一度あることは二度もない方がいい
「──あなた、この私がわざわざ貴重な時間を割いてまであなたを待っていたというのに、まさか五分も遅れてくるだなんて、頭がおかしいのかしら?」
「いや、それはだな……」
「言い訳は不要よ。私に反駁してやろうという非礼極まりない考え方が己の身を滅ぼすこと、しかと憶えておくことね」
──四月二十二日、午前十一時五分。
現況を一言で表すならば、一足先の社会人研修といったところである。社会にはこんな理不尽もあるということを、俺は今、身をもって実感させられている訳だ。
理由──遅刻したから。
五分。
しかし社会人における遅刻は、大抵の場合真っ当な理由が付き物──その理由について、順を追って話していくとしよう。
《ついこの前、市場で果物屋を見てきたんだが、俺の世界と同じようなラインナップでびっくりしたよ。文化や建築様式が似通うのはまだしも、果物に関しちゃ土地そのものが違うだろ? それについて、特に何がおかしいとかはないんだけど──こっちでもリンゴとかブドウとか食えんのが、俺みたいな転移者にとってはちょっぴり嬉しかったな。》
「──よし、行くか」
結果として遅刻することとなった俺だが、実は本来五分前にはギルドに到着するよう、スケジュールを計画していた。遅れたらどうなるかわかったもんじゃないし、何よりまた彼女にあーだこーだグチグチ言われるのが面倒極まりないので、ちょっと早めに宿を出た──という訳だ。
「しかし、金策ねえ……」
財布を盗まれたからもう一回金を稼ぐってのは、ちょっと想像つかないぞ。まあ、あっちとこっちでシステムが違うってのはそうなんだけど、それにしても高給取りの考えることはよくわからん。
……ま、とはいえ今のあいつに金はない。ちょっとした手土産くらいなら買ってやるか。
そう考えた俺は近くの市場へと向かい、そこでライカへのささやかな贈り物を選ぶことにした。
無論、彼女の機嫌を損ねないためである。
プレゼントをしたことで逆に損ねてしまう可能性もあるが、そうなったらもう終わりだ。
「うーん……」
しかし、土産を買うとは言ったが、実際のところ何を買えばいいのだろうか。食べ物──は人によってかなり好みの分かれる部類だし、かといって服とかも、俺のファッションセンスが壊滅的だった場合かなり酷いことになるぞ。
さて、どうしたものか──
「──あの、ヨマワリさんですか?」
「なあああぁぁぁっ!?」
「そんなに驚きます!?」
そりゃそうだろ、考え込んでたところに後ろからいきなり話しかけられたんだから。
……いや、そんなに驚くことでもないか?
「……なんだ、リコルさんか」
「はい、そのリコルです。話しかけたら悪いかな──なんて思ってたんですが、つい……」
リコル・ベルナージネリ。
いつぞやの日か出会った、《世界樹》の一員──確か、魔術師として第一線で活躍していたはずである。その彼女が、いつの間にか俺の背後に立っていた。
最後に会ったのが侵攻の日だから、大体十日ぶりの再会となる訳だが、まさかわざわざ少し話した程度の俺にまで声をかけてくるとは思わなかった。やはりこの人、アザレア以外には相当誠実で心優しいようである。
……悲しくならないのかな、あの人。
「アコトさんは、ここで何を?」
と、おもむろに帽子の縁を掴んで上げ、なんら違和感のない上目遣いで、彼女は訊ねてくる。
「俺は……友人に、ちょっとしたプレゼントをしようかと思ってて。そういうリコルさんは?」
「私ですか? 私は、《アレ》に昼ご飯を作らないといけないので、その材料を買ってたんです。アレは、ほっといたらすぐお酒を飲みに行きますから」
「アレ……」
ああ、アレね……
「ところで、先程言っていたプレゼントというのは?」
「え?」
