世界はなにもかも綺麗ですね
「アコトさんの目覚めに、乾杯!」
「「「イエーイ!」」」
「……イエーイ……」
まあ、物語を華々しく彩るには必要不可欠な、いわゆる後日談──俗に言う、今回のオチというやつである。
王都襲撃の件から、およそ一週間が経った。襲撃直後の王都は、それはもう酷い有り様だったらしいが──ギルドから建築の道を往く達人から何まで、二十四時間フルスロットルで働き続けた結果、なんとたったの四日で王都全域の修復が終わってしまったとのことだった。
バケモンかよ。
幸いにも今回の侵攻では、怪我人こそ出たものの死者は誰一人としていなかったそうで──まあ、それはなんとも嬉しい話である。こっちまでいい仕事した気分になるから、もっと褒めてほしい。
なお、俺がこれらの話を全て伝聞のような形で伝えているのは、実際そうだからという理由に他ならない。
なんか話聞いたら、俺、一週間ずっと眠ってたらしい。
ヤバくない?
そんな訳で俺は今日、生きてこの日を迎えられたことに感謝しながら、時の流れに身を任せているのだけれども。
「どうしたんすか、アコトさん。体調が悪いようなら、いつでも言ってもらっていいっすからね」
「……いや、大丈夫」
起きて早々これって、マジで言ってる?
これまたかのヒラリウスに話を聞いてみたところ、どうやら俺が目覚めたときのために祝宴の開催を目論んでいたとのことで──目論んでという言い方は語弊があるかもしれないが、おおよそ同義なのでよしとしよう。いつでも開けるようにと、昨日の時点で準備を済ませていたらしい。
「くぁwせdrftgyふじこlp─────」
「トッピロキーッ──!」
「おい、ヨハンが青いトウガラシ食っておかしくなったぞ! 誰かヒッポロ系ニャポーンの心得があるやつは──」
そんでもって、これだよ。
時計と周囲の状況を見る限り、俺は午後一時半に、騎士団本部の来賓室(兼休養所)で目を醒ましたはずなのだけれど──こういう祝宴って、普通日が落ちた頃にやるもんじゃないの?
昼間から思いっきり酒飲んでるし。酒くせえ。
国を守る立場にある組織のやつらが、揃いも揃って何をしているんだとか言いたかったが──まあ、その辺は色々と融通を利かせているらしかった。
で、俺が一番意味分かってないの、これね。
「私の娘がぁッ──うおおおおん─────!」
……
マジ?
こんな真っ昼間から酒を呷って、あげく泣き上戸の国王がどこにいるというのか。
……
ここにいた。
内政とか外交とかどうすんだよ、なあ。ただでさえ侵攻の件も相まって多忙な時期だってのに、こんなとこで酔っぱらってんじゃねえ。
「……正直、国王様が来るとは思ってなかったっす」
勝手に来ただけなんだ……じゃああれか、騎士団の団員が暴れんのはセーフだけど、国王が暴れんのは当然のようにアウトってことだな。
「──にしても、ねえ……」
突然異世界に転移したと思ったら、火を吐くドラゴンに襲われて、それを女騎士に助けてもらって、飯を食うついでに勇者(らしき何か)と出会って、流れるままに冒険者になって、よく分からんまま女騎士とデート(らしき何か)して、その直後に侵攻が起きて、七厄臣と戦闘。
千客万来とはよく言ったものだが(使い方が合っているかは知らない)、しかし一週間と経たずにこれほどの繋がりというか、人脈が広がるとは……
俺の異世界転移、内容的にちょっと濃すぎる。
「──トさん、アコトさん」
と、視界の外から話しかけるヒラリウスに、意識を呼び戻される。
「……ああ、ヒラリウスか。どうした?」
と、空回りの返事でそう返すと、
「屋上に行きませんか? ちょっとだけ、話したいことがあるっす」
「……」
雑言飛び交う喧騒と、荒れた部屋の中、彼は言った。
──話したいこと、ねえ。あらかた想像はついているが、どうしたもんか。
まあ、このままここにいても、それは彼らの用件を先送りにするだけだ。
「わかった。じゃ、ついて行かせてもらうよ」
「そうしてくれると、自分もありがたいっす。んじゃ、行きましょうか」
そうして俺達は、小さな宴会場を密かに抜け出したのであった。
◆
ところで俺はたった今、騎士団本部に屋上があったことを知ったのだが──屋上はどうやら、団員の休息地として使われているらしかった。確かにそこには、某かの物品など一つも見受けられないが、この季節のヴァスタニアはよく雨が降り、物が濡れてしまうから今は収納しているだけだとヒラリウスが教えてくれた。
……しっかし、今日は雲一つない快晴だなあ。
なんかこの頃、結構な割合で晴れてる気がするんだけど──本当に雨降るのか?
