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73 私と幼い頃の約束


夏が終わり秋になる。日が落ちる時間が早くなり、半袖では肌寒い季節がやってくる。ブレザーを着込むまでは行かない、学校指定のシャツにカーディガンを羽織りちょうどいい気温だった。中学ではセーラー服だったので、シャツにカーディガンというカジュアルな学生スタイルに憧れていた私はこの季節を楽しみにしていた。


「おはよう玲央くん。」


毎日私が来るのを駅で待ってくれる彼に駆け寄ってまだ呼び慣れない名前を呼ぶと、スマホを見て下を向いていた頭をパッとあげて優しく微笑んで迎えてくれる。毎日待たなくても大丈夫と伝えたのだけど、1分1秒でも私と長く過ごしたいと言って引かなかった。どうしてこんなにも好きでいてくれるのか未だに理解していない。

玲央くんは手を伸ばして少し乱れた私の前髪を直してくれた。


「おはよう小春ちゃん。今日も可愛い。大好き。」

「もう、それ毎日言い過ぎだよ……。恥ずかしいんだって。ーー私も好き。」


毎日可愛いって言ってくれるし、毎日好きを伝えてくれる。

誰が見てもかっこよくて勉強もスポーツもできて完璧な玲央くんが私を好きでいてくれる理由がわからないまま過ぎている。今隣を歩いていても、私は彼に釣り合うような美人ではないしスタイルも良くない。昔の出来事だけでこんなにも好きでいてくれる事にまだ納得していなかった。きっとそれは自分に自信がないから余計にそう思って……、私も中川さんみたいに美人になりたかった。それに玲央くんには聞けてない不思議な事もいっぱいある。


「何か考え事してる?」


ぎゅっと繋いだ手の力を強めて彼は私の顔を覗き込む。その心配そうに覗き込んでくる顔もかっこよくて私の心臓はときめいてしまう。どうして私を好きなのーー?そう聞いても帰ってくる言葉は”運命だから”。どうして私しか知らないはずの事を知っているのーー?何度聞いてもはぐらかされる。


「ううん。今日ちょっと寒いなって。」


聞いてもちゃんとした答えが返ってこないのは知っていたから聞かない。そのうち教えてくれるかなって、もやもやした気持ちに蓋をする。


「これからもっと寒くなるのかな。そうなったら、僕が小春ちゃんを温めてあげるね?」


繋いでいる手を自分の口元に引き寄せ、冷たくなった私の指先に口付けるとそこだけ熱を持ったように熱くなった気がする。そういう恥ずかしい事を平気でやってしまう人だった。私が恥ずかしいからと手を下にすると、その恥ずかしくなってる私を見て可愛いと笑う。

繋いでない方の冷たくなった手をポケットに詰めて、学校までの道を他愛もない会話をして歩く。次のテストの話だとか、文化祭に向けて部活では服を作る事にしたとか、図書委員もあと少しで終わりだとか。


「よ!猫宮!こはるん!おはよう!」

「中川さんおはよう。」


校門近くで中川さんと会った。綺麗に染まってる茶髪の髪がサラサラ風に吹かれていて、身長が高くそれに比例して手足もとてもすらっと伸びていてモデルみたいな彼女に憧れる。この人美人だし勉強も出来て欠点がない、女の子版玲央くんみたいなんだよね。


「ねえ、今日寒くない!?」

「今日から気温が一気に下がるみたいだね?」

「やばーい!ウチもう限界なのに、冬越えられないかもしんない!」


明るくて元気いっぱいで、誰にでも優しい。そんな中川さんの事は好きだった。里奈といい中川さんといい、元気で明るい人と一緒にいるとこっちまで気分が明るくなる。

玄関に入りそれぞれの下駄箱から上履きに履き替える。ふと後ろを振り返ると中川さんの靴を履き替えるのを玲央くんが待っていた。二人の出席番号は近いから下駄箱も近かった。似た髪色の二人、どちらも整った顔立ちをしていて、玲央くんの隣に立つ中川さんは、お似合いのカップルにも見えた。


「ねえ、あの二人付き合ってるのかな?」

「あの人有名な人だよ?二組の王子!彼女いるって噂だけど、あの隣の人かな?」

「えー勝ち目ないじゃん!やっぱりイケメンは美人を選ぶんだよ。」


ヒソヒソと他のクラスの女子が二人を見て話す。誰も私が玲央くんの彼女だなんて思わないんだろうな。二人に挟まれたら私ちんちくりんだし。顔も子供みたいだし。どんどん考え方が卑屈になっていってしまう。猫宮くんは私のどこが好きなんだろう。思い出で美化された私を好きなんだ。きっと今はまだそれに気づいてないだけ。思い出補正をされた私を見ているんだろう。


「こはるんおまたせー!どったの?」

「あー、ううん。なんでもないよ?」


靴を履き替えた中川さんがぼけっと二人を見ていた私に声をかける。私なんかより中川さんの方が玲央くんとお似合いだと思ったとか口が裂けても言えない。そんな嫌味な言い方失礼だし、困らせてしまうだけだ。


