62 私は別にいいのに
「あ、そういえばこないだ仁さんに会ったよ。」
「誰?」
今日は猫宮くんが家に来て一緒に課題をしている。本当は図書館とかにしようと思ったんだけど、猫宮くんが私の家がいいって言っていたから家まで来てもらった。私は外に出なくていいから楽なんだけど、この暑い中歩いて来てもらっうのは少し申し訳なかった。猫宮くんはご丁寧に手土産のおやつまで買ってきてくれて、またお母さんの中の猫宮くんの株が上がった。
私の部屋で向かい合って課題をしている時に、こないだの事を思い出したから話してみた。
「猫宮くんのお兄ちゃんじゃないの?」
「僕に兄弟はいないと思うけど……。あー、そういう事か。いつ、どこであったの?」
少し考えこんで猫宮くんは納得した感じだった。お兄ちゃんじゃなかったら、お父さんだったのかな?それにしても若すぎる気もするけど。うちのお父さんと全然違う。
「登校日の時駅で分かれて、本屋さん寄った時に。すごいそっくりだったから、猫宮くんかと思って声かけちゃった。」
「何か言われた?」
「ん?特に何も言われてないよ?よろしくねってだけ。」
「そっか。」
「あ、でも、君のためにお願い事聞いてあげたんだから?って言われたけど……、猫宮くん何かお願いしたの?」
聞くと猫宮くんは少し困ったように笑って、色々お願いはしたよって話してくれた。なんだろう、気になるけど、猫宮くんも親に甘える事ぐらいはするよね。そう思って内容は聞かないでおいた。
「猫宮くんのお父さん?すごくかっこいいね。」
「普通だよ。」
「そっくりでかっこよかったよ。私もあんなお父さんがよかったな。」
「僕は小春ちゃんのお父さん大好きだよ。」
「ふふ、お父さん聞いたら喜びそう。」
他愛もない会話をしながら課題を進めていく。たまに分からない所を聞くと猫宮くんはわかりやすく教えてくれて助かった。ふと会話が終わり、カリカリとペンを走らせる音だけが室内に響く。狭い机に広げられてる猫宮くんのノートを覗くと綺麗な文字が並んでいて気持ちが良かった。
「猫宮くん、文字綺麗だよね。」
「そうかな?小春ちゃんの文字は可愛くて僕は好きだよ。」
「ありがとう。」
ノートの隣に添えられてる手に意識が向く。男の子特有の少し骨ばった長い指の私より大きい手。好きだなあ。そう思った時には体が動いて居て、私の指先が猫宮くんの指先に触れていた。
「どうしたの?」
触ろうと思って触ったわけじゃなくて、触りたいと思ったら触っていた。そんな説明が恥ずかしくてできない。顔を上げると猫宮くんが頬杖をついて口元に笑みを浮かべて私を見ている。
「僕に触れたくなった?」
触れるだけだった指先に、猫宮くんの手が絡んでがっしり捕まってしまう。人差し指で私の手の甲を撫でながらわざと恥ずかしい聞き方してくる猫宮くんは意地悪だ。いつも私ばかり恥ずかしい思いをしていて、まるで手のひらの上で転がされてる気分だった。
「そっち行ってもいい?」
「いいよ?おいで。」
猫宮くんは気分を良くしたのか笑みを崩さないまま自分の隣をポンポンって叩く。私は立ち上がって猫宮くんの隣に……座らずに、猫宮くんの肩を少し押してスペースを作って膝を跨いでその上に向き合って座った。私の予想外の行動に猫宮くんは目を丸くして驚いている。私はこの顔が見たかったんだ。
「あの、小春さん?どうしたの?」
私は猫宮くんがどうしようもなく好きだ。自分がこんな積極的な行動をできる人間だなんて思ってもみなかった。
「くっつきたくなっちゃった、かも。」
首に手を回して甘えるように抱きついてみる。胸元に耳を当ててみると、猫宮くんの心臓も私のと同じぐらい大きく早くなっていた。ドキドキしている。今、猫宮くんは私と同じぐらいドキドキしてくれている。それがとても嬉しかった。
「はぁぁ、どうして………んー、可愛すぎ!」
「うっ……。」
猫宮くんは大きく息を吐いて私を強く抱きしめた。あまりにも抱きしめる力が強くて変な声が出てしまった。
