74 私と秘密の約束
気まずい雰囲気のまま予鈴がなってハッとして教室へ向かった。玲央くんの事で悩んでいたのに、今はもう颯太の事で頭がいっぱいだった。幼い頃の約束って無効だよね?でも、颯太は覚えてたし、あの反応ってーー。
「早く行かないと遅れるぞ!」
「はぁっ、ちょっと待って!」
足が遅い私の手を引っ張ってくれる颯太の手が熱く感じた。無駄に広い校舎を走ってなんとかHRまでには教室に入る事ができた。教室の扉を開けると玲央くんが立ち上がって私に駆け寄ってこようとしてたけど、すぐにチャイムがなってまた椅子に戻った。
「こはるん颯太と一緒にどこいってたの!」
「ちょっと話してて……。」
ちらりと颯太の方を見ると口パクで「間に合ってよかったな。」って笑っていた。本当に間に合ってよかった、私が声かけたせいで颯太が遅刻になる所だった。ホッとしたのも束の間、先ほどの事を思い出してしまう。
もしあの頃の約束を颯太が本気にしてたから覚えてたとしたら……、まさか本気にしてるとかないよねーー?頭をブンブン振ってその考えは捨てる。あんなの子供の約束だし。そう思うけど……、さっきの颯太の反応を思い返す。顔を赤くして照れていた、のはきっと恥ずかしいから。
そりゃ、小さい時の話でも結婚するって話してたら誰でも恥ずかしくなるよね?うん、そういう事にしておこう。
それにーー
「ーーん!ーーーー、こはるん!」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「ねえ、HRもう終わったよ!ぼーっとしてどうしたの!なにかあった?」
「あれ、本当だ。ごめん、まだちょっと寝ぼけてて……。」
里奈は颯太が好きだ。私は里奈を応援したい。だからこそ、さっきのは忘れたまま何もないように過ごす方がいい。私にとっても、颯太にとっても。そして私は玲央くんの方を見た。きっとさっきの事玲央くんに話すと良い気はしないはず。この事は私と颯太だけの話で終わらせよう。
結局色々と考える事が多くて授業は全く集中できなかった。ただでさえ苦手な英語だったのに、後で復習しなきゃ……。
大きなため息が出てしまったのか、里奈が心配して聞いてくる。
「ねえ、こはるんどうしたの?悩みとかあるの?私でよかったら聞くよ!」
「あー、そんな大した事じゃないんだけど……。」
「小春ちゃん、朝どこ行ってたの?」
優しいけどどこか怒っている様な声色の彼を見上げると、やっぱりその顔も不機嫌を隠しながらにこやかな表情を浮かべていた。その理由はきっと私が遅刻ギリギリで颯太と走って教室に入って来たからで、嫉妬ーーをしているんだと思う。全て完璧で誰よりも優れている玲央くんが嫉妬する事なんてなにもないのに。
「朝は、ちょっと職員室へ行って、それから颯太に合って……。ちょっと話してたら盛り上がっちゃって……。」
里奈の方にも視線を移して、二人に朝の事を説明する形になる。そう説明しても玲央くんはあまり納得してない様子だった。職員室行ってないのバレてるかな……?
「そうなんだ!私が来てもこはるんも颯太もいないし、めっちゃ暇だったよー!仕方なく木村くんとやまたろと話してた!ねー、木村くん!」
「紗倉さんがいないと、佐伯さんすごく寂しそうだったよ?」
「あーごめん。てか、やまたろって誰?」
「山田太郎くんだよ!結構おもしろくてーー」
里奈のトークが始まって、まだ何か言いたそうだった玲央くんも黙ってその話を聞きに回ってくれた。颯太に嫉妬する事なんて1つもないのに、あの花火大会の事があってから颯太の事を話すと少し不機嫌になる気がしていた。やっぱりそんな玲央くんに、昔颯太とも結婚した約束してたみたいなんて言ったらどうなるか分からない。玲央くんと結婚した約束したっていうのを思い出せてないのに、そっちを先に思い出したっていうのも地雷な気がする。
「僕の話をしましたか?」
「わー!やまたろだ!したしたー!」
噂をすればなんとやら、山田くんがやってきた。あまり関わった事がなかったからあまり彼の事を知らないんだけどーー。第一印象はメガネ。すごく目が悪いのか分厚い丸メガネをしていて某国民的アニメのズバリくんみたいな雰囲気。
「ねーもっかいメガネ外してみてよ!」
「嫌ですよ。そんな僕を見せ物みたいにしないでください。」
「お願いお願い!一生のお願い!!」
お願いモードに入った里奈はなかなか折れないのを私が知っている。どうしてこんなにも里奈が山田くんに興味を持っているのかは、彼がメガネを外したらすぐにわかった。
「わぁイケメンだ。」
「でっしょお!?メガネするのすっごい勿体無いよね!?」
「僕もコンタクトにしたら?って言ってるんだけど、目に異物を入れるのは嫌なんだって。」
「目に人工物を入れるなんて狂ってるとしか言いようがないです!ふん、もういいですよねっ!」
