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「怪異殺しの影の守り人でも能力を打ち消せないのが私。その理由は単純。私は桜の木の下に埋まっている存在だから。光が当たらない場所にいるから、影で囲えないんですよ」
「光なくば影なし、みたいな?」
「そうそう。で、私は影の塊みたいな土の中から出てきたようなもんなので、影の空間を壊せるんですよ。
あと、ここでは先輩のことを話さないとですね。ここは影の守り人が完全に閉じているので、先輩は観測できないはずです」
愛桜の言葉にメリーがぎょっとする。
あれだけ先輩のために観測されようとしていた愛桜が視聴覚室に来たのは、先輩に観測されないためだった、というのが暗に提示されたからだ。
メリーとは対照的に、芥田には動揺が見られない。
「その先輩って人、愛桜さんと実際に関係があった人なんだね」
「はい。本当に学校の先輩で、オカルト狂いのオカルト研究部員でしたよ。私と話の合う数少ない人間でした」
にこにこと愛桜が話す。
「先輩が七つ目の七不思議を知るまでは」
七つ目の七不思議、という言葉に、芥田もメリーも緊張する。学校の七不思議の中でトイレの花子さんの次くらいに定番の「七番目を知ると死んでしまう」という謎の怪異。学校によって謂われは様々で、単純に七番目の怪異がない、というところもあるが、この学校はそうではなかったらしい。
「あれ? でもわたしたちが来るまでは六つじゃなかった?」
芥田のメリーが学校の七不思議になったのはごく最近の話だ。となると、それまではどうだったのか、という問題が出てくる。
そこにはノータイムで愛桜が答える。
「小学生に大人気の『こっくりさん』ですよ。この学校、というか、全国的に『こっくりさん』がブームになったことがあって、七不思議とまではいかないまでも、『こっくりさん』はかなりメジャーな怪異として知られています。
この学校のどこかの空き教室でこっくりさんを呼ぶと、家に帰れなくなるっていうのが七不思議でした。ただ、ブームが過ぎると、忘れられやすかったので、芥田とメリーさんの強烈な存在感に上書きされたんだと思いますよ」
「メジャーなのに七不思議から外れるってムジュンしてない?」
「メジャーだからこそ、『学校』に限定されるイメージが湧かないんですよ。紙と十円玉さえあれば、どこでもできちゃいますし」
机を四人で囲って結界にする、という謂われもあるが、ポップカルチャーになってしまったこっくりさんはその正しい言い伝えを忘れられ、社会に溶け込んでしまった。
情報が様々行き交う世の中だ。正しい情報なんて、あるようでない。自分が正しさを決める社会。そこに自由を感じたり、生きづらさを感じたり、人間とは面倒くさい生き物だが、それもまた一興。
「まあ、芥田が卒業すれば、いずれ元に戻るんじゃないですか? メリーさん次第ですけどね。こっくりさんはこっくりさんで、普通に学校に限らず、怪異として有名なので、別にわざわざ学校の七不思議なんて枠に収まっている必要はありません」
「メリーさんも同じじゃないの?」
「特定の人物に取り憑いて、その人のために他の人間の死神をするメリーさんなんて他にいませんからね。芥田のためにメリーさんが派手に動けば動くほど『芥田莉栗鼠』という存在は怪異として伝説になりますよ」
「伝説だなんて、そんな大袈裟な」
芥田が胡乱げにするが、メリーは少し思い悩んでいるようだ。
「さて、雑談はこれくらいにして、本題に入りましょうか。私の過去の話です。
私がこの学校の生徒で、オカルト研究部に所属していたのはもうご承知のことと思います。生前の私も今と変わらず、怪異のことについて調べるのが大好きな人間でした」
死んでからもこれほどまでに細やかな知識を披露できるくらいだ。その狂いっぷりは下手をすると生前の方がひどかったかもしれない、とさえ伺える。
「私がこの学校の生徒だったのは、そんなに昔の話じゃないです。学校の内装も同じだし、制服も変化なし。校則の変化は知らないですけど」
「ハーフツインテールって高校生じゃ珍しい髪型だよね。子どもっぽいとか言われなかったの?」
んー、と愛桜は思い出すように、顎に人差し指を宛がう。
「私が浮いてたのは髪型っていうよりオカルト狂いの方だからなあ」
「でしょうね」
愚問である。
「オカルト研究部は私と先輩しか来ない部活でした。幽霊部員はたんまりいるんですけどね。私と先輩でレポートだの何だのを作って、部活動としての体裁を保っていました。それができるくらい、私と先輩のオカルト狂いは強かったのです。しかも先輩は勉強面で学年トップクラスだったので、目立ちに目立ちました。行動力もすごくて。そんな先輩が私の目標でした。だから、先輩の高校最後の文化祭における発表テーマである『この学校の七不思議を暴く』という企画にもばっちり協力しました」
七番目を知ると死ぬ、という言い伝えにも屈せず、一つ一つの七不思議を調べ、時には生徒に調査も行ったという。最近学校であった怪奇現象などを教えてもらう街頭アンケートだ。
オカルトのためならば恥なんて言葉は辞書から消えるレベルのはまりっぷりは呆れを通り越してむしろ天晴れである。
「そうして先輩は帰り道の狂い咲きの桜に目をつけ、『桜の木の下には死体が埋まっている』という噂を合わせて、桜の根を掘り、見つけてしまったんです。誰かの白骨化した死体を」




