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 ころんころん、と樫美夜の目玉が落ちていく。髑髏の隙間を縫って。

 メリーの能力のためか、目玉だけでも視覚として感知できる。どこまでもどこまでも落ちていく中土がほろほろと目玉にまとわりつく。それは何故か痛くなかった。

 つくづくご都合主義な空間だ、と思う。オカルト研究部の研究対象としては申し分ない存在だ。だが、自分で遭うのではわけが違う。

 随分落ちた。髑髏はいくつもあったが、それ以上に体の骨がたくさんあった。

 あの狂い咲きの桜の下には、これほどまでの白骨死体が埋められていたのか。人間の体にはそれなりにたくさんの骨があるわけだが、それを超えて尚、たくさんの死体と認識できるくらいの白骨死体の数だ。

 これだけ埋められていれば、がしゃどくろ、もしくは骨女の一つもできそうなものである。……ああ、愛桜がそれに当てはまるのだろうか。

 だとしたら、やはり芥田を阻まなければならない。誰かの手によって、彼女が掘り起こされることを防がなくては。

 せっかく怪異になれた彼女が、壊されないように。


「憎い、ニクい、憎い……」

「ああ、どうして殺したの?」

「まただ。また来た」


 途端、複数の女の声がする。樫美夜は目玉で視覚だけを得ているのだと思ったが、ここは死ぬ以外ならなんでもありの空間だ。目に聴覚機能があってもおかしくはない。

 怨嗟のような低く唸る声。嘆き叫ぶようなきんきんとした声。感情を宿さない淡々とした声。たくさんの声が重なり合って、樫美夜の聴覚で渦を巻いて掻き回すような騒がしさを醸しながら、それでも言っている一つ一つの内容は聞き取れるという異様な状態。頭があり、手があったなら、頭をかきむしったことだろう。


「どうして誰も助けてくれないの?」

「助けなんてこないよ」

「信じなければよかった!! 何も!! 信じなければ!!」

「ウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサいウルサい」

「ううっひぐっ……うえええ……うぐ、うえっおえっ」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出していい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にするいい子にする出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して」

「暗い……怖い……息、苦しい……」

「私が……馬鹿だった……私が……」

「あれ? 私、ゆうまくんと肝試ししてたよね? ここどこ? おわ、なんか人いっぱいいるし」

「なんでよ、なんでよたくや! 私のこと愛してるって言ったのに!! たくやぁ!!」

 どんどんどんどんどんどんどんどんっ!!

 かたかたかたかたかたかたかたかた……

 げほごほごほげほげほごほごほげほげほごほごほげほげほごほごほげほげほごほごほげほげほごほごほげほ……

「ぁ、あ……だれか、たすけ、ぇ……」


 一斉に流れてくる音声。情報量に頭は追いつかないはずなのに、一つ一つ、やけに明瞭だ。

 死を受け入れられない者、生き埋めに抗う者、裏切りを受け入れられない者、死んだことを理解できていない者、周りに他がいるのに気づいている者、いない者。音の吸い込まれる土を叩いてもがく音、叫び、諦め、言い聞かせ、窒息していく呼吸。酸素が回らなくなり、体が震え、力が抜けていく感覚の生々しさ。

 樫美夜は目玉一つでそれらを全部受け止めることとなった。視覚だけでも目に強烈な疲労が溜まるというのに、それ以外の感覚器官もまるで自分が体感したかのように伝わってくる。もし、樫美夜が目玉ではなく、肉体でこれを感じていたなら、叫んで、動転して、体をじたばたとして、これらの情報から逃れようと必死に足掻いたことだろう。

 残念ながら、それはできない。目玉に感覚器官を全て集約しているために、地上に残された肉体は脳の信号を受け取らない。耐えきれない情報や耐えきれない感情の奔流に晒されたとき、人は我武者羅に暴れることでそれを発散する。聞こえのいい例だと、キュートアグレッションというのがこれに相当するだろう。

 目玉には手も足もない。ただ見ることしかできない。目と脳は密接な関係にあるが、脳が肉体に送るべき信号が、今はメリーの能力によって、ただの球体である目玉に全て集約されている。つまり、体をじたばたさせたいという脳の命令も目玉に来て、肉体には届かない。目玉には手も足もなく、じたばたすることは当然できない。愛桜に投げ捨てられたままに、地中に落ちていくことしかできない。樫美夜は過剰すぎる情報量(ストレス)を発散することができないのだ。

 芥田莉栗鼠のメリーの真骨頂は、肉体的な痛みで精神を磨耗させることではない。現実世界に五体満足で戻ったとしても、後、廃人になるほどの精神崩壊をさせることにある。

 樫美夜亨という人物について、愛桜から得た情報を元に樫美夜亨に最も効く方法として考え出されたのが今のこの状況。

 目玉であるが故に口がなく、叫び出すこともできない、全てのストレス発散方法を封じた上で、過剰な嫌悪感をもたらすものの悉くを樫美夜に与え続ける。それがメリーの導き出した樫美夜への嫌がらせ、怪異としての能力のフル活用。

 死ぬことができないという前提条件はこの目玉にも作用するらしく、骨にぶつかって傷つくことも、潰れることも叶わない。痛みを感じない。人がストレスを発散するのに暴力的になるのは諸説あり、その一つが痛みを感じることでストレスの根源の置き換え、擬似発散をすることにある。

 今の樫美夜はそれすらできない。やめてくれと叫ぶこともできない。桜の下に埋められた死体(おんねん)たちの怨嗟を聞くことしかできない。


「間違っていた、とか言っても、司法は許してくれませんよ。()()()()()、ね」


 愛桜の言葉の意味。

 愛桜は今喚いている骨女たちの集合体となっている。だから、愛桜という個人が樫美夜を許したとしても、愛桜という怪異の中に、骨女になるほど積もり積もった怨恨の塊は、彼女たちを取捨選択で捨てることを選んだ樫美夜を許しはしない。

 そもそも愛桜も樫美夜を心の底から許しているわけではない、という時点で詰みだ。

 だが、樫美夜亨は、愛桜ほどではないにしろ、廃部寸前のオカルト研究部を存続させるほどの成果を一人で叩き出せるほどには、オカルト狂いだ。

 狂ってこそ、その真価を発揮する。

「全部、君のためなんだよ、愛桜クン」

 樫美夜がどこから出したかわからない声でそう紡いだ瞬間、不協和音のパンザマストにノイズが走り、ジジ、ジジ、と音が止んで、空間がガラスのように、ぱりん、と割れた。

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