43 僕の運命の人
初めて電車に乗った。
切符の買い方さえ分からなかった僕は、全て里奈に任せた。
「今時、切符を買えない高校生とかいるのっ!?」
「佐伯さんありがとう。」
色々文句を言う割には、僕をちゃんと小春ちゃんの家まで案内してくれた。
小春ちゃんの家に入る前に里奈は僕に聞く。
「こはるん病人だからすぐ帰るんだからね?」
「わかった。」
僕は目の前に建つ家を見上げる。
どこにでもある普通の一軒家。これが僕の家だった。
りながチャイムを鳴らすと、懐かしい声が聞こえた。
「こはるんママ、私ー!お見舞いきたよー!」
「はーい、入ってー。」
小春ちゃんに似た優しくて明るい声。
僕は小春ちゃんのママも好きだった。弟も、お父さんも。
家に入れてもらって、改めて懐かしさを感じる。
目線が高くなって少し違った感じはするけど、ほとんど覚えているままだった。
「里奈ちゃんわざわざごめんね、小春まだ熱が下がらなくて……、あら、彼氏?すごいイケメンじゃないの!やるわねえ!」
小春ちゃんのママは僕を見て驚く。
「違うよ!私のじゃなくてこはるんの彼氏だよ!」
「えぇっ!?うちにはお金はないわよ?」
「小春ちゃんのママ初めまして。僕は小春ちゃんの恋人の猫宮玲央です。」
変な勘違いされているので、しっかり自己紹介をしておく。
小春ちゃんのお母さんは困った顔をして聞いてくる。
「失礼な事聞くけど、小春の事騙してたりしてない……?」
「僕は小春ちゃんを愛してるので心配しないでください。一生大切にします。」
「まぁ!」
「こはるんいない所でプロポーズしてどうするの。」
僕の思い出と全然変わらない小春ちゃんのお母さん。
両手を口元に当てて驚いた顔をする。その顔は小春ちゃんに少し似ていて可愛いなって思った。
「風邪うつったら大変だから、あんま長居しちゃだめよ?」
「はーい。猫宮くん行くよ。」
里奈に連れられて住み慣れた家の階段を登る。階段を登った右側の部屋が小春ちゃんの部屋。
「こはるん、起きてるー?入るよー?」
「……はい、って。」
小さく掠れた声が聞こえた。
僕達が予想していたより具合が悪いのかもしれない。
「こはるん大丈夫?」
「うん、あんまり……。」
部屋に入ると小春ちゃんは返事だけして、そのまま布団から動かない。
「小春ちゃん大丈夫?」
僕は心配ですぐにかけよった。
布団の中の小春ちゃんを覗き込むと、目を丸くして驚いていた。
「え、猫宮くん、どうして……。」
「小春ちゃんが心配だったから。」
熱のせいか顔が赤くなっている。
少し頬に触れると暖かくて体温が高いのが分かる。
「ごめん、どうしてもって言うから連れてきちゃった。」
「ううん大丈夫。ごめんね、猫宮くんに連絡しないで。」
「大丈夫だよ。それより早く治してね。」
早く治るようにと想いを込めて、額に軽く唇を落とす。
辛そうな小春ちゃんを見るのは僕も辛かった。
「じゃ、そろそろ帰ろう。こはるん休ませなきゃ。」
「そうだね、ゆっくり休んでね。」
名残惜しいけど僕は小春ちゃんから離れる。
「あ、ちょっと待って……。猫宮くんと、話がしたいんだけど。いいかな?」
「いいよー、こはるんママとお話ししてるし。終わったら降りてきて。」
僕に話ってなんだろう?
里奈は僕を置いて部屋を出ていった。
「小春ちゃん無理しないで?」
小春ちゃんはゆっくりと体を起こして、僕と向かい合ってくれる。
そして少しだけ無言が続いた後、ポツリと呟く。
「ごめんなさい。」
「え?連絡しなかったのは気にしてないよ?」
最初はなんでって思ったけど、色々理由があったと思うし。
僕は本当に気にしてないって言うのを伝えるために笑って、小春ちゃんの頭を優しく撫でる。
昔僕にしてくれたみたいに。
「う、ごめん、なさいっ。」
そうしていると、小春ちゃんがポロポロと涙を溢れさせてドキッとした。
何かしちゃったかな?触られるのが嫌だった……?