「──今回の侵攻は、やっぱりリィンカーネイションが引き起こしてたみたいっす。本当の侵攻は、まだ何年後か先に待ってるっすけど──ま、ひとまず一難去って……ってトコすかね」
と、そんなことを何の気なしに考えていると──ヒラリウスが突如、王都の碧空を仰ぎ見ながら、そう語り出した。
表情こそはっきりと見えている訳ではないが、俺にはなんとなく、彼の想いがわかる──ような、わからないような。
「侵攻では、たくさんの人が王都を守ってくれたっす。自分達騎士団は勿論のこと、ギルドに所属する多くの冒険者、国外から遥々やって来た観光客の皆さんまで、ヴァスタニアを守るべく身を粉にして働いてくれた──この国に生まれた人間として、これ以上の奇跡はないと思ってるっす」
「……つまり、何が言いたいんだ?」
「まあまあ、ゆっくり聞いてくださいよ。ただ、根本の問題である《リィンカーネイション》の撃退に関しては、どうしても彼らの力では解決できなかった。そんな中、それを見事成し遂げた、たった二人の騎士がいるらしいんすよ──まったく、無謀にも程があるってもんっすよね?」
ヒラリウスはこちらを見ようともせず、風に靡く髪を左手で押さえている。誰に向かって話しているのかは、おおよそ明白だった。
「一人はもちろん、我がヴァスタニア騎士団の団長であり、ヴァスタニア王国王女のレナトス・フォン・ヴァスタニア。それから、もう一人は──────」
すると彼は振り返り、実に明確に、確かに、明らかに、目の前の俺を見据えて、こう言った。
「──転移者なんすよね、アコトさん?」
「……それは、レナトスから聞いたのか」
「はい。団長は、『お父さんの隠し子』だとかなんだとか、勘繰ってたみたいっすけど……」
そんな訳ねえだろ。
──とはいえ、ここで終わりか。まあ、考えてもみれば──俺の人生は本来、あのトラックに轢かれた時点で途絶えていたはずなのだ。それをここまで先延ばしにしてもらえたのだから、神には感謝すべきである。
ひとつ、ただ一つだけ心残りがあるとするのならば、俺の世界に帰れなかったことくらいだが。
逃げるという選択肢もあるにはあるが、異世界でまで人に迷惑をかける程の勇気は、あいにく持ち合わせてはいない。ただ捕らえられて、どこかへ連れていかれて、その後は──大人しく、彼らに任せるとしよう。
「その、隠してて悪かった。俺のことは、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
と、俺は降伏の意思表示のため両手を上げる。ヴァスタニアで降伏を指すジェスチャーがこれなのかどうかは知らないが。
「え?」
「……え?」
……
あれ、違った?
俺は転移者で、転移者はこの国で忌み嫌われてる存在で、だから俺を然るべき理由で処する──んだよな。何一つ間違いはないし、俺自身、その選択がまったくの正当かつ正答だと思っているのだが。
「いやいや、違うっすよ。自分は別に、アコトさんを罪人にしたいって訳じゃないんで──むしろ、あなたには感謝するべきっす」
「感謝、って……」
「自分のしたことなんですから、当然憶えてるっすよね。あのリィンカーネイションと戦って、その上追い払うだなんて、転移者としては前代未聞っすよ?」
……そういうもんなのか。《魔法の箱庭》を考案した輩や、国王の転移者に対する対処の仕方を考えると、そう上手くいくものでもなさそうだが。
「……国王は、どうやって説得したんだ?」
「団長が四六時中かけてっす。団長、とうとう『アコトが死んだら自分も腹を切って死ぬ』とか言い出したもんで、さすがのお父さんも根負けしたみたいっすね」
覚悟決まりすぎだろ。
「まあ、そういうことなんで──当方ヴァスタニアは、転移者であるアコト・ヨマワリに対して、最大限の支援をさせてもらうつもりっす。具体的には、身分証代わりの印書とか、必要な時にアコトさんを匿ったりとか、もちろん金銭面でも──」
「……その、俺が転移者だってことも、隠しててくれるのか?」
「ハハッ、当たり前っすよ。そもそも、転移者を疎ましく思ってるのは、この国だけじゃないんす。クジャルドも、ヤマトも、ゾーロアストも、『転移者は発見次第即時抹殺!』って感じなんで」
先輩方、何しでかしたんだよ。
まあ、どの道ヴァスタニアから出る予定はないし、俺にとってはさしたる問題でもないのだが──一応頭に入れておくとしよう。
「ところで、アコトさん。国の名前やら術式やらを知ってるってことは、どっかから知識を仕入れる必要があるっすよね──どこで知ったんすか?」
「相変わらず鋭いな……ほら、これだよ」
《魔法の空箱》を開き、その中から例の本(おさらい、《チュートリアル☆異世界の手引き》のこと)を引き出すと、彼に手渡す。
「これは──本?」
「ああ。転移したばっかりの時に、近くに置いてあったんだが……何か知ってたりしないか?」
俺がそう訊くと、ヒラリウスは本のページをパラパラとめくった後、途端に閉じて、
「……こんな本は、初めてっす」
「そうか、初めてか……」
──あれ?
