71 僕の本当の家(1)
「秋斗のじゃちょっと小さいかしら?」
「いえ、大丈夫そうです。ありがとうございます。」
玄関で小春ちゃんとの別れを惜しんでいたら、お義母さんがいつの間にか居て急遽泊まらせてもらう事になった。流石に小春ちゃんと一緒の部屋で寝るのはだめだったけど、秋斗と一緒に寝る事になって服まで貸してもらった。
「俺も高校生になったら、兄ちゃんぐらい大きくなるし。」
「きっと今より大きくなってかっこよくなるよ。」
小春ちゃんの家族はみんな大好きだった。秋斗はよく隠れておやつをくれたり、ボールで遊んでくれたりしてた。人間になった今はまるで弟みたいな感じがする。兄ちゃんって呼んでくれるし。
「秋斗はお兄ちゃんできたみたいで嬉しいのね。」
「兄ちゃんかっこいいし優しいから好きだぜ!それになんか懐かしい感じがするんだよな。」
「僕も弟ができたみたいで嬉しいよ。」
小春ちゃんがお風呂に入っている間、僕はリビングでお義母さんと秋斗と一緒に過ごしている。お義父さんはまだ帰ってきていないようだった。1年前までは僕もこの家で一緒に生活していたのに、いまではすっかりお客さんだ。一日だけだけど、この家族でまた過ごせるのはすごく嬉しかった。
「あとで映画見ようぜ!怖いやつ!」
「怖いの大丈夫?夜一緒にトイレ着いて行ってあげないよ?」
「へーきへーき!姉ちゃんが怖がるのが面白いんだ!」
へへと意地悪に笑う秋斗。小春ちゃんは怖いの苦手そうだけど大丈夫かな。そんな事になっているとは知らない小春ちゃんが、お風呂から上がってきて僕に声をかけた。
「私あがったよー!次猫宮くんどうぞ!」
「うん、ありがとう。お風呂、先にいただきます。」
小春ちゃんに風呂場まで案内してもらう。小春ちゃんの後ろを歩いているとシャンプーのいい香りがした。懐かしいお風呂場にあの時はここは地獄だと思ってたなと、懐かしく感じる。
「シャンプーとリンスはこれ、ボディーソープはこれで、洗顔はこれね。」
「今日は僕、小春ちゃんと同じ匂いになれるんだね。」
「言い方なんか変態っぽいよっ。」
小春ちゃんは僕にタオルを渡してくれて、そのまま脱衣所から出て行った。自分でも変態っぽいと思うけど、さっきまでここに小春ちゃんが居たんだって考えるとなんとなく想像をしてしまう。しかも洗濯機の中にはーー。これ以上は流石に人間として終わってしまう。僕は頭を振ってよくない考えを払って、浴衣を脱いで畳んで置く。そして体をシャワーで流してから、湯船に浸かる。少し熱めの温度に設定されてるのか足先がピリピリした。
「はぁ……。」
普段あまり湯船には浸からずにシャワーで済ませるのだけど、今日は特別だった。さっきまで小春ちゃんが入っていた湯船だから、僕は嫌いな水を我慢して入っている。そんな考えの自分に笑ってしまう。僕は多分変態だ。のぼせる前に上がって頭や体を洗う。今日は寝る時は別だけど小春ちゃんと過ごせるし、家族とも過ごせるのが幸せだった。本当ならここが僕の家で、やっぱりこの家の中だと安心する。
最後にもう一度だけ湯船に浸かってゆっくりしてから、僕は浴室を出る。久しぶりにゆっくりと湯船に浸かって少しのぼせてしまったのか、頭がぼんやりしていた。そんな時、がちゃっとドアが開いた。
「猫宮くん大丈夫ーーあ、きゃああっ、ごめん!!」
ちょうど頭をタオルで拭いていた所だった。僕の入浴が長すぎるのを心配した小春ちゃんが脱衣所のドアを開けて声をかけて来た。僕の体を見た小春ちゃんは悲鳴をあげてバタンとドアを閉める。
「きゃあってひどいなあ。」
「ご、ごめん!お風呂長いから心配になっちゃって!リビングで待ってるから!」
きっと今の小春ちゃん顔真っ赤にしてるんだろうな。想像したら笑ってしまった。僕は手早く髪と体を拭いて秋斗に借りた服を着てリビングへ向かった。リビングへ入ると、小春ちゃんは僕をみてまた顔を赤くする。きっと僕の体を思い出してるんだろうなって思うと嬉しくなる。
「姉ちゃんの変態。」
「見たくてみたわけじゃない!」
「へえ、僕の体見たくなかったんだ。」
「ちが!ちが……わ、ないけど……違うんだって!」
秋斗はその様子を見てニヤニヤ笑って、次は俺が風呂に行くと言って出て行ってしまった。お義母さんはもう部屋に戻ったみたいで、リビングには僕と小春ちゃんだけが残される。小春ちゃんは横目で僕を見て何かに気づきパッと立ち上がり出て行ってしまった。遠くで、姉ちゃんのえっち!という声が聞こえた。戻って来た小春ちゃんの手にはドライヤー。
「猫宮くんちゃんと髪乾かさないと風邪ひくよ!」
小春ちゃんは僕をソファに座らせると、後ろに立ってドライヤーをかけはじめた。僕の髪を触る小春ちゃんの手が心地よくて目を瞑る。
「ふふ、猫宮くんの髪柔らかいんだね。いつもはセットしてるから分かんなかった。猫の毛みたいで気持ちいいー。」
まるで猫を撫でる時みたいに、僕の髪の毛の毛感触を楽しみながら優しく頭を撫でてくれる。それが気持ちよくて自然と小春ちゃんの方へ頭が傾いていく。こうやって撫でてくれるなら、セットするのやめようかな。
「ん……、気持ちいい……。」
思わず声に出してしまった。小春ちゃんの手が止まる。どうして撫でるのをやめてしまったのか、もっと撫でて欲しいと小春ちゃんに催促するように手に頭を擦り付ける。
「なんだかとってもイケナイ事をしてる気持ち……。」
「イケナイ事って?」
「なんでもないっ!はいもうおしまい!!」
振り返って聞くと耳まで赤くした小春ちゃんがさっさとドライヤーを脱衣所へ戻しにいってしまった。
ーーうああ!!姉ちゃん入ってくんなよ!!!!!
