自己紹介よりも他己紹介の方が大抵上手くいく
さて、ここで俺の話をするとしよう。
世回襾言、御年十六歳。ちょっとしたお手伝いに勤しみながらその金でゲームを買って遊び倒すのが生き甲斐の、高校一年生である。
『将来について考えないのはどうなの?』とか言われるかもしれないが、異世界に転移してしまった以上は考える暇もない。うん、そうだそうだ。
友達少なめ、残金少なめの俺は、毎日がゲームに埋め尽くされんばかりのゲーマーだったのだが──そのゲーマーとやら、ついさっきお前の培った知識と経験が全くと言っていいほどお役御免になったぞ。
学校では特に目立った様子もなく、大人しい子でした──なんてのは当然。現実的に考えて、俺みたいなのはいないのと一緒なんだから。注目を浴びるなんてことは、良くも悪くも一度としてなかった。
学校って、そんなもん。
まあ、そんな俺だが──今日は俺が発売前から目をつけていた、とあるゲームの限定版を購入した。ちなみに定価八千円、学生には手痛い出費だ。
しかし、やっぱり背に腹は代えられない。俺はそのゲームを即買いし、そしてルンルンで自宅への帰路についていた訳だ。
そんでもって、これだよ。
ゲームと財布はどっか行ったし、加えて異世界ときたもんだ──常人ならば、この場で発狂していてもそれこそ不思議ではない。
「へー、《術式》ねえ。なるほど、面白いな!」
しかし、俺はどこまでいっても楽観的だった。
言うなれば、問題を先送りにする能力がきわめて高いというだけの話である。自慢にもなんねえ。
そして楽観的(笑)な俺は、この状況下で呑気に怪しい本を読みほどいているのだけれど。
どうやらここにも、異世界の醍醐味──スキル的なものがあるらしい。
そう、前述の《術式》だ。術式と書いて、フォーミュラと読む。
《術式》、《術式》、《術式》。
よし、完璧に覚えたな。
この《チュートリアル☆異世界の手引き☆》でも、当然その術式とやらに関する説明はなされている。要するに、世界の全てを構成する力が《魔素》と呼称されるもので、術式はそれを特定の物質に変換する数学の公式みたいな感じらしい。術式は人によって適正があり、ある人は《水》、ある人は《治癒》とか。人間なので、個体差はあって然るべきだと俺も思う。
なになに、戦闘系の術式は通常一人につき一つ、汎用系の術式は何個でも習得可能──汎用系というのが一体何なのか、今の俺にはよく分からない。
でもって、そんな俺はこの世界で《転移者》と呼ばれる存在みたいだ。別の世界から、なんらかの理由でこちらへとやって来た者達の総称──転移者は固有の術式を予め習得していて、そのいずれも強力(異世界比)……と、この奇怪な本には書いてあった。鵜呑みにしていいのか、よくないのか。
で、その術式を確認する方法と言いますと。
「……ふぉーみゅら、ふぉーみゅら、ふぉーみゅら」
《術式》と一回唱えるだけで、術式の名称が右手に浮かび上がってくるとのことだ。
現状の俺を見ても信じられない手法だとは思うかもしれないが、まさかチュートリアルでプレイヤーに堂々と嘘をつくゲームはないだろう。
あったとしても、それはストーリー上の嘘である。
そうでなければならない。
「……ふぉーみゅら……」
……
これ、俺の発音が悪いの? もっとこう、Formulaみたいな感じで言うべきか。
「ええい、《術式》つってんだろうが!」
と、ついに我慢ならず大声で叫ぶ俺。
すると。
《全能》
俺の右手甲に、明朝体で綴られた二文字が浮き出た。
「おお……!」
やった、ついにやったぞ!
これが俺の術式だ! というかまず、術式の名前が浮かんでくること自体不可思議な話だけども、そんなのは気にしない!
……
「……ぜ、全能?」
全能って、あの全能?
全知全能の全能?
全能神の全能?
全ての能力で全能の、あれ──?
……まあ、いいだろう。全能と言うからには、きっとさぞかし強力な術式に違いあるまい。
チュートリアルの後半あたりに術式全集らしきページがあった気がするので、探してみよう。この本、マジですげえな。一体誰が用意して、誰が書いたんだか。
ペラペラと適当に後ろからめくってみると、丁度《全能》について記されているページに辿り着いた。
「なになに、『《全能》。この術式を手に入れた転移者のあなたにできないことはありません、ただし全知の場合』……」
うーむ、よく分からん。
よく分からんのも当然っちゃ当然だし、今更ながら、よく分からん本を信用するのもよく分からん。
理解不能三昧である。
「……これは」
何の気なしに最後のページを開いてみると──そこには、俺のような転移者に向けて書いたであろうメッセージがあった。
『転移者のあなたへ。あなたは、不幸にもここへ来てしまった哀れな人です。だから、世界を救ったり英雄になったりする必要は何一つありません。好きなように生きて、異世界ライフを満喫してください。また、元の世界に帰りたいと感じる時もあることでしょう。そんな時は、《終わりの地》を目指して歩いてください。そこに帰還への手がかりがあります。じゃあ、がんばってね。』
……
『──P.S. 先輩として一言アドバイス。かわいい女の子は、何がなんでも助けるべし。』
……俺はパタリと本を閉じた。
「帰還──か」
俺の、いるべき世界。
帰るべき場所。
「まあ、動かないことには始まらないな……」
何しろ俺は、スーパーポジティブシンキングだからな。
無論、驕り高ぶれることではないが。
楽観的なのは、世回襾言の唯一の取り柄だ。
「さて、行くか!」
俺はこれからの期待を胸に膨らませ、そよ風の吹く平原を歩き出した。