75 僕と文化祭準備(1)
僕は軽い足取りで家に帰った。
「どうしたの、鼻歌なんて珍しい。良い事でもあったの?」
気づかないうちに鼻歌を歌っていたみたいで少しだけ恥ずかしくなった。神様ーー、名前は仁って言うらしいけど僕にとっては神様は神様だからそう呼ぶ。神様はいつものソファでコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
「今日席替えって言うのをしたら、小春ちゃんの隣になったんだ。」
「そうなんだ良かったね。食事の時間まで部屋でゆっくりしておいで。今煮込んでるとこだから。」
神様はまた一口コーヒーを飲んで本に視線を落とす。キッチン覗くと鍋に火がつけられていた。匂いからするに何か煮物を作っているみたいだった。今日出された課題でも終わらせてしまおうかな。
今日の席替えで小春ちゃんの隣になった事で明日からの学校がとても楽しみになった。いくらくじ引きでも小春ちゃんの隣になれるなんて運命としか思えなかった。それに前には木村くんがいて、中川も野村も席が近くてーー。思い返すとこんな都合のいい配置何か仕組まれていたのかもしれない、でもそんな事木村くんや野村が出来るわけないしーー。
僕は登ってきた階段を降りて神様がいるリビングに戻る。
「ねえ、何かした?」
「何かって何を?」
「席替えで、僕に都合の良くなるように何かした?」
「玲央くんに都合が良くなるようには何もしていないよ?」
僕の思い違いだったのかもしれない。首を傾げて僕を見る神様が嘘は言ってなさそうだった。読書の邪魔をした事を謝って僕は部屋に戻る。じゃあ本当にただ運が良かっただけなんだ。もし誰かが何かを仕組んでいたとしても、感謝をしていただろう。これで授業中も小春ちゃんを見ていられるし、教科書を忘れた時に机を繋げて一緒に見る事が出来るし。そうだ、明日さっそくわざと忘れてみようかな。明日からの事を考えると自然に口元が緩んでしまった。
課題を終わらせるためにノートを机に広げたけれど集中する事ができない。考えるのは大好きな小春ちゃんの事ばかり。ペンを机の上に置いてベッドにダイブする。そして枕をぎゅっと目一杯に抱きしめる。
「はぁ……。」
どうしようもなく小春ちゃんが好きだ。会えない時間は何をしているか気になるし、休みの日だって一緒にいたい。だけど神様が、「会えない時間に愛は育っているんだよ。」って言うから会わない日も作っているし頻繁に連絡を取るもしていない。小春ちゃんも僕みたいに、会えない時間は寂しいって思ってくれてるのかなあ。
「はぁ……。」
僕はもう一度枕を力強く抱きしめてから起き上がって、放り投げたペンをとって課題に取り掛かった。途中スマホのバイブが鳴って、小春ちゃんかも!?ってすぐに画面を確認したけど、中川と野村のグループ会話の通知で内容を見ないで画面を消した。まぎわらしいから小春ちゃん以外の通知は全部オフにしよう。
次の日小春ちゃんの左隣、窓際の席に座って、こんなに近くに愛おしい人が居る幸せを噛み締める。これからは毎日この距離で小春ちゃんを眺める事が出来るなんて、僕はきっと前前世で世界を救ったに違いない。神様人間にしてくれてありがとう。
「れ、玲央くん見過ぎだよ……。穴開いちゃうから。」
「だってすぐそこに小春ちゃんが居るんだよ?僕は小春ちゃん以外何を見たらいいの?」
「猫宮くんナチュラルにきもい。」
「傷つくなぁ、僕って気持ち悪いかな?小春ちゃん?」
小春ちゃんの右側の席には里奈がいて、じとっとした目で僕を見てくる。別に誰にどう思われてもなんて言われても気にしない。小春ちゃんがやめてって言えばやめるしーー
「そんなの思ってないよ!でも、恥ずかしいから。」
片手で顔の左側を隠す様にこちらに向けた手のひらを掴んで指を絡める。小春ちゃんは目を開いて驚いて顔を赤くする。恥ずかしがる小春ちゃんが可愛くてもっと見たくなるなあ。
「やべーなこの席。猫宮とこはるんのいちゃいちゃをこれから見せつけられんのか。」
「ウケる!てゆうかここ超いいじゃん!みんな近いしさ!」
「たしかに、こんなん奇跡じゃんね。」
小春ちゃんの前の席は野村、僕の前の席に中川。そして野村の反対側の席には木村くんが座っていた。夏休み、僕が気づいた事が正しければ野村は木村くんの事を好いていると思う。それが一方的になのか、両思いなのかは僕にはわからないし興味がなかった。ただ、木村くんには幸せになってほしいなとは思う。
「やまたろも颯太もよろしくねー!」
「勉強の邪魔だけはしないでくださいよ?」
