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「愛桜さんって何部なの?」
「オカ研以外にある?」
「え」
愛桜がそう告げると、男子Bはぴしりと固まった。何か驚くことでもあっただろうか、と思いながら、愛桜は購買で買ったリンゴジュースを飲む。冷たさと爽やかさが心地よい。
「何かスポーツやってるのかと思った」
「あはは、面白いこと言うね。私が運動部に入ってるように見える?」
愛桜は色白で、目の下にはいつも隈をこさえている。華奢な腕、折れそうな足。運動をしていたら、もう少し筋肉くらいついていそうなものだ。
それでもBは言い募った。
「だって、放課後デート、いつも部活で断られるから……てっきり運動部だと……」
「なーる。でもマネージャーでも運動部入りたくないね。ってか絶対引くでしょ、みんなが」
「でも、愛桜さん、綺麗だし」
「そういうのいいよ。そういうあなたは何部?」
「……オカ研……」
消え入るような一言を愛桜は聞き逃さなかった。
それはそうだろう。オカルト研究部の実質活動部員は愛桜と樫美夜の二人。受験を控える三年は仕方ないにしても、他は籍を置いているだけの幽霊部員だ。
愛桜が入部時に樫美夜から聞いた。オカルト研究部はもしかしたら今年で廃部になるかもしれない、と。それは実働部員が少ない幽霊部員の温床となっているからだと説明された。
幽霊部員の温床だなんて、あまりに不名誉だ。勝手に幽霊部員になりたい輩がオカルト研究部に籍を置いているだけだ。樫美夜がたくさん活動して、楽しくオカルトの研究をしている。活動実績だってあるのに、幽霊部員を減らすため、なんて馬鹿馬鹿しい理由で、潰されなければならない。それはあまりに理不尽だった。
愛桜はぶるぶると震える拳を握りしめる。Bは居心地悪そうに縮こまった。その姿に愛桜の怒りが加速する。
「あんたみたいのがいるから、私たちは居場所を失っていくんだよ……」
「あ、愛桜さん……?」
「幽霊部員になるくらいなら、最初から部活になんて入るなって言ってんの! 耳六十歳!?」
「痛い、痛い」
耳をつまみ上げると、Bは痛がった。遠目にクラスメイトがこそこそと何かを話す。
どうとでも言え、と愛桜は思った。オカルト研究部は幽霊部員のために存在するわけじゃない。他の部活だってそうだろうに、何故オカルト研究部だけ責められなければならないのだろうか。
「幽霊部員が放課後デートだなんて、笑わせてくれますね。私は部活があるし、私の居場所を潰すような膿を持つ輩とはお付き合いできません」
「愛桜さん、そんな」
「そもそも、恋愛ごっこが好きじゃないの。男と女できゃっきゃするのがそんなに楽しい? そんな時間があるなら、私は全国津々浦々の都市伝説について調べる方が有意義だわ」
「でも、愛桜さん」
「私と付き合うのは罰ゲームなんでしょ? よかったじゃない。早めにおさらばできて」
「愛桜さん、話を」
愛桜は言い募るBの顔を人差し指でつい、と持ち上げる。それから、温度の宿らない目でしっかりと見た。
「蛆虫とする話なんかないわ。じゃあね」
ひそひそ、ひそひそと声がする。
「何も蛆虫だなんて」
「性格悪いね」
「罰ゲームさせられたBくん可哀想」
「っていうか罰ゲームってバレてんじゃん。ウケる」
煩わしい。喧しい。ウケるじゃないんだわ、と愛桜は小さく舌打ちをする。
何が可哀想だ。自分たちで仕向けたくせに。愛桜の性格が悪いことなんて、わかりきっていただろうに。だから弄ぶ相手として愛桜を選んだのだろう。腹が立つったらありゃしない。
未練ありげなBからの視線が嫌で、愛桜は保健室でサボることにした。
保健室の先生、養護教諭は理解がある。そのため、愛桜はときたま保健室をサボタージュに利用していた。
「サボるのはいいけど、ちゃんとベッド使ってよ」
「はーい」
具合の悪いふりをすれば、あとは自由に使ってOK、という養護教諭のスタンスが愛桜は心地よかった。ちゃんと自分で選ばせてくれるのがよかった。
愛桜は今まで、何も選んで来なかったわけじゃない。高校だって、ちゃんと自分で選んだ。子どもそっちのけで愛し合う二人が口出しすることはなかった。
そうして念願の学校に入ったというのに、目的の部活は廃部寸前。それを持ち直すために真面目に活動していれば、廃部の原因たる幽霊部員が「放課後デートに付き合ってくれない」などとほざくのはあんまりだ。
ただ、きっと愛桜のやったやり方は褒められた方法ではない。他にもどうにかする方法はあったはずだ。あの男子Bに事情を説明し、きちんとオカルト研究部の活動に参加させるとかできたはずなのだ。
不器用というより、愛桜は妥協ができなかった。部活を目的に入学したからこそ、部活を蔑ろにするやつとの共存は選べない。ここで妥協してしまったら、中学まで白い目で見られ続けてきた自分の好きなものに傷がつく。それが嫌で仕方なかった。
「いっそ先輩と付き合えばいいのかなー……いや、ないわー」
樫美夜に対してかなり失礼な発言に聞こえるだろうが、まず誰かと恋仲になるという選択肢が愛桜の中では「なし」の選択肢なのだ。
それに、樫美夜にはそういう感情を抱きたくない。十数年生きてきた中で、初めて出会った気の合う人なのだ。普通に怪異のことを話せれば、それで充分だった。
「ま、今回ので陽キャ共への牽制にはなったし、しばらく誰も突っかかってこないでしょ」
男子Bが愛桜に本気だったとして、愛桜は受け入れる気がない。Bが迫ってくることがあったら、そのときはビンタの一つでも食らわせてやろう。
愛桜は窓側のベッドに腰掛けた。普段は保健室の恋人狙いで壁側のベッドを使うのだが、何か見ていないと気が紛れない。
それにここからは桜が見える。狂い咲きする帰り道の桜。あれも何かの怪異だろうか、なんて妄想を膨らませながら、ベッドのシーツを引っ張った。




