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 図書室に寄贈された「幽霊部員によるオカルト本」は予想以上の人気を博し、返却されるたびに誰かが秒で借りていく「幻のオカルト本」として新たな学校の怪談を生み出しそうな勢いである。

 だが、現実とは無情なもので。

「廃部になっちゃったねえ」

「廃部になりましたね」

 視聴覚室はがらんとしている。そこに教師と生徒が一人ずつ。蓮沼と芥田だ。

 視聴覚室はどこの部活の部室にもあてがわれなかったので、この二人がぼーっとできる空間となっている。

「でもよかったのー? あの評判なら、どんでん返し行けたかもよ?」

「どんでん返ししても、僕、三年ですし。幕引きとしては一種、美しさすらありませんか?」

「文化祭で売れたと思うけどなー」

 制作に携わったオカルト研究部員以外への配布は行っておらず、増刷の予定もない。そう芥田が明言した。文化祭で売る、という名目で、オカルト研究部の延命も計れたはずだが、芥田はそれをしなかった。

 しなかったというか、大人の顔を立てたというのが正しいだろう。一度廃部にすると日付まで指定して決定したのを覆すと、教師たちの面目丸崩れである。それはそれで楽しい遊びな気もしなくはないが、芥田は冒険心はあっても、それを実行するほど理性を捨ててはいなかった。

「そもそも、延命を要求するために部誌を作ったわけじゃありません」

「そうだねえ」

 蓮沼はまったりと頷いた。

 芥田が部誌を作るために幽霊部員たちを焚きつけたのは全部、愛桜のためだ。

「見つからないの? 愛桜ちゃん」

「ええ、あれから白骨死体の中から愛桜さんのものがちゃんと見つかり、家族の元に届けられ、丁寧に供養されたはずです。でもあのオカルト狂いがそんなことで成仏するわけないと思って、寺や墓、仏壇まで訪れたんですよ」

「いや、幽霊は成仏した方がいいって」

 ちなみに、他のある程度人の形を保っていた白骨死体も、行方不明者と特定され、遺族に引き取られたり、親族に引き取られ、家族の墓に入れられたりしたという。わからないが人骨であるのは確か、というものは無縁仏にではあるが、きちんと弔われた。

 彼女らの願いは正しく叶った。

 七不思議の七番目なんて、なくたっていいのだ。子どもの好奇心をくすぐるための方便(ウソ)に過ぎなくっていいのだ。そこに悲しみしか埋まっていないのなら、誰も幸せになんてならない。

 実際、今回の事件では樫美夜の影響で多くの生徒が部活を失ったし、オカルト研究部の長い歴史が幕を閉じた。そのことで、オカルト研究部のOGである蓮沼も悲しんでいる。おそらく、あのオカルト狂いの少女、愛桜だって。

 樫美夜は人を殺したから地獄行きは決まっている。それなら、もういっそ殺してくれと泣き叫ぶくらいの痛苦を味わわせてやる、なんて言っていたけれど、樫美夜が精神異常者認定されて、監獄の病院に入れられることを、愛桜は望んでいただろうか。

 芥田もまあ、ああは言ったが、愛桜が未練なく成仏しているのが一番だと考えている。

 だが、愛桜にまた会いたかった。愛桜に会って、愛桜が嫌っていた幽霊部員たちが、こぞってオカルト研究部のためにレポートを書いてくれたんですよ、と部誌を見せたかったのだ。

 「幽霊部員が幽霊について書いた本なんてまじウケるー」でもよかったし、「手遅れなのに、よくやるねえ」でもよかったし、「ありがとう」でもよかったし……何か、愛桜とオカルト研究部として繋がっていくことを心のどこかで望んでいた。だから言葉が欲しかった。

 狂い咲き桜は調査が終わり、場所を変えて植えられると聞いたが、まだブルーシートがかかっている。

 狂い咲き桜の前は殺人現場でもある。オカルトは信じちゃいけないという方便を出したものの、長い間供養されないまま人の死体が放置されてきた場所だ。念のため、ということで、学校が神社にお祓いをお願いしたらしい。

 愛桜がもし、まだいるとしたら、あの桜の下だろうが、お祓いが終わるまで、あの桜の前は通ってはいけないことになっている。けれど、お祓いをされたら、それこそ怪異たる愛桜は存在を保てなくなるだろう。

 会いに行きたいけれど、会いに行ってはならないというジレンマがある。それが芥田に憂いを帯びた溜め息を吐かせた。

 そんな芥田の横顔を見つめていた蓮沼が、芥田の頬をちょいちょいとつつく。驚く芥田に、蓮沼はお茶目さのある笑みを浮かべた。

「別に地面が陥没とかしてるわけじゃないし、ちょっとくらい覗いてもいいんじゃない?」

「……悪魔の囁きだ……」

「悪魔の名前を持っといて、何言ってんの!」

 蓮沼はからからと笑う。

 芥田莉栗鼠。彼の下の名前の「リリス」というのは西洋で有名な女の悪魔である。生まれるまで双子の女の子だと思っていた両親が用意していたのが、彼の聖母マリアの愛称の一つである「メリー」と高名な女悪魔である「リリス」の名前に当て字をしたものだった。

 どちらの名前でも芥田の精神ダメージはさして変わらないが、敢えてどちらかというのなら、悪魔じゃなくて聖母マリアの方がよかった。生まれて男とわかって尚、女悪魔の名前を選んだ両親の神経は一生わからないと思う。

 と、まあ、横道に逸れた。蓮沼の言う通り、警察の捜査も終わり、お祓いまでの現状維持ということでブルーシートがかけられているだけだ。桜を見る以外のことをするつもりはない。

 愛桜がまだいるか確認する手としては「アリ」だ。

 部活動もなくなり、暇をしている芥田は、帰って受験勉強くらいしかすることがない。

「じゃあ、帰りに覗いてみますかね。それでいなかったら、諦めます」

「ウンウン、その調子その調子。思春期の不完全燃焼感はその後の人生に多大な影響を及ぼすからね!」

「はは」

 芥田は軽く笑うと、鞄に部誌を入れて立ち上がった。

「蓮沼先生の思春期とやらは、楽しかったんですか?」

「モチのロンだよ!」

「意中の男子に振られたのに?」

「んぐ……それも含めて、いい思い出さ」

 蓮沼も立ち上がり、芥田の背をぽん、と叩いた。

「青春の酸いも甘いも味わい尽くせや、青少年! もう君に残された思春期という時間は少ないのだから!」

「クサい台詞言うじゃないですか」

「五月蝿いやい」

 くすっと笑って、芥田は鞄を肩にかけた。

「それでは先生、さようなら」

「うん、さようなら。気をつけて帰るんだよー」


 芥田が昇降口から外に出ると、ゆうやけこやけが流れ始めた。帰り道をいそいそと、狂い咲き桜の方へ向かう。

 そこで──


「や、芥田」

「なんでいるんですか」


 また新しい怪異が始まるのかもしれない。


 帰り道の狂い咲き桜~パンザマストが流れる頃に~

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