おお、なんという采配──ほどよい話題への踏み込み方だ、これは勉強になるぞ。なにせ会話の苦手な俺なので、彼女のように自分から話を振ることはできない──短所を改善するには、まずそれを得手とする人間から学ばなければならないのだ。
「それが、ちょっと迷っててな。相手が女の子──女性だから、何を選べばいいかいまいちわからないっつうか……」
軽く頬をかいて、俺は答えた。
「……女の子へのプレゼント」
「いやいや違う違う、そういうんじゃなくてだな」
「ええわかります、色恋沙汰というのは誰しも秘密にしたくなるものですよね。ですが心配は要りません、私は絶対に口外しませんから」
……違うって言ってるのに……
想像に反して、やたら勘違いの激しい彼女だった。初めて会ったときは、なんかこう、もっと洞察力ないし推察力に秀でた人だと思ってたのに、蓋を開けてみればこれである。
人間って、そんなもん。
「それにしても、女の子への贈り物ですか──同じ女性として、何かアドバイスできたらいいんですけど」
「まあ、実際なんでもいいと思うけどな……」
「いいえ、そんなことはありません!」
凄まじい剣幕で否定された。
相当こだわりが強いのか、女性を蔑ろにしてはいけないという思考の表れなのか……とにかく、こんな街中で突然大きな声を出すのはやめてほしい。
周囲の視線が気になる。
だが当の彼女は、そんなことまるで気にしていないとでもいうような態度で、仰々しく語り出す──右手の人差し指を立てて。
「私がこう言うのもなんですが、女性という生き物は、とても繊細なんです。プレゼントの選び方一つで、その人に対する好感度は大きく上下します──例えば、前に『自分は甘い物が好きじゃない』と話したはずなのに、後日そのお相手が甘い物をプレゼントとして持ってきたら、『ああ、この人は私のことを大事にしてないんだ』と思うこと間違いなしです。端的に言ってしまえば、女性はめんどくさいんですよ」
「はあ……」
そういうこと好き勝手に言って、果たしてコンプライアンス的に大丈夫なのかと、色々を憂いる俺だった。フェミニストの皮を被った自己中とか、今はそういうので溢れ返ってるからな。
「いいですか、ヨマワリさん。女性にプレゼントを贈る上で一番大切なのは、ズバリ、《気持ちが伝わるかどうか》です。もちろん、プレゼントの金額も気持ちのうちに入りますが……あなたがまともな人付き合いをしているのなら、まずその人はお金なんて気にしていません。『適当に高い物を買っておこう』じゃダメなんです──大切なのは、『その人が最も喜ぶであろうプレゼントを選ぶ』ことですよ。いいですね?」
「あ、ああ……わかったよ、参考にする」
……ガチめのアドバイスをいただいてしまった……
こっちは草野球のつもりだったのに、なぜかえげつない回転のかかったスライダーが飛んできたような、そんな感じである。まあ、ありがたいに越したことはないが。
「これらを踏まえて、プレゼントを選んでみましょう。相手の性格や過去の言動から、おおよその好みを推測するんです」
「そうは言われても──」
「即断即行、さあ!」
……
俺はもうダメかもしれない。
とはいえ、ここで舌をろくろのごとく回していても、ただ時間を浪費していくだけだ。彼女の言う通り、まずは頭を回すことから始めよう。
市場をゆらゆらと歩きながら考える。とりわけ市場で取り揃えているものは限られているので、手土産にするなら食品が妥当なのだが──うーん、あいつが喜びそうな品が見つからないぞ。
ライカの性格を考えると、彼女自身の価値に見合った物品を贈れば喜びそうだけれど、そうそう見つかる気がしない。そもそも、プレゼントをしようという経験があまりに少ない俺だから、いやはや困ったものである。
……『じゃあ贈ろうとするな』?
