剣と魔法とサイバー・江戸
「そういえば、ヨマワリさん。その格好、ヤマトの服っすか?」
「え? ああ、そうだ。仕立て屋の特注ってとこかな」
「へえ。文化の違いってのも、顕著なもんっすね……」
レナトスとヒラリウス、王国騎士団の双璧をなす二人(多分そう)となんやかんやあって馬車に相乗りさせられることとなった俺は、ヤマト之国に関するアレコレを余すところなく訊かれていた。
すまん、ヤマトよ。くだらないプライドを保守するため、お前について好き勝手言いまくる俺を許してくれたまえ。
この服も、ある意味ではヤマトのものと呼べるかもしれないが──いや、別物だよなあ。そもそも、実際のヤマトが俺の想像するイマジナリーヤマトと大いに異なっているという可能性も否定できない。
江戸みたいなのじゃなくて、サイバーでネオンな近未来都市だったらどうしよう。
「ところで、アコト──ヤマトの内政について、何か知っていることはあるか?」
話が一段落ついたところで、レナトスが俺に問いかける。かなり踏み込んだ質問だった。
「内政? どうして、そんなことを……」
「風の噂で耳にしたのだが、どうやらサカツキの現当主が危篤とのことだ。それで、当主の座を巡って何か騒ぎになってはいないかと思ってな」
「団長、そういうのは都市に住まう人間の把握する所じゃないんすよ。家の内部事情を、まさか国民に露呈させる訳にもいかないでしょうに……」
「ハハ、ヒラリウス……さんの言葉はごもっともだ。普通に暮らしてて、そういった上のおこぼれ話を聞くってのは、ほとんどないな」
ヒラリウス──これは思わぬ助け舟だ。あんた、結構いいやつなんだな。
にしても、家ね……権力争いとか、あったりすんのかな。ヤマトのモチーフが日本だとするのならば、まあ、なきにしもあらずって感じだけど。
俺の自国に対する評価は、当然のごとく低かった。
世界トップクラスに裕福な筈なんだけどなあ。
「そういや、二人に訊きたいんだが……ヴァスタニアって、実際どんな所なんだ?」
ここへ来る前に軽く調べたとは言ったが、無論全くの嘘なので、ここはなるべく違和感を覚えさせない形で訊いてみるとしよう。
「……ヒラリウス、説明は頼んだぞ」
レナトスはダメだった。自国のインフラについて全然知らないと彼女自身が言っていたので、至極順当なことである。
「了解っす。まったく……自分らは騎士団であって、ヴァスタニアの観光大使じゃないんすよ。まあ、どうせ着くまで暇ですし、教えます──ヴァスタニア王国、リーヴェラ大陸を代表する自然の国、ってのは知ってるっすよね。リーヴェラの大半はヴァスタニアの領土で、その中で気候を活かした大規模な農業や畜産業が盛んに行われてるって感じっす」
「なるほど」
相槌を打ったのは俺──ではなく、レナトスだった。
なんであんたが感心してんだ。
「……コホン。それもあって、ヴァスタニアは農作物の生産量がとっても多いんすよ。船でここまで来たなら分かると思うんすけど、やたらと船が停泊してたっすよね──他国にしょっちゅう自分らの作物とかを輸出してたりするんで……今ゾーロアストやクジャルドで売られてる食物は、ヤマトのブランド品を除いてほぼヴァスタニア産のものなんです。市場の購買層としては、ヴァスタニア産が大衆向け、ヤマト産が貴族向けって割り振りっすね」
「興味深いな」
レナトスが誇らしげに頷いている。
自分の国を口頭で褒められると、やっぱり嬉しいのだろうか。
それにしても、ヤマトのブランド品ね……日本って、どの世界線でも食にうるさい変態の集まりなのか? おっさんが飯食ってるだけの漫画が大流行するくらいだしな、きっとそうなのかもしれなかった。
「おっと、気になるのは娯楽っすよね。この国で特筆すべきなのは、ズバリ酒造業っす。街中は毎日浴びるように酒を飲む冒険者で溢れてますし、醸造所なんてもういくつあるのか分からないくらい建てられてるんすよ。ヨマワリさんは、今何歳っすか?」