話を聞くためにゆっくりと尋ねる。
「どうして謝ってるの?教えて?」
「わたしっ、猫宮、くんの、コハルじゃ、ないのっ。」
涙を流して途切れ途切れに話し始める小春ちゃん。
「なんどもっ、考えて、思い出そうと、したけど……、わたしっ猫宮くんに。会って、ないのっ。」
僕はなんて説明しようか考えるために黙ってしまった。
僕が小春ちゃんの猫だって言って、信じてもらえるのかな?
考えている間にも小春ちゃんは続ける。
「ねこ、みやくんがっ、コハルを好きって、気持ちがっ!心地よくて、うれしくて。その気持ちを、利用したのっ!好き、になっちゃったから!」
小春ちゃんはすごく大きな勘違いをしている。
僕の小春ちゃんは小春ちゃんだけなのに。
あの日僕を拾ってくれて、一緒に寝て、起きて、ご飯を食べて。
キスして、抱きしめてくれたのは全部目の前の小春ちゃんなんだよ。
結婚する約束をしたのは小春ちゃんなんだよ。
小春ちゃんの部屋に入った時、僕は泣きそうだった。
僕のお気に入りの物がそのまま置いてあったから。
気に入ってたブラシ、おもちゃ、寝床。
設置してあるトイレもゲージも全部。
もう無くなってるだろうなって思っていた物全部そのまままになっていた。
僕がいなくなってからもう随分経つのに、まだ僕を想ってくれていた。
僕はそんな小春ちゃんを愛してる。
猫の僕も、人間の僕も気持ちは変わらない。
「小春ちゃん。」
僕は泣いている小春ちゃんを胸に抱きしめて、そのまま優しく布団に横になった。
泣いたせいでまた体温が上がっている。
落ち着かせるように髪を撫でながら、一緒にベッドで横になりゆっくり話す。
「僕は運命の人は小春ちゃんだって確信しているんだ。君がなんと言おうとも。覚えてなくてもいい。けど、君は絶対に僕を忘れないし。形が変わっても僕を好きでいてくれる。最初から全部好きって気持ちは君だけ、小春ちゃんにだけに届けていたつもりだよ?伝わっていてくれてよかった。」
少しだけ体を離して、小春ちゃんを見つめる。
涙で潤んだ瞳が可愛くてつい瞼にキスをしてしまう。
「まだ僕の言うことが信じられない?」
「……。うん、あまり、わかんない。」
「そうだなあ、僕の運命の小春ちゃんは、猫のひげを集めて宝箱にしまってある。」
「え、なんでそれ、知ってるの?」
「なんでだろうね?僕が小春ちゃんのストーカーだからかもしれない。」
次は唇にキスをした。
前もこの部屋、この場所で同じ事をしたんだよ。
「小春ちゃんが知らなくても、僕の世界で1人だけの運命の人は君だから。間違いじゃない。だから、安心して眠って。」
泣いて体力を使ったのか、小春ちゃんの瞼はゆっくりと下がっていき、
すーすーと音を立てて眠ってしまった。
寝ている顔を久しぶりに見た。
顔にかかった髪の毛を避けてあげて、僕はゆっくりと起き上がる。
改めて部屋を見渡すと懐かしさで胸がいっぱいになる。
ふと棚に置いてある僕の写真と、その隣に小さな壺を見つけた。
猫の姿の僕はキリッとしてかっこよかった。
この隣の壺はきっと……僕なんだろうな。
僕はなんとも言えない気持ちになり、小春ちゃんを起こさないようにそっと部屋を出る
「小春ちゃんは寝たよ。」
「あんた変な事してないでしょうね!?」
「それをお母さんの前で言うのはちょっとどうかと思うよ。」
僕達が帰ろうとするのを、小春ちゃんのお母さんは見送ってくれた。
「里奈ちゃん、またきてね。猫宮くんも。小春をよろしくね。」
「はい、次は小春ちゃんが元気な時に。」
「はーい、またお泊まりしにくるね!」
住み慣れた家を出るのは少し名残惜しかった。
「こはるん元気になった?」
僕を駅まで送る途中に、里奈が聞いてきた。
「うん。もう大丈夫だと思う。」
なんとなく小春ちゃんが元気なかったのは気づいていたらしい。
「そっか、ならいいや。帰りは1人で電車に乗って帰ってね!」
「連れてきてくれてありがとう。」
駅まで送ってもらって、僕は里奈にお礼を言って電車に乗った。




