は全員プログラムなんじゃないかとか、そういうことばかり考えていた。
けれど、そんな訳ないだろ。
彼らは、紛うことなく《人》だ。
血は通っていて、心臓も一分に云十回は動いていて、そして何より──自分の意志を貫いている。自分はこういう生き方をしてきたのだと、その言動ひとつひとつで誇示している。
ああ、なんて素晴らしい世界なんだろう。
──でもやっぱり、俺は。
帰らないといけない。
俺はいつの日か、この世界を去らなければならない。それが運命というもので、またの名を摂理というもので、俺が《ルール》と呼ぶものだ。
口惜しい。
「──ちょっとアンタ、何飲んでんのよ」
と、青年と俺の背後から突然、刺すように鋭い声が響き渡った。
「なんだ、リコルじゃないか。どうだい、きみも一緒に」
「うっさい、黙れ!」
そのリコルと言うらしい、魔術師らしい服装をした金髪の少女から上げられた怒声とともに、彼の頭は温いパエリアに叩きつけられた。
「リコル、食べ物を粗末にしたらダメだろう。それに、これは隣の彼が食べるパエリアだ」
「……へ?」
少女はそこでやっと俺の存在に気づいたようで、
「す、すみません!」
と、先程までの怒鳴り声が嘘のように……透き通った声調で謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げた。
うーん、二面性。
「いや、俺はいいんだが……その、彼は」
「ああ、《こいつ》ですか? 酒飲みで女好きのクソ野郎ですよ、気にしないでください」
「そ、そうか……」
……ん?
《酒飲みで女好き》?
──いやいや、まさか。あの勇者の話だって、自分の特徴を挙げただけだろう。
「さ、帰るわよ。ほら、さっさと立ちなさい!」
「あーもう無理無理。きみに酷いことをされたせいで、心が傷付いた。これはもう、酒でも飲んで気を紛らわすしかないなー。あーあ、困ったなー」
「くっ……なんでこいつ、全然動かないのよ……!」
少女──リコルは必死に彼の服をこれでもかと引っ張っているが、彼は微動だにしない。引っ張りすぎて、服の方が先におじゃんになってしまうのではないかと思われるほどだ。
「美しいお嬢さんのキッスなら、もしかすると僕の心を癒してく」
「いい加減にしろーっ!!」
刹那、リコルが素早く体勢を変え、青年の下腹部に膝蹴りをお見舞いする──!
「本当におてんばだなあ、リコルは」
──はずだった。常人なら避けることはおろか、認識さえも難しい絶技だったのだが──彼はそれをひらりと躱し、そしてカウンターチェアから腰を上げた。
「なっ……!」
「そんなんじゃ、お婿さんが迎えに来てくれないだろう。もっと素直でいい子にならないと、ね?」
「ああもう、うるさい! 第一、アンタが帰ろうとしないからこんなことする羽目になったんでしょ!?」
「今帰ろうとしてるじゃないか」
「遅いのよ、このバカーッ!!」
超高速連続蹴りを放つリコルに対し、彼は飄々とした様子で、その攻撃を紙一重で回避する。まさに技の応酬、一流キックボクサーの試合でも観戦しているような気分だった。
……俺は何を見せられているんだ……?
「──さて、リコルの真っ白も見ることができたし、そろそろ帰ろうか」
「アンタ、しれっとパンツ見てんじゃないわよ……」
その人智を越えた熾烈な攻防もようやく終わり、店内は静寂を取り戻した。というか、この状況で平然としてる店主はマジでなんなの?
「いやはや、懐かしいですなあ」
懐古してたよ。
「じゃあね、アコトくん。次もまた、この店で会えることを祈るよ」
「これ、パエリアの代金です。すみません!」
と、彼女は俺に札を──コルを慎ましやかに手渡す。即座に必要分の紙幣を取り出せることを鑑みると、彼女も店の常連らしかった。
「すまないね、リコル。僕のお代まで払ってもらえるなんて、きみは類を見ない太っ腹だよ」
「なっ……はあ、まったく。そういうことにしておいてあげる、一応ね」
……
『《世界樹》は、主にヴァスタニアで活動してる超有名なパーティっす──《勇者》のアザレア・トリスメギストスを筆頭に─────』
……まあ、予想できていたことだ。
答え合わせも必要ないくらいに、当たり前だ。
「──なあ、あんた」
木製のプッシュプルに手を掛ける彼に、俺は問う。
「どうしたんだい、アコトくん?」
「……最初にあんたが《仮定》の話をしたとき、あんたは勇者のことを『素晴らしい人格者』と評価してた。それなのに《勲章》の話では、あんたは勇者をまるで偽善者みたいに扱ってる。そこまでならまだいい。単なる会話のパーツ、一期一会の人間と言葉を交わす中で生まれた矛盾、それだけだ」
『僕みたいな《勇者》からは程遠い人間が、あれ程までに素晴らしい人格者と知り合いな訳ないだろう?』
『かつて《真に勇ましき者》に与えられた勲章は、今やただの安上がりな飾り付けに成り下がってしまった……酷な話だよね、まったく』
「……」
「でも、問題なのはその後だよ。《役目》の話について俺が質問したとき、あんたは返答に続けて『ずっと』と付け足した。言う必要はなかったはずなのに、わざわざ、強調してだ。さも自分が四六時中、《勇者》のことを考え続けているかのような口振りだった。そう考えると、そんなあんたが勇者を知らないだなんて、十中八九あり得ないだろ。もっと言えば、あんたの勇者に対するイメージは、あまりにも常人離れしすぎてる──斜に構えてるのかどうなのか分からないが、ある時は知っているように、ある時は全く知らないように振る舞っていた。そうだな?」
『──勇者の《勇ましい場面》を実際に見た人はいないだろう?』
『──だからといって、彼が勇者と呼ぶに値する人間でないということじゃない──』
「……」
「なあ、隠してるつもりがなければ教えて欲しい。……あんたの名前、なんて言うんだ?」
幾重にも渡る推論と推察の思考錯誤を経て、俺はとうとう、彼に訊いた。無論、俺の組み立てた論理も、破綻していると言われてしまえばそれまでなのだが──しかしそれ以上に彼の話は、異常に、バラバラだったのである。
「……念のため、お忍びで来たつもりだったんだけど。どうにも僕は、人を騙すのが苦手らしい」
彼はわざとらしく鼻の下を擦り、目隠しと同一の役割を果たしていた白髪をかき上げると、俺に向かってこう言った。
「《世界樹》のリーダー、アザレア・トリスメギストス。内密によろしく頼むよ、アコトくん」