76 僕と文化祭準備(2)
「今回下は制服をそのまま使うから、上半身だけの採寸でいいよ。この紙に測ったサイズを記入して、分からない事があったら呼んでね。」
そういって部室の隣にある準備室のような、倉庫のような狭い部屋に案内される。棚にはミシンや料理器具などいろいろな物が収納されていた。扉を閉められて部室から聞こえる声が遠くなった。小春ちゃんの部屋より少し狭いこの場所で二人きり、夏が終わり日が落ちるのが早くなった部屋で夕陽だけが部屋を照らしている。
「じゃあ、あの……玲央くん。脱いでもらっていい?」
メジャーを持って準備をする彼女に言われるまま僕は着用していたカーディガンのボタンをゆっくりと外す。別に変な事をするわけでもないのに少しだけ手が緊張する。思えば海以外で小春ちゃんに肌を見せるのは初めてだった。変な事を考えないように適当な話をして気を紛らわせる事にする。
「採寸してくれるのが小春ちゃんでよかった。あやうく知らない女子に僕の裸を見られるところだったよ。」
もちろん他の人がするってなったら意地でも断るつもりだったし、あの様子じゃあきっと部長も小春ちゃん以外にやらせるつもりはなかったと思うけど。小春ちゃんが自分から言い出してくれるのが嬉しかった。カーディガンを脱いで軽く畳んで近くの机の上に置く。次にシャツのボタンを上から順番に1つずつ外していく。
「だって、そんなの嫌だし。」
「そう思ってくれるのは嬉しいな?小春ちゃん普段あまりヤキモチとか妬いてくれないから、別に気にしないのかと思ったよ。」
「私だって嫌な時は嫌って言うよ?一応彼女なの私だし。」
「小春ちゃん、さっきも気になってたんだけど、その一応っていうのは何?」
ボタンを外し終わってシャツを脱いでシワにならないように机の上に置いた。上半身には何も身につけていない状態で彼女に向かい合う形で立つ。小春ちゃんの頬が赤く染まってるのはきっと夕日のせいじゃないと思う。小春ちゃんに見せるならもっと鍛えておけばよかったと少し後悔した。颯太の体を見た後だとどうしても自分のが貧弱に見えて仕方ない。
「その、特に意味はなくて……、なんか、なんとなく言っちゃっただけだよ?」
「そっか。でも、一応彼女って言われると少しだけ傷つくかな。一応じゃなくて、ちゃんと恋人なのに。」
「ご、ごめんね。もう言わないように、するね?その……少ししゃがんでもらってもいい?上からサイズ測るから。」
僕は少し膝を曲げて目線を低くする。小春ちゃんは僕の首に手を回してメジャーを引っ張って、首周りに優しく巻きつけてサイズを測る。顔を赤くしてあまり体を見ないように首回りのサイズを測る彼女が可愛くて、つい目の前にあった額にキスをする。
「ちょっと玲央くんっ!いま、計ってるから動いちゃだめだよっ!」
もっとすごい事もしたのに、額にキスをしただけでもっと顔を赤くして慌てる彼女が可愛くて、つい意地悪してしまいたくなる。
「こんなの適当で大丈夫だよ。ちょっとだけ上向いて?」
「無理っ!だって」
「だってなに?キスすると思った?」
「え、しなーー」
顔を上げて僕を見る小春ちゃんの唇にキスをする。やっぱりするじゃんって拗ねて首に巻いてるメジャーをきつくされてちょっと苦しい。学校でするのは家で二人きりの時より背徳感があってゾクゾクした。多分小春ちゃんも同じ事を思っていて、誰か見てたら恥ずかしいから!って小さく呟いた。
