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 予想外すぎたのか、樫美夜は固まった。愛桜は悪戯成功、とばかりににやにや笑う。

「コンプレックスだかなんだか知りませんけどね、私はよほどのことじゃないとびびりませんよ?」

 くすくすと笑う愛桜に「そうだろうね」と樫美夜は返す。

 この部活動に熱心な一年生の少女は、怪異や異形というものには恐怖よりまず好奇を抱くようにできているらしい。

 視聴覚室の七不思議を話しても「じゃあ部活動をここでしていれば生七不思議を体験できるってことですね!」と目を輝かせていた。

 愛桜は誰の目から見ても「本物」だった。

「僕は目の色素が欠落しているみたいなんだ。だから本当はあんまり目も良くないんだけど」

「本当はってなんですか。普通に眼鏡キャラで定着してるじゃないですか」

「うん……ただ、視力の低下より、紫外線とか光による刺激の方が強くて、サングラス」

「大変ですね。それで人から避けられたことがあるんですか?」

 カラーコンタクトにすればいいじゃないか、とも思うが、樫美夜の眼鏡はUVカットやら何やらされているのかもしれない。

 そうまでして、樫美夜が眼鏡をかける理由。コンプレックスがある、というのが妥当だ。例えば「悪魔みたい」と言われた、とか。

 悪魔を好意的に捉える人間は少ない。愛桜は例外中の例外と言えるだろう。悪魔は悪いものだとされているし、恐ろしいものだとされている。日本では悪魔がデフォルメされて「可愛い」だの「かっこいい」だのと言われているが、海外の宗教文化からすれば、それは信じられないことなのだろう。悪はただ悪なのだ。

「気持ち悪いって言われたことがあるんだ」

 樫美夜は告げた。親戚の子どもに、気持ち悪い、と。大人たちからは気味が悪い、と。陰でこそこそと言われて、樫美夜は傷ついた。

 気持ち悪いとか気味が悪いとか言われるのは慣れていた。樫美夜は心霊現象が大好きで、一人でこっくりさんをするような子どもだ。人が気持ち悪いと思うこと、怖いと思う現象が好きで、幼少の折から自分なりに調べていた。それで気持ち悪いとか、気味が悪いとか、遠巻きに見られることは慣れていた。

 だが、自分の行動や性格ではなく、容姿を気持ち悪いと言われたのは初めてだった。言われ慣れている言葉のはずなのに、衝撃を受けて、なかなか立ち直れなかった。

 だから隠すことにしたのだという。

「へえ。あ、桜」

「君、興味ないだろう?」

 愛桜の素っ気ない反応に苦虫を噛み潰したような表情になる樫美夜。愛桜はそんなことないですよお、と空返事だ。開け放った窓から、ちらちらと降ってくる桜色に手を伸ばしている。

「別に、容姿を気味悪がるなんて、普通のことですよ。人ってそんなもんです。私だって、髪色こんなに淡いし、色々言われましたもん。それが悲しいとか、苦しいとかは思わなかったんで、私と先輩とじゃ、根本的な精神性が違うんだと思います。だから私も容易に『その気持ち、わかりますよ』なんて言えませんし」

 桜の花びらを一つ掴まえると、愛桜はくるりと振り向いた。その姿は春に祝福された精霊のようだった。

「気になるんなら隠せばいいですし。私はかっこいいと思ってるってだけ、覚えといてください。先輩、普通にイケメンですから」

「普通にイケメンって……褒め言葉かね?」

「そら褒め言葉ですよ。褒め言葉以外の何だっていうんですか」

 愛桜は異性も同性も顔の良し悪しで推し量るような人物ではなかったが、いいものはいいときちんと言う。

 そんなほんの少しだけ詰まった距離が、樫美夜には愛おしかったのだろう。


 夏になると、文化祭が近づき、学校行事に生徒たちはそわそわしていた。

 球技大会のときもそうだった。学校行事が近づくと、学生というのはカップルを作る習性があるらしい、というのは愛桜調べでわかっていることである。アホらしい。

 愛桜は一人でいることに慣れていたし、一人でいる方が楽で好きだった。惚れた腫れただのもってのほかだ。

「異性交遊によって引き起こされるいざこざ、そこで渦巻く愛憎の感情が引き起こす怪奇の数々には興味ありますから、せいぜい私らの研究の糧となってほしいものです」

「愛桜クン、恋愛に恨みでもあるのかい?」

 視聴覚室にて、愛桜はぶすっとあからさまに不機嫌な表情をしていた。そんな表情でそんなことを宣うものだから、野暮な質問の一つや二つ、ついしてしまう。

 愛桜は隈の濃い目でついっと樫美夜を見た。

「私は保健体育が嫌いなんですよ」

「運動が苦手なのは、僕は何も言えないなあ」

「先輩、超弩級の運動音痴ですもんね」

「さらりと失礼なことを言うね」

 樫美夜は体育の成績だけはどうしてもいまいちだった。走るくらいならできるが、バスケのパスを顔面に食らったり、バレーのレシーブを顔面でしたり、跳び箱四段も跳べないという、高校生というには悲惨な有り様だ。

 というのはさておき、愛桜は樫美夜と目を合わせず、締めていたカーテンから向こうに見える夕焼けを眺めながら続ける。

「人間って、男と女の交合があって、生まれるものなんですよね。その単純で根本的な仕組みが生理的に無理なんです」

 なるほど、と樫美夜が頷いた。愛桜のこれまでの様子、他者を避け、他者に避けられることを意にも介さない様子の謎が少し解明されたような気がしたのだ。

 愛桜は人間という生き物が気持ち悪くて仕方ないのだ。今時は小学生で習う人間が赤ん坊として生まれる仕組み、その過程で行われる性行為。性欲の発散に伴う快楽は人間にとって抗いがたいものであるが、それを「気持ち悪い」と捉える人間が一定数いるのも樫美夜は理解していた。

「恋愛っていうのは、どれだけ着飾っても、最終的に子孫繁栄っていう生物的生存本能を美化したものでしょう? それに酔って、それを言い訳にまぐわう人間って滅茶苦茶気持ち悪いですよ」

「何かあったのかい?」

 樫美夜が問うと、愛桜は微妙な顔をして振り向いた。十中八九、何かあったのだろう。だが、その「何か」は一つではないようだ。

 気軽に問うのも不躾であろうが、愛桜はなんだか聞いてほしいから語っているような気がした。だから問いかける。

 愛桜は俯く。俯くと目の下の隈がいっそう際立った。

「文化祭まで、クラスメイトの男子と付き合うことになったんです。罰ゲームで」

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