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異世界転移者は帰還したい  作者: 三月透
ヒトは鹿ほど強くない
15/15

斜め七十七度の並びで泣く泣く嘶くナナハン七台難なく並べて長眺め

「……ごめんなさい」

「わかったならいいんだ。もう何も盗むなよ」

 前回のあらすじ。

 ……いる?

 いらないか。

 現況、獣人(猫)っ子に謝罪強要中。

 ただし俺がという訳ではなく、主に追い詰めているのは隣にいるこの女である。

「……」

 無言の圧力というものの重さを、俺はたった今初めて実感した。なにも子供相手にそこまで──と俺は思ったが、彼女の気性を鑑みれば、それはあらまし妥当な展開だった。セシルの正座を黙々と見つめるライカは、ようやく満足したのか、不意に言葉を発する。

「……(おもて)を上げなさい」

「は、はい─────」

 彼女の言葉を聞き、セシルは、下げていた頭を元に戻そうとする──が。

「《面を上げろ》というのは、本来、一度目で面を上げてはいけないのよ。この機会に学ぶといいわ」

「ッ……!」

 ライカはセシルの頭に手を置き、すぐさまそれを下ろした。全然満足してなかった。

「おい、そこまでする必要は──」

「……『そこまで』、ですって?」

 睨まれてしまった。

「いい、この子供が私達に行ったことは紛れもなく《罪》なの。世間一般では到底許されざる行為を、私は特別に、許しているのよ。『子供だから許す』、『まだ子供だから情状酌量の余地がある』、そういった子供を甘やかそうと言う気概が、私にはわからないわ」

「それは……」

 正直なところ、返す言葉もなかった。社会的規範に則って実行された彼女の行動は、今現在この場においては間違いなく、正しいものであった。

「面を上げなさい」

 そこで彼女はようやく、二度目の《命令》を下す。

「フシャーッ!!」

 飛びかかった。

「……」

 躱した。

「ニャヴッ!?」

 衝突した。

 漫画なら全く同じ構図の三コマが縦に並列するであろう、とんでもないスピード感だった。もはや何かしらの上位存在がこの世界を早送りしたのかと一瞬疑ったが、考えてみればそんなはずもない。

 ……

 等速?

 今のが?

「ニャにすんだ、このクソアマーッ!」

 壁に打ちつけた頭頂部を押さえ、両猫耳をピクピクと震わせながら、獣人っ子──セシルは激怒した。おそらく、必ずこの邪知暴虐の王女を除かねばならぬと決意したからだろう。

「あなたが勝手に飛びかかってきただけでしょう」

「うるせー! オレの家に勝手に上がり込んできたと思ったら、今度は金まで奪いやがって!」

「最初に盗んだのはあなたじゃないの」

「……」

 図星かよ。

「と、とにかく! そいつはオレの金だ、とっとと返しやがれ──!」

 言って、両手の五指に備えられた鋭い爪を、セシルは振り下ろす。

「……」

「……」

「ニャッ、ウニャッ、ニャオッ!」

 持ち上げられながら。

 俺に。

 一体あと何度この流れを繰り返すのかと、俺は疑問に思ったが──多分、どこかの誰かさんが飽きるまで続くに違いない。あらゆる物語の筋書きにおける猫という存在の需要は、他のそれと一線を画すのだから。

 猫は偉大なり。

「……仮にあなたがこの大金とやらを手に入れたとして、何に使うつもりなのかしら。まさか、新しい家が欲しいだなんて浅はかな願望を抱いている訳でもないでしょうに」

「それは……」

 セシルは押し黙る。またもや図星か、それとももっと別の何かか。

「──依頼だよ」

「依頼?」

「ギルドに依頼を出すのに、報酬が必要で……だから、アンタらから盗んだ」

「ということは、元は私達のお金なのね」

「オレの金だッ!」

 そこは譲れないらしい。

「じゃあ、その依頼をこなせば、俺達は金をもらえるんだな?」

 衣服を掴んでいた手を離し、セシルを床に降ろすと、即座に猫のごとく走り出し──そして、部屋の隅っこに縮こまった。ちなみに、隅っこの壁には大きな穴が開いていて、風雨から虫から何まで通り抜け放題だった。骨組みはかろうじて原形を留めていたが、それもいつ寿命を迎えるかわかったものじゃない。本当にリフォームした方がいいと思う。