「俺は、十六歳だけど……」
俺がそう答えると、ヒラリウスは頭を抱えて言う。
「あちゃー、残念。ヴァスタニアでは、お酒は十八からなんすよね……にしても、そんな若いのに渡海してここまで来たって、もしかして民俗学専攻とかだったりします?」
いや、決して民俗学に注力しているという訳ではないのだけれど。つーか、この世界にも民俗学とかあるんだ……
「本当にただの観光だよ。そういうあんたは、幾つなんだ?」
「二十っす」
ワーオ、れっきとしたお兄さんじゃないか。敬語まがいの粗雑な言葉遣いが申し訳なく思えてきたぜ。
「ハハ、タメ口でいいっすよ。変に気遣われるよりは、ヨマワリさんみたいにちょっと砕けた口調がいい塩梅なんで──勿論、団長もっす」
「ああ。先刻も言った通り、お前のように胆力のある人間はそういない。時として、礼節を弁えるのが肝要な場面もあるが……ここでの私達は、あくまでもヴァスタニアとヤマトの国民に過ぎないのだ。肩を凝らす苦労はいらない」
「あ、ああ……わかった。それじゃ、ヒラリウスさんも俺のことは名前で呼んでくれて構わない」
「え?」
え?
ヒラリウスが驚愕した表情で首を傾げる。俺、そんなにおかしいこと言ったのか。
「……もしかすると自分ら、なんか大きな勘違いを起こしてたみたいっす……」
「勘違い……って」
『俺は《世回襾言》。……ヤマトから海を渡ってここに来た、よろしくな』
……
あー、そういうね。
そっか、東洋式の名乗りだったな、俺……西洋式だと、《ヨマワリ・アコト》に思われちゃうのか。レナトスもヒラリウスも、よくよく考えてみれば確かにヨーロッパ辺りの名前だった。ゲームやってるだけでこういう知識が自然と身に付くんだから、やはりやっておいて損はなかったな。ペル○ナとか、特に顕著だった。
──しかしまあ、どうしてこの世界にこっちの名残があんのかは知らないけども。やっぱり、幾分か前の俺が推察していたように、この世界は俺の世界と近からずとも遠からずなパラレルワールドなのかもしれない。
さて、名前と名字の認識が食い違っていたということは──ヒラリウスは俺を名前で呼んでて、逆にレナトスは名字で呼んでたって寸法なんだよな。
俺はレナトスの顔を見る。
「………………」
「ヨマワリが名字で、アコトが名前らしいっすよ。団長、聞いてるっすか?」
「………………」
言うまでもなく、100パーセントのしかめっ面だった。
すいません。マジですいません。
勘違いってなんかこう、メンタルにくるものがあるよな。ちょっと恥ずかしくなっちゃったり、うん。
「アコトさん、これはとんでもない大業を成し遂げたっすよ。自分の知るところになりますけど──団長を恥辱で黙らせたのは、団長のお父さんに次いで貴方が二人目っす」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ……」
状況に堪え難くなったのか、『黙れ』をひたすらに連呼し続けるレナトス。ギャップ萌えってやつかなあ、これ──入れていいもん?
「お、着いたみたいっすよ。行きましょうか、お二人さん」
そこで、俺達の乗っていた馬車が動きを止め、外にいた兵士が下車を催促する。
顔を俯かせるレナトスと共に帆布を潜り、外に出ると……
「……すげえ」
暖かい陽光に加え、俺の視界に入ってきたのは──白い、白い壁。
無数の煉瓦によって形成されたであろう、凱旋門のごとき巨大な壁が──俺を迎えていた。
まさに、門。国を護る堅牢。
吹き抜ける風と街の奥ゆかしい佳景に、俺は思わず嘆息を漏らす。
「ハハッ、吃驚っすよね……この壁が、ヴァスタニアの国民を──ヴァスタニア王国の平和を維持してるんす。ヴァスタニア王国へようこそ、アコトさん」
「……お邪魔しまーす……」
デッ……デケエエエェェッ!!
