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 愛桜は普通の女子高生だった。

「せぇーーーんぱぁーーーい!」

 七不思議のある視聴覚室を根城にするオカルト研究部。それはオカルト狂いの愛桜にとって、最高の居場所だ。

 すたぁん、と戸を開けると、中は煙たかった。あと、酸っぱいような苦いような、変な匂いがする。

「急に開けないでくれたまえ、愛桜クン」

 視聴覚室で愛桜を待っているわけではなかったのは、先輩こと樫美夜だ。樫美夜享という。

 樫美夜は変わった苗字なので、すぐに覚えることができた。しかも学内ではそこそこの有名人である。

 陰キャと幽霊部員の溜まり場たるオカルト研究部で「エース」と呼ばれる逸材。インテリ眼鏡で顔はそこそこ。変な喋り方をするが、それも愛嬌だと好まれている様子。そんな人物が愛桜の部活の唯一といっていい先輩だった。

「なんですかこの臭い? お香? 換気しますね」

「ああっ、やめたまえ愛桜クン! 今、降霊術の実験中……ああっ」

 そんな敬愛する樫美夜の言葉に一切耳を貸さず、カーテンを開け、窓を開け放つ愛桜。さあっと入ってきた爽やかな風が、変な匂いを拐っていく。いい気分だ。

 愛桜は振り向いて、机を避けた地べたでがっくりと頭を垂れている樫美夜に、んべ、と舌を出した。

「私という者がありながら、一人でそんなことしようとするからですよ。降霊術なんて面白い実験、なんで私に話してくれないんですか?」

「それは、その……」

 樫美夜がもにょもにょとする。愛桜はとてもいい笑顔で「んー?」と顔を覗いた。

 ああああ、愛桜が怒っている、と樫美夜にはわかった。樫美夜にとってもまた、愛桜はたった一人の可愛い後輩なのだ。

「降霊術のために使う香にですね……脳に作用する化学物質が含まれておりまして……」

「はいはい」

「その脳への作用が……合法ではあるんですけど、焚き方によっては麻薬に近い作用の仕方をするものでしてね……」

「ふむふむ」

「愛桜クンを巻き込むわけにはいかないと……」

「へーえ?」

 弁明を聞き終えた愛桜が鞄からペンケースを取り出す。その中から0.3のシャープペンシルを選び、つかつかと樫美夜に近寄った。

「せーんぱい♪」

 語尾にハートがつきそうなくらいの甘い声で、愛桜は樫美夜を呼び、呼ばれた樫美夜は体を硬直させる。愛桜は焚かれていた香を蹴倒して、樫美夜の貧弱な体を押し倒す。

 が、甘い空気になるどころか、樫美夜の耳を掠めて0.3のシャーペンが床に突き立てられる。バキボキ、というものすごい音がして、か弱いシャーペンはその生を終えていた。

「それって、過たば先輩、死んでますよね?」

「エッ、ハイ」

「部屋は密室。あんな臭いを撒き散らすお香。脳に作用する麻薬的物質。それは……降霊術というより自分が幽霊になる行いでは?」

「お、仰る通りで……」

 愛桜が片手でそっと樫美夜の顎を掬う。樫美夜はされるがままだ。そのくらい、愛桜からの圧は凄まじく、妖しい色香があった。

 愛桜が顔を近づけ、さらさらとその長い髪が落ちていく。所謂髪カーテンというやつだ。愛桜の淡い栗色の髪は少し日が透けて、綺麗である。

「私を置いていかないで、とお願いしたはずですよ、樫美夜先輩。死ぬときは私も一緒です」

 言っていることがヤンデレ彼女のそれである。が、この二人に限って、カレカノということはなかった。

「オカルトのためなら共に逝こうって、入部したときに誓ったではありませんか!!」

 これである。

 愛桜の仕草と言葉遣いがいちいち紛らわしいのだが、つまるところは結局オカルト狂いに落ち着く。

 愛桜は樫美夜と違い、人望のない一介のオカルト狂いだ。今時なら地雷系と呼ばれる容姿をして、性格がオカルトこそ恋人、みたいなものだから、周囲からは引きに引きまくられていた。

 そんな少女も花の高校生となり、色気や食い気が出てくる頃合い、学校の部活動で出会ったインテリ眼鏡のイケメンと夢現の恋に……落ちなかった。

 学校では噂が立ちに立ちまくっている二人だが、見ての通り、健全な付き合いである。否、樫美夜のやっている不健全な行為を斜め上な物差しで窘める愛桜、というのはこの学校の名物であった。

 春、愛桜はオカルト研究部に入部するためにこの学校にやってきた。オカルト研究部がちゃんと部活として有名な学校は他にない。

 愛桜は自分のオカルト狂いのせいで友達がいないことをさして気にしてはいなかったが、同志がいるとなれば、話してみたい気持ちが強かった。なかなか愛桜の狂いっぷりについて来られる人間はいないのだ。

 入部したオカルト研究部の部室である視聴覚室はがらんとしていて、そこにはたった一人、自前のタブレットで企画書を作る樫美夜しかいなかった。

 オカルト研究部には多くの部員が所属しているとのことだったが、実質一人しか活動していない、という事実を樫美夜から示されたが、愛桜は退部など考えなかった。樫美夜一人いれば、愛桜には充分だったのだ。

「それにしても、そんな変な臭いのするお香、どこで仕入れるんですか? 先輩って交遊関係が変ですよね」

「君の方がよほど変だと思うが」

「奇抜奇天烈で友達いない方が普通ですよ。先輩は顔もいいし、背丈もそこそこ、偏差値も高いし、女子避けにこんな部に入ってるんだと思いました」

「そんなオカルトに対して無礼な振る舞いをするような野暮な男ではないよ」

「知ってます。だから楽しいんじゃないですか!」

 愛桜は樫美夜の眼鏡を奪う。樫美夜はうっと目を細めた。眼鏡の下の顔面偏差値の高さは愛桜も他の女子生徒も知るところである。

「ちょっと、眼鏡を返してはくれまいか?」

「あはは、先輩、眼鏡取るとヤバーい」

 愛桜は面白がって、樫美夜の眼鏡をかける。そこでふと気づいた。

 樫美夜の眼鏡は度が入っておらず、少し周囲が薄暗く見えるのだ。

「ほえ、先輩、そんな優男顔でグラサンなんですか? ワルー」

「違うのだよ。説明するから返してくれ。それなしだと目が痛むんだ」

 目を覆いながら告げる樫美夜の声は切実で、愛桜も遊ぶ気にはならなかった。

「先輩、手退けてください」

「……?」

 愛桜は眼鏡をす、と樫美夜の目に戻した。一瞬見えた樫美夜の目は熟れた林檎のように赤かった。

 見慣れた茶色の目に戻る。樫美夜はふい、と目を背ける。

「……驚いたろう?」

「何がです?」

「目の色素だけ欠落しているんだ。だから血液の色がそのまま目に通っている」

 悪魔みたいだろう、とでも言いたいのだろうか、と愛桜は推測し、にっと笑った。

「悪魔みたいでかっこいいじゃないですか」

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