 盗んだ金を使ってでも。

「……依頼、受けに来たんだろ。ちゃんと返すよ」

「まあ、お前がいいならそれで構わないんだけど……で、その依頼って確か、《おかあさんをさがして》だったか?」

「……」

 何も言わず頷く。

「ずいぶんと曖昧な依頼内容ね。書類だけじゃ仔細がわからないから、何があったのか教えてくれる?」

「だからって、言い出しづらいこともあるだろ」

「今言わなければ行動してはくれないということを、この子も理解しているはずよ。そうでないのなら、私達の受けた依頼はそれまでだったというだけの話なのだけれど」

「……最初は乗り気じゃなかったくせして、まあこいつを大事に扱ってんじゃねえか、ライカさん?」

「想像にお任せするわ」

 これ以上ないすまし顔で、彼女は言い放った。

 なんかムカつく。

 このやり場のない怒りが一体どこからやってくるのか、それを見つけるため、俺達はアマゾンの奥地へと向かった。

 多分。

「……消えたんだよ」

「え?」

 そこで忽然と、セシルが開口する。どうにも、母親の話に関して、何かしらの情報提供をしてくれるらしかった。

「こニャいだ、急に出かけてくるだとか言い出して──それっきりだ。あいつ、オレを置いてきぼりにしやがったんだよ!」

「あなたはさも母親のことが嫌いとでも言いたげな口調だけれど、依頼を出したということは、それだけ大事なんでしょう?」

「……うん。だから、捜してほしい。これは、オレからの《人捜しの依頼》だ。受けるかどうかは、アンタらに任せる」

 そう言うと、セシルは再びうずくまる。周囲に悲嘆と寂寥を漂わせる《それ》は、俺にとってはひどく愚かしいように思えた。

「……その依頼、俺達が受ける。ライカもそれでいいな?」

「いいわ、乗ってあげる」

「──!」

 だからといって、今悲しみに暮れている誰かを助けない訳にはいかないというのが、俺の内心だ。お前は良くも悪くもお人好しだと、あの世界で散々言われたのを思い出した。

 愚かしいお人好しってのはどうにも、愚かしい奴を救わないと気が済まない性分らしい。

「ほら、立てよ」

「アンタ……」

 セシルに向かって歩き、手を差し伸べる。

 冒険者としてはほぼ初仕事に近いが、便りになる人材が二人もいるんだ──きっとどうにかなるだろう。

「……ありがと」

 セシルは不満そうながらも、俺の手を取った。

「──あ」

 ……

 正確には、そうしようとしただけだが。

 俺の足に当たったものが木片なのか、老朽化に伴い床にできた引っ掛かりなのか、それともバナナの皮なのか、全く定かではないのだけど──その何かは俺の歩行を阻害し、瞬く間に転倒させた。

 無論、セシルに一直線で。

「ちょっ、アンタ──」

 回避を試みるセシルだったが、なによりその体育座り──三角座りの姿勢では避けようがないに決まっている。小屋全体を大きく揺らし、あわや倒壊してしまうのではないかと思うほどの音が響いた。

「悪い、セシル──大丈夫か?」

 言って、俺は柔らかいものをまさぐりながら問いかける。

 ……

 ……柔らかいもの?

「フニャッ!?」

 いや、まさかねえ?

 そんな神様の悪戯みたいな、神様のお人形遊びみたいな、神様の言うとおりみたいな、あり得ない展開が為される訳でもないだろう。セシルはあの体勢だったのだ、絶対に触れられるはずがない──というかそもそも、セシルは──

「お、お前──男じゃ」

「……そういえば、ひとつ言い忘れていたことがあったわ。その子、セシル・ヘルベラは─────」

 突如、ライカが何かを察したようなタイミングで開口する。

 そして。

「オレは(おんニャ)だーッ─────!!」



 《異世界転移者は帰還したい 完》



 ──いやいや、そんな訳がない。

 たかが猫娘の爪引っかき攻撃で終わるような物語は、そもそもトラックに轢かれた時点で完結している。あるいはドラゴンに炎を吐かれた時、もしくはレナトスに平手打ちをかまされた時。

