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「図書委員は目撃情報は得ているんですけど、私は遭ったことないですね。話聞いた感じだと、シャイなんでしょうか?」

 七不思議の四つ目である図書委員は悩み事を解決してくれる怪異である。怪異と恐ろしげに語られているが、住み着いた家に幸福をもたらすとして有名な座敷わらしでさえ「妖怪」のくくりである。似たようなくくりだろう、と愛桜は考えているようだ。

 まあ、座敷わらしは「座敷わらしが去った家には貧乏神が住み着くようになる」というところまでがセットで恐ろしいのだが。

「まあ、私、悩みとかないですからねー」

「親御さんのことは?」

「図書委員ちゃんは悩み事の解決に役立つ本を学校の蔵書から選んでくれるだけですよ。うちの悩みを解決する本が学校の蔵書にあると思います?」

 そう返され、何も言えなくなる。夫婦の営みをすることは夫婦である以上当然の権利である。愛桜に妹や弟ができる様子はないが、やっていること自体は責めるようなことではないのだ。時間を考えてやれ、とも思うが、夫婦の営みなんて、夜以外のいつやるのだろう。

 愛桜に必要なのは、図書委員の怪異より、カウンセラー辺りだろう。愛桜はなんでもない風に振る舞っているが、心のどこかでは傷ついているはずだ。取り返しのつく傷かはわからないが。

「影の守り人には、今のところ、遭ってないですねえ」

「そうだね。というか、愛桜クンが徹底して僕を遭わせないようにしているよね」

「それは、抜け駆けされたら腹立つからでしょうよ」

 愛桜がむん、と膨れっ面になる。可愛らしいなあ、と樫美夜は思った。

「あと、こっくりさんの話は複数人じゃないと成立しないんですよね」

「僕とこっくりさんでもする?」

「三人じゃないと駄目なんですって」

 オカルト研究部には愛桜と樫美夜の二人しか実働部員がいない。無数にいるオカルト研究部員はオカルト研究部に籍を置きながら、オカルトに興味がないため、協力の期待はできないだろう。

「愛桜クン、暇な友だちとかいないの?」

「いると思います?」

 だよなー、と頭を抱える。

 愛桜は自称陰キャの事実陰キャだ。陰キャに友だちは作れない、なんてことはないが、愛桜は友だちを作らないタイプの陰キャである。自分が理解されないのなら、友だちなんていなくていい、という剛の者だ。

「先輩こそ、誰か引っ張って来られないんですか? 容姿端麗、学績優秀の先輩なら、クラスに親しい人間の一人や二人、いるでしょう?」

「いるにはいるんだけどねえ……」

 全員オカルト音痴、ホラー苦手勢なのである。樫美夜の場合、話題がオカルトだけではないため、人付き合いができているのだ。

 愛桜の目が据わる。

「根性なしどもめ……」

「まあまあ、そう言ってくれるなよ」

 オカルト研究部の実働部員がもう一人増えてくれればいいのだが、と樫美夜が思ったところで、愛桜がはっとした顔になる。

「蓮沼先生を呼べばいいのでは!?」

「あー」

 蓮沼(はすぬま)幸恵(ゆきえ)。国語教師だ。幼い頃からオカルト好きで有名で、この学校のオカルト研究部の最盛期にいたOG部員とされている。

 愛桜と違って病んでいる感じはなく、明るくオカルトを追究する人だ。愛桜や樫美夜が廃部を免れるためにありとあらゆる手段で挑むのをフォローしてくれる、この上ないオカルト研究部顧問の適任者である。

 愛桜の案はそこそこの名案なのだが、樫美夜は微妙な表情だ。その理由が、

「今日、職員会議じゃないっけ」

「ふごっ」

 そう、教師と生徒という関係であれど、教師はいつだって生徒のためだけに動けるわけではない。活発な運動部の顧問でも職員会議は欠席できない。そのために運動部には顧問とは別に監督という存在があったりする。当然、オカルト研究部にはいない。

「じゃあ、こっくりさんはまた今度かー」

 愛桜はむうっと口を尖らせつつ、次の話題に移る。

「七番目は定番の『七番目を知ると死ぬ』ってやつですよね。知ってはいけないってされると知りたくなるー!」

 禁止されたことほどやりたくなるのと同じ行動原理だ。その心理に大人も子どももなく、どれだけ年を重ねても、その衝動を抑えられないときがある。

 愛桜にとって、今がまさにそのときのようで、洞のように黒い目が爛々とした輝きを灯している。

「先輩は七番目は何だと予想してます?」

「ううむ。定番系で行くと、音楽室系統のものがないから、その辺りじゃないか、と睨んでいる」

「音楽室! 色々ありますよね。真夜中に睨んでベートーベンの肖像とか、人食いピアノとか!」

 音楽室の怪異は学校の怪談でトイレの花子さんの次くらいに定番なのではないだろうか。真夜中に勝手に鳴り響くピアノというのも定番どころだ。

「でも、定番どころが七番目なのはちょっと肩透かしじゃないですか?」

「言うねえ、愛桜クン。じゃあ、君は何が七番目の怪異だと考えているのかね?」

 樫美夜の問いにきょとんとする愛桜。普段は見えないあどけなさの溢れた表情は樫美夜が初めて見る愛桜だった。

 愛桜の周りの有象無象や両親よりも愛桜の様々な表情を見てきた自負のある樫美夜だったが、まだ自分の知らない表情を持っているんだな、としみじみする。

 そんな愛桜は徐に、窓の外を指差した。計ったかのように外からゆうやけこやけの五時の時報が聞こえる。

「帰り道に咲いている、狂い咲き桜」

 この学校には、普通の学校と同じくらい桜が植えられているが、通学路に立ち並ぶ桜の中に一本だけ、年がら年中狂い咲きをしている桜がある。

 狂い咲きの理由を何故か誰も解明しようとは思わなかった。おそらく、桜が綺麗だからだろう。綺麗なものが綺麗であることに、理由なんていらない、と人々は深く考えなかったのではなかろうか。

 しかし、愛桜には常人の思考回路が当てはまらない。それを想像力で掻き立てて、彼女は彼女の好きなオカルトへ昇華したのだろう。

「受験のときも咲いてて、入学説明会のときも咲いてて、入学式のときも咲いてて、夏になった今も咲いている。桜の狂い咲きっていうのは小春日和に春が来たと勘違いして起こるものだって聞きました。気温変化により、桜が反応するのだ、と。でも、あの桜は夏になっても咲いてる。絶対普通じゃない。普通じゃないっていうことは、オカルトが絡んでいる可能性があるっていうことです」

「狂い咲きの仕組みまで調べたのか」

「前にたまたまテレビでやってたんで。でも、必要とあらばもっと深掘りしますよ」

 意気揚々と愛桜が口にした「深掘り」という言葉に、樫美夜はなんだかひやっとした。心臓に直接氷を当てられたような感覚だ。

 この話題を深掘りしてはいけない。

 そう判断し、話題を逸らそうとするより先に、愛桜が樫美夜の手を取った。

「えっ?」

「せっかくだから見に行ってみましょうよ、先輩」

「いや……」

「ちょうど事務室のおじさんも出る頃合いですし」

「だが……」

「もしかして、びびってるんですかぁ?」

 挑発的に笑まれて、敵わないな、と苦笑した。

「行こうか」

「はい!」

 そうして、二人で手を繋いで、視聴覚室から出た。

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