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それから目が覚めて、クソガキBはなんだ、夢だったのか、と胸を撫で下ろす。
しかし、夜眠ると、また電話が鳴って、コール音が五月蝿いので渋々出ると。
「わたし、メリーさん」
「ぎゃああああっ」
という夢を繰り返し見るようになり、クソガキBは徐々に眠るのが怖くなるわ、訳のわからないことを喚き立てるわで精神を患ったとみなされ、精神病院通いになったそうだ。
「ざまあ」
「いやいや愛桜クン、そんなことを言うものではないよ。気持ちはわかるが」
樫美夜から窘められるも、軽く受け流し、愛桜は疑問点を指摘する。
「これはもはや怪異というより『怪傑☆メリーさん』みたいな話になってますよね。オカルトじゃなくてスカッと系っていうか」
「まあ第三者から見ればそうかもしれないが、芥田少年自身はメリー女史が怪傑してくれているなんて、つゆも知らないからな」
愛桜がぎょっとする。
「芥田は自分が怪異だってこと知らないんですか!? 都市伝説やら学校の七不思議やら呼ばれておきながら!?」
愛桜の発言に樫美夜は悩ましげな表情をし、眼鏡のブリッジをかちゃりと上げた。
軽い溜め息を吐くと、続ける。
「芥田少年は幼少期よりいじられすぎた。都市伝説だの、学校の七不思議だの呼ばれても、いじられるネタが増えた程度にしか認識していないのだろう。どこまで行っても自分はいじられるしかない、と諦めているのだろうな」
「そんな……」
と、嘆きのような声を上げてみたものの、愛桜はふと気づく。嘆くようなことか?
本人にいじられ耐性がつくことにより、いじられる側が傷つくことがなくなった、とも言える。それは最終的に誰も傷つかないということになりはしないだろうか。いじられる本人は多少気にするかもしれないが、生活に支障がないなら、スルーできるのかもしれない。
「ん、いや待てよ?」
愛桜は更に気づきを得る。
芥田がスルースキルを身につけているのなら、何故怪異と呼ばれ続けるのだろうか。芥田のそういう意識の変化はここ最近の話じゃないはずだ。意識に伴い発動するのが芥田のメリーさんだとしたら、噂はもう薄れてもおかしくないはず。
芥田は高校二年。思春期もとい二次性徴期真っ盛りであるが、少し頭が回るなら、からかってくるやつらにメリーの存在を示して脅すはずだ。そんな柄の悪いことを芥田はしていない。していたら、それこそ噂になっている。
芥田が都市伝説や七不思議と呼ばれる根源。それは彼が、下校時に一人きりなのに、誰かと親しげに会話している様子から語られるものである。
「まさか、芥田はメリーさんのことを知らない?」
「まあ、そう見て間違いないだろう。メリー女史は芥田少年のことを目にかけているが、芥田少年をからかった周囲の人間が芥田少年から遠ざかって行っても、芥田少年の与り知らぬ話だ。『なんか転校してったなー』くらいにしか思わないのだろう。芥田少年自身がその人物に興味を持っていなければ。人とはそういうものだ。愛桜クンも、関わりのなかった中学のクラスメイトの顔なんか、もうぱっと思い出せないだろう?」
「私高一ですよ? さすがにそんなこと……」
愛桜は考える。中学のクラスメイト。考えたが、ぱっと出てきたのは、高校で同じクラスになったやつくらいだった。
「うわ、歴史の語呂合わせの方がまだ覚えてる……」
「それはそれでひどくないかい? 自分で言ったんだろうに、高一って。
それはさておき。人間の記憶なんてそんなものさ。老いていったり、アルツハイマーなんかは『大切な人から忘れていく』と言われるがね、僕らのようなまだ青春を謳歌するような年代は、古い記憶から忘れていくよ。それに、幼稚園や保育園での話なんて、幼児期健忘で忘れてしまうよ」
「なるほど、クソガキABのことは芥田も覚えてないってことですね」
「まとめちゃった。まあでも、お楽しみはこれからだよ」
樫美夜がキーボードを押す。画面がぱっと切り替わった。
タイトルは「芥田莉栗鼠小学生編」である。
「小学生編……シリーズ作れるくらい話あるんですね」
「そうでもなきゃ、学校の七不思議なんて呼ばれないよ」
「そりゃそうだ」
しかも学校の七不思議の「七番目」と呼ばれているのだ。
学校の七不思議でも定番の「七番目」というのは、大抵「七つ目を知ったら死ぬ」みたいな話となっている。
それくらい芥田の存在は恐れられているということだ。死ぬのと同じくらいか、それ以上に怖いのだろう。
その人々の恐怖の正体がたかがメリーさんで終わるはずがないのだ。
愛桜は不敵な笑みを浮かべて舌舐りをする。樫美夜はぎょっとした。ただの人がやるのなら気持ち悪いことこの上ない所作だが、愛桜は面差しが整っており、愛らしさの中に妖しさも持っているため、艶美に見えたのだ。
僕の後輩恐ろしいな、と思っていると、愛桜が興奮に瞳孔を開かせて言う。
「死よりも恐ろしい恐怖だなんて、上等じゃないですか。これだからオカルト話はやめられない」
常軌を逸したオカルトへの憧憬。オカルトに憧憬を抱く時点で常軌を逸してはいるが、大概この子も変な子だよな、と樫美夜は思う。
怖いもの見たさというのは人間の特徴の一つではあるけれど。
芥田が小学生になると、大体は保育園からの繰り上げになるが、芥田が入学した下沢小学校には近くの幼稚園や保育所からの他の児童も入学する。
金髪紫目の芥田が目立たないわけもなく、芥田は特に女子児童から注目を浴びた。
「リリスくん髪の毛きれー!」
「これ地毛? 地毛の金髪初めて見た!」
「姉ちゃんが金髪にしてるんだけど、プリンみたいになっててダサいんだよね。本物はプリンにならないんだー」
と感心する一方。
「うわ、外国人の血が流れてるからっていい気になりやがって」
「日本人の血、ほとんどないんでしょ? そんなのガイジンじゃん」
「リリス、なんて気取った名前してさ」
などと僻む者もいた。
人間人それぞれ。捨てる神あらば拾う神ありと言うが、拾う神あらば捨てる神ありというのもまた事実である。
そんな人間の二面性の卑しさが発揮されるのが、実は小学生だったりするのだ。
小学生は園児からあがりたての純真さ、無垢さ、初さが拭いきれないところもありながら、そこから年を重ねて「自分」を形成していく上で身につける狡さ、酷さ、醜さが顕著になる時期でもある。
二面性を抱え、不安定な子どもたちの目に留まった芥田はいじめられるようになるのだ。
始まりは靴箱。靴に画鋲が一つ入っていた。
一つであるため、芥田は最初気づかず、そのまま履いて、足を刺してしまった。けれど入学したてで、新しいクラスメイトの顔と名前を覚えられていないのに、誰が犯人、という発想に至ることもなく、芥田は不運だったな、くらいにしか思っていなかった。
そんな静かな始まりだった。