論外。
「──これは」
と、俺の視界に突如、何の前触れもなく入ってきたそれに──目線を、釘付けにされた。
もっと関係に言うならば、《ビビッと来た》。
「おっちゃん、これは?」
右手の指でそれを指し、店主に仔細を訊ねる。
「ああ、それか──昨日買い取ったばっかりの髪飾りだよ。結構いいもん使ってるからそれなりの値はつくが、品質は保証できるぜ」
「……買うよ。いくらだ?」
「500コルでいい。彼女さんの誕生日だかなんだか知らねえが、兄ちゃんみてえな若いのには金を稼ぐ手段が少なすぎる──まけた分は、金持ちにでもなったら返してくれや」
既に金持ちといえば金持ちなんだが、おっちゃんの厚意を無下にする訳にはいかない。人の善意にはあやかっとけの精神だ。
……
……いや、彼女さん?
いないよ?
まあ、いいだろう──例のごとくマジックボックスから財布を取り出した俺は、中から500コルを引き抜き、おっちゃんに差し出す。おっちゃんはニヤつきながらそれを受け取ると、懐にしまい込んだ。
「へえ、髪飾りですか。なかなか粋なものを選びましたね、しかもミスリル製の──蝶?」
彼女の言う蝶──というのは、このヘアピンに間に合わせで取り付けられたような、蝶の形状を模した金属のことである。精密な凸凹に乱反射した日光が鮮やかな色彩を作り、ほんの一瞬、俺に虹の幻覚を見せた。
とまあ回りくどく言ってはみたが、実際のところ、キラキラ光って綺麗というだけである。
……十六にもなって小学生並みの感想を述べるのは、少し抵抗があった。
「ああ。色々悩んだけど、結局こういうのがいいと思って──悪いな、リコルさん」
「いえいえ、大したことじゃありませんよ。愛する女性へのプレゼントはよく考えて選ばないと、ですから。では、私はこれで」
言って、リコルさんは身体を大きく翻し、街道の人混みに紛れていった。
「……」
……盛大な勘違いを残したような気がする……
いやいや、そんなことを気にしていられるような時間じゃない──手首を返し、腕時計を確認する。
十時四十分。
まだ幾ばくかの余裕はあるが、目的地にはできる限り早めに到着しておきたい。五分前行動というのもそうだし、なによりあいつが何をしでかすか、金輪際わかったものではなかった。
俺はマジックボックスに、髪飾りと金の入った小袋をしまい込む。
──いや。
正確には、そうしようとしただけだ。
「……ない」
髪飾りと小袋が、手元にない。
いつからなかっただとか、どこでなくしただとか、そんなのを考えずとも、導き出される答えは一つ。
「盗られた──!」
人混みの中、周囲を見渡す。
髪飾りを買ってから現在の間に盗まれたという前提を鑑みれば、そう遠くまでは逃げていないはずだ。
「……あれか!」
見つけた。
他の人間が比較的落ち着いた足取りで街道を歩む中、ひときわ目立つ疾走する人影。フードを被っていて姿は見えないが、背丈からしてまだ年端の行かない子供だろう。
「おい、待て!」
──が、その小袋にはあろうことか十万コルという大金が入っている。これがせいぜいパンを買う程度の金銭であれば、俺も若気の至りということで許しただろうが──しかし全財産を奪われるとなっては、俺の生活が危うい。
「──!」
後を追う俺にようやく気づいたのか、人影はさらに足の運びを早める。
しかし、追っていて思うが─────
……早い!
全力でなければとっくに突き放されているであろう、驚異的なスピードだった。
「─────」
路地裏へ入る人影。
俺もまたそれを追い、薄汚れた日陰へと滑り込む。
「──! マジか……!」
眼前に広がる分かれ道。人影は既にその姿を眩ませ、俺の前にあるのは、二又に分かれた狭い道だけである。
……痕跡を見る限り、あれが向かったのは左──!