「僕は見られてても気にしないよ?小春ちゃんは僕のだよって見せつけたいぐらい。」
「私は気にするよっ!次後ろ向いて!」
恥ずかしいのを隠そうとして少し乱暴に僕を後ろを向かせて、背中にメジャーを這わせる。小春ちゃんの指先が冷たくて背中に触れた時にびくっとしてしまった。
「ごめん、冷たかったね?」
「んーん。大丈夫。」
「腕もこのまま測っちゃうね。」
慣れてきたのか早く終わらせようとしているのか、横に回って腕の採寸も終わらせていく。あとは胸囲とウエストだけだけどーー。僕は小春ちゃんに向き合って腕を横に広げ測りやすくしてあげた。
「みんなも待ってるし早く終わらせよう?」
「そうだね。」
隣の部屋から聞こえる声が大きくなってきて、暇を持て余している事が分かる。それには小春ちゃんも気づいていたみたいで、胸囲を測るためにおずおずと僕の背中に手を回した。僕はさっと腕を閉じて小春ちゃんを腕の中に閉じ込める。素肌に直接感じる小春ちゃんの温もりはまた一味違っていた。
「ふふ、ごめん、抱きついてきたのかと思った。」
「絶対思ってない……。」
もしかして邪魔ばっかするから怒ってる……?もっと恥ずかしがって焦る小春ちゃんを想像していたから、予想外の反応にやりすぎたかなと冷や汗が出た。ゆっくり腕の力を緩めて小春ちゃんの様子を見ようと思ったら、逆に背中に回された腕に力を入れられてぎゅうと抱きしめられる。
「どうしたの?」
「もしかしたら他の女の子がこうしてたかもしれないって思ったら、ちょっと嫌な気分になった。」
「そんな事っ!絶対ないっ!!」
僕が大きな声を出してしまったから小春ちゃんの体がびくっと大きく跳ねた。僕も小春ちゃんを強く抱きしめる。前は僕の方が小さくて抱きしめられていたけど、今は僕の方が大きいからこうやって逃さないように捕まえていられる。
「ご、ごめんっ。」
「謝らないでよ。僕は小春ちゃん以外本当に興味ないんだって。」
「でも、玲央くんならもっと美人な人にだってーー」
「どんな人でも小春ちゃん以上に好きなる人絶対にいないよ。僕は小春ちゃんと結ばれるために生きてるんだよ。」
だって僕は小春ちゃんと一緒に過ごしたくて、結婚したくて人間にしてもらったんだから。小春ちゃんが小さく大袈裟だよって呟いたけど、大袈裟でもなんでもない事実なんだからしょうがない。
小春ちゃんを抱きしめている時はすごく暖かくて落ち着いた気持ちになれた。前みたいに彼女を独り占めしているんだという満足感に満たされる。人間になってからは変な事ばかり考えちゃって、僕の知らなかった学校での小春ちゃんをみて心がざわつく事が多かった。颯太や、里奈、木村くんにさえ嫉妬してしまう。ずっとこのまま抱きしめていられたらいいのに。
「いつか好きじゃなくなっちゃうかもしれないよ?もっと良い人はいっぱいいるんだもん。」
「絶対ならない。死んでもならない。次の命でも小春ちゃんの事を好きでいる自信がある。」
一回死んだ事がある僕だから言える。死んでも気持ちは変わらない。
「どうしてそんな事思ったの?僕何か不安にさせる事したかな?」
もしかしたら僕は知らない所で小春ちゃんを不安にさせていたかもしれないと心配になった。女の子とはあまり話さないようにしているし、告白されても恋人がいるとはっきり断っている。気を持たせるような事も絶対にしないししたくない。中川と野村や里奈とも必要以上に話す事もないし。ーーもしかして休みの日にあまり連絡をしないのが良くなかった?