俺の想像していたものより百倍でけえ──いや、四倍くらいだな。
しかしまあ、それを抜きにしてもだ。
「デカすぎんだろ……」
まさかこの台詞を使うことになる日が来るとは──まったく、人生何があるか分からないもんだ。
……
何かしら、ありすぎじゃねえ?
異世界、ドラゴン、女騎士──うーん、一日だけでここまでの情報を脳にぶち込まれると、ちょっと混濁してくるぞ。
「ま、立ち止まってても仕方ないんで、行きましょうか。ほら、団長もそろそろ機嫌直した方がいいっすよ?」
「……ああ、大丈夫だ」
明白に大丈夫でない様子のレナトスが言う。
芯が強そうな人なので、さしたる問題はないと思いたい。
……勘違い(原因は俺)を起こして大破するメンタルは、むしろ脆弱と言うべきか?
門を抜けると、いかにも中世といった建造物が建ち並んでいた。鍛冶屋とか、道具屋とか、ゲームでは常連の施設もあったりするのだろうか。
「街を見て回るのも、それはそれでいいんすけど──とりあえず、下宿まで案内するっすよ。ご飯がうまいってので評判のトコっす」
「へえ、そうなのか……」
「そうそう。魔法学校の学生もお世話になってるんで、信頼できるっすよ!」
──魔法学校?
そうかそうか、この世界には魔法学校なるものがあるのか。
……
いやいや、入らない。俺はヤマトからやって来た異国の旅人という設定で通しているのだから、ここでその魔法学校とやらに入学を果たしてしまえば全てが破綻する。それに、なるなら冒険者だな──まあ、そんなものは存在し得ないだろうけども。
「そして何より、あのSランクパーティ《世界樹》が駆け出しの頃に使っていたってので有名なんす──ああ、《世界樹》は知ってるっすか?」
あるっぽかった。
「いや、聞いたことはないな……」
「んじゃ、この際教えときますね。《世界樹》は、主にヴァスタニアで活動してる超有名なパーティっす──《勇者》のアザレア・トリスメギストスを筆頭に、手練れの冒険者四人で結成されました。……うーん、あの《古龍》を討伐したってので有名なんすけど、本当に知らないっすか?」
知らん。
その《古龍》とやら、ましてや《勇者》さえ初耳だ。
……と答えたいところだったが、どうやらその古龍はかなりの著名人──著名龍(?)であるようにも思えたので、俺はひとまず、
「古龍? ああ、それなら分かる。勇者パーティが討伐したってのは、流石に初めて聞いた話だったけどな」
と、さも知っているかのごとく、そして不自然に思われない程度に話を塞き止めながら、答えた。
「そうなんすか、意外と有名なもんだと思ってたんすけどね……ま、それはさておき。着いたっすよ、下宿──受付は入ってすぐのとこにあるんで、そこで色々、手続きとか済ませてください」
「あ、ああ……ありがとう、ヒラリウス──さん」
「ハハッ、さん付けも要らないっすよ。こっちが勝手にそう呼んでるだけなんで、呼びたいように呼んでくれると嬉しいっす。……普段は、こんな風に肩の力抜けないんで」
──ああ、そうか。
彼らは、この国を護る──《騎士団》、か。おちら側で言う警察署長のような立場にある者だと考えれば、おおかた納得がいく。多忙も多忙、年中無休、てんやわんやの大忙し……俺とはまるで、住む世界が違う。
そんな人間を、俺は相手にしているのだ。
たった今ようやっと実感できた。
「それじゃ、時間があったらまた会いましょう──ああ、それから一つ」
踵を返し、下宿を去ろうとしたヒラリウスが振り向いて、俺に話しかける。どうやら、何か言いたげなようだった。
「どうしたんだ?」
「最近、外の魔物の数が増えてるっす──あのドラゴン然り、近頃《侵攻》があるんじゃないかって噂されてるんで、くれぐれも気を付けてくださいね」
「ああ。……では、また会おう」
そして、二人は今度こそ──俺のもとを去っていった。
「……」
魔物に、侵攻ねえ。うーん、なんか思い付きそうな気がするんだけどなあ……ま、いいか。
そういうのは、一旦頭を休めてから考えよう──なんて思いながら、下宿に足を踏み入れた。