右足を行き当たりの壁に押し当てて前進の勢いを殺し、再び疾走を開始する。
走る。
走る。
走る。
「……なんだ、子供騙しかよ」
行き止まり。
それが、俺の出した結論だった。
当然のようにあの人影の姿はなく、あるのは煉瓦の積み立てられてできた壁のみ──自分の痕跡をわざと左側に残して、俺はそれにまんまと引っ掛かったという訳だ。
かくして俺は、たった数分にして全財産を失うこととなった。
◆
「──という訳なんだ」
「そう、どうでもいいわ」
「人様が金を盗まれておいてかっ!?」
「《あなたが》全財産を失ったという話は、この際どうでもいいの。私が気になっているのは、その人影の方よ」
……あ。
『場所はヴァスタニア王都の商店街中央広場付近、相手は年端の行かない子供よ』
「……もしかして、同じ相手に盗まれたとか?」
「ご名答。案外賢いのね」
褒められているようで貶されている──!
「あの獣人、私の財布を盗ったというのに、まだ欲張るのかしら。一体何が欲しいのか、会ったら問いただしてみたいわね」
言って彼女は、流れるような足取りでギルドへと入っていく。
「昨日も言った通り、取り分はあなたと私で十対零よ。ただし、依頼達成の過程で討伐したモンスターの素材はあなたに譲るわ──私だって、そこまで鬼という訳じゃないもの」
「ああ、そう……」
「『ありがとう』は?」
「ありがとうございますッ!!」
今すぐバックレてやりたい。
しかし一文無しである。
一文無しが二人である。
あと俺はとんでもなく怪しまれている。忘れてはならないが、今回の金策はその疑いを解くためにあるのだ。決して彼女に脅迫されたから手伝うのではない。
……いや、マジだよ?
「依頼を確認しましょう。できる限り推奨ランクの高い依頼を選ぶのがいいのだけれど、あなた、ランクはいくつ?」
「いくつって……Dだけど」
「……はあ」
「露骨にため息をつくな!」
俺のツッコミを意にも介さず、彼女は沈黙したまま掲示板に目を通す。
「AとDが一緒に依頼を受ける場合、上限はBランクになるの。あなたがCに上がったら、Aまで受けられるようになるのだけれど」
「仕方ないだろ、次の試験は六月中旬だぞ」
「試験?」
「……」
嘘だろ、こいつ……
俺でさえ知っている昇級試験を知らないときたもんだ、びっくりだね。忘れっぽいのか、煽っているのか、それとも本当に存在を認知していなかったのか、全く定かではない。
「つーかそもそも、DランクのやつにAランクの依頼を受けさせようとすんなよ。いくらお前がいるからって、安全は保障できないだろ」
「それもそうね。口ばかり動かしていないで、あなたも依頼を選りすぐりしてみたらどう?」
「んなこと言われたって、選定基準がわかんねえよ」
「《面倒でないもの》、《報酬が比較的弾むもの》、《モンスターの討伐》。この三つを基準にすれば、楽な依頼が見つかるわ」
そうかよ。
彼女に言われた通り、掲示板の張り紙に視線を遣る。できるだけ手間がかからない──でもなあ、俺はそういうモンスターの種類とかわかんねえし、数で判断するしかないぞ。報酬が弾む──金銭と物品の二種類あるけど、実際どっちの方がいいんだろうな。金銭的価値でいえば、やや現物に分がありそうだが。モンスターの討伐──は、そもそもの話大半が討伐依頼なので割愛する。
「……ん?」
掲示板下部を探していたそのとき、一際異彩を放つ依頼が目に留まる。字も汚いし、子供のいたずらかと俺は思ったが、
「なになに……」
《依頼内容──おかあさんをさがしてください
氏名──セシル・ヘルベラ
報酬──コル
住所──ネザーラント》
内容を読む限り、どうやら単なる《いたずら》ではないようだった。
「何か見つけたの?」