遠くで秋斗の叫び声が聞こえた。小春ちゃんって運がいいのか、間が悪いのか。大きくため息を吐きながら戻って来た小春ちゃんを手招きして、僕の座っているソファの隣に座らせた。
「同じ匂いがする。」
「ちょっと、猫宮くん!もうすぐ秋斗戻ってくるから!」
「戻るまで、ね?」
同じ匂いがするのが嬉しくて、小春ちゃんの首元に顔を埋めてその匂いを堪能する。シャンプーの香りとボディーソープの香り。今僕からも同じ匂いがしている。首元の髪を少し避けてみればさっき僕が付けた痕もはっきり残っている。白い首筋に残った赤い痕をみて気持ちが高ぶった。その痕の上に音を立てて口付けをした。
「ごめんね、痛い?」
「んーー、痛く、ないよ。」
軽いリップ音に合わせて小春ちゃんの体がビクッと跳ねる。その反応が可愛すぎて次はその首筋を軽く舐めてみる。
「ね、やめよっ、ねこ、みやくんっ!」
「名前で呼んで?」
「れおっ!やっ、だめだって!」
「だめじゃない。秋斗が来るまで……。」
小春ちゃんの耳元で息を吹きかけながら小さく囁く、そしてそのまま耳たぶを甘噛みして軽く吸い付く。僕の事を押し返す手に力が入らなくなって小さく震える小春ちゃんを、軽い力でソファの上に押し倒す。最初は軽く戯れ合うだけのつもりだったけど、自分のエスカレートしていく行動にやめ時を完全に見失ってしまった。
「僕、やばいかも……。小春ちゃんが止めてくれないと、止まれなーー。」
止まれないと思った行動は、浴室から元気よくドタドタ歩いてくる足音を聞いたら簡単にやめる事が出来た。すっと元の姿勢に戻り、リビングへ入ってくる秋斗を迎えた。
「おかえり。ちゃんと髪乾かさないと風邪引くよ?」
「ちゃんと乾かして来たぜ!姉ちゃん何寝てんだよ!映画見よーぜ!」
「う、うんーー。」
慌てて小春ちゃんも座り直して少し乱れた髪を整えている。秋斗は小春ちゃんとの逆の僕の隣に座る。一応2人掛けっぽいソファに3人座るのは窮屈な気もするけど、これも昔を思い出して懐かしい気持ちにさせる。小春ちゃんと秋斗はよく僕を挟んでこのソファに座ってお互いどっちが撫でるかで喧嘩していた。
「どうして一緒に座るの!」
「俺も兄ちゃんの隣がいい!姉ちゃんいつも一緒だからいいだろ!」
「私が最初に座ってたんだから、あっちいってよ!」
「僕はこのままでもいいよ?」
大義名分が出来た事で秋斗の前でも堂々と小春ちゃんに密着できる。心の中ではよくやったと秋斗を褒めていた。腑に落ちない顔をしている小春ちゃんをほっといて、秋斗はリモコンを操作して映画を選び始める。
「え、ちょっとまってよ!それホラーじゃん!」
「夏と言えばこれだろ!」
秋斗が選んだのは赤い女の人の顔が画像の映画だった。映画の演出で驚かせたりとかいうのは見た事あったけど、怖がらせる目的だけの映画は初めてだったので少しワクワクしていた。
「ねえ、やめようよ……なんかもっと笑えるやつとかにしようよ?」
「映画館みたいに電気消そうぜ!」
怖がる小春ちゃんに容赦なく部屋の電気を消す秋斗。
「怖がる小春ちゃんかわいい。」
「ねえ、ほんとに怖いんだってっ!」
こっそり小春ちゃんに耳打ちして小春ちゃんの手を握る。小春ちゃんはすごい力で握り返して来て、本気で怖がっている様子がわかった。可哀想だからやめさせてあげたいような、怖がる小春ちゃんをみたいような。そんな事を考えてるうちに映画が始まってしまった。




