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 ゆうやけこやけが響いていた。

 その頃にはもう空が赤い秋。

 この学校で冬の前に女子生徒が行方不明になった。

 けれど、そのことは報道もされず、噂にもならず、女子生徒の名前すら挙がらないまま、時は過ぎていった。


「自殺者全国で百人越えた夏……はーあ、人生何も楽しいことないんですかねえ、最近の人は」

 視聴覚室にて、申請書を書きながら、スマホのニュース記事をスライドしていく。

 夏が終わるとわりと話題になる自殺者の話。オカルト研究の一環で愛桜が知ったことだが、日本では九月一日の自殺者が一番多いらしい。

 原因は夏休みが終わり、学校が始まることに対して抱く鬱感情なのだとか。日本の闇を感じさせる話題であり、問題を先送りにした末、どうにもならなくなるという人間の悪癖の末路だと愛桜は目をすがめた。

 タブレット端末とスマホの両刀使いの樫美夜が答える。

「愛桜クンだって最近の人だろうに。それに、この時期に自殺者が多いのは何も最近だけの話ではないよ」

 学校に行くのが憂鬱になる主な理由となっているいじめは「学校」という概念ができた当初から存在する。むしろ昔の方がひどかったという話まであるものだ。精神病が一般的になる以前は所謂「根性論」が全てであったため「この程度のことをいちいち気にしているなんて、軟弱なやつめ」と同情すらされなかった時代があるのだから。

 同情が被害者を救うかというと、必ずしもそうとは限らないが、被害者を責め立てる人間が増えるよりは遥かにましなはずである。

 ただ、「精神病」というものが一般的になってきたことによって、人は以前よりも繊細な生き物となってしまった。些細な挙動にも気をつけなければならず、誰もが簡単に被害者にも加害者にもなり得る世の中になってしまった。

 センシティブイメージが広がれば、人は言葉をつぐんでしまう。言葉をつぐんでしまえば、コミュニケーションが取れず、益々周りとの溝が深くなる。最近はそんな悪循環が目立ち、自殺者が増加傾向にあるのだろう。

「あー、夏休み明けだと、もう大学推薦の合否も出るんですね。落ちたら病むのか。それはわかる気がするなあ」

「愛桜クンでも受験の合否は気にするものか」

「そりゃあ、人並みには。それに、この学校には特別思い入れありますし。大学受験ってなって、推薦ってなったら、それだけで滅茶苦茶金かかりそうじゃないですか。学歴社会とか宣っておいてから、いい学校に入るのには金ばっかかかるんですよ。奨学金とか聞こえよく言っても借金ですからね。親が頼れないとか、親に頼りたくないとか言う子はまず金がないことに病むんですよ。私もそうなるんだろうな」

 愛桜が人並みに悩んでいることに樫美夜は面食らってしまった。失礼な話かもしれないが、愛桜は常人とは違う精神構造をしていると思っていたのだ。だから普通の人が悩むようなことで躓かないと、勝手に思い込んでいた。

 愛桜の言うことは一理あるどころじゃない至極真っ当な問題だ。愛桜の認識している通り、親と関係の悪い子どもが「大学進学」を考えるとき、真っ先に引っかかるのが学力よりも金である。学費、食費、電話料金、家賃。就職組に限らず、高校を卒業した者たちが視野に入れなければならないことだ。自立したいのなら尚更。

 毎日娘にお構い無しによろしくやっている両親のいる家から、愛桜は出ていきたいのだろう。愛桜は一年だから、二年の樫美夜と比べればまだ先の話ではあるが、高校の一年と三年なんて、誤差みたいなものである。しっかりしていればいるほど、早めに将来設計を立てているものだ。

「先輩はどうするんですか? 三年なったらすぐ進路に準じた科目取らなきゃなんでしょ?」

「大学進学を視野に入れているよ」

「でしょうね。先輩の成績で進学しない方がおかしいですもん」

「愛桜クンは?」

 流れで聞いてしまい、しまった、と思った。

 愛桜は将来のことを憂いてはいるが、それは将来設計が定まっていないからこそのものだ。

 愛桜は変わり者の割にしっかり者だが、もしかしたら、繊細で傷つきやすい一面も持ち合わせているのかもしれない。樫美夜はそう考えた。

 が、愛桜はさらりと答える。

「私は就職します。行きたい大学とかないですし、一刻も早くあの家から出たいです。二年になったら、許可取ってバイト出るかも」

「おや。てっきり部活に集中するものだと思っていたよ」

「そうしたいのは山々なんですけどね、今、どちらかというと、廃部の確率の方が高いじゃないですか。となると暇を持て余すのはあまりにも勿体ないんですよね」

「現実見てるねえ」

「とはいえ、集中できるうちは、手を抜きませんよ! できました。学校に提出する申請書です。よかったですね、あんまり難しい条件とかなくて」

 二人はオカルト研究部の存続を懸けた「桜の木の下」の研究について、着々と準備を進めていた。申請書類を書いて、学校の用具使用許可諸々をもらえれば、生徒のみでも掘り起こしてかまわないらしい。ただし、掘り起こし期間は三日間と短い。あまり深く掘っても桜に影響が出るかもしれないから、そこまで深く掘るつもりはないが。

 また生徒の通学路上にあるため、あまり手を入れてほしくないとのことだった。おかげで今までしたことがない休日活動になる。

「よし、じゃあ、先生に提出しに行こうか」

 そうして、隣の職員室で、書類を提出し、はんこをもらい、恙無く申請は通った。

「意外と呆気ないですね」

「でも必要な手順だ」

「ふへへ。死体が埋まっていなくても、狂い咲き桜の謎を解き明かしましょうね!」

 十月の三連休。それが二人に与えられた時間だった。


 十月の第二月曜日は体育の日といって、国民の休日の一つである。

 ハッピーマンデーという考え方から、祝日を月曜日に持ってくるという雅さを見失った日本人の考え方もまたいとをかし、とでも言うように、十月十日だった体育の日は第二月曜日となった。

「明日からいよいよ作業開始ですね、先輩」

「ひとまず、事前調査分のレポートはまとめたから、今日はゆっくり休んで、明日の午前中から作業を開始しよう」

「はい!」

 その日の帰り道、愛桜はうきうきとしていた。

 狂い咲きの桜は今日も綺麗で、きっと明日も綺麗だと信じていた。

「待ってろよ! 必ず暴いてやるんだから!」

 そう木に語りかけるのを、周囲に不審に思われていてもかまわなかった。

 愛桜はそれくらい、期待に胸を膨らませていた。

 自分に未来なんてものがあると信じて。

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