じゃあ、俺以外の転移者の所有物には、本はなかった──ってことでいいんだよな。
でも、あの最後のページ、明らかに俺だけではない──他の転移者に向けたようなメッセージがあった。となると、この本は転移者全員が持っている訳ではないのか、俺が先例なのか、それとも──
《あのメッセージ自体に、俺の認識を誤らせる要素が含まれていた》?
……まあ、いいか。
わからないことを考えても仕方がない、今は目の前のことに集中だ。
ヒラリウスから返された本を、箱の中にしまい込む。今更ながらぶっ飛んだ技術だと、密かに感心する俺だった。
「そういえば、そのアコトさんを生かしてくれって必死に頼んだらしい団長っすけど──どうやら、どっかの崖にいるみたいっすよ。なんでも、世界樹を一番綺麗に見られる場所だとか……」
「……ヒラリウス、それは」
俺の言葉に反応する素振りもなく、彼は再度、こちらに向けた身体を反転させて言う。
「あの人、寝込んだアコトさんを付きっきりで看病してたんすよ。看病なんて、人生で一回もしたことないのに──吃驚っすよね。会って、色々と話してあげた方がいいんじゃないっすか?」
「……ああ、ありがとう。じゃあ、行くよ──世話になったな、ヒラリウス」
《世界樹は、一般にヴァスタニアに自生している巨木のことを指すわ。記憶を運ぶ送別の大樹──とも、言われたりなんかしているそうよ。世界樹の効力については、現在色々と仮説が立てられているそうなのだけれど、そのいずれも未だ立証されてはいない──つまり、完全に謎よ。もしかしたら、ただ大きいだけの建材かもしれないわね。私の話を聞いて、あなた達も少しは学んでくれたかしら?》
「──なあ、今とんでもなく長ったらしい説明をされた気がしたんだが……」
「気のせいだろう。さあ、大人しく手を動かせ」
「……いや、無理です」
「ふむ、それは何故だ? 金ならいくらでも出せる、お前の体調が優れていなければ日程をずらしても構わん──一体何が足りない?」
「足りないとかじゃなくて……」
「では、何故─────」
「だから俺は、自分を看病してくれた奴がどんな顔で俺のことを待ってるかと思って行ってみたら、そいつがなぜか画材一式を用意してて、あげく自分が看病した奴に絵を描かせてるのが意味わかんねえんだよ!」
「なるほど。私も、わからないな」
……
駄目だこいつ……
このお姫様、戦闘こそ常勝不敗の超一流だったが、頭の方に関してはまるでからっきしなのを忘れていた。マジックボックス習得できない問題を力技で解決したあのレナトスに、まさか俺の苦心を察することなどできるはずもないのである。
……というかあれ、今考えれば《魔法の箱庭》でいいんじゃねえの?
まさかそこまで頭が回っていない訳でもないだろうが、どうして代用できないのかくらいは訊いても構わないだろう。
「今更なんだけどさ、マジックボックスの代わりにマジックガーデンを使ってもよかったんじゃないか?」
「禁術を大衆の前で使える訳がなかろう」
はい、その通りでーす。
「──体調はどうだ、アコト?」
一段落ついたところで、レナトスが訊いてきた。横から絵を覗いている状態のため、温い吐息が俺の鼻先にかかっている。
……いや、違うよ?
