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「やめなさい!!」

 そうして、樫美夜を芥田から引き剥がしたのは、一人の女性だった。項でだんごにまとめられている髪には白髪が交じり、険しくなっている顔にはほうれい線のみならず刻まれた皺。おばあさんというほどではないが、確かに積み重ねられた年月を感じる風貌の女性。

 女性は意外にも力持ちで、樫美夜を芥田から引き剥がすことに成功する。自分ごと転がってしりもちをつくことになったが。

「はあ。もう、どうしてこんな因縁ばかり……」

 もやもやとした様子で紡ぐ女性。自分の上から樫美夜をひょい、と退けると、何事でもないかのように立ち上がった。ぱんぱん、とズボンについた土埃をほろう。

 メリーはきょとん、とその女性を見ていた。目の前の光景が信じられなかったのだ。幽霊である自分が生きている人間に触れられなくて、生きている人間であるこの女性が樫美夜に触れられるのは道理だ。道理だが、火事場の馬鹿力の男をこうも容易く投げられるものだろうか。

 樫美夜が起き上がることはなかった。なんとこの女性、ちゃっかり樫美夜の頭を転がる際に地面にぶつけさせて、脳震盪を起こさせたのだ。

 ただ者ではない。しかも、当然のように振り向いて、メリーに微笑みかけた。

「さ、これで一件落着よ。キミのお兄さんは無事!」

「えっ」

 メリーは驚きのあまり、言葉を失う。その傍らに、すうっと人影が寄ってきた。厳密に言うと、人ではないが。

「蓮沼幸恵先生。芥田と同じで見える側の人だよ。私と樫美夜先輩のオカ研時代の顧問の先生」

「ヘンな先生ね……」

 脳直で思ったことを口にしてしまう。見えるということは聞こえるということでもあるのだが、蓮沼は豪快に笑った。

「はっはっはっ、これくらい大したことじゃないのよ。私はもっと色んな目に遭ってきてるからね。とはいえ、元生徒から犯罪者を出してしまうのは教師として心が痛いわ」

 元生徒の人殺し及び死体遺棄を大したことない発言はさすがに剛胆がすぎる。蓮沼の身に過去、何があったのか、ますます気になるところだ。

「樫美夜くんはねえ、オカルト狂いにしては変な子だったのよ」

 オカルト狂いは総じて変では、とメリーは思ったが、続きを聞く。

「身が入っていないっていうのかしら。やっていることは素晴らしいのに、本人に感動がなかったのよね。額面通りの謝辞は述べられるけれど、そこに感情の籠っていない子だった。それが愛桜ちゃんが入部してから変わっていったのよねー」

「そうなんですかー」

 話題の愛桜は滅茶苦茶興味がなさそうな棒読みだ。

 あらあら、と蓮沼が悪戯っぽい目線を愛桜に向ける。

「愛桜ちゃんは気づいてたんじゃないの?」

「何がですかー? 先輩が変化していたとして、私は私が入部する前の先輩のことなんて知りませんから、どう変化したかなんてわかりませんよー」

 愛桜のわざとらしいまでの棒読みにメリーは察した。愛桜は樫美夜が変化していくことに気づいてはいたのだろう。ただ、全くといっていいほど興味がなかった。

 愛桜という人間は怪異になる前からそうだった、というのは閉じ込められた視聴覚室で聞いたことだ。樫美夜ですら「部活の先輩」として尊敬こそされていたもののそれ以上にはならなかった。オカルト研究部がなければ、愛桜にとっての樫美夜はその他大勢と変わりない。

 そういう淡白さが引っくり返って、オカルト狂いに全集中したのだろう。0か100しかないみたいだ。

「いやはや、恋は人を変えるよねーっ」

 蓮沼は楽しげにからからと笑う。メリーはとてもじゃないが笑えなかった。

 人は変わる。良くも悪くも。

 恋が人を変えるというのはあくまでそのうちの一つでしかなく、恋という事象は他の事象と比べて感情の振り幅が大きくなるから、特に人を変えているように見えるだけだ。

「愛桜ちゃんさ、ひどくしたいんだったらこっぴどく振ればよかったんじゃないの?」

「嫌ですよ。恋愛感情って気持ち悪いし、振ったら振ったで粘着してきそうじゃないですか、この先輩」

「あは、わかる」

 樫美夜にとって愛桜は初めて見つけた、最初で最後のその他大勢じゃない人間だ。だから盲目にもなるし、視覚狭窄にもなる。執着する対象が少なければ少ないほど、人は粘着質になるのだ。

「せっかく楽しく部活動やってたのに、そんなことで勝手に気まずくなられたら、たまったもんじゃないですよ」

「愛桜ちゃんは引きずらない前提」

「引きずるわけないじゃないですか。別に好きでもないんだから」

「怪異になっても相変わらずだねえ。こーんなに美人さんなのに幽霊さんなの勿体ないよ」

「先生、その年でまだ独身なんですっけ? 幼なじみに振られて嫁の貰い手いなくなったって」

「その話はしないで!」

 やはりそれなりにお年を召した方。惚れた腫れた話の一つや二つくらいはあるらしい。

 じっくり根掘り葉掘りしたいところだが、そう時間もない。

 ゆうやけこやけが消えた空にううーんと鳴り響くサイレン。

 警察が到着した。

 これで樫美夜は捕まり、愛桜たちは弔われるだろう。約束した通りに。

 芥田に日常が戻るのだ。

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