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異世界転移者は帰還したい  作者: 三月透
異世界帰還(と道楽)のすゝめ
1/15

見る分には楽しいゲームもある

 ()(まわり)()(こと)は、数日前までごくごく普通の高校一年生だった。

 それこそ、その存在を世界から消し去ったとて、なんの影響をもたらすこともないくらいに──世回襾言という人間は、日常において影の薄い学生だったはずなのだ。

 ヒロインも大親友もライバルも神様もいなければ、ましてや主人公ですらない、ただちょっとゲームが好きなだけの学生。

 こんなことを言うのも周囲の人間には悪いが……それなりの友達にそれなりの生活、それなりの学校、それなりの家族。それなりで満たされていた世回襾言の穏やかで健やかな日々は、あるとき突然終わりを迎えた。

「─────ん?」

 見渡す限りの青空が、俺の眼前に広がっていた。

 ……おかしい、おかしいぞ。俺は確かゲームソフトを買って帰ってくる道中、トラックの運ちゃんによって轢き殺されたはずなのだが。

 いや、違う違う。俺は悪くないぞ。俺が見たときには信号は青だったし、しっかり左右確認もした。それなのに、どうしてかトラックが俺目掛けて突っ込んできたのだから、やはり俺は悪くない。不慮の事故だ。

 まあ、そんなことを今更考えても仕方ない──状況を鑑みる限り、俺は寸分違わず死んだのだ。

 ……え? いや、死んだの?

 マジで?

 案外あっさり逝くもんだなあ、人間って。

 でも俺、まだ終わりを見届けてないソシャゲがあるんだ。もしも叶うならば、十年ほどの猶予をいただきたい。

 にしても、ここが死後の世界だとすると、一体どのあたりなんだ? 浄土とか天国とか、宗教によって死後の世界は異なるけれども、俺は日本人だからやっぱり浄土か。

 イエス、スカーヴァティー万歳。

「……ふう」

 ようやく頭の整理がついてきたぞ。

 これは憶測に過ぎないが──どうやら俺は轢かれて死んで、それでこの極楽浄土だかどこかしらにやって来たらしい。

 天国が存在するというのも、にわかに信じがたい話だが。

 自分の五体満足を確認すると、俺は草むらから身体を起こした。

 服は──そのまま、か。黒いパーカーにジーンズ、それから無地のTシャツ、なんとも普遍的な装いだ。

 運動不足で重い腰を持ち上げ、周囲を見渡す。

 ──見渡す限りの平原だ。新緑の草花に、雲の流れ行く青藍の空、それから見慣れたトラック。

 ……

「……トラック?」

 なんで浄土にトラックがある。

 あれか、とうとう神様も配送業者になり得る時代ということなのか。いやあ、人間の影響力もすさまじいものがあるな、ハッハッハ。

「……んな訳ねえだろ!?」

 俺はすぐさま運転席を確かめる。

 やはりと言うべきか、俺を轢いたであろうトラックの運ちゃんがすやすや眠っていた。

 ……居眠り運転かよ……

 日本のブラックな労働環境に待ったをかける先導者が必要だぞ、これは。

「いやいや、それより……」

 運ちゃんはともかく、トラックまでついてきたのは何故だろうか。

 もしかして、一生ものの相棒(バディ)とか、運命共同体とかは連れてきていいシステムなの? 随分ルーズなんだな、天国って。

 と、俺が思索していたその時だった。

「……は?」

 トラックの正面、ゼロ距離に──突如として黒い穴らしきものが出現していた。

 それは、例えばワープゲートのような──世界と世界の繋ぎ目のような、そんな風貌をしている。

 そして。

 その穴に吸い込まれるかのごとく、トラックは闇の中、奥深くへと入っていく。

「おいおいおいおい、なんだこれ!?」

 驚愕する俺を差し置いて、お疲れ運ちゃんの乗っていたトラックは──深淵へと消え失せてしまった。

 闇も続いて、そこから消えた。

「……嘘だろ」

 俺の見当違い、ここは地獄だった。

 運ちゃん、せめて来世は幸せにな。

「はあ、頭いてえ……」

 あまりの情報過多に、俺はその場でへたり込む。

 そのまま両手を後ろについて、地面を触る──はずだったのだが。

 ……なんだ、この感触は。

 地面とは違うし、石でもない。なにか、紙とかそういうものに触れているような──

「……本?」

 振り返った俺の視線の先にあったのは、一冊の分厚い書籍だった。

 思い立ってそれを手に取り、タイトルを確認する。

 《チュートリアル☆異世界の手引き☆》

 うん、いかにも知能指数の低いタイトルだ。

 とはいえ、内容は気になるぞ。異世界ってのは、つまるところ()()か? やたらと都合のいいTPOなのも、それはそれで気になるし。

 ブックカバーをめくり、一ページを開く。



 《【朗報】あなたは異世界に転移しました》



 はは、変な導入。

 ……

「はあああああ!?」



 こうして、世回襾言という人間は──この日初めて、異世界に足を踏み入れたのだった。



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