「大好き、ほんと好き、可愛い、好き。」
「く、るしいよ……ねこみ、やくん……。」
「小春ちゃんが悪い。」
そのままぎゅうと抱きしめられ、耳元で愛を囁かれる。もしかしてこのまま締め殺されるんじゃないかと不安になって来た。
「いたっ、噛んだ?」
「ふふ、好きの証拠。」
耳たぶを甘噛みされてぼそぼそ喋られると背筋がゾクゾクする。よくレオも私の耳を噛んだりしてたけど、人間にされるのと猫にされるのでは全然違う。
「ん、……。」
足に力が入らなくなって、猫宮くんに全体重を乗せてしまう。そのまま体を預けて、耳たぶを甘噛みされる刺激にひたすら耐える事しかできなかった。
「小春ちゃん、好き?」
「う、ん。」
「僕も好き、愛してる。」
甘い囁きが心地よくて、やりかけの課題の事なんてもう忘れてしまっていた。最初は優位に立って悦に浸っていたはずなのに、いつのまにか逆転され、されるがままになってしまっている。やり返したくて猫宮くんにされているみたいに、私も猫宮くんの耳たぶを少し甘噛みしてみた。
「っ、僕には、だめ。」
びくんと跳ねて、猫宮くんが私の肩を掴んで離した。
「自分はしてもいいけど、されるのは嫌なの?」
「じゃあ、僕ももうしないから。ごめんね?」
人にするのはよくて、されるのは駄目なんてそんな自分勝手な事許せない。顔を赤くして困った顔をしている猫宮くんをみて私の中の加虐心がうずく。今なら好きな子をいじめたくなる気持ちがすごく分かる。
「私は別にされてもいいよ。」
「わっ、だ、駄目だって小春ちゃん!んーっ、や、ほんと!」
私はまた猫宮くんの首元に抱きついて、さっきされたのと同じように耳たぶを甘噛みしたり舐めたり、軽くキスをしたりした。今まで何度もされてきたから勝手は分かっている。私と同じ気持ちを味わって欲しい。目の奥が熱くなるような、脳が溶けてしまうんじゃないかって気持ちを体験して欲しい。
「はぁ、っ。」
しばらく続けていると、次第に猫宮くんの息が熱くなって来てもう十分かなと離れて顔を覗き込む。そして、やりすぎたかもと反省する。
「ひどいよ、小春ちゃん。」
「あ、ご、ごめん。調子乗った……。」
猫宮くんの目は潤んで、眉は切なそうに眉間に寄せられていた。吐かれる息は熱っぽく、私に何かを求めるように上目遣いで見つめられた。
「いつもやられてばっかだから……、仕返ししたくて。」
とりあえず離れようと立ちあがろうとしたけど、猫宮くんに両手で腰を抱え込まれ離れられなくなる。膝立ちですぐ近くに猫宮くんの顔があって今更すごく恥ずかしくなってしまう。
「ごめんね?」
「怒ってないよ。ただ、僕も男の子だから。あまり煽られると本当に我慢できなくなるんだよ?」
言っている意味はもちろん理解できた。いずれはすると思ってたし、小説や映画の中でもそんな描写はもちろんあった。詳細には表現されてなかったけど……。猫宮くんはまたいつもの調子を取り戻しつつあったけど、まだ瞳には熱を持っていた。
「私は別にいいのに。」
「……。」
思った事が口からこぼれ出てしまった。慌てて訂正しようとしたけどその言葉は猫宮くんに飲み込まれてしまう。噛み付くようにキスされて、私は猫宮くんに身を任せた。
「小春ー?里奈ちゃん来たわよー?」
お母さんの階段を上がってくる足音を聞いて、私は即座に猫宮くんから離れて元々いた場所に座った。その後すぐノックが聞こえてお母さんが顔を見せる。
「いまリビングに居るけど、部屋まで来てもらう?」
「う、ん!部屋に来てもらって!」
「猫宮くんごめんなさいね、お邪魔だったかしら?」
「そんな事ないですよ。」
お母さんが里奈を呼びに部屋を出ていった。大きなため息と共に力が抜けてしまう。お母さん来なかったらどうなってたんだろう……。顔に熱が昇る。猫宮くんを見るといつもの優しい笑みを浮かべてて
「安心して、今日はそのつもりはなかったから。」
その言葉に安心したような、ちょっとがっかりしたような。そんな変な気持ちになった。