俺の様子を見たからか、ライカがこちらに寄ってくる。俺と同じような前傾体勢で隣に屈むと、依頼を見て眉間に皺を寄せた。
「……情報が少なすぎる。子供の書いたものなのでしょうけれど、紙に書いてあるのは依頼内容と住所、それから報酬だけ。その報酬もどれほどもらえるかは曖昧、受ける理由がないわ」
冷たく、突き放すような態度で、彼女は言い放つ。
「確かにそうだけどさ、書いてあることがマジだったらどうするんだよ。もしそうなら、この依頼主のお母さんはいなくなっちまってる訳で──そんなの、悲しいだろ」
「そんなに言うのなら、あなた一人で受けたらどうかしら。私はお金を稼ぎに来ているのであって、人助けがしたい訳じゃないの」
……
「──現実的な思考だな」
「あら、それは嫌味かしら」
「……もちろん、自分が無理強いをしてるのはわかってる。けど、一回行ってみて、それから判断してもいいと思うぜ。もしかすると、お前の求めるような大金がない訳でもない」
掲示板からその紙を剥がし、ライカにこれでもかと見せつける。そんな様子に呆れたか、ライカは静かに嘆息して、
「……どうせ聞くつもりはないんでしょう。無駄足にならないといいけど」
俺の要望を、嫌々ながらも受理してくれたらしかった。
「……悪いな。じゃ、行くか」
俺は紙をマジックボックスに入れ、入口へと歩き出す。
「待ちなさい」
歩き出したまではいいのだが、いざ扉を開けようというところでライカに肩を掴まれた。おそろしく力が強かった。
「なんだよ、不満があるなら言えば──」
「依頼を受けるときは、職員に依頼書を提出するのよ。こんなこともわからないなんて、まともな教育を施されていないのかしら?」
……
不満というか、不備でした。
◆二人は依頼書に記された場所へと向かう。
「なあ」
「質問なら手短に済ませて」
「……《七厄臣》って、何なんだ?」
ここまでのあらすじ。
《おかあさんをさがして》の依頼書に記載された住所へと向かうことになった俺達。そこはどうやらネザーラントという村らしく──どうやらというか、名前だけは前もってお出しされていたが──とにかく、そこへ歩いている最中である。
『お金さえあれば今すぐにでも馬車を呼んでやるのに』と、ライカがなぜだか俺のことを睨みつけながら呟いていたが、気にしないことにしよう。
そして道すがら、こうして異世界を旅する中で生まれた疑問をライカに解消してもらおうと、あくせく──悪戦苦闘? している俺だった。
当の彼女は、全くもって乗り気ではないようだが。
「七厄臣のことなんて、冒険者の誰もが知っている常識よ。あなた、もしかして馬鹿なの?」
「今更気づいた風なことを言うな!」
「仕方ないわね、この私──齢十六にして最年少A級冒険者となったライカ・アーツが、直々に教えてあげる」
やっぱり乗り気かもしれない。
「七厄臣は、簡単に言ってしまえば魔王直属の七人の配下よ。基本的には、それぞれ一人につき一個の軍を抱えていて、そのどれもが一国の総戦力に匹敵するわ。やつらがその気になれば、《あの》ゾーロアストでも容易く陥落するでしょうね」
「《あの》って?」
俺がそう返答すると、ライカは半ば呆れたように、けれども少し憤ったように、その表情を変える。
「……世界でも飛び抜けた術式技術を有する、いわゆる術式国家。《翻訳》の塔を管理しているのもあの国よ、残念ながらね」
「残念ながら、って」
「……」
それは、どうやら訊いてはいけないらしい。正面へと向き直ると、再び風に靡く平原を見つめる。
「話を戻すわ。実のところ、七厄臣における情報の大半は既に割れているの」
「そうなのか?」
「ええ。容姿や性格だけでなく、彼らの所持している術式もね。せっかくだし、全員分説明しておくとしましょう──」
