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 猛り狂う愛桜を樫美夜はどうどう、と鎮める。

「これは『芥田莉栗鼠』の怪異の話であって『メリーさん』の話ではないのだよ。芥田少年の纏う怪異に『メリーさん』が何かしら関係があるのは確かだろうね」

 樫美夜は紙芝居形式でエピソードを紹介していた画面から、新たな画面に切り替える。題して「とてもわかりやすい都市伝説まとめ」である。オカルト研究部らしさ全開だ。

 「とてもわかりやすい都市伝説まとめ」というフォルダの中には様々な項目があり、猿の手やドッペルゲンガー、ひとりかくれんぼに口裂け女、寺生まれのTさんなどがある。その中にはもちろんメリーさんもあった。

「ここで我々の知っている『メリーさん』という怪異について振り返ろう」

 そうして樫美夜が出したのは「メリーさんテンプレート」というものだった。

「都市伝説『メリーさん』とはいかなるものか。オカルト研究部部員としての本領を見せてもらおうじゃないか、愛桜クン」

「そんなの朝飯前ですよ。舐めてもらっちゃ困ります。

 別名『メリーさんからの死神電話』と呼ばれることもある都市伝説『メリーさん』はある日突然、知らない番号から電話をかけてきます。電話に出ると『わたし、メリーさん。どこどこにいるの』と居場所を伝えてきます。そこから定期的にメリーさんから電話がかかってくるようになるんですが、最終的には『あなたの後ろにいるの』となって、死神のメリーさんに命を取られるというのがテンプレートです。

 メリーさんから逃れるために自宅ではなく友人宅などに行こうとすると、先回りされ、友人が殺されるというパターンが存在します。どこに逃げてもメリーさんは追いかけてくるし、その障害となるものは躊躇なく殺す、恐ろしい怪異です」

 すらすらと述べた愛桜。さすがオカルト研究部員。空である。

「が」

 素晴らしい、と樫美夜が手を叩く前に、愛桜は続けた。

「昨今は有名になりすぎたためか、メリーさんの二次創作が世に蔓延っており、メリーさんは『どこまででも追いかけてくる恐ろしい死神』ではなく、『ちょっとドジっ娘なところのある可愛い女の子』『方向音痴』という認識が世間に広く浸透しつつある、怪異としての威厳が損なわれている存在です」

「お、おおう……」

 愛桜の語り口……というより剣幕に、樫美夜は思わず引いた声が出る。

 ツインハーフアップの見た目地雷系女子が隠すことなく怒りを存分に露にする様はなかなかに迫力がある。幽霊部員の巣窟と化した部の現状を嘆く様子から、それなりにオカルト方面の知識と興味が深いのだろうと見ていたが、どうやら並々ならぬ思い入れがあるらしい。

「僕も見たことがあるな。SNSでそこそこにバズっている『迷子のメリーさん』や『GPSつけたメリーさん』など……」

「無限に押せるバッドボタンがあるなら一億回押したいくらい憎たらしいです」

 怖い。それはバズった分炎上させるくらいの意気である。そこまでメリーさんに思い入れがあったとは。

「メリーさんだけじゃないです! 最近は八尺様とかもポップに描かれていたり、八百比丘尼の話って結構おどろおどろしい伝承のはずなのに百合とかにされてるじゃないですか!? 都市伝説や怪談が広まることはいいんですけど、本来の姿が忘れられていって、その本来の姿こそが真の魅力なのに、大衆ウケを狙ったポップカルチャーに塗り替えられるのが私はどうにも、どうにも許せないんですよ……!」

 なるほど、それも一理である。オカルト好きにとって、都市伝説や怪談というのは恐ろしいものであるからこそ魅力的なのであって、その恐ろしさが損なわれた姿で描かれ、広まる怪異たちの姿はなんだか幼馴染みが高校に入った途端急に垢抜けたみたいな寂しさがあるのだろう。侘しさというか。

 メリーさんも然りだ。彼女の本意不本意など知るところではないが、いつの間にか後ろにいるというオチに背筋が凍るのがたまらないというのは樫美夜もわかる。

「でも嫌いじゃないけどね。駅の東口と西口がわからないメリーさんとか」

「先輩はSNSに毒されてますね。がっかりです」

「まあまあ。多様性の世の中だ。ありとあらゆる情報を受け入れるために人に読まれやすい創作物にするというのは知ってもらうための一つの手ではあるよ。源氏物語や古事記がコミカライズされることによって受け入れられていくのと同じだと思うがね」

「ぐぬぬ……」

「と、話が逸れたね。芥田少年の怪異、メリーさんと名乗る女の子、電話という所々は都市伝説のメリーさんと共通するところがある。けれど、愛桜クンが解せないような、二次創作物のような、本来の都市伝説メリーさんとは異なる風味を持っていることは確かだ。

 メリーさんの他にも鳴り止まないゆうやけこやけや肉体の箱詰め、そしておそらく一人夢のような異空間に送られる現象など、オカルト要素の籠った話になっている。メリーさんの容姿が芥田少年に似通っているという話も、実に興味深い」

 樫美夜がつらつら語るのに、時折相槌を入れつつ、愛桜はふと首を傾げた。

「それにしても先輩、かなり詳しいですね。芥田と同中ですらないですよね?」

 そう、愛桜もだが、樫美夜も芥田とは同中ですらない。同じ市内に住んではいるが、住んでいる町が違えば、通っていた保育園幼稚園、小学校中学校も違うはずなのだ。

 それなのに、樫美夜のもたらすこの情報量と一つ一つの情報のきめ細やかさ。芥田と縁があるわけでもないのに、パワーポイントにまとめられるほどの情報をどうやって集めたのだろう。

 ……というか、危険だ何だと言って愛桜を止めていたのに、自分はレポートにする気満々ではないか。オカルト狂いともなれば、やはり芥田莉栗鼠に目をつけないわけにはいくまい。

「僕にも様々な伝手があるのさ。芥田少年の話はわりとママ友界隈を騒がせていてね。同じ保育園じゃなくても、そういう噂というのは一人が告げれば瞬く間に広まる。僕は母についていって、同年代と交流しながら話を聞き出す。要はコミュ力ということだよ」

「コミュ力……こわ」

「オカルトに限らず、調べるということにおいて、コネクションは持っておくに越したことはない。食わず嫌いせず、人と交流することで、自分の知りたい情報を知るための足掛かりにするのだ。この手法は高校卒業後も役立つから覚えておくといい」

「余計なお世話ドーモ。ということは、保育園時代以外の芥田に関するエピソードも先輩は手に入れてるんですか?」

「無論だ。まだまだ時間はあるから次の話も紹介していこうか。解釈するにはやはりソースとなる情報をしっかり咀嚼することが大事だからな」

 と、樫美夜がタブレット端末を操作する。

「ああ、そうそう。キミは芥田芥田と呼び捨てにしているが、芥田少年は二年生。一年生の愛桜クンからすると先輩にあたるから、ちゃんと先輩と呼ぶように」

「はぁい。っていうか、樫美夜先輩は何年生ですっけ? もしかして芥田と同い年?」

 舌の根も乾かぬうちに、と思いつつ、樫美夜は頷く。

「いかにも。クラスは違うが、僕は芥田少年と同学年だ」

「同級生に対して『少年』呼びもわりとどうかしていますよ」

 愛桜の密かなツッコミはよそに、プロジェクターから映し出される画面がぱっと変わった。

 タイトルは「芥田少年年長期」である。

 先程が三、四歳くらいの話ということは、もしかして、その年ごとにいちいちエピソードがあるのだろうか。長い話になりそうだ。

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