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 ザアザアと雨が降っていた。

 樫美夜は誰もいない学校で、桜の根を埋めていた。そう、ここにはもう、誰もいない。

 白骨化した死体なんてなかった。

 愛桜なんて後輩、いなかった。


 三連休の天気を調べ、愛桜はうげ、となっていた。二日目から最終日にかけて、雨の降る予報が出ていたからだ。

 樫美夜にメールを送ると「早めに片付けよう」と短い返事が来た。

 不思議な気分だ。制服じゃない格好で学校に行くのは。といっても、学校指定ジャージだが。

「いってきます」

 愛桜は空の部屋に向かって言う。三連休の間、両親は仲良く旅行である。娘がいることを忘れているのではないか、と思ったが、諭吉が三枚置いてあって、妙なところで律儀だな、と愛桜は微妙な気分になった。

 正直、高校生が三日で三万も使うとは思えない。使いきるとするなら、よほどイカれた高校生だろう。まあ、両親がイカれた高校生だった可能性は微レ存……いや、あの貞操観念だと微レ存どころではなく、普通に異常者だったかもしれない。

 挨拶は生活の基本だから、と愛桜は内心の虚無に言い訳していた。誰も聞いていない挨拶に意味なんてない、と抵抗する思考も、今日の愛桜の前には無力だ。

 どれだけこの日を楽しみにしていたことか。怪異を読み解くためなら、文字通り命を懸けてもかまわないという主義の愛桜が、怪異解明イベントに力を入れないはずもない。

 と思ったが、出鼻を挫かれた。郵便受けに払い込み書がひぃ、ふぅ、みぃ。

「すみません、先輩、少し遅れます!」

 三万円を引ったくって、大わらわで家を出た。

 本当にろくでもない親だ。昨夜も遅くまでよろしくやっておいて、朝には裳抜けの殻になっているのだから、よくやるものだ。その上で公共料金滞納未遂である。

 コンビニで支払いを済ませれば、あっという間に諭吉が一枚消えた。

「ったく、あのクズ共が……」

 ついでに清涼飲料水を二本買って、愛桜は学校へと向かう。夏は終わり、涼しくなったが、今日は外作業である。水分補給は意識してしないと、と愛桜は樫美夜の分まで買っていた。

 愛桜自身は没頭タイプであるし、別に生きていても死んでいてもそう変わらない、と自分の命を軽く見ているタイプだ。けれど、互いのことしか眼中にない両親は愛桜が脱水を起こしても助けてくれないどころか、気づいてすらくれなかった。故に、自己管理を怠ることはない。

 本当に雨が降るのかわからないほど晴れやかな空の下、愛桜は通学路を歩いて、学校へ向かっていた。学校は少し高い丘の上だ。桜などの木が植えてあるため、コンクリートの地面は学校の手前の坂で終わる。

 土の地面はいつも、踏みしめるとほんのり温かいような気がした。熱を吸ったコンクリートとは違う、温み。

「あ、せんぱーい」

 今日も咲いている狂い咲き桜の下に樫美夜の姿を見つけ、愛桜が手を振る。しかし樫美夜は気づかない。何かぼーっとしているようだ。

 愛桜はむっとし、コンビニのレジ袋から買ってきたペットボトルを取り出して、樫美夜の首筋に当てた。

「!?」

 樫美夜が声もなく飛び上がる。その様子を愛桜はにやにやと眺めていた。

「絶景かな絶景かな」

「人で遊んで楽しまないでおくれよ、愛桜クン」

 それにしても、と樫美夜は愛桜の持つコンビニの袋に気づき、指摘する。

「遅刻の原因がコンビニに寄り道かい? 君ともあろうものが」

「責められる謂われはないですよ。うちの馬鹿共が公共料金の支払いはがき放置して旅行に行ったんです。金用意するくらいなら自分で払えよって思いません?」

「なるほど、それは災難だったな」

 話は聞いているのだろうが、樫美夜の様子はどこか上の空だった。変な先輩、と思いつつ、桜の根元を見る。

 掘り返された跡があった。まあ、雨の予報が出ていて時間もないのだ。先に作業を始めているだろうとは思っていたが……何故、土が戻されているのだろう。

「土の中から、何も見つからなかったんです?」

「まだ掘っていないよ」

「え」

 なんでそんな嘘を吐くのだろう、と愛桜は驚いた。

 座って誤魔化そうとしているが、樫美夜の座っている辺りだけ、土の色が周りと異なる。水分を孕んだ色で、少し濃くなっている。まだ雨は降っていないから、土を掘り返すくらいしかそうなる方法はない。桜の木に水やりをすることはまずないし、やったとして、樫美夜の座っている部分だけなんて頭の悪そうなやり方は生徒も教師もしないだろう。

 ちら、と見やれば、近くにある小さなスコップには土汚れの跡が錆の上についている。明らかに新しくついた跡だ。

「先輩、何か隠してます?」

「うーん、愛桜クンがいない間、ふと進路のことに悩んでな」

「へーえ?」

「なんでそんなに疑わしげなんだ」

 ここまであからさまに隠されると、愛桜だって腹が立つ。が、樫美夜に話す気がないのもよくわかった。

「進路について悩むの遅くありません? っていうか、進学に決めていたんですよね?」

「うむ。だが、教師になろうか、と思ってな」

 おや、と愛桜は目を丸くする。この間まで漠然と進学することしか考えていなかった樫美夜が、どういう心境の変化だろう。教師とはまた具体的な。

 それはそれで興味があるので、話を聞いてみることにした。桜の木の下は後で調べればいいだろう。午後も活動許可は得ているため、そのときにこっそり掘り返せばいいことだ。

 そんな呑気さが命取りになるなんて、愛桜は考えもしなかった。

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