メガネを外した彼はパッチリ二重の可愛い系の顔をしていた。メガネのせいで目が小さく見えて顔もしっかり見えてなかったから、いままで誰も騒がなかったんだと思う。よく見ると鼻もスッと通っていて整った顔をしていて、玲央くんと同じぐらい騒がれてもおかしくないとおもーー
「ねえ、僕とどっちがイケメン?」
山田くんを見上げてるとその視線に割り込む様に玲央くんが出てくる。そんな山田くんの目の前で玲央くんの方がかっこいいとかも言えないから、当たり障りのない事しか言えない。
「ど、どっちもかっこいい。」
「ふーん。」
「山田くんは可愛い系だけど、玲央くんはかっこいい系だしそんなの比べられないよ!」
「僕は小春ちゃんの可愛いもかっこいいも、全部独り占めしたいのに。」
拗ねた様に口を尖らせる玲央くん。冗談で言っているんだと思うけど独占欲が強すぎる彼にたまに私は困ってしまう。
「もう猫宮くんはこはるんの事好きすぎ!」
「好きに決まってるじゃん。小春ちゃんは僕の全てだよ?小春ちゃんがいなきゃ今の僕はいない。」
「うわ、重……。」
里奈も木村くんも、山田くんでさえその重すぎる愛に引いてしまっている。好きでいてくれるのは嬉しいんだけど、その大きすぎる好きには、私はまだ同じぐらいの質量で返してあげる事が出来ていない。それで玲央くんは満足しているのだろうか。
「ほ、ほら次の授業始まるから!みんな席戻ってよ!」
みんなと言っても玲央くんと山田くんだけなんだけど、二人は離れた席へ戻って行った。ふう、と一息ついた所で授業の準備を始める。
「こはるん激重彼氏で大変だね。」
「うーん、嬉しいんだけどね。私にそこまでの価値があるのかなって。」
「えー、なんかまだちょっと元気ない?」
「玲央くんと一緒にいると劣等感っていうか、私よりもっと綺麗で素敵な人いるのにって思うんだよね。」
いくら運命でもそんなに好きになってもらえる魅力が私にはないなって。時々ふと思って落ち込む時がある。私が自分に自信が持てるぐらい美人だったら気にしなかったかもしれない。
「全然そんな事感じる事ないよ!こはるん超可愛いし!自分に自信持ってよ!ね!?」
「そうだよ。紗倉さんは可愛いよ。」
「お、お世辞でも、木村くんに言われると恥ずかしいんだけど……。」
異性から言われる可愛いは、里奈に言われるより100倍照れ具合が違った。それがお世辞だとしても悪い気はしなかった。
「二人とも、ありがとう。」
相変わらず自分には自信はないけど、少しでも美人に近づける様には頑張ろう。玲央くんの隣を歩いても恥ずかしくない自分になれるように。とりあえずは勉強だ。そう思って私はその日からいつもよりしっかり先生の話を聞くようになった。
そのおかげか、それとも玲央くんや中川さんに教えてもらったからかテストの順位は前より少しだけ良かった。二人と比べるとまだまだ差はあったけど、それでも努力が報われるのは嬉しかった。
「小春ちゃん頑張ったね。」
「うん、ありがとう。中川さんも、英語すごくわかりやすかった。」
お礼を言うと中川さんはにっと笑ってピースを見せてくれた。やっぱり中川さんは私にとって憧れの存在だった。テストの返却が終わった帰りのHRの時、初めての席替えが行われた。
「まあ、そろそろ今の席は飽きたと思うからーーそろそろ席替えでもするか。どうする?くじ引きか、好きな席かーー」
先生がそう言うとクラス空気が変わった。正しくは女子の視線が一斉に玲央くんに集まったから、先生も苦笑いを浮かべた。私と玲央くんが付き合っているのはみんな知ってるはずなんだけど、それでもファンの子達はいるみたいで……。今でもたまに私がいない時にこっそりアプローチされてるのは知ってる。玲央くんが中川さんと野村さんと一緒にいるのはそういう女の子達に声をかけられないためだって言っていた。
「よし、くじ引きにしよう。木村あとは任せていいか?」
そういうと先生は椅子を持って教室の角に座って腕を組んで座った。木村くんと野村さんが前に出てきて、二人がぱぱっとくじを作っている間に書記の子が黒板にチョークで簡易的な教室の図を書く。
「うー私この席のままがいいよぉ!」
「次もまた席が近かったらいいね?」
私も自分の席は結構気に入っていた。里奈が前にいるし木村くんはいい人だし。でも、欲を言うと玲央くんがもう少し近かったらいいなって思っていた。くじ引きだから好きな場所は選べないけど、叶うならーー。私は自分の理想だけの席を頭に思い浮かべた。
玲央くんが隣で、反対の隣には里奈。そして前の席には野村さんと中川さんがいてくれて木村くんと……あ、あと颯太も近くで……。そんな都合のいい仲の良い人たちばっかの配置を想像した。もしそうだったら毎日がもっと楽しくなりそうだなって。
私は運を天に任せてくじを引いた。
お願い神様、玲央くんだけでも近くの席になりますように。
ちょっとした独占欲だった、玲央くんが隣に座った女の子と仲良く話すのを想像したくなかった。