聞いても小春ちゃんは答えず黙っているまま。答えてくれるまで離さない、と言って小春ちゃんを抱いたまま近くの椅子に座って、彼女を膝の上に乗せた。小春ちゃんは顔を真っ赤にして扉の向こうを気にしながら離れようとするけど、僕は腰を強く引いて離れないように抱きしめる。
「ね、ねえこれ恥ずかしいから、降ろしてよ!」
「だーめ。教えてくれるまで離さないよ。僕は別にこのままでも構わないよ?」
素肌に小春ちゃんのサラサラの髪が触れてくすぐったい。彼女が抵抗したのは少しだけで、暴れるのをやめて小さく息を吐いてまた小さな声で話してくれた。
「だって、玲央くん……かっこよすぎるから。私は美人でもないし、そこまで可愛くもないから釣り合ってないって思う。」
「誰かにそう言われたの?」
小春ちゃんは首を振って否定した。どうしてそんな事を考えるかなんて僕には分からなかった。
「小春ちゃんは世界一可愛いよ。」
「それは嘘。だって他にもーー」
「だって、僕は小春ちゃん以外の女の子を見ないから。僕にとっての女の子は小春ちゃんだけ。これまでもこれからも。」
自信が無さそうにハの字に眉を下げて不安そうに僕を見つめている彼女の眉間にもキスをする。どうしたらもっと自分に持ってくれるのかな。こんなにも毎日可愛いって言っているのに。
「どうしてそんなに私の事好きなの……?」
「どうしてって、僕の命の恩人だよ?それにーー」
「それに?」
「僕の運命の人だから。」
あの雨の日、とても寒くてお腹が空いて。僕の事を産んだお母さんはどこかに連れて行かれて。一緒に生まれた兄弟達もその時に連れてかれた。残されたのは僕だけ。ひとりぼっちでどこにもいく所がなくて、うずくまる事しか出来なかった。いろんな人間が僕の前を通り過ぎたけど、誰も気にかけてくれなかった。
小春ちゃんだけが、僕を抱きしめて温めてくれた。
忘れる事がないあの時の記憶。僕はあの時してくれたように小春ちゃんを抱きしめる。
「命の恩人って、運命の人って言われても、私は全然覚えてないの。ねえ、それって本当に私なのかな?今なら違ったって言ってもまだダメージ軽いから。本当に私なの?」
「本当に小春ちゃんだよ。」
「でもーー」
「小春っちもう終わったー?」
小春ちゃんが口を開いて何か言いかけた所で、扉がノックされ声をかけられる。慌てて僕の膝の上から飛び降りて小春ちゃんは返事をした。
「あ、あと胸囲とウエストだけですー!」
「いちゃいちゃするのもいいけど、部活終わっちゃうよー!」
「してないですー!!」
顔を赤くして大きな声で否定する小春ちゃんは可愛かった。
「してたけどね。」
「もう、早く測っちゃうよ!」
僕はさっきみたいに両手を広げて立った。
「続きはあとでゆっくり話そうね。」
「うん。」
気づいたら時間は結構経っていて、採寸を終えて部屋を出るともう何人かは帰ってしまっていた。
明日からは集まれる人で測ったサイズ元に衣装作りが始まるらしい。クラスでの準備が始まる前には仕上げる予定で、ちょうど2週間ほどは毎日部活に来る事になりそうだった。
小春ちゃんを駅まで送るために一緒に歩きながら、さっき何を言いかけたのか聞いた。
「えーっと、なんだっけ。忘れちゃった!」
「本当に?」
「うん。きっと忘れるって事は大した事ないんだよ。」
結局聞くことは出来なかったけど、小春ちゃんはいつも通りだから本当に大した事はなかったのかもしれない。
僕はまた小春ちゃんは不安になったりしないように、これからも毎日可愛いって言うし僕の好きを伝え続けよう。
そしていつか、僕が小春ちゃんの猫のレオだよって言っても信じてもらえるようにあの時と同じぐらい好きになってもらおう。
今はまだ、猫の時の僕の方が小春ちゃんに愛してもらっていた。
だから同じぐらい、小春ちゃんに今の僕を愛してもらえたらその時伝えてみよう。
僕は小春ちゃんと結婚するために神様に人間にしてもらったんだよ。
ずっと小春ちゃんの事が大好きだった。これからも一緒に居よう、結婚しようって。




