表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第四話 深夜の潜入

 深夜一時。人気のない路地裏に、伽羅(きゃら)は不吉な影を落としていた。街灯の光が店の看板を照らし、その文字が赤く浮かび上がる。霧島(きりしま)(れい)は、自らの鼓動が耳に響くのを感じながら、店の裏口に近づいた。彼の細身の体は、緊張で硬直していた。


 錠前は、かかっていなかった。玲は静かに扉を開け、闇の中へと足を踏み入れた。彼の切れ長の目が、暗闇に慣れようと必死にまばたきを繰り返す。


 店内は漆黒の闇に包まれ、人の気配はなかった。わずかに漂うスパイスの香りが、昼間の熱気を消し去り、不気味な雰囲気を醸し出していた。玲の鼓動は、激しさを増していく。その音が、静寂を引き裂く。


 懐中電灯の光が照らし出す影は、怪物のような形を作り出し、玲の不安を煽る。玲は慎重に奥へと進んでいく。床を踏む足音が響く。


 厨房へと足を踏み入れた瞬間、玲の鼻腔を襲ったのは、想像を絶する異臭だった。その臭いは、腐敗と死を連想させる。業務用の冷蔵庫や調理器具が所狭しと並ぶ、殺風景な空間。その中央には、巨大な寸胴鍋が鎮座していた。


 蓋の隙間から立ち上る湯気は、玲の不安を形にしたかのようだった。玲は震える手で鍋に近づいた。強烈な匂いが、彼の理性を揺さぶる。スパイスの香りの中に、何か生臭い、獣のような匂いが混じっている。それは、人間の腐敗した肉の臭いだろうか。


 玲の頭の中で、これまでの出来事が駆け巡る。行方不明事件の報道、人骨から出る独特の旨味、そして夜久(やぐ)(とおる)の謎めいた言葉――。全ての疑惑が、この鍋の中に答えを持っているのではないか。


 玲は覚悟を決め、恐る恐る鍋の蓋に手をかけた。その手は、激しく震えていた。


 蓋を開けた瞬間、玲は思わず息を呑んだ。彼の瞳孔が恐怖で開ききった。


 煮えたぎるスープの中には、人間の骨としか思えないものが、無数に浮かんでいたのだ。白骨化した指、肋骨、頭蓋骨の一部……。それらが、ぐつぐつと煮込まれ、異様な光景を作り出していた。骨から染み出た脂が、スープの表面に虹色の膜を作っている。


 玲の全身が恐怖で硬直した。彼の中で、現実と悪夢の境界線が曖昧になっていく。冷や汗が、彼の背中を伝い落ちる。


 その時、背後から物音が聞こえた。


 ガタッ!


 玲は心臓が止まるかと思うほど驚き、慌てて振り返った。懐中電灯の光が、闇の中に人影を浮かび上がらせる。


 そこに立っていたのは、伽羅(きゃら)の店主だった。


 店主の顔に浮かぶ不気味な笑みは、狂気に満ちていた。その目は、異常な光を放っている。彼はゆっくりと玲に近づいてくる。店主の手には、肉切り包丁が握られていた。その刃が、懐中電灯の光を反射して不吉な輝きを放つ。


「君も、私のカレーの秘密を知ってしまったようだね」


 店主の声は、静かでありながら、底知れぬ狂気を孕んでいた。その声音は、玲の背筋を凍らせた。


 玲は、自分が恐怖の中に閉じ込められたことを悟った。彼の全身から血の気が引き、顔は蒼白になった。そして、この伽羅(きゃら)という店が、想像を絶する狂気の巣窟であることを、身をもって知ることとなったのだ。


 店主が一歩近づくたびに、玲は一歩後ずさる。しかし、彼の背中はすでに壁に突き当たっていた。逃げ場はない。玲の目に、絶望の色が浮かんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