「今日野村は?」

「なんか今日は寝坊したっぽいよ?」

「ふーん。」


興味なさそうな玲央くんは私の方へ寄って来て手を繋ごうとする。さっき二人を見て話してた女子がまだこっちを見ていて、私は思わず手を引いてしまう。玲央くんの彼女がこんなんだって思われるのが恥ずかしかった。

どうしたの?と不思議そうな顔をして玲央くんが口を開く前に私は


「じゃあ、私ちょっと用事あるから。先生に呼ばれてて!」

「なんの用事?僕も一緒に行こうか?」

「大丈夫!大した事ないから!先二人教室行ってて!」


本当は用事なんてなかったけど、この二人と一緒にいるのが急に恥ずかしくなって逃げてしまった。特に行く当てもなくて、ただただ時間を潰すために校内を歩く。その内どうして逃げちゃったんだろうと後悔しはじめる。あんなの絶対変に思われたよね。一度考え始めると深く落ち込んでしまうこの性格が嫌いだった。

時計を見るとHRまでまだ時間がある。今教室へ向かっても玲央くんがきっと声をかけてくる。用事が何か聞かれた時の言い訳が思いつかないからまだ教室には戻れなかった。


「あれ、小春どうした?」


フラフラ歩いていると、前から朝練を終えたバスケ部の部員たちが歩いて来て、その中に颯太も居た。颯太は私を見つけるとすぐに声をかけてくれた。見慣れた顔を見て私はホッとした。小学校から変わらない颯太の顔は私を落ち着かせるにはちょうどよかった。


「ごめん、失礼な事思ったかも。颯太もかっこいいのに。」

「え、い、いきなり何言ってんだよ?」


照れて顔を赤くする颯太。普段から玲央くんを見ているせいで目が肥えてしまったみたいで、颯太もどちらかと言えばイケメンな方なのに見慣れてしまってるせいで一緒にいても劣等感も何も抱かなかった。


「今日里奈も朝練?」

「無視かよ!あいつが朝起きられるわけないだろ?朝は大体欠席してるよ。」


相変わらず自由な里奈にそれでいいのかな?と思いながら、まだ教室に戻りたくない私は颯太を捕まえて話し相手になってもらう事にした。高校に入ってから二人でゆっくり学校で話すのは初めてな気がした。


「玲央くんと私が釣り合ってないなって思って。」

「待て、話の流れが全く見えなくて混乱する。」

「あぁ、ごめん。玲央くんがなんで私の事を好きなのかわかんなくて。」


こんな事颯太に話すのもどうかなって思ったけど、とにかく今は考えを吐き出してまとめたかった。玲央くんが私の事を好きだと言ってくれてるけど、私には自分がそこまで好きになってもらえる価値があると思えなくて、見た目も私より中川さんみたいな子の方が釣り合ってるしーーと、大体の事を説明して


「それで、なんか二人といるのが恥ずかしくなって逃げて来た。」


そして今颯太に話を聞いてもらってる。一通り話終えて私の頭もスッキリした。やっぱあの時逃げるのはよくなかったなあって思って反省をしている。

颯太は何も言わずに時々相槌を打ちながら真剣に話を聞いてくれていた。


「話聞いてもらうだけでもスッキリしたかも。変な事話してごめん。」

「なんだろうな。俺もどうして猫宮が小春の事そんなに好きなのか分からん時があってーー。」

「え、なんか颯太に言われるとショックなんだけど?」

「あ、いやなんかあいつ、超好きじゃん?小春の事。普通の好きとかじゃなくて、なんかもっとこう、愛が重い?お前が世界の全てです!みたいな感じだから、間違いなく好きは好きなんだろうけどーー。」


うーんと唸って真剣に言葉を探してそれを伝えようとしてくれる颯太。颯太の言いたい事はなんとなくわかる気がする。普通のカップルの好き!とは違って、なんか玲央くんのは密度が高いっていうかーー。


「前に命の恩人とか言ってたしな。本当に命救ったんじゃね?」

「まったく身に覚えのない話なんだよね……。」

「でも、そうじゃないとあんなにはならなくね?」

「うーん……、なんか前に小さい時一回だけ、あんまり覚えてないんだけど。砂場で遊んでた時にその時遊んでた男の子にお嫁さんにしてって言った気がするんだけど、もしかしてあれ玲央くんだったのかも?」

「あぁ、それは俺だから違うな。」

「そっかぁ。ーーーーって、え?」


一瞬時が止まってしまった。颯太を見上げると、顔を赤くして斜め上を見て頬をぽりぽりとかいていた。その瞬間あの時の記憶がぶわっと蘇って、一緒に全身から汗が噴き出て来た。


「こはる、そーたのおよめさんになりたい!」

「むりだよ!じゅーはちじゃないもん!」

「じゃあ、じゅーはちになったらおよめさんになる!」

「おれがおぼえてたらな!」


たしか3歳ぐらいの時、私が結婚式を見て来て花嫁に憧れて、保育園で仲が良かった颯太と砂場で遊んでてーー。颯太と一緒にいるのが楽しくて好きだったから、お嫁さんにしてって、確かに言った。でもその時の好きは幼い頃のお父さんと結婚すると同じような感じの気持ちでーー。


「お、覚えてるの?」

「まぁ……。」


颯太が顔を赤くするから、なんだか私も恥ずかしくなってきた。今こそ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


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