第五話 店主の正体
霧島玲の全身が、恐怖で凍りついていた。目の前に立ちはだかる伽羅の店主は、異様な雰囲気を放っていた。店主の肉付きのいい体が、玲を圧迫する。
「なぜ、こんなことを……」
玲は震える声で問いかけた。その言葉は、暗闇の中で消えていった。彼の声は、弱々しかった。
店主は不気味な笑みを浮かべながら答えた。その表情は、狂気と悲哀が入り混じっていた。彼の目は、光を失い、暗く空虚だった。
「君にはわからないだろうね。究極の味を求める者の苦しみは」
店主の言葉は、玲の心に突き刺さった。その声音は、玲の理性を蝕んでいく。
店主は語り始めた。彼の過去が、玲の目の前で鮮明に浮かび上がる。その言葉は、玲の意識を支配していく。
かつて彼は、世界的に名を馳せた科学者だった。その研究は、人類の味覚を革命的に変える可能性を秘めていた。しかし、ある日突然、すべてが崩れ去った。失敗と挫折が、彼の人生を奈落の底へと突き落とした。
絶望の中で、彼は禁断の研究に手を染めた。それは、人間の肉体から究極の味を引き出すという、狂気じみた研究だった。倫理も良心も、美味しさの前では消え去ったのだ。
「そして、ついに私は成功した。人骨からとった出汁を使うことで、他に類を見ない美味しさのカレーを生み出したのだよ」
店主は狂ったように笑い、玲にカレーの入ったスプーンを差し出した。その光景は、非現実的だった。スプーンに盛られたカレーは、黒く濃厚に見える。
「さあ、君にも味わわせてあげよう。この至高の味を!」
玲は必死に首を横に振った。彼の目には、純粋な恐怖と嫌悪が浮かんでいた。その目は、恐怖で見開かれている。
「嫌だ! そんなもの、食べるわけない!」
しかし、店主は聞く耳を持たない。彼は玲を押さえつけ、口をこじ開けようとする。その手は、異常な力だった。玲は必死に抵抗する。生存本能むき出しで。
玲の抵抗で、もみ合いになった。その時、棚に置いてあった壺が床に落ちて割れた。中から、赤い粉末が舞い上がる。その粉は、空中を漂った。
「しまった!」
店主は顔色を変えた。その表情には、今までにない恐怖の色が浮かんでいた。彼の目が、慌てたように動き回る。
玲は、その赤い粉末に何か特別な意味があるのだと直感した。それは、夜久透が言っていた「近いうちにわかる」ことなのだろうか。玲の頭の中で、新たな疑問が渦巻き始めた。
部屋の空気が、一瞬で変化した。新たな展開の予感が、玲の背筋を走る。赤い粉が舞い散る中、玲と店主の姿が、不気味に浮かび上がった。