と
気づいたときには、頭を切り落とされていた。金髪紫目の可愛い女の子に。いや、ゴシックロリータな服装をしているだけで、顔は……
「リリスくん……?」
芥田そのものだった。
だが、言葉を紡いで気づいた。何故、首を切られたのに、死んでいないのだろう。それどころか喋れるし、おかしなことだらけだ。普通、死んだら意識がなくならないか? 目を閉じなくても何も見えなくならないか? どうして見える? どうして判別できる? どうして喋ることができる?
ずっとゆうやけこやけが響く中、教師は困惑した。どうして、どうして、どうしてとばかり。
「わたし、メリーさん。リリスじゃないよ」
メリーと名乗る女の子は、無造作に教師の髪を掴み、首を持ち上げた。
「でも、リリスのためなら、容赦しないよ」
メリーは首を教師の仕事机の上に置いた。首は落ち着き悪く、ねちゃねちゃと何度か置き直されたが、目の前には連絡名簿がある。それからメリーは、体から落としたらしい右腕と左腕を持ってきて、右腕を電話の受話器にかけさせた。
けれど、胴体に繋がっていない腕は重力に逆らえず、べちょりと落ちる。メリーは口を尖らせて「ちゃんとお仕事しないと駄目でしょ」と受話器を持たせた。
死体に仕事なんてできるはずがないのに、と教師は恐ろしくて涙を流す。超常現象についていけない。死体に仕事ができないのと同様、生首に涙なんて、流せるはずもないのに。
「あーあ、泣いちゃった。せんせー、そんなにお仕事嫌なの? じゃあ、わたしが代わりに電話してあげる」
メリーはわざわざ教師の手を持って、ピポパポとダイヤルを押す。
そして受話器も教師の手に持たせたまま、耳に宛がった。
信じられないことに、普通に「もしもし?」と電話の向こうから声がする。メリーさんは朗らかに答えた。
「わたし、メリーさん、今」
そこでしゅん、とメリーの姿が消え、意識がぶつん、と暗くなった。
次の瞬間。
ピルルルルルルルル! ピルルルルルルル!
けたたましいコール音に、教師はびくん、と跳ね起きた。……跳ね起きた? と疑問に思うと、教師は自分の手を見た。繋がっている。首を触る。繋がっている。
夢だったのか、と思い、安堵するが、そうするとコール音が気になった。かなり喧しい。職員室には他に誰もおらず、教師は電話を取った。
「はい下沢小学校、Dです」
「D先生ですか!? お世話になっております。あなたのクラスのCの母親です。Cがまだ帰宅していないんですが、学校にいますか?」
Cの名前が出て、教師はぞっとする。
「リリスのためなら、容赦しないよ」
芥田と同じ顔の女の子の言葉が蘇る。Cは芥田の下駄箱に悪戯をした子どもだ。まさか、あのメリーという女の子がCを? と考えるには充分だった。
途端に、ぶわりと嫌な汗が吹き出し、体が言うことを利かなくなる。かたーん、と受話器が手から滑り落ちた。首が痛い。喉に異物感がある。気持ち悪い。どうして自分は生きているの?
バラバラにされた体を無理矢理繋ぎ合わせられたかのような感覚。自分の体のはずなのに、自分の意思で動かすという当たり前のことができなくなっていく。
そこで、鳴り響くゆうやけこやけ。
「いやああああああああああああああっ!!」
教師は狂ったように叫び散らした。
樫美夜が語り終えると、愛桜がうーん、と唸る。
そしてきらきらと目を輝かせた。
「滅茶苦茶怪談っぽくていいっすね!」
「うむ、そういう感想を言う場面ではないと思うのだが、オカルト研究部員らしくてよろしい」
目の下に隈があり、顔色が悪く見える愛桜の頬が少し紅潮している。やはりオカルト研究部員。こういう怪談話を聞くことこそが本分のようだ。
「それにしても、妙ですね。クラスメイトCに電話したんだろうに、どうしてメリーさんは消えたんでしょう?」
「確かにそれは謎だが、怪異というものは得てして神出鬼没だ。不意に現れるという意味合いで使われる言葉だが、不意にどこかから現れるということは不意にどこかから消えることもあるということ。例えば、教師の前から消えて、クラスメイトCの背後に移動し『わたし、メリーさん。あなたの後ろにいるの』とでも言ったのかもしれない」
「そういや、Cはどうなったんです?」
「公園で昏睡状態で発見されたようだ。今も昏睡中だとか」
昏睡している人間から、何が起こったかは聞き出せない。だが、察するになかなかエグい目には遭っていそうだ。
「こう、滅茶苦茶死神死神してるメリーさんの話は初めて聞きましたね。まあ、誰も死んでませんけど」
人の体をぶつ切りにすることに躊躇いのないメリーさんは猟奇的だが、怪異らしいと言ってしまえばそれまでだ。
メリーさんは死神とされていて、電話をかけた相手に徐々に近づいていき、最後には殺すという。ここまで具体的にスプラッタなのは初めて聞いたが、死神の名に偽りなし、といった雰囲気ではある。
ここまでくるとやはり気になるのは……
「メリーさんはどうして芥田そっくりなんでしょうね?」
これまで語られた三つの話で共通しているのはメリーさんとゆうやけこやけ。ゆうやけこやけはタイミングだとして、メリーさんが、三人が三人共芥田そっくりだと判別しているのが不思議だ。
怪異というものは大抵、見る人によって異なる印象が残り、その散り散りの印象から、一つの怪物が形を成すものだ。印象がある程度共通する部分があるのは確かだが、こうも全く同じというのも珍しい。
「メリーさんは名前のこともあって、外国人風の容貌がイメージされるのはよくある話だ。金髪碧眼やら金髪蒼眼やらはよく見るが、金髪紫目はなかなかない。実際、金髪紫目の人物は綺麗だが、世界には紫目の人間はほんの一握りしか存在しないから、具体的に想像するのも難しい。芥田少年が金髪紫目だから、金髪紫目繋がりで連想したとしても、まず本人と間違えるだろうか、という疑問はあるな。顔立ちも似ているとなれば、メリーと名乗られた名前より先にリリスと呼ぶのもわかる」
「何度聞いてもひっでー名前だ……」
小学校時代は下の名前で呼ばれることがほとんどだっただろうから、芥田にとっては地獄だったかもしれない。
メリーさんと芥田にはどんな関係が秘められているのだろうか。
それを解明することこそが、オカルトを研究する者の務めであり、喜びである。愛桜は目に生気を宿らせ、ぐっと拳を握りしめる。
「やっぱ、芥田と交渉して、芥田のことについてまとめて、発表しましょう。何か芥田にもメリットがあることを提示すれば、芥田だって、考えるくらいはしてくれるはずです」
愛桜の言葉に、樫美夜はふんふふーん、と鼻歌を歌い、上機嫌な様子だ。
「そのことなんだけどさ」
樫美夜は、眼鏡を外し、愛桜を見た。
「愛桜クンはドッペルゲンガーって知ってるかな?」