別に俺は、艶やかしい女性の呼吸音で興奮するような変態じゃないよ?
「まあ、それなりだ。誰かさんがつきっきりで看ててくれたおかげかもな」
「……わざわざ言わずともいいだろう、馬鹿者」
俺は馬鹿らしい。
「──迷惑、かけたな」
そして、心ばかりの謝罪である。
パレットに絵具を滴しながら、加えて相手を横目で見遣るだけというのは、なかなか誠意に欠けているような気がするけれども。
「迷惑をかけたという意味では、確かにそうだ」
「……それは、すまなか─────」
「だがしかし!」
信じられないほどの剣幕で、レナトスは言った。
ちなみに俺はというと、ちょっと危なかった。
椅子から転げ落ちるかと思った。
「それは、お前が転移者であったという事実そのものではない──何故、私に話してはくれなかったのだ?」
「……」
「お前の全てを受け入れる準備はできていた、当然覚悟もだ。私が自らの弱さを打ち明けたあの時、お前も秘密を溢すことはできたはずなのに──それなのに、お前はそうしなかった……私は、そこまで信頼に値する人間ではなかったということなのか?」
……ん?
何かこう、認識の食い違いが発生しているような。
まさかレナトス、異世界での転移者の扱いについて俺が知らなかったと思ってるんじゃないだろうな。
──そうかもしれない。
「……実は俺、身分を明かした転移者がどうなるのか、なんとなく知ってたんだ。だから、別にあんたを信頼してなかったって訳じゃない」
「そうだったのか……」
得心のいったように、視界の端で頷くレナトス。
……だから。
だから俺は。
「それに」
「……それに?」
「そういう状況で自分が転移者だと明かしたら、それはあんたに迷惑をかけることになる。自分が幸せになれないのなら、せめて、俺の人生と関係のある人間には幸せであってほしいんだよ」
あんたに、迷惑をかけたくなかったんだ。
こんな俺をこの世界で初めて拾い上げてくれたあんたらに、まさか恩を仇で返す訳にもいかないだろう。
「……本当に強いのだな、お前は」
「強さとはまた違うさ、ただ─────」
この美しい世界を。
救いを待つ誰かを。
なにより、自分を。
「──救いたかった。きっと、それだけだ」
「……アコト……」
誰の命にもなれなかった自分も、やっと誰かの役に立つことができる。
誰かのために何もしてやれなかった自分が、胸を張っていられる理由を見つけたから、この世界が好きだ。
……でも。
俺は、帰りたい。
それが結果的に単なる自己満足で終わろうとも、もう一度あの世界に戻りたい。
ただ今は、ちょっとした寄り道をしているだけに過ぎないということを、頭の隅に留めておくとしよう。
「……あ」
キャンバスの樹と遠方の樹を交互に見て、俺はあることを思いついた。といっても、実にくだらない陳腐なアイデアなのだが。
「どうした?」
口から漏れ出た一文字に、彼女は反応を示した。いちいち言葉を返してくれるのが、まったく健気で仕方がない。
「レナトスも、絵に収めていいか?」
「……構わないが、どうして」
崖の前、ちょうど世界樹の隣に位置するような形で、レナトスはいかにも女性らしい立ち姿を見せた。例のデートで着ていた服なので、より一層、なんというか……色気が出ている。
さて──俺は彼女の機嫌を損ねないよう、精一杯の微笑みを向けると、それからこう言葉を発した。
「だって、その方が綺麗だ」
「……は?」
途端に、レナトスの顔が赤らんでいく。
あの時の俺は、せいぜい『なんかイイ絵になりそう』くらいの気持ちで言っていたのだろうが──思い返してみれば、なんとも気恥ずかしい台詞だった、と思う。
この場合においての《綺麗》は、もはやある夜の月に対する《綺麗》と、その意味や意図になんら変わりはないのだから。
「大丈夫か、レナトス!?」
そんなことはいざ知らず、レナトスに駆け寄る俺。
「こ、この……」
「この?」
そして。
「この、痴れ者がっ─────!」
その後のことは、言うまでもない。
強いて言及するならば、レナトスの平手打ちが俺の左頬にクリーンヒットし、俺は再び騎士団本部で半日ほど気絶することになったというだけの話である。
……まあ、一期一会で会者定離。
いつしか終わるこの時間を、大切にしていこう。
《第一章・異世界帰還(と道楽)のすゝめ 完》




