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 愛桜の家庭事情に、思うところはあった。

 毎晩娘がいることもかまわず、防音もせず、性交渉をする両親。ほぼネグレクト状態の愛桜。親のせいで睡眠不足の愛桜。結果、目の下に色濃い隈ができて、美貌が損なわれている。

 美貌に関しては、愛桜には自覚がないようだ。寝不足は幼い頃からしいので、隈のない自分の顔など見たことがないそう。精神科の受診をするには、症状が寝不足のみなので足りず、病院にかかれないと言っている。

「家出したことがあるんですよ」

 愛桜の告白に、それはそうだろうな、と樫美夜は思った。半ばグレているような愛桜が家出を試みないわけがないとすら思える。

 愛桜はけらけらと笑いながら告げる。

「そしたらどうなったと思います? ふふふ、これがまたウケるんですよ。三日間の短い家出の間、親は私が家の中にいないことすら気づいていなくて。捜索すらされなかったんです」

「ええっ? その三日間、愛桜クンはどこで過ごしたの?」

「深夜のネカフェは年齢制限で入れなかったんで、橋の下でホームレスのおじさんおばさんたちと過ごしたり、川縁の桜の木の下で寝たり、楽しかったです」

 今話しているということは少なくとも愛桜が中学生か、最悪の場合小学生の頃の話となる。世の中は物騒で、幼気な女の子にフェチズムを感じる変態はごまんといる。変態に年齢は関係なく、もしかしたら橋の下のホームレスに襲われていたかもしれない、と考えるとぞっとする。

 変態以外の変質者が誘拐するケースもあるから、桜の木の下で無防備に寝ている女の子など、恰好の獲物だろう。それによく警察に見つからなかったな。気づかない親が一番ヤバいが。

「あのときはゆっくり眠れたなあ。でも隈は取れませんでしたけどね。市販の睡眠薬も試そうと思って、お金握りしめてドラッグストア行ったら、病院の受診を勧められるか、対象年齢じゃないかで弾かれて、全然眠れないです。四時間睡眠が普通で、ひどいときは二時間睡眠。両親もまあいいお年を召された頃合いだと思うんですがね、まあお盛んですこと」

「うわあ」

「先生にも心配されたけど、大人なんてどうせみんなああいうことしてるんだろうなって思うと、宥められたり、慰められたりするのも惨めで」

 そう語る愛桜はかなり気難しい性格のようだ。そうならざるを得なかった、といえばそうなのだが。

 今でこそ高校生であるため、諭吉を渡されるが、小学生の頃は英世、中学生の頃は一葉しか渡されなかったらしい。それでやりくりできないことはないが、毎日子どもがコンビニ弁当などを買いに通う様は異様だったのではないだろうか。

「でも、私自身『変』であることに抵抗なかったですから、変に歯車が噛み合っちゃったんですよねー。オカルト本シリーズを毎日学校で少しずつ読破してヘビロテしたり、一人こっくりさんとかしたりしてたら、全然人が寄りつかなくなって」

 オカルト本読破くらいなら樫美夜もしたことがあるが、一人こっくりさんはその発想がなかった。発想力豊かな女の子なのだな、と樫美夜は毎度感心させられる。

「夏休みの自由研究で、一人こっくりさんが成立しないことについてレポート書いて提出したことありますよ! 学習ノート一冊使いきりました!」

「さすが愛桜クンだ」

 そんな愛桜の異常性を肯定できるのが、現状自分しかいない、ということに樫美夜は優越を覚えていた。

 たった一人しかいない理解者。人間とは一人で立って生きるのが難しい生き物だ。それをこれまで一人で立って歩いてきた愛桜。それを肯定することで、愛桜を自分に依存させる。そんなどこか薄暗い意図が樫美夜の中に渦巻いていた。

 この子を逃がしてはならない、と。

「保健室の恋人チャレンジはよくしているが、他には実験しているものはないのかい?」

「うーん、事務室に夕方に行く機会がなくて、首吊り影は確認してないですね。でも条件が他に誰もいないことなんで、結構厳しいかな。トイレの花子さんチャレンジは成功したことないですね! 東トイレと西トイレと、十回はチャレンジしたんですけど」

 トイレの花子さんは定番中の定番であるが、それを白昼堂々、入学して四ヶ月くらいで東西のトイレで十回ずつ試す愛桜のメンタルは強い。メンタルが強いのはいいことだが、それは確実に他の女子生徒から変な目で見られることだろう。

 だが、愛桜はオカルトのためならば、自分の外聞など気にしないのだ。常日頃から、オカルトのためなら命を懸けられる、と言っているのも本気なのだろうことが伺える。

 卒業までには絶対花子さんに会ってみせますよ! なんてぐっと拳を握りしめる愛桜の姿はスポ根ものと見紛うくらいだ。それだけ愛桜は青春をオカルトに懸けている。

「女に生まれてよかったって思うのはやっぱり花子さんの実験できることですよね。男子じゃ女子トイレに入れませんし、入っていたとして、それはただの変質者なんですよ」

「それはそう」

 というわけで、トイレの花子さんだけは、樫美夜がどう足掻いても実証できないわけである。

「でも、創作物では花子さんが男子トイレに出没することもあったり、花子さんが男の子になっていたりするんですよ。創造の自由ってすごいですよねー」

「おや。愛桜クンはそういう創作物の改変されたオカルトには嫌悪感を抱いているイメージだったが」

 都市伝説の「メリーさん」の改変創作物に関して、先日熱弁を聞いたばかりである。

 樫美夜が首を傾げると、愛桜はびし、と人差し指を立てて説明する。

「創作物によって怪異の『怖さ』が和らげられるのが私は気に食わないんです。そりゃ、世の中にはホラーが苦手な人なんてごまんといるでしょうけれど。メリーさんの創作なんかはほのぼの系ってホラーとは真逆の位置のジャンルに改変されているから好きじゃないんですよ。その点、花子さんが男子トイレにまで出てきたら怖くありません? そういう創作なら、私も好きですよ。女子に限らず、男子も呪おうっていう意気、そのために性別まで変えるっていう執念、妄念が感じられるのがたまらなくてですね」

 高校一年生で、ここまでの独自解釈が展開できる辺り、愛桜がどれだけ真剣に怪異という存在に向き合い「好き」という気持ちと信念を深めてきたかがよくわかる。

 それしかすがるものがなかったのだろう。両親はお互いが一番で、交友関係は築けず、趣味に没頭して、成果を披露しても、理解は得られない。だから愛桜は真っ直ぐに歪み、普通の高校生は持ち得ない魅力を持つのだろう。

 そんな彼女の姿に樫美夜は焦がれていた。羨ましい、手に入れたい。自分だけのものにしたいし、彼女だけの何かになりたい。

 特に厚みのなかった樫美夜の人生という本に厚みができる。愛桜の存在があることに樫美夜はそんな期待をした。

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