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「帰り道?」

 愛桜は思わず聞き返した。

 メリーさんにしては抽象的な物言いだったからだ。普通もっと具体的に場所を言うものじゃないだろうか。「近くのコンビニにいるの」とか「○丁目の交差点にいるの」とか。「帰り道にいるの」はあまりにも漠然としている。

 それならまだ「通学路にいるの」の方がわかるが、と思って首を傾げたとき、視界の隅で誰かが手を振っていた。

 誰だ、と思って振り向くと、それはゆうやけこやけの鳴り響くグラウンドの端を歩く金髪紫目の少年の隣にいた。少年と同じ金髪紫目の少女。服はゴシックロリータで、黒で固められているため、白い肌の上でいっそう冴え冴えとしていた。

 親しげにこちらに手を振り、ピンク色の二つ折り携帯を持っている。

「なるほど、芥田莉栗鼠の『帰り道』ってわけね……」

「今行くよー!」

「いや怪異感!」

 ぷつ、と電話が切れる。これではメリーさんではなく同級生の女子友達と待ち合わせの約束をしただけみたいになってしまう。みたいというか、そんなようなものなのかもしれないが。

「何か、思ってたのと違う……」

 普通の人ならぞくぞくするような展開に一ミリもなっていない。ぞくぞくどころか普通に楽しげな感じになっている。

 芥田に直接的なことをしていないからだろうか。それでも、メリーさんは来ると言っていたし、定番の「あなたの後ろにいるの」は来るんだろうと思うが。

「ねえ、先輩、これ本当に芥田の……」

 振り向いて、愛桜はあれ、となる。

 樫美夜がいない。先程まで一緒に芥田の怪異について語らっていたはずなのに。タブレット端末もない。鞄も、眼鏡も、樫美夜がここにいたという事実を示すものは何も残っていなかった。まるで最初からここに樫美夜なんて人間がいなかったかのように。

「あんな得意げに怪異の世界に連れてきた先輩が、怪異を体験せずに逃げるか? いいや、それはあり得ない。だって私以上のオカルト狂いで……」

 ん、と愛桜は首を傾げた。

 樫美夜のことを先輩と呼んでいたから、年上なのだろうということはわかる。オカルト狂いで冴えない眼鏡男子。妙な喋り方をする人物だが、学年は? 彼は何年何組? 樫美夜は苗字か名前か? 誰も来ないオカルト研究部に唯一来る愛桜の同胞と思っていたが、オカルト研究部の部長や副部長だったか? 樫美夜が?

 樫美夜のことが何もわからなくなる。

 一日二日の仲ではないはずなのに「樫美夜」という人物が存在したことすら断定できない。愛桜は戸惑った。

 ピルルルルルルルルル! ピルルルルルルルル!

 マナーモードだったはずのスマホが存在感を示すようにけたたましい着信音を鳴らす。スピーカーモードをオンにしたせいだろうか。

「わたし、メリーさん。今、学校の階段にいるの」

 メリーさんが近づいてきている。愛桜は困惑した頭で考えた。

 先輩がどこに行ったか、誰だったかなんて、メリーさんが迫ってきている現実に比べたら些事だ。

「そもそも人は、怪奇現象に遭遇したとき、正常な思考回路をしていない。私だってそう。そもそも正常な思考回路してないやつが正常な思考できるかっての。今はメリーさんと芥田について解明して、そもそも芥田のメリーさんのこれは明らかに現実じゃなくて、幻覚か夢の類。ここで芥田とメリーさんの関係性を解明すれば私的には無問題じゃない?」

 自分に言い聞かせるように、少々早口にまくし立てる。そうでもしないと、怪異に出会えた興奮でどうにかなりそうだ。

 さて、メリーさんにこちらと対話する気は聞いた限りの話だとなさそうだ。だが、愛桜に対してはかなりフランクな感じである。普通の都市伝説のメリーさんでないことは確かだ。

 同時に創作で見るようなおとぼけメリーさんでないこともまた確か。普通のメリーさんよりもエグいといっても過言ではない。夢の中であるにしたって、首を切断して尚意識のある状態の標的に、自分の体が解体されていく様を見せつけたり、解体された自分の体をメリーさんの好き勝手に使われたり、と正気の沙汰ではいられないような状況に追い込んでいる。

 十中八九、愛桜もメリーさんと鉢合わせたら、そのような惨いことをされるだろう。だが、それが愛桜の精神的ダメージになるかというと、そんなことはない。愛桜は筋金入りのオカルト狂いだ。むしろそんな目に遭ったら高笑いで大喜びするだろう。オカルト狂いにとって都市伝説や怪奇現象を体験するというのは至上の喜びなのだ。

 愛桜の目的はこの芥田莉栗鼠のメリーさんの正体を暴くこと。怪異そのものの中にいることは絶体絶命でもあるけれど、またとないチャンスでもある。

 正体を暴くということは「正体」についての情報が必要ということだ。情報収集は時間がかかる。メリーさんをこのまま待ち構えるのも情報を得る手立ての一つではあるが、必要な量の情報が得られる保証はない。メリーさんと出会したら最悪、その場で殺されるかもしれない。何も得るものなく、この怪異が終わってしまうことこそ、愛桜にとっての最悪の結末だ。

「ということは……逃げるか」

 メリーさんは待っていれば視聴覚室に来るだろう。階段にいると言っていたが、どこの階段にいるのだろうか。扉から出て、右か左かを間違えただけでゲームオーバーの可能性すらある。

 愛桜は窓の外を見た。ぐわぐわとゆうやけこやけがエンリピされている。芥田の姿は西にある。ということは芥田の位置からメリーさんが最短で来ることを予想すれば、西口の昇降口から昇ってくるはず。視聴覚室も西側だからだ。

 ピルルルルルルル! ピルルルルルルル!

 また着信音が鳴る。愛桜は迷うことなくスワイプした。

「わたし、メリーさん」

「メリーさん今どこ!?」

「焦らないで」

 思わず聞き返したのを、メリーさんがくすくすと笑う。悪戯っぽい色と息遣い──が、真後ろから聞こえた。

「今、あなたの後ろにいるの」

 戸が開く音もしなかった、と思ったけれど、それも道理だ。怪異は現実のものではない。怪異に合理性を求める方が間違っている。

 怪異は神出鬼没と樫美夜も言っていたではないか。その気になれば、階段なんて使わず、背後に瞬間移動すらできる。

 足を使って移動しなければならない人間とは違うのだ。

「ばいばい」

 振り返るより先に、後ろからどん、と突き飛ばされた。その勢いは凄まじいもので、窓をばりん、と割りながら、愛桜は地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 ぐしゃ。

 抗う術もないまま、地面にぶつかった。

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