里奈は後ろを振り返って山田太郎くんに話かける。そしてその隣には颯太がいた。小春ちゃんの後ろの席は颯太が座っている。颯太は僕と目が合うとパッと目を逸らして里奈に話しかけた。少し前に小春ちゃんと颯太が一緒にギリギリで教室に入ってきてから何かがおかしい。いつも通りなんだけど小春ちゃんがあまり颯太に話しかけない気がする。僕はそれで構わないんだけど、その理由が気になる。
「ねえ、てゆうか来月文化祭じゃん?こはるんは部活で服作るんでしょー!?もう学校中で噂になってるよ!猫宮くんの王子様衣装作ってるって!」
「そうだよー。毎年家庭科部ではドレスを作るらしくて、でも今年は王子様の服を作ろうって多数決で決まったんだよね。」
小春ちゃんは僕の方を見て困った様に笑う。先日の部活の時の事を思い出しているんだと思う。
僕と小春ちゃんは家庭科部に入って、週に1度お菓子を作っていた。他の週は自由参加でミシンを使ってハンカチや小物を作ったりもしている。僕は小春ちゃんと過ごせればいいから、彼女に合わせて部活に参加して一緒に楽しく過ごしていた。小春ちゃんの作ったおやつは美味しいし、僕の作ったのも美味しいって食べてくれる。小さな猫のストラップを作ってもらったのはカバンに付けているし大切な宝物だ。
「えー、うちは毎年文化祭では展示会をしているの。みんな自分のクラスの出し物もあるし、部活でも何かしちゃうと忙しいと思うしね。だから必要最低限の人員で回せるように展示会にしようって決めているの。展示するものも今までの家庭科部で作った物を展示するつもり。毎年みんなで協力して1着素敵なドレスを作るの!」
部長がこの間の部活中に話していた。僕はあまり興味がなかったけど、他の部員の女の子たちはすごく盛り上がっていた。もちろん小春ちゃんも目を輝かせて話を聞いていた。
「ただ、今年はドレスではなく、タブレットーー王子が着る様な物を作ってみようと思うの。毎年ドレスばっか展示しても飽きると思うし、何より着せたい人がいる服を作る方がみんなもやる気でるでしょ?」
そう部長が続けると、全員が一斉に僕の方を見てきて背筋に悪寒が走った。まるで猛獣の檻に入れられた猫の気分だった。なんて事を言うんだと部長を見たが、ニコニコ笑って楽しそうにするばかりで助けにならなかった。
「玲央くんの王子様衣装、やる気出るかも!」
「でしょ!小春っち!毎年ドレスを作っていたし、それを楽しみにしていた人ももちろんいると思うから、多数決で決めようと思う!遠慮なく手をあげてほしい!今年は猫宮の王子衣装でいいって人は挙手をーー」
いい終わる前に全員が勢いよく手を上げた。こうなった時の女子の団結力は強い。てゆうかもう僕の衣装になってるし。僕はため息を吐いて渋々手を上げた。こうして家庭科部は文化祭で僕の衣装を作る事になった。その日から毎日の部活では衣装の案を出して日々話し合いが繰り広げられている。僕と小春ちゃんももちろん参加しているけど、僕は楽しそうな彼女を眺めるだけで満足だった。
「れおーー、猫宮くんは絶対白い衣装の方が似合うと思います!」
「えー、黒でも似合いそうじゃない!?」
「私も小春っちに賛成!王子と言えば白い衣装だよ!」
家庭科部の人たちと話している小春ちゃんは生き生きしていて見ているだけで幸せな気持ちになれた。
「赤いマントとかよくない?」
「ねえ、それ分かる!あのガラスの靴落としちゃうプリンセスの王子様みたいなやつ!」
「絶対似合うと思うー!!」
そのうち絵が上手な先輩が衣装の案を何個か出して、何度も修正を重ねて自分たちでできる範囲の衣装の図が完成した。白いタブレットに黄色の刺繍を施して、赤いマントまで作るらしい。完成した絵を見せられても僕はあまりピンとは来なかったけど、小春ちゃんが喜んでるならなんでもいいや。
「じゃあとりあえずはこれで決定ね!細かい修正は作っていくうちに相談しましょう!じゃあ……あとは、おまちかねの採寸ね。じゃあ、猫宮脱いで?」
「え?」
「え?」
僕と小春ちゃんの声が重なった。メジャーを片手に部長や副部長、その他の部員の女の子達もじりじりと近づいてくる。
「採寸ってすっごーく大事だから、小春っちには難しいと思う!私がやってあげるよ!」
「まってずるい!私がやるって!」
「あんたただ猫宮くんに触りたいだけじゃないの!?」
「あんたもじゃん!」
そのうち誰が僕の採寸をするか口論になって、さっきまで仲良く話し合いをしていた部員がいっきに仲が悪くなる。誰が僕の採寸をするかで揉めて、部長も手をつけられなくなっていた。こうなった女の子達は怖いーーこっそり小春ちゃんと逃げちゃおうと彼女の手を握った時ーー
「わ、私がやりますから!だって……、その、一応彼女だし……。」
にんまり満足そうに部長が笑っているのが見えた。