七厄臣はその名の通り、七人の魔族によって構成されている。魔王が選定した、実力・忠誠ともに信頼に足る臣下──彼らの座す席に他の魔族が腰を下ろしたことなど、今の今までただの一度もない。
一、《斬世》のコラプスマキナ。
二、《輪廻》のリィンカーネイション。
三、《幽閉》のタルタロス。
四、《薔薇》のカーミラ。
五、《万衝》のラゴウ。
六、《煩悩》のリリス。
七、《嵌合》のザムザ。
いずれの臣下もアザレア・トリスメギストスと交戦または接触し、その際情報を収集したトリスメギストスが冒険者ギルドへと逐一報告している。
殆どの七厄臣に共通する特徴としては、《体内含有魔素量が非常に多いこと》、《強力な術式を所持していること》、《魔族であること》、この三つである。
「──アザレア・トリスメギストスは現在まで、《幽閉》以外の全員と交戦済みよ。戦績は五勝ゼロ敗一引き分け、その内三戦は《終わりの地》で行われたもの──らしいわ、定かではないけれどね」
「へえ……」
話を聞いた限り、揃いも揃って相当やり手の連中らしい。実際、リィンカーネイションと交戦した時点でなんとなく察してはいたのだけれど……めちゃくちゃ強かったんだよなあ、あいつ。
まあ、それはそれとして。
「着いたわね、ネザーラントよ」
目的地であるネザーラントに、俺達は到着したらしかった。
「……なんか、王都とは大違いだな」
あれほど喧騒の渦巻いていた王都とは異なり、木製の平屋、一面に広がる畑、あとは──牛らしき白黒の動物が、あろうことか村中に配置されている。乳牛か食用牛かはわからないが、どこからどう見ても牛だった。
物静かな場所だ、と思った。
「王都以外の町村は、どこの国も大抵こんなものでしょう。特にヴァスタニアは農業が盛んだから、妥当といえば妥当ね」
「ああ、そういうことか……」
「それで、依頼主の《家》はここで合っているのかしら?」
「……」
「……」
……
「……これ、家?」
家として認めていいのかどうか、もはや俺達には判別できない──依頼主が《家》と呼ぶ木材の集合体が、そこにはあった。
「正確に言えば、まだかろうじて家としての形状を保っている何かね。まあ、扉はついているみたいだし、入りましょう」
「おい、ノックくらいした方が……」
「知らない、あなたがしておいたら?」
言ってライカは無遠慮に、そのドアを開けた。蝶番が大きく軋み、埃と外光がその居場所を交代する。
「なっ……誰だよ、アンタら──!」
そして、家の中にいたであろうその人物が、大きく声を張り上げた。フードを被っていて顔は見えないが、背丈も小さいし、まだ年端の行かない子供だろう。そんなやつが、一体どうしてこの家に居を構えているのかは謎だが……
「あら、また会ったわね。今度は空き家で盗みかしら?」
「……! イヤだ、絶対返さない──つーか、ここはオレの家だ!」
──ん?
また会ったって、つまりはそういうこと?
「あなたにしてはお手柄ね。早速大量の金銭が手に入るわよ──セシル・ヘルベラ。偶然選んだ依頼の主が、まさか私達に窃盗を働いたあの子供だったなんてね。しかも、よりによって獣人じゃない。まったく足が速い訳だわ」
言って彼女は、空いた片手で猫のような耳を上下左右に引っ張る。
「いてっ、やめろ! クソッ──」
「……えっと、あの子供か?」
「見ればわかりきったことでしょう。あの薄汚い布切れを纏っていたのがこの獣人で、金銭を奪い返せばおしまい。何か文句でもあるの?」
……
正しいことなのだろう。その選択は間違ってもいないし、むしろ俺達にとっては大きなプラスになる合理的な判断だ。
けれど。
「……待ってくれ」
「何?」
合理だけで全てが上手くいくのなら、今の俺は──彼女は、こんな目に遭っていない。
「俺達、依頼を受けにきたんだ」