 ……俺、よく生きてるな。

「……ごめんなさい」

「オレ、こいつのこと許したくニャいぞ」

「そう。なら、別にいいんじゃないかしら」

「よくない!」

 そんでもって、これだよ。

 セシルの慎ましいπを誤タップした俺は、現在ライカに土下座を強要されていた。強要といえど、謝罪としては妥当なところではあるのだが、やっぱり強要は強要だった。

 なぜだか先程までとは立場が逆転している気がしなくもないのだけれど、多分俺の思い違いだ。

 そう信じたい。

「……もういいわ、面を上げなさい」

 彼女の言葉を聞き、俺は下げていた頭を元に戻そうとする──が、そこではっと我に返り、

「でも、上げたらダメなんだろ」

「そうだったかしら。別に上げても構わないと、私は思うけれど」

「はいはい、そうかよ─────」

 と、再び頭を上げた。

「ゴフアッ!?」

 確かに一度は上げた。あまりに下げるまでの間隔が短く、もはやヘッドバンキングのようになっていたのは、無論言うまでもないが。

 まあ、結論から申し上げると──俺の大事な大事な頭頂部に、ライカの踵がクリティカルヒットしたというだけだった。

 ついでに今日の色は白だった。

 ……いや、不可抗力だよ?

「何もしないとは言っていないわ」

「威力がおかしいだろうが!?」

 冗談で放っていい踵下ろしじゃねえよ、今の。

「まあ、確実に仕留める気で蹴ったのは謝っておこうかしら。ごめんなさい」

 冗談でもなんでもなかった。

「で、お前のお母さんとやらは、一体どこ行っちまったんだよ」

 痛む頭を抑えながら、俺はセシルに訊ねる。数分前の彼女と現在の俺の状況が、いくらか重なりあったように思えた。

「……匂いを追えば、わかる」

「匂い?」

 困惑する俺を差し置き、ライカが説明口調で語り出す。

「獣人の特性ね。犬や猫の血が混じっているなら嗅覚が、鷹などの鳥類なら視覚が、それぞれ優れているの。身体的な変化としては、尻尾があったり、指が鉤爪になったり、毛髪の色や生える部位も大きく変化してくるわ。例えば─────」

「ウニャッ!?」

 するとライカは、近くにいたセシルの身体を撫で回し、ありとあらゆる部位の解説を始める。

 超高速で。

 早送りかな?

「《猫》の獣人であるセシルは頭部に猫の耳が、臀部に尻尾が生えている。そして頬には三本の毛、瞳孔は明るい場所だから縦に割れていて、指先に鋭利な爪があるの。もっと言うなら、私達から逃げおおせたあの脚力は、おそらくネコ科由来のものよ。そうでしょう?」

「……」

 なるほど。だからあそこまで足が速く、体格差をものともせず逃げ切れた訳だ。

 ……あれ?

「それはわかったんだけど、お前──金を盗るときはどうしたんだ? 仮に俺から手掴みで取れたとしても、ライカに気づかれずに盗むってのは、そうそうできることでもないだろ」

「あら、私を相当高く買っているのね」

「いかにも自己評価が低そうな言い草だな。ひったくられたのか?」

「そんな訳ないでしょう」

 しまった、こいつが生粋の自信家だということを視野に入れていなかった。含んだところでどうという話にもなるが。

「《探知(ディテクト)》は使っていたし、周囲にも怪しい動きはなかったはずよ。どんな術式を使ったのか、見物ね」

「術式を使ったってわかるんだな」

「当たり前よ。タネも仕掛けもなしにあんな芸当を、ただの子供ができると思う?」

 確かに……

 というか、《探知》って……?

「──ニャんでもいいから、術式のかけられた物出せ。そうしたら見せられる(・・・・・)

「……? わかった、何を出せばいい?」

「硬貨にしておきなさい。真作と贋作とを識別するために、ヴァスタニアの貨幣には暗号化された特殊な術式が施されているの──まあ、あなたの持っている硬貨が偽物でなければの話だけれど」

 突然のセシルの言葉に、俺は十コル硬貨を一枚取り出す。なかなかの距離があるというのに、セシルは硬貨に向かって手をかざすと、

「《誘引(マテリアリズム)》」

「──!」

 俺の手元にあったそれを、一瞬にして自身の掌の上へと移動させた。

異形(エングレーヴ)……って言うらしい。視界に入った物を、自分の手に《引き寄せる》。でも、引き寄せられるのは術式が使われてる物だけだ」

「そう、当人の能力によってはいくらでも悪用できそうな術式ね。どうして盗みなんかに使っているのかしら?」

「その能力が足りてねーんだよッ! 引っ掻くぞ!」

「やれるものならやってみなさい」

 あんまり挑発すんなよ──と俺は制止を考えたが、ライカ・アーツが言っても聞かなそうなやつだったことを思い出したのでやめておいた。ある意味では、セシルよりもよっぽど凶暴かもしれない。

