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「罰ゲームって、愛桜クンのかい?」

「んなわけないでしょう。あっちが罰ゲーム受けてるんですよ」

 愛桜の言い様に樫美夜は言いたいことが山のようにあったが、ひとまず話を聞くことにした。

「告白はありきたりです。『好きです。付き合ってください』って。名前は……男子Bってことにしましょう。陽キャの集団の陰キャみたいなやつなんです。私、陽キャの男女集団が放課後に悪のりで王様ゲームやってるの見ちゃって。それで王様に命令されたくさい男子Bが私に告白してきたんですよ。陽キャ共がそれ見てくすくす笑ってたので、確信しました」

「……言いたいことは山ほどあるけど、どうしてそこまでわかっていたのに、告白受けたんだい?」

 愛桜はゆっくり目をぱちくりとして、それから性格の悪そうな笑みを湛える。

「興醒めさせようと思って」

 なかなかの性格の悪さである。

 愛桜曰く、二つ返事でOKしたそうだが、そこから創意工夫で陽キャたちを萎えさせるつもりらしい。

「私は誰かの玩具にされるのが嫌いなんです。だから、仮面カレカノをします。本気になったら負けって相手にも伝えているので」

「本気って、愛桜クンが?」

「向こうも含めてですよ。まあ、私に本気になるようなやつ、世の中どこ探してもいませんし、私が本気になるような恋なんてありませんよ」

 つまり、と愛桜はうっきうきで人差し指を立てる。

「あいつらが一番萎えるのは、自分たちが罰ゲームでやらせて、本気だと思っていたら、実はそれが全て演技でしたーってして、総スカン食らわすんです」

「男子Bクンが元々本気で愛桜クンに告白してきたとしたら、どうするんだい?」

「ないない。私より美人はたくさんいるし、私より性格のいい女はもっといますよ。陰キャと陰キャが結ばれるハッピーエンドなんて、ありきたりでつまらないですし」

「しかし、それではBクンが可哀想ではないか?」

 すると、愛桜は目をがん、と見開いて、無表情になる。それはどんな怪談の幽霊よりも恐ろしい顔だった。

「可哀想なんかじゃないですよ。例え本気にしたって、罰ゲームなんかをきっかけにしないと好きな子に声もかけられない根性なしってことですし、罰ゲームで私が指名されるのを受け入れているんですよ? 陽キャ共と共犯です。そんなやつのどこが可哀想なんですか?」

 愛桜の言葉にも一理あった。だが、利用してポイ捨てされるからって、利用してポイ捨てするのは、性格がフォローしきれないほどに終わっている。

「恋だの愛だのうざったいんですよ。どうせ着地点は子孫繁栄のためのまぐわいなら、私は気持ち悪いので願い下げです」

「……気になってたんだけど、性行為で何かあった?」

「……」

 樫美夜が思いきって聞くと、愛桜はものすごく渋い顔をした。言いたくなさそうだな、と思っていると、愛桜はしゃっとカーテンを締める。

 暗がりになった中で、愛桜がぼそぼそと喋った。

「毎夜毎夜、両親がヤってんですよ。私がちっちゃいときから、配慮なしにずーっと。気持ち悪くて」

 それは御愁傷様というか。親がなっていないな、と樫美夜は納得した。

 大人になれば子作りとして、いつか性行為はするものだ。だが、未成熟な子どもが性行為を見てどう思うかは個人差がある。愛桜の場合は第一印象が「気持ち悪い」で、その「気持ち悪い」行為が何年も何年も刷り込まれ、何年も何年もかけて刷り込まれた「気持ち悪い」という先入観から抜け出せずにいるのだ。

 恋人になる以外にも、性行為のみで人と繋がるセフレという関係が存在するが、愛桜のこの様子だと、セフレにもならないだろう。性行為そのものを忌み嫌っているようだ。

「愛してるとか、好きとか、おはようとか、こんにちはと変わんない、記号みたいな言葉でしょう? そこに特別な感情なんてありませんて」

「荒んでるねえ」

 何が愛桜の心をそこまでささくれ立たせているのだろうか。やはり一切気遣いのない両親? 愛桜を罰ゲーム扱いしてくるクラスメイトだろうか。

「先輩といると息がしやすいですよ。先輩は私より怪異が好きだし、そういう下心がないから。さっきのサングラスでビビりだってこともわかりましたし」

「先輩に対して失礼ではないかね? あと僕とて一端の男だから性欲くらいはあるからね」

「いいですよ。その性欲とやらを愛やら恋やら綺麗な感情で着飾って、私に向けないんですから」

 確かに、樫美夜にとって、愛桜はただの部活の後輩だ。女として見ることはないだろう。愛桜にそれ以上の感情を抱くことはない、と確信できるほどだった。愛桜には失礼かもしれないが、その方が愛桜は嬉しいのかもしれない。

 愛桜のそういう信頼が樫美夜は純粋に嬉しかった。

「それはそれとして、純情を弄ぶのはどうかと思うが……」

「最初に弄ぼうとしてきたのはあっちですよ。この話、延々終わらなさそうですね」

「というか、仮にも彼氏持ちが、部活動とはいえ、こんなほとんど密室で男と二人きりなんて、彼氏くんは許すのかね?」

「やだなあ、先輩」

 愛桜はうっそりと笑う。

「彼氏と部活なら、部活を取るに決まってるじゃないですかあ」

 そう、愛桜はそういう人間である。

 普通の高校生のような甘酸っぱい青春をしたいわけではないのだ。愛桜がここにいるのは、オカルト研究部が存在し、恋人よりも愛しいオカルトについて造詣を深めるため。

「それに、文化祭の準備しなきゃですし。お化け屋敷じゃないのが不服ですけど」

「仕方あるまい。文化祭でお化け屋敷をやりたいクラスなど山のようにいるだろう。定番だからな」

「なんでですかあ。絶対『オカルト研究部の作った本気お化け屋敷』の方が注目度あるのに」

「ははは。それなら来年は企画書を書こう。実行委員会が度肝を抜かすようなとっておきのやつを」

「わ、それは滅茶苦茶テンション上がる!!」

「来年だからな」

 企画書を書き出そうとする愛桜を樫美夜は宥めた。

 お化け屋敷じゃないなら、オカルト研究部は何をするのか、というと、レポート展示である。お化け屋敷出店として、視聴覚室は文化祭の直前には使えなくなるため、二人は早めに準備をしているのだ。

 お化け屋敷の近くに区画を取れたので、お化け屋敷に入る前に、オカルトについて少し造詣を深める「準備運動」としてレポートを展示する、という趣旨のものである。

「にしても先輩すごいですね。あの『きさらぎ駅』に行くために滅茶苦茶色んな路線巡りしてるじゃないですか。軽く鉄オタでしょう?」

「失礼な。僕はオカルトのための手段としてしか見ていないよ」

「部費をこういう使い方する人、他にいるんですかね」

 そうしてからからと笑う時間が二人の間に流れた。

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