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土は温かくて好きだ。
それは愛桜が温かみに飢えているからなのだと思う。
完全に絶命しない状態で、深く掘られた穴に放り込まれ、ぱさ、ぱさ、と土がかけられていく。そんな些細な土の細波にも、愛桜は温みを感じて、温かいと、なんとなく幸せを感じる。
家の中で、一人っ子で、娘が高校生になるというのに、夫婦仲が良好すぎるくらい良好で、当の娘の存在を空気のように扱う両親のいる家。小遣いと称して毎日冷蔵庫のホワイトボードに貼られている三枚の英世。英世はお札であり、人間ではない。けれど生活していく上でどうしても必要なお金だった。けれどいくらお金があっても、そこに温みがない。
一般家庭の子どもが母親に抱きしめられるような、父親に頭を撫でてもらうような温もりはたった三枚のお札で賄われる。愛桜の両親はそう信じている……というより、ぶっちゃけ愛桜のことなどどうでもいいのだろう。二人で愛し合う過程で生まれた副産物。二人にとって、その副産物には相思相愛を上回るほどの価値などないのだ。
だからだろうか。現実より現実ではあり得ない超常現象に憧れを抱いてしまったのは。周りと同じ環境じゃないから、愛桜は周囲から歪んだ性格の子であるように受け止められてしまうようになった。愛桜はそのことを何とも思わなかった。否、思わないようにしていた。
異常なりに周りと感覚が違うことに気づいていた。でも「普通」になりたいとは不思議と思わなかったのだ。家庭環境なんて、もう自分ではどうしようもできないほどに終わっている中で、愛桜は十年以上の時を過ごしてきた。そんな幼少期から植えつけられたものを、今更変わることなんて、できない。異常なことは愛桜という木の空洞のない立派な幹に育ってしまっていたのだ。
それでも、土に温みを感じて安心してしまうのは、心のどこかでずっと、温もりを求めていたからなのだろう。
これが生き埋めにされているという状況でなければ。
やはり、樫美夜は愛桜が来る前に、一度桜の木の下を掘り返していたのだ。それで、白骨死体を見つけた。その衝撃的な事実に樫美夜は正常な判断ができなくなってしまった。
学校という組織は警察沙汰になるレベルの問題に関して、有耶無耶にする節があるが、それは過度ないじめやそれによる自殺、万引きなどの生徒による犯罪行為に対してのみである。教師が何かやらかしたら、普通にニュースになるし、その教師を良くて謹慎、普通はクビにする容赦のなさがある。
学校敷地内から、白骨死体が出てきたとしよう。それは報告すれば、有耶無耶になどせず、即座に警察沙汰になる事件だ。何故なら、外部犯の可能性が高いから。
素直に警察に通報すればいいのに、どうして樫美夜は愛桜を殺すことで隠蔽しようとしているのだろう。
運動部は午前のみの活動。そもそもこの三連休に活動している部活が少ない。愛桜が殴られて、土に埋められ始めたのは、さて、何時頃だっただろうか。昼頃だと思うが、グラウンドには既に人気がない。狂い咲き桜は通学路にあるが、今日はオカルト研究部が使うということで、こちらの道は閉鎖されており、別な場所から生徒は出入りしているのだろう。つまり、樫美夜の犯行は誰にも見られていない。
衝動的に見えるのに、完全犯罪のような状況だ。助けは来ない。
「なあ、愛桜クン、嬉しいだろう?」
生き埋めにされて嬉しい人間などいるのなら、愛桜が見てみたいくらいだ。
だが、土が口に入らないように閉じている愛桜は何の反論もできなかった。ぱさ、ぱさ、と土がかけられて、温みより重みを感じるようになってきている。頭部から出血している上に、殴られた衝撃で脳震盪を起こしていた愛桜は、本当に成す術がなかった。今も体の力が入らない。鼻呼吸も限界だ。口か鼻に入るなら、どちらがましなのだろう、と降ってくる土に思う。
お構い無しに、樫美夜は続ける。
「君は常日頃から怪異に憧れていた。その熱意は僕ですら及ばないほどだ。そんな君が、今、正に怪異になろうとしている。最高だと思わないかい?」
思わない。まだまだ人間なりにしてみたいことがあったのに。そもそも怪異の実在にロマンがあると考えているだけで、自分が怪異になりたいだなんて、一度も思ったことがない。
この先輩は普段の愛桜の言動をどう曲解してそういう考えに至ったのだろうか。
というか、ただ殺したところで、怪異として語られる保障はない。なってせいぜい幽霊だろう。怪異は人に害を成すから怪異と呼ばれるのだ。
幽霊になったところで、愛桜には虚しさしかない。人間なりにしてみたいことはあったが、地縛霊になるほどの執着や未練をこの世に残していない。自分を生き埋めにしている樫美夜にさえ、復讐心も湧かない。
ただ、敬愛していた先輩が狂ってしまったことが憐れで仕方ない。その憐れみも小指の先ほどで、一日も過ぎれば消えるほど、淡い感情だけれど。
樫美夜は狂喜に満ちた声で朗々と語る。
「君はこれから、人に知られてはいけない七不思議の七番目になるんだ。七不思議の七番目を知った者は死ぬ。思うにね、愛桜クン。この学校のこの桜の木の下にはたくさんの死体が埋められているんだ。隠蔽された殺人。その犯人は生きていて、桜を掘り返して殺人の事実を知ってしまった者を口封じで殺すんだ。だから、七番目を知ってしまうと死ぬのだよ」
それで、何故愛桜が樫美夜に殺されなければならないのか。まさか先程見つけた白骨死体の殺人犯が樫美夜なわけではあるまい。
樫美夜の興奮した声は土越しでも充分に聞こえた。
「僕は見つけて、知ってしまった。そんな僕が死なないで済む方法。それはね、同じ穴の狢になることだ。七不思議を継続させる人間になることだ。同類なら、殺したりしないだろう? だからね、愛桜クン。君には僕のために、人身御供になってほしい」
愛桜は呼吸がままならない中、体の熱がすうっと冷めていくのを感じた。
保身のための人殺しで殺されてくれ、と懇願されたわけだ。怪異になるだなんてオカルト的に美談めいた言い回しをして、結局は自分可愛さの行動。
愛桜の樫美夜への信頼が砕けた。
いいですよ、先輩。怪異にでもなんでもなってやりましょう。けどこれは、先輩の一時保身にしかならない。
いつか、この事実をオカルト研究部員らしく、怪異的方法で、明るみに出してみせます。
だからそのときまで、せいぜい人生を楽しんでください。
私が落とさなくたって、人殺しのあんたは地獄行きだ。だったら、死後じゃなくて、生前のうちに、地獄のような日々を、もう殺してほしいとさえ思う日々を、いつかあなたにあげるから。
怪異になった私を、楽しみにしていてください、先輩。




