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 芥田が目を覚ますと、自分と全く同じ顔が芥田をじーっと覗き込んでいた。ぱちりと紫と紫が交差して、交差したことに気づいて、向こうの紫がびくんと反応する。

「莉栗鼠!」

「わっ」

 彼女は芥田にぼふん、と抱き着かなかった。

「えーい」

 驚く芥田を無視し、ナースコールを押す。

『えっ、芥田さん!? 別にお見舞いとか誰も来てなかったよね!?』

『いいから呼ばれたんなら声かけなさい馬鹿者』

『芥田さん、芥田さん、どうなさいました?』

 そこまでナースたちの混乱を聞いて、芥田はメリーの意図を察した。

「……芥田莉栗鼠、起きました」

 医者が部屋にやってくるまで、あと三分。


 どうやら、芥田が寝込んでいる間に、色々と終わったらしい。

 樫美夜は警察に捕まったという。ただ一つの懸念点は、樫美夜が精神的に異常性を認められ、無罪放免にされる可能性があることだ。

 ただ、今回の芥田の殺人未遂の他に、愛桜の殺害と死体遺棄の容疑があるため、勾留はされるだろうとのこと。

 ただ、やはり「彼女を怪異にしてあげたかった」等の発言から、まともじゃない認定は受けているらしい。

「警察には警察で、犯罪者用の病院があるから、しばらくそこに入院することになるんじゃないかしら? 精神異常による犯罪行為のあった犯罪者は通常の精神病院に送られても、簡単に自由行動はできないらしいから、まあ、彼が出てくることはないでしょう。あ、教員免許はもちろん剥奪」

「でしょうね。で、随分詳しいですね、蓮沼先生」

「そりゃあね」

 蓮沼は現場に居合わせたため、事情聴取を真っ先に受けたのだという。芥田も今後事情聴取を受けることになるが、嘘じゃない程度に話を盛ることにしよう。

 というか、怪異となった少女と話して教えてもらった、なんて言っても信じてもらえないこと請け合いだ。

「実はね、愛桜ちゃんに呼ばれて、あなたたちのところに駆けつけることができたの」

「……先生も見える側なんですね」

 特段、驚きはない。元オカルト研究部顧問で、一昔前はオカルト研究部に所属していたOGだという。今更霊感があるくらいで驚くことは何もない。

 オカルトを研究する動機が愛桜と違い、自分の内にあったというだけだ。

「そうよ。こう見えて、オカルト関係で、数々の修羅場を潜っているんだから。……まあ、それでも、人が人を殺す修羅場は、初めてだったかな」

 蓮沼が肩を落とす。無理もない。人殺しの現場に遭遇したり、かつて担当した生徒が殺人に手を染めていた、というのはあまり快い話ではないだろう。

 ホラー系の物語の締めくくりで「一番怖いのは人間」なんて文句がよくあるが、それは「オカルト」という言葉で片付けていいものではない。洒落にならないことをするから、人間は恐ろしいのだ。

「この国において、死刑判決というのは人の命がかかっているから慎重なものだけれど、そういう意味では、芥田くんが死ななくてよかったよ。死刑っていうのは二人以上殺害した場合に判決される可能性が高くなるの」

「二人……あ」

 蓮沼の言葉を聞いて、芥田は思い出す。

 樫美夜は既に愛桜という少女を一人殺している。芥田が死んでいたら、樫美夜は死刑に首がかかるところだった、というわけだ。

 芥田は複雑な気持ちだ。生きていてよかった、とは思うが、樫美夜という人物をこの世に残留させてよかったのだろうか。だが、自分が死ぬことで誰かを殺人犯にするというのも気分が悪いものだ。

「こういうことにすっきりする解決なんてないのよ、芥田くん。それに、芥田くんが死んだとしても、即刻死刑になるわけじゃない。愛桜ちゃんの事件のとき、樫美夜くんは未成年。だから少年法による減刑の下る場合もある。まあ、私は学校教師で、法律の専門家じゃないから、どうなるのか、確かなことは言えないけれど……芥田くんが気に病むことじゃないわ」

「はい。それはわかっています。それでも、怖かったとは思います」

 自分が殺されることそのものは、あまり怖くなかった。人に疎まれるのは慣れているし、どうしたって周りから浮いてしまうのは仕方のないことだ。金髪紫目という容姿もそうだし、霊感があるというのもそうだ。

 それによって、誰かが不利益を被るというのが、なんとも後味が悪いのだ。保育園で一緒だった名前も忘れた誰かや、小学校の同級生だった子ども。名前も顔も思い出せないとしても、メリーを介して、芥田がその人生に大きく介入したようなものである。その結果が不幸なものであれば、関わったというだけで砂を食むような思いである。

 樫美夜もそうなったかもしれない、と考えると、何も思わないでいるのは到底無理な話だ。

「……愛桜さん、桜の木は、どうなったんですか?」

 蓮沼は首を横に振る。

「あれから愛桜ちゃんには会えていないわ。愛桜ちゃんの白骨死体が見つかってから、他にも白骨化した遺体がいくつも出てきてね。捜査のために、ネットがかけられてる。もしかしたら、あの桜を切るか、場所を移動させるかという話が出ているわ」

「そうですか」

 これが愛桜、及びそれに連なる怪異たちの望みだったはずだ。訳もわからないまま、殺されて、埋められて、誰にも見つけてもらえなかった無念が、愛桜の人格に肉付けをすることで、怪異として顕現した。

 愛桜が芥田に願ったのは「私たちを見つけてほしい」ということだ。それは叶えたことになるだろう。

 だが、あの狂い咲きの桜がなくなるかもしれない、というのは、なんだか寂しい心地がした。遺体が発見されて、彼女らは正しく成仏できる。それは良いことなのだろう。

「もう一度会って、ちゃんとお礼を言いたかったな……」

 芥田がぽつりと呟くと、それを待っていたかのように、蓮沼がにこりと微笑み、かちゃり、と眼鏡をかけ直した。

「それなら、芥田莉栗鼠くん。改めて、正式にオカルト研究部の部員として、活動してみない?」

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