「ニャんだと、このッ─────!」

 言って、両手の五指に備えられた鋭い爪を、セシルは振り下ろす。

「……」

「……」

「ニャッ、ウニャッ、ニャオッ!」

 持ち上げられながら。

 俺に。

 一体あと何度この流れを繰り返すのかと、俺は疑問に思ったが──多分、どこかの誰かさんが飽きるまで続くに違いない。あらゆる物語の筋書きにおける猫という存在の需要は、他のそれと一線を画すのだから。

 猫は偉大なり。

 ……

「いや、C&P(コピペ)すんなよ……」

 物語を綴る上で楽をしたいという気持ちが明け透けだった。これもある種の表現技法なのかもしれなかったが、これでは読者の怒りなどたまったものではないだろう。

「話が逸れたわね。匂いで母親の所在がわかるというのなら、どうして私達に依頼なんて寄越(よこ)したのかしら?」

「確かに、それは俺も気になってたな」

『匂いを追えば場所を突き止められる』と、セシルは言っていた。考えてみれば、その時点でわざわざ冒険者ギルドに依頼を提出する必要性などない──故に、もう一枚噛んでいると推察するのが自然なところだろう。

「……迷いの森」

 そして案の定、俺達の予想は的中したらしかった。

「確かに、戦闘能力皆無の子供が迂闊に踏み入っていい場所ではないわね」

 ライカは得心したように頷く。

「まあ、そりゃ依頼するよな……」

 《迷いの森》。

 かくいう俺も、実は一度だけその森に入ったことがある。ギルドの依頼をこなすために、一度モンスターを討伐しに行った場所なのだが──異様なまでの濃霧が視界を遮り、数メートル先すら見えないという、それはもうとんでもない環境だった。その上モンスターまで湧いてくるのだから、並の人間が踏み入っていい領域ではないというのは、それこそ容易に推測できる。

「それで、あなたの母親はその森に向かったと、あなたはそう言いたいのね?」

「……」

 またしても、何も言わず頷く。もしかするとセシル、コミュニケーションがちょっぴり不得手なのかもしれない。

「じゃあ、行きましょう。《座標移動(テレポータ)》」



 ◆《移動シーンをカットする術式》



「──着いたわ」

「……は?」

「ニャッ、ニャんだ今の!?」

「何って、《座標移動(テレポータ)》よ。冒険者なら基礎中の基礎、まず真っ先に習得するべき術式だと思うけれど」

「いや、知らない知らない知らない!」

 一度目にしたからもう使えるけども、それにしたって初めて見たぞ、そんなの。

「そう。じゃあ、私の記憶違いかしら──ゾーロアスト圏の術式を、てっきり万国共通だと思い込んでいたのかもしれないわ。せっかくだから、あなた達も覚えておきなさい」

「……」

 というか、ちゃっかり移動シーン削ってやがる。

 面倒くさいのはわかるが、それにしたってこれはねえだろ。いきなり飛び出してきた瞬間移動の術式で目的地に到着とか、設定が飛躍しすぎている。

 ……いや、メタとかじゃなく、マジで。

「──しっかし、本当にすげえ霧だな……」

 迷いの森。

 今俺達のいる外れの側ですら、十メートルをゆうに越える木々が並び立ち、来たる生物を出迎えている。森の中の濃霧も、既にこちらへ漏れ出ているような状況だった。さすがは《迷いの森》の名を冠する場所だと、思わず嘆息する。

 ……意図せずして、現地から情報をお伝えするアナウンサーのようになってしまった。

「この霧は魔素よ。この霧にモンスターが吸い寄せられて、人間はそれを狩りに行く。その戦いでモンスターか人間のどちらか、もしくは両方が死んで、やがて霧の一部になる──この森は、そうして育ってきたのよ」

「なるほど、最悪の死生循環って訳だな」

「……ニャに言ってんだ?」

 そんなもん知るか、俺だってよくわかってないんだぞ。

「日が暮れる前に終わらせましょう。セシル、先導しなさい」

「……ん」

 言って、二人は霧の奥へと歩を進めていく。

「待てよ、俺も行くって─────」

 その二つの影を追って、俺もまた、先の見えない濃霧へと──迷いの森へと、足を踏み出した。

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